アーダ、コーダ、イーダ!

浮かんでは消えていく想い。消える前に名前をつければ、何かにつながるかもしれない。何処かにいけるかもしれない。

『八重の桜』を観なくなった理由

2013年03月27日 23時08分51秒 | Weblog
 綾瀬はるかは好きな女優なので期待して見始めたものの、京都の場面が多くなって観なくなった。時代状況を描くためには必要なことはわかる。しかし、福山龍馬で、イヤというほど見てる訳で、京都の場面は八重のもとに届く便りとか、話の中にでてくるだけにして、八重の日常をもっと描いてくれればいいのにと思う。

 毎週新聞に掲載される視聴率トップ20に『八重の桜』が入っていない。綾瀬さんを応援したいので、少々心苦しい。でも、NHKはパターン化してしまったドラマ作りを考え直した方がいいんじゃないかと思う。今まで幕末をどれだけ描いてきたことか。既に知ってしまっていることを、今更と思ってしまう。もちろん、一つの事件でも視点も違えば、俳優も異なるから制作側の気持ちはわかる。でも、『龍馬伝』から2年なんだから、観る側のことを考えてもいいんじゃないかと思う。八重と周囲の人との会話の中で描かれる時代でいいんじゃないか。八重というヒロインは類を見ないほどの人生を生きた人らしいが、だからこそ、彼女中心に描くべきではないのか。タイトルバックの絵にこだわるくらい、それ以上に独自の「こだわり」でドラマを作ってほしい。そのためには、そのドラマだけの視点ではなく、大河ドラマ全体を見回して、もっと欲を言えば、今までのテレビドラマ全体を見た上での取り組みが必要だと思う。冒険がない。保守的なドラマ作りだから、面白くない。綾瀬はるかの魅力だけでは無理だ。

戦う姿勢のプラスとマイナス

2013年03月25日 20時12分52秒 | Weblog
 北朝鮮が攻撃的な政治姿勢を示して、それに反応する。それが政治なのだろうか。となると、政治はケンカ。バカな。

 「先進国」は、人間で言えば、オトナ。オトナが未成熟な人間のような反応をするのはいかがなものか。ある町で「子どもフェスティバル」を観に行った時、子どもを前に市長は子どもの後ろにいる大人に向けての言葉しか言えなかった。政治家は、子どもがわかる言動をすべきではないか。子どもに説明できない政治家が多いと思う。威張りたいだけのクズだ。何人かは名前を挙げることはできるが、控えないと。

 部分ではなく、全体で考えることができる政治家が欲しい。 

イエスマンが増えていく

2013年03月13日 22時36分24秒 | Weblog
 自民党がどれくらい骨のある政治集団になったか、これから問われていくわけだが、景気に浮かれて、その勢いで議席を守る議員が増えていくことが心配だ。ならぬものはならぬ。

 犬の散歩をしていたら、退職校長に声をかけられ、ビールをご馳走になった。彼は退職してもうずいぶんになる。彼が言うには最近の学校の管理職は上から言われたことに従うだけで、現場の声を上に届けることはもちろん、それでケンカすることもないという。言われたことをするだけなら、単なる掲示板でしかない。というなかで、ここには書けない例をあげて、「だろ?」「だろ?」と相槌を求める。今の管理職は上にはイエス、下にはノーを言う。職場を代表して上に言うことは言わないとイカンのだ。実感がないままだったが、犬との帰り道、学校の諸問題は、もしかするとイエスだけの管理職が想像も、創造もできなくなったからではないかと思う。上に都合がいいだけの存在。

オールジャパンでのオリンピック招致

2013年03月08日 16時07分56秒 | Weblog
 ニュースで断片的にしかわからないが、2020年のオリンピック招致に猪瀬東京都知事は「オールジャパン」での取り組みだったと述べた。断片でも、そう感じた。安倍首相が「よりた~か~く・・・」と歌うし、緻密で精力的、オールスター総出演の取り組みだった。

 安倍首相は、その取り組みを何故東北の地震と津波と原発災害にもしないのか。オールジャパンの取り組みの一丁目一番地ではないのか。

 阪神・淡路大震災に比べて復興が遅いのは、原発が絡んでいるのは明確。だからこそ原発の再稼働には緻密で精力的な調査、研究、熟慮が要される。それが国民の目に見えない段階で、再稼働を容認する安倍首相は一体何を考えているんだ。安部首相主導でいい方向に向かっているものもあるようだ。これがイケイケドンドンになると、またとんでもない事態を招くことになるのではないか。10月に中国の新築の学校の渡り廊下が壊れた、というような。起きてみればお粗末の極まりのような。

ガキ大将、あるいは成金の憂鬱

2013年03月05日 18時49分29秒 | Weblog
 中国は発展した。政治、経済、軍事力でどんどん「充実」している。そうなると、それを誇示したくなる。
 学生時代に「塾でもしたら。場所はあるよ」と助教授に言われ、無料で貸してくれるという人を訪ねたら、ビックリ。応接間と書いてある部屋に通されると、そこは総大理石造り。すごいナと思っていたら、ご主人が登場。大理石の出自を説明され、屋敷を案内され、彼のレクチャーを受けた。あるいは、ある公務員が筋肉モリモリを目指して密かにトレーニングを始め、ある大会で入賞すると、脱ぐわ脱ぐわ。いつリクエストされても応えられるようにあれこれ入ったバッグを所持するようになった。
 せっかく空母持ったんだから使いたくて仕方ないんじゃないか。この考え方が間違っている。強くなったからこそ、謙虚に、思いやりの援助ではないのか。中国4千年の歴史の「凄さ」を感じない。オトナになったら、中国は魅力ある国になるのに。今は、迷惑なだけだ。

韓国の日本不買運動

2013年03月01日 20時00分57秒 | Weblog
 日本の反応の中には「やってみろよ」という高圧的なものもあるようだ。それはイコール不買運動の発想と同じような気がする。ともに意味も効果もないんではないか。日本はあたふたせず、いいものを作ればいいだけのことだ。それを買う、買わないは、向こうの勝手。

 でも、韓国は不買運動とかではなく、自国の領土であることを証明し、世界に訴えればいいんだ。何故それをしないのか。それがわからない。それは尖閣の中国も同じ。主張の声を怒鳴るの、やめないか?

 争うことで生まれるのは不幸、悲惨、絶望だけだ。