「ヴォーグ」と言えば、男であっても知っている著名なファッション雑誌。映画『プラダを着た悪魔』のモデルとなった編集長のアナ・ウィンターが有名だが、この『ヴォーグで見たヴォーグ』の著者であるグレース・ミラベルは、アナ・ウィンターの前の編集長だった人。ファッション・ジャーナリストがどんなことをするお仕事なのか、そしてどんな素質が必要なのかを上手く表現してくれている。
生地の「触感」を、ストッキングの「色調」を、ドレスの「輝き」を、また外観の「質感」を語ることができるジャーナリストは、ファッションジャーナリスト以外いない。素材が「つや消し」かどうかに多大な関心をよせ、「ナチュラルな鈍い光沢」のジュエリーとはどんなものか、それを写真に撮るにはどうすれば良いかについて長々と話し合うのもファッションジャーナリストだけだ。ファッションジャーナリストは、ゴールドの縁取りがついたスエードをねじって造ったベルトを、ツイードのジャケットウェストで結ぶと、ツイード地に高級感が出て、「質感を作る」ことを知っている。脚の色とコートの裾との色調をどう融けこませるか、また透けないストッキングが靴の光沢をどれだけ引き立てるかも知っている。(中略)ファッションジャーナリストはファッションに論理を見出し、ファッションに歴史を見つけることができる。
それだけではなく、この人の仕事に対する意識や、女性の社会進出についてもしっかりとした意見を持っているのが分かる。
どんな仕事をするにせよ、何かを売ることには変わりはない。そして究極ではあなた自身を売っているのである。
自分の名前以外何の影響力も持たない、陳列台に並べられたような女性にわたしは興味は無かった。そんなのは一昔前の上流社会の感覚だ。現代アメリカで上流社会に入るには才能がものをいう。
私は現実を生きる生身の女性の感覚を「ヴォーグ」に取り戻そうとした。(中略)女性たちは働き、遊び、行動し、踊るー世界の中で重要な何かを成し遂げ、楽しんで着ることができる服を着る。読んで楽しく、何かしら啓発されるところのある雑誌にしたかった。ああ、そうだったのかとぱっと目を見開からされるような思いで「ヴォーグ」のページをめくってもらいたい。
そんな意識の高い人であっても、ヴォーグ誌の編集長を解任された人事には納得がいかないらしく、後半部分では、その時代からのファッションの流れやファッション・ジャーナリストの仕事の仕方、そして何よりもアナ・ウィンターに対する皮肉と批判が、軽い調子ではあるがしっかりと書かれている。
そのころからファッションがしだいに服の本当の良し悪しではなく、デザイナーの個性を反映したイメージで売れるようになってきた。有名デザイナーをめぐる夢のような逸話を作り出せれば、それがライセンス。ビジネスの直結してくる。デザイナーの名前で服が売れることが重要だった。(中略)ファッションは大声でわめき立てなくては、ファッションにならなかった。ファッションは富!ファッションは力!
アナ・ウィンターが編集長の椅子を得るために、オーナーに「枕営業したという噂」があるとも書いている。これは上手い書き方だね。単なる「噂」でしかないから、本人が名誉毀損として訴えられる可能性をなくしつつ、「何かあったのかもね!」という裏事情をしっかりと読者に印象付けている。それでも、アナ・ウィンターはしっかりと地位を固めて、映画のモデルにもなることで、著者のグレース・ミラベルよりも有名になってしまったのは事実だけどね。
生地の「触感」を、ストッキングの「色調」を、ドレスの「輝き」を、また外観の「質感」を語ることができるジャーナリストは、ファッションジャーナリスト以外いない。素材が「つや消し」かどうかに多大な関心をよせ、「ナチュラルな鈍い光沢」のジュエリーとはどんなものか、それを写真に撮るにはどうすれば良いかについて長々と話し合うのもファッションジャーナリストだけだ。ファッションジャーナリストは、ゴールドの縁取りがついたスエードをねじって造ったベルトを、ツイードのジャケットウェストで結ぶと、ツイード地に高級感が出て、「質感を作る」ことを知っている。脚の色とコートの裾との色調をどう融けこませるか、また透けないストッキングが靴の光沢をどれだけ引き立てるかも知っている。(中略)ファッションジャーナリストはファッションに論理を見出し、ファッションに歴史を見つけることができる。
それだけではなく、この人の仕事に対する意識や、女性の社会進出についてもしっかりとした意見を持っているのが分かる。
どんな仕事をするにせよ、何かを売ることには変わりはない。そして究極ではあなた自身を売っているのである。
自分の名前以外何の影響力も持たない、陳列台に並べられたような女性にわたしは興味は無かった。そんなのは一昔前の上流社会の感覚だ。現代アメリカで上流社会に入るには才能がものをいう。
私は現実を生きる生身の女性の感覚を「ヴォーグ」に取り戻そうとした。(中略)女性たちは働き、遊び、行動し、踊るー世界の中で重要な何かを成し遂げ、楽しんで着ることができる服を着る。読んで楽しく、何かしら啓発されるところのある雑誌にしたかった。ああ、そうだったのかとぱっと目を見開からされるような思いで「ヴォーグ」のページをめくってもらいたい。
そんな意識の高い人であっても、ヴォーグ誌の編集長を解任された人事には納得がいかないらしく、後半部分では、その時代からのファッションの流れやファッション・ジャーナリストの仕事の仕方、そして何よりもアナ・ウィンターに対する皮肉と批判が、軽い調子ではあるがしっかりと書かれている。
そのころからファッションがしだいに服の本当の良し悪しではなく、デザイナーの個性を反映したイメージで売れるようになってきた。有名デザイナーをめぐる夢のような逸話を作り出せれば、それがライセンス。ビジネスの直結してくる。デザイナーの名前で服が売れることが重要だった。(中略)ファッションは大声でわめき立てなくては、ファッションにならなかった。ファッションは富!ファッションは力!
アナ・ウィンターが編集長の椅子を得るために、オーナーに「枕営業したという噂」があるとも書いている。これは上手い書き方だね。単なる「噂」でしかないから、本人が名誉毀損として訴えられる可能性をなくしつつ、「何かあったのかもね!」という裏事情をしっかりと読者に印象付けている。それでも、アナ・ウィンターはしっかりと地位を固めて、映画のモデルにもなることで、著者のグレース・ミラベルよりも有名になってしまったのは事実だけどね。
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