武産通信

東山三十六峰 月を賞で 雪を楽しみ 花に酔う

合気道技法(155)

2014年11月29日 | Weblog
 植芝盛平翁 伝書
 
立取

第五条  敵ノ右袖ヲ左ニテ摑ミ右ノ手ニテ敵ヲ打事

第五条  取放シノ事 
       敵ノ左手首ヲ左ニテ下ヨリ押へ左ノ足ヲ後ニ廻シ頭上ヲ越シテ投ル事

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

The Way of Harmony 合気道  白田林二郎著

2014年11月22日 | Weblog
★書籍案内

 AIKIDO : The Way of Harmony by Rinjiro Shirata 

 【内容紹介】 
 『 AIKIDO : The Way of Harmony  』は合気道開祖・植芝盛平の戦前の内弟子、白田林二郎の写真集。弟子のジョン・スティーブンスが1984年に出版した英語版。戦前の皇武館時代の合気道技が白田林二郎師範による連続写真で見ることができる。皇武館の麒麟児と謳われた白田師範。戦後は東北地方の合気道を束ね、全日本合気道演武大会では豪快な二人掛けの演武を披露された。戦前の合気道技法を知るうえで貴重な史料となるであろう。日本語版は出版されていない。

This definitive, profusely illustrated manual covers the essential elements of the philosophy and practice of Aikido, the Japanese martial art that has been embraced by modern psychology and many Western bodywork therapies.
Useful to the beginner and experienced practitioner alike, the book details the traditional methods and techniques of Shirata Rinjiro, of whom John Stevens is a principal student. Noted for the precise execution of a wide range of techniques and an emphasis on Aikido as a spiritual path, Shirata Sensei's teachings exemplify the way of the warrior: superior technical prowess combined with profound spiritual insight.

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

追悼 高倉健さん

2014年11月19日 | Weblog
                                高倉健さんと植芝盛平翁

 若き日の高倉健さん。右端に立ち指導するのが開祖植芝盛平。合気道旧本部道にて、昭和31年頃。  合掌

 【海外通信】
 国内各メディアの報道によると、俳優の高倉健さんが悪性リンパ腫のため、10日に東京都内の病院で死去したことが分かった。83歳だった。高倉さんは福岡県出身。半世紀以上にわたって第一線で活躍し、日本を代表する映画俳優だった。出演作は「幸福の黄色いハンカチ」や「南極物語」、「鉄道員(ぽっぽや)」など多数。2013年には文化勲章を受章している。(ロイター通信)


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都府庁 旧議場

2014年11月16日 | Weblog
 京都府庁旧本館の『旧議場』が復元され一般公開された。
 
 京都府庁は、明治12年(1879)の二条城二の丸御殿に始まり、建仁寺方丈、京都市役所議場を経て、現在の地に至る。
 明治37年(1904)に完成した京都府庁旧本館は、現役で使用している官公庁建物としては日本最古の建造物。平成16年(2004)に国の重要文化財に指定された。ルネサンス様式の建物で、設計は松室重光。
 この度京都府は、旧議場の演壇と議長の机の木材はそのままに、傷みのひどかった議長席や理事者席などを張り替えて、議員席や絨毯を復元新調し、当時の姿を再現した。前列の議員席には、当時は珍しかったスチームの床暖房が設けられていたという。
 壁は煉瓦を何重にも積み重ね、それを漆喰で固め作られている。そのため煉瓦を幾重にも重ねて造られた壁は非常に分厚く重厚感がある。
 中央のデザインは漆喰を盛り上げ形を作った職人技で、装飾のモチーフとして使用されている植物はアカンサス。 アカンサスの葉は、古代ギリシア以来、多くの建築物や内装のモチーフとして使用されている。アカンサスの花言葉は、芸術、巧みさ、離れない結び目。
 天井の高さは5m。和風建築の中でも格式の高い、折上小組格天井で仕上げられ、傍聴席があった2階では、アーチ型の曲線や蛇腹型の装飾を漆喰で表現している。
 議員席に座る。西洋の技術と日本の技術の融合が見られる貴重な旧議場である。

写真:京都府庁旧議場(府資料)

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Dynamic 合気道  塩田剛三著

2014年11月15日 | Weblog
★書籍案内

 Dynamic AIKIDO by Gozo Sioda 

 【内容紹介】 
 『 Dynamic AIKIDO 』は合気道開祖・植芝盛平の戦前の内弟子、塩田剛三が昭和42年に出版した『合気道入門』の英語版。戦前の合気道技法が塩田剛三師範による連続写真で見ることができる。袴をつけない道着姿の塩田師範の足捌きがよく解り、真上から撮られた演武写真では崩しの角度を違った視点から捉えることができる。加えて、詳しい解説があり、合気道の基本技を知るうえで貴重な史料となるであろう。現在、日本語版は絶版となっている。

Ancient theory, modern practice: Dynamic Aikido brings together the whole spectrum of theoretical and applied aikido. Through it, one can become perfectly attuned to one's opponent, can sense his intentions and turn his movements to one's own advantage. Comprehensive and fully illustrated, Dynamic Aikido presents the basic postures and stances, fundamental techniques and applications: how to cope with a frontal attack, how to avoid an attack from the rear, how to sense and thwart the pickpocket. An essential companion for every beginner, a vital reference for students of all levels.

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Aikido 武道  植芝盛平著

2014年11月08日 | Weblog
★書籍案内

 Morihei Ueshiba BUDO : Teachings of the Founder of Aikido 

 【内容紹介】 
 『武道』は合気道開祖・植芝盛平が昭和13年に出版した、唯一の技術書である。陸軍戸山学校長の賀陽宮(かやのみや)殿下の希望により作成された限定版で、その中に掲載されたすべての写真は盛平翁自身のものであり、解説も盛平翁監修のものである。参謀将校による写真撮影という。戦前の時代を反映して対銃剣の演武もある。盛平翁の受手は、植芝吉祥丸先生、塩田剛三先生、大久保能忠先生が務める。出版元は講談社。英語版。現在、日本語の復刻版は出版されていない。

Morihei Ueshiba is rightly known as one of the world's greatest martial artists for his creation of aikido, the synthesis of his superb technique and his profound spiritual insight into the nature of the universe. Aikido is much more than just another fighting style, it is a holistic approach to life that Morihei described as "a divine path inspired by the gods that leads to truth, goodness, and beauty." Sadly, Morihei left few writings to explain his martial arts philosophy, preferring to teach his disciples by direct example.

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

続 快川禅師の滅却心頭

2014年11月02日 | Weblog
 安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し。
 快川紹喜は天正9年(1581)9月6日に国師号を下賜される。(紹喜録「大通智勝国師」宸翰写)
 本能寺の変の2ヶ月前、天正10年(1582)4月3日。恵林寺山門上で快川禅師火定。享年81歳とか。

 『常山紀談』 湯浅常山著
 <巻之五> 信忠恵林寺を焼るゝ事
 勝頼亡て後、武田家尊崇しける恵林寺に、前将軍義昭公の使大和淡路守、三井寺の上福院、佐々木承禎三人をかくし置きたる聞えありければ、早く出すべき、と信忠下知せらるゝ事三度に及べども出さず。信忠怒て、累世の旦越勝頼をば少の間も境内にとゞめず、其の遺骨をだにとり収ずして詮なき者をかくしたる、とて津田次郎信治、長谷川與次郎等をして寺をとりまいてさがさるゝに、三人はとく逃さりぬ。僧徒皆山門の楼に上りてこもりたるを、其の下に焼草を積て火をかけたれば、快川を始として、坐して合掌して焚死す。其の余をめきさけんで焼死にける者、宝泉寺の雪峯、東光寺の藍田、長禅寺の高山等児童に至て八十四人なり。
 又禅僧の語り傅へしには、快川濃州に有し時、信長招待すれども肯はず。今川の家に行て甚今川家を輔佐したりければ、信長にくまれしに、甲州に往て恵林寺の住持たり。信玄の死を深くかくしければ、信長愈怒りて、さま/\にさぐり聞せられしに、快川の方より泄さゞれば、信長怒にたへかねられしが、武田の亡し故遂に焚殺されしとなり。又其の時楼下に鎗先をそろへてあまさじとしたりしに、快川弟子の南華に、法の絶なん事くちをし。とても逃るべきにあらねども、楼より飛て死候へ、と云しかば、南華飛たりしに、郡りたる士卒の鎗ぶすまを作りたる者ども鎗をふせたりしかば、南華たすかる事を得て、後豊後月渓寺にありといへり。又つゞいて飛たる者十六人有りといへども、其の名傅はらずとかや。

 (訳) 織田信忠恵林寺を焼かるる事
 武田勝頼が滅んだ後、武田家を尊崇する恵林寺に先の将軍、足利義昭の使者である大和淡路守、三井寺の上福院、佐々木承禎の三人をかくまっているという噂があった。そのため「早く差し出せ」と織田信忠が命令すること三度に及ぶ。しかし恵林寺は差し出さなかった。
 織田信忠は怒り「累世の檀家である勝頼でさえ少しの間も境内にとどめさせず、その遺骨ですら引き取り収めないくせして、つまらぬ者をかくまっている」と、津田次郎信治、長谷川与次郎らを送り、寺を取り巻き探させた。しかし、三人はとっくに逃げ去っていた。
 僧徒は皆、山門の楼に登りこもっていたのを、その下に焼草を積んで火をかけた。快川禅師を始めとして、座して、合掌して焼け死んだ。
 その他、わめき叫んで焼け死んだのは宝泉寺の雪峯、東光寺の藍田、長禅寺の高山ら、そして児童に至るまで、八十四人である。
 また、禅僧の語り伝えるところには、快川禅師が濃州に居たとき、織田信長が招こうとしたが、快川は拒否して、今川家に行き、今川家を補佐した。それで信長に憎まれ、甲州に行き恵林寺の住持になった。
 武田信玄の死を厳重に隠していたので、織田信長はますます怒り色々と探り聞いていたが、快川禅師の方より漏らすことがなかったので、信長は怒りに耐えかねていた。そこへ武田が滅んだので、とうとう焼き殺したということである。
 またそのとき、楼下に槍先を揃えて、取り逃がすことのないようにした。快川禅師が弟子の南華に「法の耐えることは口惜しい。とても逃げることはできないが、楼より飛び降りて死になさい」と言ったので、南華は飛び降りた。下に群がる武士たちの槍衾(やりぶすま)を作っていた者がその槍を伏せたので、南華は助かることができた。そして南華は後に豊後の月渓寺にいたという。また続いて飛び降りた者が十六人いたが、その名は伝わっていないという。

 恵林寺山門上より飛び降りた僧のうち判明している僧の名。
 南華玄興、淳岩玄朴、末宗瑞曷、湖南宗嶽、菊譚祖采、龍雲宗珠 (花園大学客員教授・横山住雄『快川国師と恵林寺』講演録)

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする