『年寄り工場の秘密』
第5作に引き続き、連続で第7作を読んだ。やはり、物語を面白くしてくれる毒のある主人公というスパイスに惹かれてちょっとした中毒になったかな。この第7作は、今までと2つ違うところがある。一つ目として、アンジェラが暮らす老人ホームの支配人が顔を出すこと。二つ目は、アンジェラよりもキャレドニアが活躍して犯人を見つけてしまうことだ。
「海の上のカムデン」の近くにライバルとなる老人ホーム「黄金の日々」ができ、カムデンにいた何人かがそちらに移ってしまう。支配人からしたら由々しき事態、であるから、お話の冒頭は支配人の登場で始まる。建物や設備に趣あるカムデンとは異なり「黄金の日々」は実用一点張りの施設で、しかも食事は美味しくない。それでも、2組の夫婦がカムデンから移り住んでしまう。その一人が、夜に幽霊を見たといって、アンジェラに正体究明を依頼してくる。こんな面白そうな依頼を断るアンジェラとキャレドニアではない。早速、お試しプランを使って「黄金の日々」に2泊してみるが、施設のサービスに不満を募らせはするが幽霊は一向に見つからない。そうしているうちに、「黄金の日々」で暮らしていた人たちが何人か「カムデン」の方が良さそうだと気付いて移ってくる。今まではペット禁止のカムデンだったが、入居者からの要望で猫だけは期間限定のトライアルのために許されることとなり、猫を飼っていた独身男性もカムデンに越してくる。ハンサムで女性入居者へのマナーも良いためにたちまち人気者になる。アンジェラものぼせ上ってしまうくらいに。
支配人にとっては天国のような状況となった中、新しく越してきた中の一人が殺されるという事件が起こる。警察からの自粛要請にも拘わらずに捜査に乗り出すアンジェラとキャレドニア。入居人にいろいろと話しを聞き、ゴミを集めてきだす。何かのヒントが隠されているのではと考えたのだ。嵐のような夜が来てアンジェラの部屋の窓枠が緩んでしまったために、修理することとなり何日か部屋を移ることとなったその夜、何者かがアンジェラの部屋に強力な殺虫剤を規定以上の量で噴霧するという事件が起こる。当初、メイドが気を利かせて殺虫剤を噴霧したのだろうと支配人に感謝したアンジェラだったが、量の多さに不信を持った警察はアンジェラ殺しを狙ったものだと睨む。
ここに至って親友のキャレドニアが頑張る。窓の外から噴霧型の殺虫剤を置くにはマジックハンドのようなものが必要と考えて、入居人に片っ端からマジックハンドを借りに行く。何人目かに借りに行ったのが、新しく入居したハンサムな独り者老人。この男、麻薬売買の仲介をしていた実は50歳台半ばの男だった。老人ホームに入っているような老人は、半ば呆けて毎日をグダグダ過ごすだけと思われ、麻薬売買と結びつけるような人間はいないと目をつけて、年を偽って老人ホームに入居していたのだ。最初はゴミをあさっていたアンジェラが何か気づいたかと思い、今度はキャレドニアが真相を知ったことに気付いて、部屋を訪れたキャレドニアを殺そうとした。危機一髪のところ、猫がキャレドニアの膝に突然飛び乗り、驚きのあまりキャルが騒ぎ出して相手の男に馬乗りになってしまうというアクシデントが。そこに、外で見張っていた警察が乗り込み、無事に解決。
今回は、途中で犯人が見えてしまった。アンジェラがあさったゴミの中に、デリバリーピザの箱がきれいなままで捨てられていた。ふつうは、チーズやトマトソースなどがついているはずなのに何もついてない真っ新なままゴミとして捨てられていたから、これにはピンと来るよね。何か良からぬものを入れて運んでいたのだと。コージーミステリーにしては珍しく伏線が張ってあった作品。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
"無計画"というのが、トッツイの生活様式を言い表すのにぴったりな言葉だ。もしくは”実用的ではなく空想的”、でなければいっそ”だらしなく、ぐちゃぐちゃ”という言葉がふさわしい。
分かりやすく説明するようでいて、段々と厳しい物言いになる、しかも一度で終わらずに二度も繰り返す。この底意地の悪い可愛らしい表現が、毒というスパイスが入った物語に相応しい。
キャレドニアがカロリーという燃料をボイラーにくべる必要があることを理解していた ー そして、それなりの量のカフェインで知性の炎を明るく燃え立たせなければならないことも。
夜型で朝に弱いくせに、食欲だけは旺盛はキャレドニアの朝の様子が垣間見られる。やっとこさ朝食に間に合うように登場したキャルの具合が目に浮かぶようだ。
「歳をとることは別にいやじゃないのよ。ただ、歳をとることで受ける仕打ちがいやなだけ。私は皺が嫌いだし、老眼鏡も、補聴器も「嫌いだし、いちいち書き留めておかなければ、すぐにものわすれするのも嫌いだし・・・・ 嫌いなのは、歳の数でじゃないわ。弱くなったり、痛んできたりするものの数なのよ。歳をとるって、そういうことね。」
そのとおりだ。加えるならば前立腺についても一言付け加えておいてほしかった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『殺しはノンカロリー』
第1作を読んだのが2019年9月だったから1年半ぶりのシリーズ。不思議なもので、主人公のキャラが立っているものは、時が経っていても物語の雰囲気は覚えているものだ。例えば、アガサ・レーズンものはその一つ。本シリーズも同様で、亭主に先立たれた齢80歳で身長150センチの元提督夫人のアンジェラ・ベンボウと親友で巨体を誇るキャレドニア・ウィンゲイト(アンジェラと同じ元提督夫人)が殺人事件を見事に解き明かす。
二人が入居している「海の上のカムデン」は、豪華ホテルを改築して作った高級老人ホーム。元提督夫人として人に命令することに慣れきっていたアンジェラは、この共同生活への順応に苦労したものの、次第に性格が丸くなったようだ。友人もできた。その中の一人が、カムデンから数マイル離れたところにスパを経営しているドロシーだった。
ドロシーが経営するスパで従業員が殺されるという事件が発生。ドロシーは事もあろうかアンジェラに相談。何せ、高級スパで殺人が起きたのでは、お客が離れて行ってしまう。警察はドロシーの目には頼りにならなさそうに映る。ダイエットとは無縁のキャレドニアを同行を嫌がるが、なんとか誘って、二人はスパに潜入捜査に入る。
殺されたのは、スパで働くスタッフの一人だが、二人の滞在中に料理アシスタントの女性も殺される。二件の殺人事件。しかも、一緒に行ったキャレドニアが冷蔵倉庫に閉じ込められる殺人未遂事件も起きる。スタッフか、一か月のダイエットプランでスパに来ている金持ちマダムの中の誰が犯人か?
アンジェラが立ち聞きしたことから、客の一人が犯人と判明。マダムと火遊びをした数少ないイケメン男性スタッフが、若いツバメになるチャンスとばかりに恋人と別れよう(スパで働いていた女性)と切り出したところ、逆ギレした女性スタッフがマダムを脅しに行って返り討ちにあってしまった、というのが真相。二人目の被害者は、その女性スタッフの友人で二人の中を知っている可能性があったので、用心のために殺されていた。冷蔵倉庫にキャルを閉じ込めたのは、キャルが何気なく漏らした言葉から自分の犯行がばれているのかもと心配したためにしたこと。
この手のお話の常として、犯罪解決のための伏線が前半に貼ってあるなんてことはなく、謎解きものとしては「ああ、そうだったのね」で終わるものでしかないが、解決に至るプロセスでの主人公の言動が愉しいかどうか。シリーズ第5作の本書でも、老人らしい偏屈さを持つ二人のキャラクターとそこから巻き起こる行動は相変わらずで、二人のドタバタが十分に愉しめる。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
歳をとると、意志の強さは驢馬のごとき頑迷さに、呑気はだらしなさに、几帳面さは粗探しに変わる。いつも自らの権利を主張してきた者は筋金入りのけちん坊になる。
そんな世の中の当たり前の中、なんとアンジェラは性格が「丸くなった」のだそうだ。
私が存じ上げているご婦人がたは、肌が隠れるローブを着ていますよ。人工的な蜘蛛の巣ではなくてね
捜査に来ていた警部補の言葉。
その様子を見たアンジェラは、ヘロデ王の前に進み出るサロメを演じたときのリタ・ヘイワースにそっくりだと思った。
古き良き時代のハリウッド映画が出てくるところは、80歳近いという設定のアンジェラに似つかわしい台詞。
そうだろうね。大勢の人がパラシュートなしで飛行機から飛び降りてるさ。おまけに何人かは生き残っているだろうさ。だけど、いくら不可能じゃないからたって、あたしはやりたくないよ!不可能じゃないと不愉快じゃないってのは、まったく別のことなんだからね!
アンジェラの大親友、巨体のキャレドニアの台詞。不可能と不愉快が別だってことを説明するのに、こんな大袈裟な台詞が出てくるところが人物描写としても面白いし、台詞じたいもとても面白い。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『老人たちの生活と推理』
年を取って偏屈になった老人たち、いや老女たちが活躍するユーモアミステリー。主人公のアンジェラ・ベンボウは、元提督の亭主を亡くして一人で生きている未亡人。時間と金はもちろん、誰よりも自分が優れているというプライド、周りの人々が年老いた自分に過大なサービスを提供することを当然のこととして要求するエゴ、時を経ても決して変わることの無い若くて賢くて美しい自己イメージを人一倍持っている。特に最後の自己イメージが問題。周りに対する不当とも言える要求の土台になるのだから。頭の中を占有しているという矛盾と不条理に気付かずに押し通せるのが老人の特権なのだ。
アンジェラが暇を持て余している時に知り合ったのが、キャレドニア・ウィンゲイト夫人。これまた金は充分にあって、しかも威風堂々。キングサイズのダブルベッドを優に二台はおおうエレガントな衣装と、普段着のように無造作につけている宝石の数々。サイズの描写から、マツコ・デラックスを想像してまう女性だね。キャレドニアが澄んでいるのが、海辺の高級老人ホームの名前がカムデン。ここで、お騒がせな老人たちが巻き起こす騒動と、殺人事件解決の顛末が描かれている愉しいお話し。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ずんぐりひしゃげた茶色の建物は、フランク・ロイド・ライトのゴミ箱から拾ってきたかのようなデザインだ。
人は歳を重ねるにつれ、おのずと個性が際立ってくる。鷲鼻の青年は、本物の禿鷲に。りっぱに胸の張り出した娘は、やたらと胸のせりだした鳩になる。さらに内面や精神的は個性も際立ち、セメントで固めたように固定される。二十歳のすらりとしたブロンド美人のアンニュイな魅力は、単なる不精な五十女のだらしなさに。食べ物をおもちゃにする少年は、全部食べきらないうちに夕食がさめてしまう愚図に。好奇心の強い子度もはお節介な年寄りになり、ガキ大将は暴力夫になり、ませた少女は不倫妻になる。
こんなふうに、誇張してユーモアたっぷりに言い切る台詞がコージーミステリーの愉しみの一つ。実生活でも使ってみたいが、時と場合と、そして聞かせる相手を選ばないと、「偏屈で気難しい年寄り」と言われてしまいかねない。
全員が老人という環境にあっては、死は奇異なものでも以外なものでもなく、単に約束を何度も先延ばしにされ、ついにしびれを切らして現れた客のようなものだった。
第5作に引き続き、連続で第7作を読んだ。やはり、物語を面白くしてくれる毒のある主人公というスパイスに惹かれてちょっとした中毒になったかな。この第7作は、今までと2つ違うところがある。一つ目として、アンジェラが暮らす老人ホームの支配人が顔を出すこと。二つ目は、アンジェラよりもキャレドニアが活躍して犯人を見つけてしまうことだ。
「海の上のカムデン」の近くにライバルとなる老人ホーム「黄金の日々」ができ、カムデンにいた何人かがそちらに移ってしまう。支配人からしたら由々しき事態、であるから、お話の冒頭は支配人の登場で始まる。建物や設備に趣あるカムデンとは異なり「黄金の日々」は実用一点張りの施設で、しかも食事は美味しくない。それでも、2組の夫婦がカムデンから移り住んでしまう。その一人が、夜に幽霊を見たといって、アンジェラに正体究明を依頼してくる。こんな面白そうな依頼を断るアンジェラとキャレドニアではない。早速、お試しプランを使って「黄金の日々」に2泊してみるが、施設のサービスに不満を募らせはするが幽霊は一向に見つからない。そうしているうちに、「黄金の日々」で暮らしていた人たちが何人か「カムデン」の方が良さそうだと気付いて移ってくる。今まではペット禁止のカムデンだったが、入居者からの要望で猫だけは期間限定のトライアルのために許されることとなり、猫を飼っていた独身男性もカムデンに越してくる。ハンサムで女性入居者へのマナーも良いためにたちまち人気者になる。アンジェラものぼせ上ってしまうくらいに。
支配人にとっては天国のような状況となった中、新しく越してきた中の一人が殺されるという事件が起こる。警察からの自粛要請にも拘わらずに捜査に乗り出すアンジェラとキャレドニア。入居人にいろいろと話しを聞き、ゴミを集めてきだす。何かのヒントが隠されているのではと考えたのだ。嵐のような夜が来てアンジェラの部屋の窓枠が緩んでしまったために、修理することとなり何日か部屋を移ることとなったその夜、何者かがアンジェラの部屋に強力な殺虫剤を規定以上の量で噴霧するという事件が起こる。当初、メイドが気を利かせて殺虫剤を噴霧したのだろうと支配人に感謝したアンジェラだったが、量の多さに不信を持った警察はアンジェラ殺しを狙ったものだと睨む。
ここに至って親友のキャレドニアが頑張る。窓の外から噴霧型の殺虫剤を置くにはマジックハンドのようなものが必要と考えて、入居人に片っ端からマジックハンドを借りに行く。何人目かに借りに行ったのが、新しく入居したハンサムな独り者老人。この男、麻薬売買の仲介をしていた実は50歳台半ばの男だった。老人ホームに入っているような老人は、半ば呆けて毎日をグダグダ過ごすだけと思われ、麻薬売買と結びつけるような人間はいないと目をつけて、年を偽って老人ホームに入居していたのだ。最初はゴミをあさっていたアンジェラが何か気づいたかと思い、今度はキャレドニアが真相を知ったことに気付いて、部屋を訪れたキャレドニアを殺そうとした。危機一髪のところ、猫がキャレドニアの膝に突然飛び乗り、驚きのあまりキャルが騒ぎ出して相手の男に馬乗りになってしまうというアクシデントが。そこに、外で見張っていた警察が乗り込み、無事に解決。
今回は、途中で犯人が見えてしまった。アンジェラがあさったゴミの中に、デリバリーピザの箱がきれいなままで捨てられていた。ふつうは、チーズやトマトソースなどがついているはずなのに何もついてない真っ新なままゴミとして捨てられていたから、これにはピンと来るよね。何か良からぬものを入れて運んでいたのだと。コージーミステリーにしては珍しく伏線が張ってあった作品。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
"無計画"というのが、トッツイの生活様式を言い表すのにぴったりな言葉だ。もしくは”実用的ではなく空想的”、でなければいっそ”だらしなく、ぐちゃぐちゃ”という言葉がふさわしい。
分かりやすく説明するようでいて、段々と厳しい物言いになる、しかも一度で終わらずに二度も繰り返す。この底意地の悪い可愛らしい表現が、毒というスパイスが入った物語に相応しい。
キャレドニアがカロリーという燃料をボイラーにくべる必要があることを理解していた ー そして、それなりの量のカフェインで知性の炎を明るく燃え立たせなければならないことも。
夜型で朝に弱いくせに、食欲だけは旺盛はキャレドニアの朝の様子が垣間見られる。やっとこさ朝食に間に合うように登場したキャルの具合が目に浮かぶようだ。
「歳をとることは別にいやじゃないのよ。ただ、歳をとることで受ける仕打ちがいやなだけ。私は皺が嫌いだし、老眼鏡も、補聴器も「嫌いだし、いちいち書き留めておかなければ、すぐにものわすれするのも嫌いだし・・・・ 嫌いなのは、歳の数でじゃないわ。弱くなったり、痛んできたりするものの数なのよ。歳をとるって、そういうことね。」
そのとおりだ。加えるならば前立腺についても一言付け加えておいてほしかった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『殺しはノンカロリー』
第1作を読んだのが2019年9月だったから1年半ぶりのシリーズ。不思議なもので、主人公のキャラが立っているものは、時が経っていても物語の雰囲気は覚えているものだ。例えば、アガサ・レーズンものはその一つ。本シリーズも同様で、亭主に先立たれた齢80歳で身長150センチの元提督夫人のアンジェラ・ベンボウと親友で巨体を誇るキャレドニア・ウィンゲイト(アンジェラと同じ元提督夫人)が殺人事件を見事に解き明かす。
二人が入居している「海の上のカムデン」は、豪華ホテルを改築して作った高級老人ホーム。元提督夫人として人に命令することに慣れきっていたアンジェラは、この共同生活への順応に苦労したものの、次第に性格が丸くなったようだ。友人もできた。その中の一人が、カムデンから数マイル離れたところにスパを経営しているドロシーだった。
ドロシーが経営するスパで従業員が殺されるという事件が発生。ドロシーは事もあろうかアンジェラに相談。何せ、高級スパで殺人が起きたのでは、お客が離れて行ってしまう。警察はドロシーの目には頼りにならなさそうに映る。ダイエットとは無縁のキャレドニアを同行を嫌がるが、なんとか誘って、二人はスパに潜入捜査に入る。
殺されたのは、スパで働くスタッフの一人だが、二人の滞在中に料理アシスタントの女性も殺される。二件の殺人事件。しかも、一緒に行ったキャレドニアが冷蔵倉庫に閉じ込められる殺人未遂事件も起きる。スタッフか、一か月のダイエットプランでスパに来ている金持ちマダムの中の誰が犯人か?
アンジェラが立ち聞きしたことから、客の一人が犯人と判明。マダムと火遊びをした数少ないイケメン男性スタッフが、若いツバメになるチャンスとばかりに恋人と別れよう(スパで働いていた女性)と切り出したところ、逆ギレした女性スタッフがマダムを脅しに行って返り討ちにあってしまった、というのが真相。二人目の被害者は、その女性スタッフの友人で二人の中を知っている可能性があったので、用心のために殺されていた。冷蔵倉庫にキャルを閉じ込めたのは、キャルが何気なく漏らした言葉から自分の犯行がばれているのかもと心配したためにしたこと。
この手のお話の常として、犯罪解決のための伏線が前半に貼ってあるなんてことはなく、謎解きものとしては「ああ、そうだったのね」で終わるものでしかないが、解決に至るプロセスでの主人公の言動が愉しいかどうか。シリーズ第5作の本書でも、老人らしい偏屈さを持つ二人のキャラクターとそこから巻き起こる行動は相変わらずで、二人のドタバタが十分に愉しめる。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
歳をとると、意志の強さは驢馬のごとき頑迷さに、呑気はだらしなさに、几帳面さは粗探しに変わる。いつも自らの権利を主張してきた者は筋金入りのけちん坊になる。
そんな世の中の当たり前の中、なんとアンジェラは性格が「丸くなった」のだそうだ。
私が存じ上げているご婦人がたは、肌が隠れるローブを着ていますよ。人工的な蜘蛛の巣ではなくてね
捜査に来ていた警部補の言葉。
その様子を見たアンジェラは、ヘロデ王の前に進み出るサロメを演じたときのリタ・ヘイワースにそっくりだと思った。
古き良き時代のハリウッド映画が出てくるところは、80歳近いという設定のアンジェラに似つかわしい台詞。
そうだろうね。大勢の人がパラシュートなしで飛行機から飛び降りてるさ。おまけに何人かは生き残っているだろうさ。だけど、いくら不可能じゃないからたって、あたしはやりたくないよ!不可能じゃないと不愉快じゃないってのは、まったく別のことなんだからね!
アンジェラの大親友、巨体のキャレドニアの台詞。不可能と不愉快が別だってことを説明するのに、こんな大袈裟な台詞が出てくるところが人物描写としても面白いし、台詞じたいもとても面白い。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『老人たちの生活と推理』
年を取って偏屈になった老人たち、いや老女たちが活躍するユーモアミステリー。主人公のアンジェラ・ベンボウは、元提督の亭主を亡くして一人で生きている未亡人。時間と金はもちろん、誰よりも自分が優れているというプライド、周りの人々が年老いた自分に過大なサービスを提供することを当然のこととして要求するエゴ、時を経ても決して変わることの無い若くて賢くて美しい自己イメージを人一倍持っている。特に最後の自己イメージが問題。周りに対する不当とも言える要求の土台になるのだから。頭の中を占有しているという矛盾と不条理に気付かずに押し通せるのが老人の特権なのだ。
アンジェラが暇を持て余している時に知り合ったのが、キャレドニア・ウィンゲイト夫人。これまた金は充分にあって、しかも威風堂々。キングサイズのダブルベッドを優に二台はおおうエレガントな衣装と、普段着のように無造作につけている宝石の数々。サイズの描写から、マツコ・デラックスを想像してまう女性だね。キャレドニアが澄んでいるのが、海辺の高級老人ホームの名前がカムデン。ここで、お騒がせな老人たちが巻き起こす騒動と、殺人事件解決の顛末が描かれている愉しいお話し。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ずんぐりひしゃげた茶色の建物は、フランク・ロイド・ライトのゴミ箱から拾ってきたかのようなデザインだ。
人は歳を重ねるにつれ、おのずと個性が際立ってくる。鷲鼻の青年は、本物の禿鷲に。りっぱに胸の張り出した娘は、やたらと胸のせりだした鳩になる。さらに内面や精神的は個性も際立ち、セメントで固めたように固定される。二十歳のすらりとしたブロンド美人のアンニュイな魅力は、単なる不精な五十女のだらしなさに。食べ物をおもちゃにする少年は、全部食べきらないうちに夕食がさめてしまう愚図に。好奇心の強い子度もはお節介な年寄りになり、ガキ大将は暴力夫になり、ませた少女は不倫妻になる。
こんなふうに、誇張してユーモアたっぷりに言い切る台詞がコージーミステリーの愉しみの一つ。実生活でも使ってみたいが、時と場合と、そして聞かせる相手を選ばないと、「偏屈で気難しい年寄り」と言われてしまいかねない。
全員が老人という環境にあっては、死は奇異なものでも以外なものでもなく、単に約束を何度も先延ばしにされ、ついにしびれを切らして現れた客のようなものだった。