兵庫県のある合気道団体のホームページにこのような一文が載せられていた。
学生時代、私の所属していた立命舘大学へは大阪合気会の田中万川という師範が指導に来られていました。その師範の指導の下での練習は、今から思えば単に合氣道の型の反復練習に過ぎなかったように感じます。(原文のまま)
いささか閉口する文言である。古人の言によれば「師は其の事を伝へ其の理を教ゆるのみ其の真を得るは吾に在り」と言っているが察するところ、この君は形ばかり習って、真なるものを体得しなかったのではないか。田中万川師範の練習が型の反復練習に過ぎなかったと述べているのは自らの未熟さを弁明するものでしかない。
これを古人は「智として知りたりとも身に覚へざれば得たりとは言い難し心得て然も行ひ得ぬを不覚の者と云う」と言っている。所謂、禅家の『教外別伝(きょうげべつでん)』というのである。禅家の教外別伝、俗にいう以心伝心であり、これが欠けては百年学ぶも合気道の真理は得られまい。
写真:合気道開祖植芝盛平
学生時代、私の所属していた立命舘大学へは大阪合気会の田中万川という師範が指導に来られていました。その師範の指導の下での練習は、今から思えば単に合氣道の型の反復練習に過ぎなかったように感じます。(原文のまま)
いささか閉口する文言である。古人の言によれば「師は其の事を伝へ其の理を教ゆるのみ其の真を得るは吾に在り」と言っているが察するところ、この君は形ばかり習って、真なるものを体得しなかったのではないか。田中万川師範の練習が型の反復練習に過ぎなかったと述べているのは自らの未熟さを弁明するものでしかない。
これを古人は「智として知りたりとも身に覚へざれば得たりとは言い難し心得て然も行ひ得ぬを不覚の者と云う」と言っている。所謂、禅家の『教外別伝(きょうげべつでん)』というのである。禅家の教外別伝、俗にいう以心伝心であり、これが欠けては百年学ぶも合気道の真理は得られまい。
写真:合気道開祖植芝盛平