続 塩田剛三と合気道
夜も更け、多分午前二時を廻った頃、ヒタヒタという音が聞えて来ました。それも複数で四、五人のようです。私はドアのところにへばりつき身構えました。 その時体中が震えてきて、止めようとしても、どうしても止まりませんでした。 いわゆる武者震いというのとはどこか違うようです。私はドアを少し開けて、機先を制しようと考えました。相手がドアのノブに手をかけた瞬間、こちらからドアを中に引き、転がり入ってくるところを殴り倒す作戦でした。
浦岡は薄暗くした部屋の中でピストルを構え、ドアの正面を狙っていました。
やがて足音は一時ドアの外でピタッと止まりました。
ドアの隙間から外を窺うと、足音をしのばせて次第に近寄ってきます。頃を見計らって、間髪を入れずドアをパッと中に開きますと、相手は予期していなかったと見えて、ツッと前のめりに一人が部屋の中に入って来ました。そこでいきな りビールビンで頭を殴りつけました。ビンは割れ、握っている部分の割れロがギザギザになり、まるで鮫の歯のようになっていました。すかさずそれを相手の顔めがけて突き出すと、顔の真ん中に当たり、それをさらに一ひねりしたからたま りません。鮮血がほとばしると同時にのけぞりました。逃してはならないと部屋の中深く引きずり込みました。この間の出来事はほんの一瞬のことでした。
まだ三人います。一人の大きな中国人がいきなり蹴り上げて来ました。それを左横に体を開き、蹴り上げて来た男の足を、後ろ向きになりざま右手で叩きまし た。それもごく自然に、さほど力は入れなかったのですが、男はヘタヘタと坐り 込んでしまいました。後でわかったことですが、その足の膝関節と骨が折れていました。
私は簡単に二人を打ちとってやっと気が落ちつき、心にゆとりができたとき、 もう一人が私の前面目がけてく突いてきました。それを内側によけ、四方投げの変形で手を逆にして、相手の肘を肩に当てて、グッと極め、投げ飛ばしました。 男の腕は意外なほどもろく肘が折れて前方に飛んでいきました。これで三人を片づけたのですが、この間の時間は何分とってはいなかったと思います。
のびている三人をベルトと紐で縛って、悠々とした気分で一服しながら見ると、最後の一人を相手に浦岡は闘争中でした。
浦岡は柔道四段で格闘技はなかなか強く、とくに彼のけんかぶりは大したもの でした。たしかに、残りの一人をきれいな跳ね腰や内股などで投げるのですが、 最後のきめ手がないため、投げられても投げられてもまた起き上がってかかって くるといった具合で、なかなか結着がつかず、力戦をつづけている最中でした。
私は合気道の当て身というのはどの程度きくのか試してやろうと思い、
「僕に一度やらせろ」と言って、浦岡に投げられて男が起き上がってくるところを、肋骨に当て身を一発喰わせました。男はウウウウとうめきながらのけぞり、 泡を吹いて倒れてしまいました。
以上はたまたま私自身が、求めずして生きるか死ぬかの実戦の場に立たされる機会に遭遇したから、やむを得ず戦い、日頃の修練の結果を見ることができたのです。自らの力を試すために人にけんかを売ったり、そうした機会を自ら求めて 作ったりすることは絶対に避けるのがむしろ合気道の修行者の道です。
そんなことをしなくても、合気道の理合いにかなった稽古をひたすら素直な心でつづけていれば、その人の実力は高まり、その姿、形、動きの中にバランスの美がにじみ出て来ます。私どもは一見ればすぐ分かります。 (塩田剛三「合気道人生」)