アーダ、コーダ、イーダ!

浮かんでは消えていく想い。消える前に名前をつければ、何かにつながるかもしれない。何処かにいけるかもしれない。

教育現場から一番遠い人たち

2008年07月18日 23時26分39秒 | Weblog
 教員の不祥事が起きると「教育の不信感を招いて申し訳ありません。今後は・・・」と各学校で「服務規律研修」を行う。しかし、管理職にその技能がないために、やったという事実をつくるためだけのような内容が多い。
 さて、大分の状況を見聴きするにつけ、あんたらはどうやってけじめをつけるんだ、と、思う。ここでも、県の研修についてはかなり批判的に書いたこともあるが、結局、大元は「ちゃんと研修させました」という事実だけを作ればいいんだと納得した。恥を知らない。
 いつか遠い昔にここでも書いた記憶があるけれど、ぼくは時々子どものころの自分が今の自分にOKを出してくれるかと考える。子どもの時にイヤだった大人になっていなければいいナと思う。
 大分の「連中」はどうなんでしょうか。昇進ばかり考えて、現場意識が皆無な管理職は多い。
 いつからか、管理職の技能が極端に低下した。上からすれば、使いやすい輩をそういう風にした方がやりやすいんだろうと現場は考えている。学校を運営する能力も技能も情熱も要らない。伝言板として機能すればいい訳だ。教育をどれだけ考えているか、それは、どれだけ素晴らしい人材を管理職として登用するかでわかる。
 いつごろからか、現場では全く信頼されない人間が管理職で来るようになった。その辺については、ぼくも思い出し、他県の知り合いに聞いて、まとめようとしている。問題は多い。
 大分に発した問題はどっかの野焼のようにジリジリ、ジワジワと広がっている。どこかの県で警察の試験結果でも、事前に知らせているという。誰もが納得する解決ができるのかな?

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