柿衛本 「おくのほそ道」 出羽越え
あるじのいはく、是(これ)より出羽の国に 大山(おおやま)を隔(へだ)て、道さだかならず。道
しるべの人を契(ちぎり)て越(こゆ)べきよし を申す。さらばとて、人をたのみ
侍れば、究竟(くっきょう)の若者反わき指(そりわきざし) をよこたへ、樫(かし)の杖を携(たずさえ)て我
々が先に立て行。けふこそ、必あやうきめにもあふべき日なれと、 辛(から)き思ひをなして、後について
行。あるじの云にたがはず、高山(こうさん) 森々(しんしん)として一鳥声きかず、木
のした闇(やみ)しげりあひて、夜な行 がごとし、雲端(うんたん)に土ふる心地して、
篠(しの)の中ふみ分/\、水をわたり 岩につまづいて、肌につめたき
汗をながして、最上の庄にいづる。 かの案内せしもの云やう、この道
必(かならず)ず不用の事あり。恙(つつが)なうをくり まいらせて仕合(しあわせ)したりとよろこび
てわかれぬ。あとに聞てさへ、胸 轟(とどろ)くのみ也。
尾花沢にて清風と云ものを尋 ぬ。かれは富るものなれ共、心ざし
賎(いや)しからず。都にも折々かよひて さすがに旅の情をもしりたれば、
日比(ひごろ)とゞめて、長途の労(いたは)りさま/゛\ にもてなし侍る。
凉しさを我がやとにしてねまる也 (すずしさを わがやどにして ねまるなり)
這出てかいやが下の蟾の声 (はいいでて かいやがしたの ひきのこえ)
蚕飼(こがひ)する人は古代の姿かな 曾良
凉しさを句:涼しさをわが宿のものとして、くつろぎ、気楽に過ごしているところである。
這出て句:どこかで、ひき蛙の鳴き声がする。蚕の飼屋(かいや)の床下にでもいるのであろうか。そんなところで鳴かないで、こっちへ出てきて鳴いたらいいのに。
・柿衛本にはない句
まゆはきを俤にして紅粉の花 (まゆはきを おもかげにして べにのはな)
句:紅粉の花が一面に咲いている。それは、女性の化粧を連想させ、眉掃きを思い浮かべさせる。
あるじのいはく、是(これ)より出羽の国に 大山(おおやま)を隔(へだ)て、道さだかならず。道
しるべの人を契(ちぎり)て越(こゆ)べきよし を申す。さらばとて、人をたのみ
侍れば、究竟(くっきょう)の若者反わき指(そりわきざし) をよこたへ、樫(かし)の杖を携(たずさえ)て我
々が先に立て行。けふこそ、必あやうきめにもあふべき日なれと、 辛(から)き思ひをなして、後について
行。あるじの云にたがはず、高山(こうさん) 森々(しんしん)として一鳥声きかず、木
のした闇(やみ)しげりあひて、夜な行 がごとし、雲端(うんたん)に土ふる心地して、
篠(しの)の中ふみ分/\、水をわたり 岩につまづいて、肌につめたき
汗をながして、最上の庄にいづる。 かの案内せしもの云やう、この道
必(かならず)ず不用の事あり。恙(つつが)なうをくり まいらせて仕合(しあわせ)したりとよろこび
てわかれぬ。あとに聞てさへ、胸 轟(とどろ)くのみ也。
尾花沢にて清風と云ものを尋 ぬ。かれは富るものなれ共、心ざし
賎(いや)しからず。都にも折々かよひて さすがに旅の情をもしりたれば、
日比(ひごろ)とゞめて、長途の労(いたは)りさま/゛\ にもてなし侍る。
凉しさを我がやとにしてねまる也 (すずしさを わがやどにして ねまるなり)
這出てかいやが下の蟾の声 (はいいでて かいやがしたの ひきのこえ)
蚕飼(こがひ)する人は古代の姿かな 曾良
凉しさを句:涼しさをわが宿のものとして、くつろぎ、気楽に過ごしているところである。
這出て句:どこかで、ひき蛙の鳴き声がする。蚕の飼屋(かいや)の床下にでもいるのであろうか。そんなところで鳴かないで、こっちへ出てきて鳴いたらいいのに。
・柿衛本にはない句
まゆはきを俤にして紅粉の花 (まゆはきを おもかげにして べにのはな)
句:紅粉の花が一面に咲いている。それは、女性の化粧を連想させ、眉掃きを思い浮かべさせる。