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たろの日記ページ,gooブログ版

http://taro-r.sakura.ne.jp の分家です。一部内容が重複してます。

政治と研究開発

2010-06-16 07:19:31 | 時事
一昨日になりますがW杯,日本一勝おめでとうございますで,湧きましたが,その前の日は小惑星探査機はやぶさの帰還に日本中多いに湧きました。わたしは昨日の午後のカプセル回収までハラハラドキドキでしたが,それも無事回収。カプセルの中身が空でも,数あるトラブルを乗り越えて無人探査戦が月より遠くの天体から無事帰ってきたという意味で凄い成果だと思います。

日本中が沸き立つ空気を読んで菅首相上機嫌川端文部相も評価,後継機開発に前向きと浮かれておりますが,このはやぶさ,次期計画計画がそもそも事業仕分でほぼ凍結なみに減額されていました。ってわけで仕分をした人達も枝野氏は「開発の必要性は否定しない。工夫求めただけ」と,まるで「わが子を鍛えるために千仞の谷に落した」とてもいいたげな雰囲気。蓮舫女史ははやぶさを絶賛し「仕分け結果を何が何でも守るべきだということではない」とまで言ってる有り様です。

仕分を守る必要ない…なら何でやってるんですかね?。あとで陳情に応じて復活折衝とかして票田を育てるためですかね?。それとも単なるパフォーマンスですか?…と。

このころりと手の平を返した態度を見てると,次期はやぶさに予算がつきそうなことでホッとするよりも,こういう風に絶妙なタイミングで日の目を見ないと,技術開発の予算はバッサリ削られてしまうだけなんだろうなぁ…という絶望感です。枝野氏と蓮舫女史発言を聞くと,彼らが仕分け施策の内容を吟味せず,また政府としての大きな方針も全く持たず,ただ機械的に予算を削っていたことがわかります。もししっかりとした政府方針があったのであれば,はやぶさの予算削減も「こういう方針で削ったので仕方ない」としっかり説明できるはずです。要求側がその場でうまくプレゼン出来なかったら,何も考えずにカットしていたのでしょう。

思うに…,おそらく彼ら政治家のほとんどは組織による研究開発等を行ったことがないので,研究開発のマネージメントなんてわからないのでしょう。今回はやぶさに予算がついても他の計画に予算がつきそうには見えません。しかし研究開発というのは8割,9割の,成果を産み出さない研究があって,残りの1,2割が巨大な成果を産み出すのです。その1,2割を取り出して予算をつけ,他のをカットしたら,その1,2割も更にその1割以下の成果しか出せなくなるのが研究開発なのです。研究開発のマネージメントは,その中でどういう風にテーマの選択と集中をするか,スクラップアンドビルドをするか,コア研究や裏研究をどの様に行っていくか,そういうセンスが非常に重要になります。多分そういうことは,組織として複数の研究テーマをマネージメントしないとわからないことだと思います。研究機関や技術系の企業にいないとわからないもので,政治家どころか,商社や金融系の経営者でもなかなかわからないところかも知れません。

そういう意味では,国の研究予算の仕分は,あくまでも研究のマネージメントがわかる人間がすべきです。全ての研究に投資ができないのであれば,テーマを広く見て組み替えることは必要です。その時に現時点での注目度だけで判断しては5年後10年後20年後に成果が出るテーマを潰してしまいます。もしそれがわからないのであれば仕分けなどしてはいけません。

今の研究開発は5年10年20年後のわが国の産業の礎になるべきものです。つまり今の子供達が大人になったときの雇用は,ここから産まれるのです。仕分けで回収したお金を子供手当や高校無償化の原資にまわすのであれば…,その使い道が果たして本当にその子供たちのためになるのか,少し考えてみたらわかるように思います。
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無駄と豊かさ

2009-11-17 23:05:48 | 時事
レジデント初期研修用資料さんの「合理化が手にした利益」。合理化が手にした利益は,本来未来の職人を育てるための投資の部分でした…という話。
基本的に書かれていることには賛同します。教育というのは本来無駄なものです。研究だって無駄なもの。博打みたいなものです。現在の高等教育は試験によって生徒を選別して行いますが,それでも優秀な大学や高校からでもオチこぼれは出るし,低い学校からでも億万長者が出ることもあります。研究もしかり。
目に見える利益ばかりをあてにすると将来は育ちません…っていうのは,最近の株式による敵対的買収とかで判っていたのではないですか?。
という内容に対する賛同にくわえて,わたしがちょっと思うことをたすと,そもそも人間の仕事に必要なことってどれくらいあるんでしょう?。すべてを合理化すると,どれだけの雇用が減るんだろう?と思います。
わたしは人間に必要なものは近々では衣食住,将来をくわえると子孫を残し育てること…だと思ってます。ですからそれ以外の人間の行動はある意味無駄です。本を読んだり,音楽を聴いたり,TVをみたり,どこかに遊びに行ったり,車に乗ったり,おしゃれをしたり…全部無駄です。というか第三次産業は全部無駄ですよ。でもその無駄が我々の社会を支えてます。
もちろん経営者にとっては,その無駄もお金を生み出せば無駄ではありません。国にとてもそうかもしれません。でも,その無駄を省こうという姿勢は,更なる無駄を省き,どんどんその無駄というなの人間の豊かさを削り取っていくのでは無いでしょうか?。
ちなみに上記の衣食住,そして生殖,育児…以外は無駄…という観点でいうと,政治なんていうのはもっとも無駄です。虚像みたいなものです。そしてそのなかで権力争いをし,多額のお金を動かすこと自体無駄です。そうであれば,合理化するなら,まずどこかは,お分かりになるでしょう;-p。
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温暖化問題という国家覇権争い

2009-11-04 21:17:58 | 時事
一昨日から,急に寒くなり今日は12月並の気温ってことだったらしい。暖房を急に入れたり電気カーペットを敷いたりとかそんな一日だった。天気が良かったのは助かった。
冬に寒くなるのは当たり前だけど,こんなに急に寒くなるのは珍しいな…と思うと,なんでも異常気象は二酸化炭素のせい…とするのが今の流行かな?とか少し思った。
そんな中今日TVを観ていたら,NHKではアメリカでの排出量取引に関する見本市の様子を伝えていた。排出量の基準を満たし,余剰分が出た企業が足りない企業にその余剰分を売ることが出来る…という風になるそうで,そうなるとこれは一種の債権になるとうことなんだろう。とはいえ,見本市にするような見るべきものがあるんだろうか?とどうもわたしは思ってしまうんだけど,見本市に参加する連中のはしゃぐ顔を観ていると,何か見所があったよう…。ただわたしにはそれらの顔が,つまり金儲けのネタがあって喜ぶビジネスマンの顔にしか見えなくて,それってまた金融工学とかいうやつ?と思うと,サブプライムとかデリバティブとかそういうのを産み出したやつか…連想し,またどっかで破綻するんじゃない?とか思う。
日本もどこかのイニシアチブとかで25%とかいうと,やっぱり排出権をどこかから買うのがほとんどになるわけで,そうなるとこの市場に参入するのは売り手じゃなくて,買い手ということになる。いいカモじゃない?…という気もするんだけど,イニシアチブを持っている人は,なにか日本浮上の妙案でもあるんだろうか?。
元々環境問題のはずなのに金融商品の様にされてしまった温暖化問題という意味で,どうもわたしはこの排出権取引というのを素直に妙案だとは思えない。それしか無いだろう?といわれると確かな反論がいえないところが苦しいところなんだけど。
あと,排出権のルールが例によってヨーロッパ主導で作れられているってところにも,ちょっと引っかかるものがある。彼らって,オリンピックとかF1とか観てると,ゲームが自分達に不利になったら強引にルールを変えてくるわけで…同じようなことにならないか心配。
温暖化とか環境問題って,一般市民レベルでは地球と人類の未来のために必要なことだと思うのだと思うのだけど,それを経済と権力にしてしまう人たちがいて,それが温暖化問題になってきてる。排出権は国家間の力の交換になるわけだから,それって覇権争いだよなぁと思う。
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トクホ

2009-10-31 09:21:05 | 時事
福島みずほ氏が「トクホなんてくだらない制度、廃止しちゃいますぅ」と言ったとか言わないとか。というか実際は止めるとは言ってないのですが。福島社民党首は,わたしは政治家としてはまったく信用して無いけど,原理主義者だけあって時々いいことをいいます;-p。特保がちょっとおかしなことになってるな,というのはわたしも思っております。
ちょっと前にエコナの問題が起きたときにも思ったのですが,トクホは,その食品をとれば何かしら身体に(いい)影響があるという科学的データを提示し,それを国はお墨付きを与える…という制度です。ですから,一応科学的にその食品を取れば健康にいいと言えるといえます。そう聞いた消費者は,その食品製品を継続的にとろうとします。トクホがその食品をどれだけの量をとらないと効果があるか?とかを明記してるかどうかわかりませんが,効果を期待する消費者は,そのトクホ製品をおそらくたくさん取るでしょう。
ところが,わたしが今考える,食のリスクを下げる方法というのは,一つの食品を偏って取るのを避ける…ということです。色んな食品を,少しずつ取る。栄養価の高低よりも,バリエーションの大きさを重要視するというのもです。
人間は水や塩でも取りすぎたら死ぬ場合があるように,人間に悪影響がまったく無い食料というのはあるのでしょうか?。どんな食品でも取りすぎたら毒になる場合があります。であれば,そのリスクを下げるには,ある食料を大量に取るのを避けるというのが,一番誰で出来るということになります。
この考え方はトクホの思想と大きく反します。トクホはある食品を継続的に取るのをすすめているように見えるからです。
トクホはおそらく最初は,効果の有無が怪しい食品に,それを謡う食品を排除するために作られたものだと思います。実際,トクホができた今でも薬事法ぎりぎりなものやや詐欺まがいな健康食品は時々問題になってます。ですから,効果をうたうならきちんと証明しろというのが主旨だったと思います。でも実際はトクホ食品が良く売れると知ると生産者は自分の製品がその分野を占有できることを目指して,トクホ認定を受けるようになってしまいました。結果的に,一つの製品を継続的に取らざるを得ない…という場合も多いようです。
そう考えるとトクホって…色んな食品を取ることの弊害になるなと思っており,それが本来の趣旨と相反するのではないか?という気がします。
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レッテル張りによる思考停止

2009-09-29 22:38:50 | 時事
「国立メディア芸術総合センター」の代替案の話。
前も書いたけど,これを「アニメの殿堂」ということ自体が偏向報道で気に入りません。これって民主党が言い出したの?マスコミ?。
もともとの主旨はアニメに限ってません。マンガやCGやゲームなどもメインに扱ってるはずです。そもそも推進の意見を言っていた里中満智子先生はマンガの原画保存を訴えていたはずです。これをアニメの殿堂ということによって,アニメのためだけのもの狭く印象付けているし,そもそも「アニメ」と書くと世間から低俗と思われるんじゃないか?という意図が入ってませんか?。マンガは文化遺産になりえるけど,アニメはまだまだそうじゃないから,止めていいという雰囲気がして嫌です。いや…,完全に妄想なんですけどね。
というわけで,マンガの原画保存に「フィルムセンター」は無いんじゃないですか?という気はします。
あと,案外マンガやアニメファンからも,このメディアセンターは評判が悪くて,その理由が主に「ハコもの」だからってことみたいですが,「ハコもの」=「悪」という考え方も,なんかメディアのレッテルにしっかり毒されてませんか?という気がします。ついでに書くと,道路建設とかダムとかも何の思考も無く,イコール悪…ってどれだけ頭悪いのか?という気もします。
ハコものが悪な理由がどこにあるのか,よくわからないのですが,よく地方にあるような,作ったけど使われないから無駄…というのであれば,それは運営とか場所の問題であり,実際都心にある公共の美術館や博物館は近年はどこも常に満員な状態です。もちろん自治体がやってるような小さな博物館とかは閑古鳥が鳴いているところもありますが,それはそれで地元の人の憩いの場になっていたりします。まぁ件のメディアセンタは国立だから,むしろ国立美術館とかそういうのに近いことになるはずだったんではないでしょうか?。
あと建設費がかかるのし,建設業者儲かるだけだ…というのは,上記の通り,採算が取れるような施設にすれば有効な設備投資になります。天下りの温床というのは,まぁそういう面はあるとは思うけど,わたしは天下りが100%悪だとも思ってないので,意味がある形でやっていればいいと思います。
建物じゃなくて,アニメ振興のために補助金とかに使うべきだ…という意見もよく聞くのですが,これは確かにそうだけど,設備(設備投資)と,振興費(損益)は意味合いが違うので,理想は両方やるべきだと思います。損益は単年度だし,下手をすると何も残らない可能性もあります。ハコを作って人を入れれば,それなりに数年以上何かが続いていくわけで,そこに実際にアニメ制作に携わっている人にお金が回るような仕事を作ればいいわけです。
それにもともと麻生さんとかが言っていた,海外から日本のマンガやアニメに魅かれてやってきた人が見に行くべきところ…という役割はどこがになうのでしょう?。ビデオショップかマンガ喫茶にでも行けばいいということなのでしょうか?。そのうち海外にアニメやマンガを収集した美術館ができて評判になったらはじめて日本にもできるんだろうな,とか思います。
…もっとも,わたしがメディアセンタを今是非やるべきだと思ってるか?というとそうでもありません。むしろ今からやろうとしてるばら撒きの原資のために,真っ先に計画中止になるだろうな…とは思ってました。今の政権は,新しい産業とか文化とかを生み出すという発想がまったくないので,まぁ無理でしょ…という感じです。ただ,メディアセンタを「アニメの殿堂」ということで,計画の本質を見事に消してしまったというマスコミのやり方に感心というか恐ろしいものを感じるだけです。「ハコもの」とかいうのもそうです。「○○はハコもの」と言った途端にもう細かいことはどうでもよく,「悪」となってしまう感じがしませんか。見事に思考と議論の機会を奪われている気がします。
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自民党の失敗と国民の選択

2009-09-09 20:42:26 | 時事
時々取りあげさせていただくfujiponさんのブログ,今回はあまりいい取り上げ方でなくて申し訳ないのですが,「麻生さんのこと」という文を読んで,ひどくがっかりしてしまいました。怒ったとか馬鹿にしたとかじゃなくて,なんとなく「あぁーあ」というか「しょんぼり」というか。fujiponさん本人に,じゃなくて,こういう人が結構いるんだろうなぁ,ってことで。ですから,リンクされてる先を読んでも同様に感じました。本来はこっちを取りあげるべきなんでしょうが。
ここに書かれてることはまさに元々からわたしが思っていることなんですが,それをなぜ今思って今書くんだろう?という感じで,がっかりしたのです。選挙前とかにそう思っていなかったのだろうか?と。
わたしは先日も書いてますが,麻生さんが読み間違いするとか,金持ちであることが,総理にふさわしくないという理由として理解できません。麻生さんは我慢強い敗戦処理の総裁として頑張ったと思うし,はっきりいって好きでした。麻生さんが総裁になった時は既に自民党はグダグダでしたけど,わたしには民主党もちっともいい政党に見えませんでした。何よりマスコミの偏向報道(とわたしにはそう映った)が耐えられず,それで自民を応援しました...というのは既に書いたとおり。リンクしたがお二方が最終的に誰に投票したかは知りませんが,世の中には民主党に入れて,同じように思っている人は結構いるのでしょうか?。
なんとなく,投票するまでは自民党も麻生さんも嫌いで,そして民主党がよさそう,政権交代は大事だと思って民主に入れておいて,でも実際に麻生さんの引き際と,民主の今の状態をみて,民主の政権が不安になり「自分は民主を推したのではなく,麻生さんを批判したのではなく,自民を切ったのだ」と言ってるのではないか?と,そういう人が結構いるんじゃないか?と思ってしまいました。なんかこれから民主党行う政治がうまく行かなかったときの予防線をはってる人もいるんじゃないか?という気もします。あぁー批判してすみません。
...
とはいえ,確かに最近の自民党のグダグダ振りは選挙時に自民を応援したわたしでもひどく思います。総裁が頑張っているのに,足を引っ張るようなことばかり発言したり,リークなんでしょうけど,マスコミにいろいろ吹き込んだり。どうして自民党がそうなってしまったか?昔の自民党は確かこうじゃ無かったよな...と思います。新政権の人たちの誰かが,かって「小泉さんが自民党をぶっ壊した」といいましたが,確かに自民党のこういう内部争いを透明化したのは小泉さんからかもしれません。小泉さんはそれでいて国民の支持を大量に得ました。
小泉さんが総裁にはじめてなった時,その前は森さんでした。森さんは失言で支持率も低かったのですけど総裁選もろくに行わず総裁になり加藤の乱とかありましたが,でも当時自民党での争いは,なかなか外部からには見えない状態でした。その派閥の力関係で密室で内閣人事すら決まるといわれていた自民党の内部抗争を明らかにし,というよりも演出して常に戦っている総理を演出して成功したのが小泉さんでしょう。おかげで自民党内から出てきた総理であるにも関わらず旧来の抵抗勢力と戦う姿を演出し,まるで政権交代が起きたかのような錯覚を国民に植え付けることに成功しました。
たぶんあの頃から自民党では,というより自民党の中の革新系の議員からは自民党の内部抗争を外部に見せることは自民党を注目させ人気を集めることができる...と勘違いしちゃったんではないか?という気がします。でも,党内争いを演出するのは明らかに革新系の総裁が立っているときにすべきで,麻生さんみたいなバランス系の総裁のときはだめなんですよね。でも,小泉さんの内部抗争演出でいい目をみた人たちは,その辺の歯止めが効かなかったし,今でも効いてないように思います。
まぁこの辺はその小泉劇場をわたしも良しとしたので,それが失敗だったと批判はできないのですが,でも小泉劇場の演出技術を理解して継承した人が自民党の中にはいなかったということではないでしょうか。
もっとも一方の民主党は党首選すらはっきりとやらずに党首を決めてしまうし,首班指名が済んでないのに,いつの間にか内閣候補が既にリークされている状態で,いったい誰がリーダなのかすらよくわかりません。小泉さん以前の自民党よりも舞台裏政治をやってます。そういう意味では,自民党の今のゴタゴタもうまく演出できていい劇場が出来上がれば,またそれも国民に再度支持を得るのかもしれません。ただし,そうなったらそうなったで,またあの熱病の様な選挙をよしとするのだろうか?という気もします。この辺はどっちがいいのかよくわかりませんが。
まぁいずれにしても,今の様に麻生さんよりも自民党の方が嫌われて票を落としたケースもそれなりにあるでしょう。あたかも麻生さんを批判していれば,自分は難を逃れられると思っている,最近の自民党がダメダメなのはそうでしょう。でもそのことと他の政党の方が良いという選択が本当に良かったのかはこれからわかることだと思うし,自分が何を選んだのか?はやっぱり責任として一人一人が自覚しておいて欲しいと思います。
...なんか二つのことを書こうとしてごちゃごちゃになったなぁ。
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麻生首相を想う

2009-09-01 21:41:11 | 時事
極東ブログさんが麻生首相へ送る言葉を書いていた。共感した。とうわけで折角なので私も麻生さんへの想いを少し書く。
麻生さんを知ったのは?というか意識したのはいつだろう?。小泉内閣で役どころをやっていたくらいだろうか?それともそれ以前にマンガ好きの政治家として知っていた気もする。最初は漫画好きなのはそのとうりだろうけど,萌えマンガを読んでいたという噂については,人気取りのために利用してるだけでは?とか思っていた。まぁどうでもいい話。
わたしは当時の小泉首相を支持していたので,路線の違う麻生さんを総裁選の時に応援したりはしなかったのだけど,小泉さんが総裁を辞めたときに次は麻生さんでいいと思った。路線は違うのだけど,行き過ぎた小泉改革を少し戻すにはいいかもしれないし,それよりも他の総裁候補に比べ政治家としての胆力がある様に感じた。ところがどういう読みか次の総裁は安倍さんになった。とはいえ,どうなったかはご存知の通り。このときの選挙ではわたしはあまり安倍自民を応援しなかったけど,これは後のネジレのことを考えると,わたしは少し浅はかだったかな?と思っている。
その後は福田さんになったけど,それもどうなったかはご存知の通り。ただし福田さんはわたしはもう少し胆力のある人だと思っていたので,福田さんが総裁になった時は賛同した。だがこの読みも誤った。
安倍福田と政権をポンポン投げ出したのをマスコミも当時の民主党も批判していたわけだから,次の首相は政権を投げ出さない人が望まれるのか?と思いきや,次の麻生さんは解散しないと責められた。まぁ当時から解散したら議席を増やせるという読みが民主にあったからだろうけど。
麻生さんは総理になりたかったという想いもあったのかもしれないけど,完全に敗戦処理の総裁として総理になった様に思う。わたしはかっこいいなと思った。政策的にはすべてを賛同できるわけではないけど,前向きで,国民を元気付けようとする姿は経営者的な感覚に思え,わたしには国を引っ張るにはふさわしいと思った。あと個人的にはマスコミをコケにする姿も好きだった。
だがマスコミにとっては扱いにくい総理だったのかもしれない。首相になって早々に批判された。最初は金持ちということで批判された。そのうち漢字の読み違いで批判された。ずっとそれが続いた。定額給付金とか高速道路の件は始まる前はいろいろ言われたけど,やった後は誰も批判しなかった。政策は何も間違ってなかったんではないか?。金持ちとかいい間違いとか,それが総理にふさわしくないという論理をわたしは理解できない。だから何故ここまで麻生さんが嫌われたのかよくわからない。麻生さんを嫌う人は単純にマスコミにのせられてる様にしか,今でもわたしには見えない。ついでに書くと小沢さんもマスコミ嫌いだから早々につぶれたのか?とかなり強引な陰謀論が頭をよぎったりもする。
わたし自身がマスコミの言うことを素直に信じられないからだけど,そういうつまらない中傷を除くと,麻生さんは優秀な総理だったと素直に思う。就任直後の経済危機にも迅速に対応し,それなりに成果を残した。語る言葉はいつでも前向きだった。なによりマスコミのあれだけの中傷に自分を見失わない強さを感じた。短命な総理だというのはなった時からわかっていたがあえて貧乏くじを引いた。わたしはそう思う。
誰かが慶喜を挙げていたけど,後年麻生さんが再評価されるときはくるんだろうか?。
今回の政権交代を,民主主義だと喜ぶ人も多いけど,わたしはマスコミがバランスの悪い報道を流して起こった政権交代を民主主義だとは思わない。だが,国民が選んだことには違いない。4年前の小泉首相の圧勝がそうだったように。今は新しい鳩山さんを見て国民の選択の行く末を見守るしかないのだろう。不安と期待と両方ある。
最後に一言,麻生さんはとてもカッコよい最後だったと思う。
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選挙直前の心境

2009-08-30 20:40:59 | 時事
開票が始まったようです。当然まだ確定してませんが,政権交代は確定…という感じのようです。選挙期間中は特定の政党を激しく攻撃する様な書き込みは止めておこうと思って,アップしてませんでしたが,投票の2,3日前に心情を書いた文を取っておいたので,このタイミングでアップします。


わたし自身は民主の政権は不安。政権交代は悪いことじゃないとは思いますが,今の民主党が挙げているいくつかの政策にはとても賛同できないので政権交代のために民主を選ぶという気にはなりませんでした。民主は不安だけど政権交代はしたい…という人が多いとのことですが,なんでそこまでして政権交代したいの?と思う。自公がそこまで憎い?今がそんなに苦しい?でも,もっと苦しくなるかもしれないのに,そんなことを思います。
わたしが不安に思う民主の政策はなぜかマスコミが大きく取りあげられません。マニフェストを直接読んでないので誤解してるのかもしれませんが,その政策がマスコミに取り上げられないのは,書かれてないからなんでしょうか?。でも噂レベルで結構騒がれてるのであればせめて党首に確認しろよと思います。
不安な政策とは,年金の一元化の結果所得の15%を掛け金として取るという話。一元化ということは労使折半分もなくなるという説もあり,だったらものすごい増税(厳密には税じゃないのだろうけど)になると思うのだけど,その辺をマスコミは何故確認しないのでしょう?。
後,外国人参政権も反対。日本にいる外国人の方は怒るかもしれませんが,わたしは反対です。あとは経済の成長が見込めないばら撒きも基本的には反対。そういう戦略がないまま国債を増やしたりしませんよね?と思います。あと個人的にはしょうもないネタだと思うけど,高速道路の無料化も時代に逆行してるとは思う。
ほかにもいくつかあるけど,最初の方の二つがほとんど表で語られないのが私は不満です。
政権交代が起きたときに,これらの政策を強力に推進すると大変になると思う一方で,実際にはやろうと思ったら座礁して実は何もできないんじゃないかな?とも思ったりもします。実はそうなってくれれば助かる…と思います。結局今の自公とほとんど変わらないということになっても,というかそうであるなら政権交代があってもいいと思う。政権交代のメリットは政策が大きく変わるということだけではなく,過去のしがらみを精算できるってことのほう重要だとわたしは思います。だからむしろ民主の「なんでも自民と逆のやり方」の方に不安を覚えるのです。
新しい政策をして国民への痛みが増えて社会に混乱が起きようが,一方なにも新しい政策ができずに国民が失望しても,四年間は政権に居座るんでしょうね。自民も四年間耐えたからその辺のやり方だけは引き継ぎそうな気がします。
一番怖いのはその四年間の間に選挙制度をいじったり,政治改革とか称して,とにかく自分達に有利な状況を作るあげたりしないか?ということ。それで全権委任法とか作っちゃったら,それこそ日本は暗黒時代に陥るように思う。
政権交代はもう決まりかも知れないけど,願わくは民主がそこまで力を発揮できない程度の得票ですまないかな?と思うのだけど,果たしてどうなるやら…。

最後に,今回民主の政策に不安があったというのは事実ですが,それよりもっと不満だったのはマスコミが与党と野党の内容を同じように報道してるように最後まで思えなかったこと。最後の方で民主が圧勝という雰囲気になってようやく民主を不安視する報道を始めましたが,それも単に後になって「自分達が民主を推した」といわれないためのエクスキューズにしか思えなかった。わたしは今回の政権交代に一番影響を及ぼしたのは,民主の行動でも市民の声でもなく,マスコミの偏向報道だったと思います。
確かにフェアというのは客観的には測れないものですが,でもある程度フェアに報道されて,それで起きた政権交代であれば,まぁそれはそれでいいか,ともう少し思えただろうな…と思うのに。そういう怖さを感じました。
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批判をするのは依存してるから?

2009-08-23 22:50:04 | 時事
教職員が選挙運動をしてるというのを読んで,やっぱりよくわからないなぁと思った。日本の教員は日教組の人が多くて,その人たちは国歌を歌わなかったり国旗を掲揚しなかったり,つまり反日本なのか反政府なのかは知らないけど,とにかくそういうのが嫌いらしいのだけど,なぜそういう人が先生をやってるんだろう?。私立の学校ならそれでもいいと思うのだけど,公立の学校の先生が国を否定するって意味がわからない。国や自治体に雇ってもらって,それを否定した教育をしてるって事になるんだろうけど。

#って書いていたら,最近の日教組は力が弱くて先生の3割くらいしかいないって意見を聞きました。へぇー,そうなんだ。

リンクを見ると,賃金カットに反発とかいうのはまぁわかるけど,「国家のための教育が許せない」っていうのがちんぷんかんぷんです。
なんか子供が親とか先生に反発してるのをいい大人がやってるように見えるんだよなぁ。自分達を抑圧するものとか自分達に義務をかせる者に対して反発してるだけ。でもそれって生徒が先生に反発するのと一緒じゃないですか?。そういうのがかっこいいとでも思ってるんだろうか?
別の話で麻生総理とかをバカにする論調をマスコミとか,それに煽られた人たちが言ってるのを最近よく聞くんだけど,わたしは自分より偉い人を無能の様にいう感覚がよくわからなくて,それって自分が惨めだから自分より偉い人を貶めて独りよがりの満足を得てるって事なんだろうか?とか思います。
自分より成功してる人とか自分より偉い人っていうのは,わたしは自分より秀でたものがあるとか思うのですが,まぁ自分がなりたい方向と違っていたら,単純に「へー凄いな」と思うし自分がなりたくてなれないものだったら純粋に「凄い,わたしには無理」と思います。まぁ偉いとか優秀とかだけじゃなくてずるいとかそういう場合もあるけど,いずれにせよ,何か秀でたものがあったのは確かで,その人をバカにするというのは,逆に自分のコンプレックスとかルサンチマンをひけらかしてる様で,ずいぶんみっともないと思うのだけど…。
優秀だとは思うけど,嫌いとか賛同できないとか言うのは,まぁあってもいいとは思うけど,バカにする必要はないよねぇ。
人を貶めないと自分を偉いと思えないのはみっともないと思います。それから,権力者に反発するのがいい事だと言う人もいて,それはきちんと理路整然と批判すべきものでしょう。無軌道に反発するのって,反発することで自我を確認してるという,一種の依存だと思うんですが,そういう自覚をしてる人ってあまりいないようですね…。
なんてことを思いました。

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プレーヤが作るルール

2009-05-26 23:05:01 | 時事
なんか最近,国政選挙で候補者の世襲について制限を加えようという話題が議員の間で盛んになってるようです。つまり,自由に候補者を立てたり選んだりできるようにしたら,愚かな国民は,正しく議員を選べないので,国会議員のほうで,制約をつけてあげましょう,という話でしょうか?。すごいですね:-p。別の見方をすれば,議員(および候補)の中の,単なる権力争い,どっちかが自分に有利なルールを作ろうとしてるようにも見えます。
そもそも国民が世襲議員を選ぶのは,投票率が低いことを考えても,ほとんどの国民が,別に議員なんて誰でもいいか,もしくは今のままでいいと考えていて,だから,支持地盤をもっている人たちが強いって事では?。今のままでいいというのは,いろいろぶつぶつ言っても,まぁ国をひっくり返すほど,困ってはない,もしくは政治に期待してないってことでしょう?。それを,今が危機という風に不安をばら撒いて,政治システムを変えようとするのは,なんていうんだっけ?。
…。
で,今度は与党の人から議員定数を減らしましょうとかいう案が出ていて,なんと50人も減らそうというから,結構な量だなぁと,驚きました。地方の議員が減ってるからって,そりゃー,市町村合併で減ったわけで,自治体数が減ったら減るけど,国も小さくなったんだっけ?;-p。
こっちの方は,露骨に愚かな国民が惑わぬように…という主旨じゃないので,いい効果があるのか悪い効果があるのか,良くわかりません。
そもそも国会議員の人数がどういう根拠かもよくわかりません。大臣とか副大臣とかやっている議員は,まぁTVとかでも活躍してるし,あと国会で質疑とかやってる人も,働いているかなぁ…。残りの議員は何をやってるんでしょう?。単なる一票の駒としているのかしら?。
だったら給料の無駄,というのもわからないでもないですが,でも,国会議員って要は,国会での意見の単位でもあるわけですよね?。選挙区との絡みもあるけど,意見の単位が減るって事は,少数派の意見が反映されなくなるともいえる気がします。例えば,ある県で議員を1人とかにすると,その一人が県の意見を代表するとみなされてしまうわけで…。
そう思うと,議員が減ればいいってもんでもないよなとは思います。まぁ活躍が見えない議員も裏でいろいろ画策してるのでしょうし,将来の大臣のための準備とかもしてるのかも知れませんし。
いずれにせよ,国政選挙制度の議論でしらけるのは,ルールを作っているのがプレーヤ自身だから,結局自分に有利になるようにしてるだけじゃないか?とか思っちゃうからなんですけどね。
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