忌野清志郎が亡くなった。58歳である。
彼がRCサクセションでデビューした70年代、私はまだ小学生だったので
タイムリーには全く知らない世代である。初めて聞いたのは、中学2年の
時、友達に借りたカセットテープがRCサクセションであった。
「僕の好きな先生」「雨あがりの夜空に」「スローバラード」などを聞いて、
一時期すっかりハマッた。その後、当時どこにもあった貸しレコード店に走り、
過去に発売されたLPを借り、せっせとダビングに励んだものである。
それからしばらくして、すっかり聞かなくなってしまったのだが、20代
前半に長旅をしていた時に、旅先で出会った日本人の男性がRCサクセ
ションの大ファンだったようで、彼が帰国する時に持っていた何本かの
テープを頂いた。
その後、帰国するまでの1年間、持っていたウォークマンでそのテープを
何度も何度も聞いた。中学生だった頃はわからなかった歌詞の意味も、
性的表現や恋愛行為を車や他のものに例えて歌っているということも、
その時初めて理解したものである。
また、そのような歌い方が、米国の古いブルースの伝統を踏襲したもの
だということを知ったのも、ずっと後になってからである。
近年はテレビドラマなどにも出演していたようだが、彼がテレビドラマに
初出演した時、確か90年代前半だったと思うが、そのへたくそぶりが
大変可笑しかったのを記憶している。
俗に言う、清志郎信望者では全くないが、またひとりかっこいいおやじ
が亡くなってしまったのは、残念でならない。

彼がRCサクセションでデビューした70年代、私はまだ小学生だったので
タイムリーには全く知らない世代である。初めて聞いたのは、中学2年の
時、友達に借りたカセットテープがRCサクセションであった。
「僕の好きな先生」「雨あがりの夜空に」「スローバラード」などを聞いて、
一時期すっかりハマッた。その後、当時どこにもあった貸しレコード店に走り、
過去に発売されたLPを借り、せっせとダビングに励んだものである。
それからしばらくして、すっかり聞かなくなってしまったのだが、20代
前半に長旅をしていた時に、旅先で出会った日本人の男性がRCサクセ
ションの大ファンだったようで、彼が帰国する時に持っていた何本かの
テープを頂いた。
その後、帰国するまでの1年間、持っていたウォークマンでそのテープを
何度も何度も聞いた。中学生だった頃はわからなかった歌詞の意味も、
性的表現や恋愛行為を車や他のものに例えて歌っているということも、
その時初めて理解したものである。
また、そのような歌い方が、米国の古いブルースの伝統を踏襲したもの
だということを知ったのも、ずっと後になってからである。
近年はテレビドラマなどにも出演していたようだが、彼がテレビドラマに
初出演した時、確か90年代前半だったと思うが、そのへたくそぶりが
大変可笑しかったのを記憶している。
俗に言う、清志郎信望者では全くないが、またひとりかっこいいおやじ
が亡くなってしまったのは、残念でならない。
