goo blog サービス終了のお知らせ 

ミャンマーチーク屋さんのわが道を行く

日々の出来事と旅と愚痴と文句を勝手に語る日記。

有限性…

2024-12-10 14:28:50 | 時事(国内)
朝、めざまし8で小倉さんが亡くなったのをずっとやっていた。

なんとなく、長い時間見てしまった。小倉さんといえば、今でも大橋巨泉の弟子というイメージがずっとある。たしか巨泉さんが亡くなったちょっと後のタイミングで小倉さんがガンを公表したというのも今思えば、変な巡り合わせだ。で、その小倉さんの愛弟子が元フジアナの笠井さんってことになっている。彼もまたフジテレビを退職してすぐにガンに罹患している。これはまさか病気繫がりってことではないと思うけれど、大橋巨泉からの系譜で言えば、笠井さんだとちょっとダウングレードし過ぎで物足らなく感じてしまう。

小倉さんは常々「老後にやろうはダメ!」と語っていたとか…。
彼のように資産はたくさんあっても、結局、健康じゃないと何もできないんだということを実感した言葉で、やりたいことは若いうちにやっておくほうが良い、というのは、まさにいい得ているんだろうと思う。けれど、若いうちにやりたいことしかやらずに「みじめな老後」というのもある。真ん中とって、程よく働きながら程よくやりたいことをやる、なんていうのが理想なのかもしれないが、人なんて所詮、ないものねだりだ。

いつか医学が発達して、人は自分の寿命を知ることができたらベストだとなと思う。
生まれたときから、自分の寿命がわかっていたら、それはそれは可能な限り理想的かつ効率的に生きられるような気がする。早世の人なら仕事はほどほどにして、自身の生活の優先することができるし、長寿で100歳まで生きるとなれば、手堅く貯蓄に励むのも良い。でもわからないから、良いのかな?苦悩しながら生きるのが、人生なのかも?

歳を取ると見慣れた人がどんどん亡くなっていく。
若い時にはわからなかったけれど、寂しさはもちろん、自分もいずれという気持ちも同時に感じる。

人の訃報は、あらためて自身の人生の有限性を再認識させてくれるものなんだなと思う。
今後の生き方や価値観を見直すきっかけにもなるし、より充実した人生を送るための動機付けにもなるような気もする。

で、これまでピンピンコロリが理想かと思っていたけれど、そうでもないなと…。


コメント