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好きなことを好きなだけ楽しみたい欲張り人間の雑記帖

コージーミステリを読み耽る愉しみ その8 ビル・スミス&リディア・チン(S・J・ローザン著)

2023年06月30日 | パルプ小説を愉しむ
今度はリディアがメインとなる第11話『ゴースト・ヒーロー』では、リディアにアート関連の捜査依頼が舞い込む。依頼主は現代中国アートで一角の人物になろうとしている白人コレクター。アートにずぶの素人であるにも拘わらず何故依頼されるのか不審に思いつつも依頼を受けるリディア。早速ビルに相談するのだが、その時のリディアの頭の冴えはすごい。富裕であることを装って入るが、着ているものが既製品のスーツ(高級品だが)、連絡先のみで職業が書いていない名刺、連絡先はプリペイド携帯、絵自体に興味を持っているように思えない依頼主の話しっぷり、そして気前の良い料金支払い。依頼主すら疑ってかかっている時点で、探偵という職業に向いていることが分かる。依頼は、天安門事件で死んだはずのアーティストの絵の新作がを手に入れたいというもの。反体制のヒーローだったチャン・チョウ、別名ゴーストヒーロー・チョウの新作を。相談を受けたビルはリディアを連れてある人物に会いに行く。アート関係を専門に扱う私立探偵、ジャック・リーというアメリカ生まれの中国系2世。ジャックとビルはソーホーのギャラリーのオープニングパーティで知り合って意気投合したのだとか。驚くことに、ジャックもチャン・チョウの新作の噂を耳にした人物から依頼を受けていた。依頼者は別だったので、3人は共同戦線を張ることにした。ジャックの依頼主はNYUの教授のバーナード・ヤン。現代中国アートの権威であるヤン教授は、天安門事件の際に義兄弟同然であったチャンが死に水を取ったのだという。ヤン教授の娘のアンナは、中国で反体制ゆえに投獄されている詩人のマイク・リウというのだから、話は一騎に政治がらみのきな臭さを帯びてくる。新作を見たことがある人を知っているというフワフワした話を確かめに画廊を回るリディアとビル。ビルは金なら腐るほど持っているロシアン・マフィア、リディアはそのアート・コンサルタントという触れ込み。ビルのロシア訛りの英語をそれらしくするために訳者は苦労したのだろうな。会話対だけなら、片田舎から出てきた抜け作みたいな言葉遣いだ。フワフワした話の出所の別の画廊にも同じ設定で2人は乗り込む。受付係をたらし込むビルと、そんなことが気になるわけないでしょ!的に熱くなるリディア。そこに中国系探偵のジャックも参加し、ジャックの言動も気になるリディアは急なモテ期に突入して二股状態となる。そんな所に、依頼主に手を引くように依頼して欲しい、依頼料は1万ドルと持ち掛けて中国人、そして手を引けと脅してくる中国マフィアも登場する。話が錯綜する中で、捜査スケールがどんどんと膨れ上がっていく様は、作者の腕の冴えている証拠。噂の出所はヤン教授の娘のアンナが作った贋作が元だったことを突き止めるが、いけ好かない画廊主が肝心の絵を盗み出してしまう。真作だと鑑定するように父親のヤン教授に圧力をかけて濡れ手に粟を狙う画廊主と苦境に陥ったヤン教授一家。ここでリディアが打開策を思いつく。その打開策というのは、ロス・トーマスの小説並み、『華麗なるペテン師』並みの引っ掛けだった。出世狙いの国務省中間管理職だったリディアの依頼主、手を引くように金を積んできたのは中国領事館の文化担当官、このところ事業不振のいけ好かない画廊に金を貸している中国マフィアは資金を無事に回収したい、これらの絡み合った登場人物全員の裏をかいてヤン教授一家を救い出す方法にリディアとビルとジャック、そしてヤン教授自身も飛び込む。娘が描いた贋作と交換に手持ちの真作を手渡す教授、噂の作品が贋作だが新たな真作が世に出たことで死んだはずの反体制派画家が生きていると思わされた国務省役人と中国領事館担当者は米国と中国が協力して進めようとしているアートウィークが政治的に困ったものになってしまう。国家権力をかざして3人に襲い掛かる国務省役人だったが、画家本人は合法的にアメリカ市民権を取得したと聞かさて今度は入国を斡旋した黒幕を差し出すように圧力をかけて出世に繋がる自分の手柄をなんとして得ようとする。リディアが出した最後のカギは、いけ好かない画廊主。中国本土に頻繁に出入りすることを現代中国アート界での力の源としていた画廊主は、これで中国政府から好ましからざる人物と烙印がおされて地位を失う。国務省役人と中国領事館館員は黙るしかなくなる。そして脅されていたヤン教授一家の憂いはなくなった。

「そのとき芽生えた麗しき友情が、隣のバーで確固たるものになった」
ビルとジャックが知り合い親交を深め合ったエピソードが披露された折のビルの台詞。「カサブランカ」の最終シーンの台詞をもじっている。これだけではなく、ローン・レンジャーとトントが出てくるは、TV番組や小説やらがあちらこちらに顔を出して、会話に色を加えてくる愉しみも味合わせてくれる。

「中国人の十八番だろう」
「中国人をバカにしているのね」
「ぼくの存在価値を確かめたかったのさ」

これはビルとリディアのいつもながらの掛け合い。この2人だけではなく、
「あなたが脚線美で陀ぐ・ヘイグの注意を惹きつけているあいだに、ビルがギャラリーに忍び込んで絵を取り返す」
あなたに脚を見せた覚えはないわ」
「想像力を使えと言ったから」

こんな掛け合いがされるほど、リディアとジャックの仲も盛り上げってくる。「想像力を使え」とリディアに言われたことを逆襲の手に使う頭の良さ、これも演出の一部。

自分を信じるかと訊く人は信じないことにしているの
探偵としてのリディアの矜持というか信念、それとも生き抜いてきた中で得た人生訓というべきか。

「ていうか、入手できないのが考えられない立場なんだよ。どういう意味かわかるか」
ロシアンマフィアに扮したビルがいけ好かない画廊主に対して言う台詞。金と力があるんだぞ、ということを暗に示しつつも、言った本人のお頭の良さは今一つであることを分からせるように非常に上手に化けているビル、というか作者の腕の冴えだね。

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第10話『この声が届く先』を読み始めてすぐに感じたことは、「このシリーズはこんなハードボイルドっぽかったけ」という疑問符だった。ブラームスのソナタを練習しているビルの元に電話がかかってくる。着信音はワーグナーのワルキューレの騎行。
朗々と響く重厚な和音は携帯電話の軽やかなメロディーを圧倒した。(中略)ワーグナーがブラームスに勝るのは、それがリディア・チンを意味するときだけだ。
短い文章が並べられてビルの状況が描写される冒頭の2つの段落は、とてもハードボイルドなタッチ。リディアからの電話からは、ボイスチェンジャーを使った声がリディアを誘拐したと伝え、リディアも「最悪よ」と自身の生存を伝えるメッセージを口にする。誘拐犯はゲームをしようと提案し、時間は12時間と切る。商品はリディアを無事に救出できるかどうかだ。思わず引き込まれたまま、一気に読み進む。家のドアノブにゴミ袋がぶら下がり、中にゴミかと思うような品々が入れられている。スタバの紙コップ、鉄道の切符、煙草の空き箱、食料品店のレシートは、犯人から与えられたゲームのヒントだ。過去に担当した事件でビルを恨んでいる奴だろうと検討はつくものの、電話の中でリディアが口にした情報から犯人像を描いてみるが、誰なのか分からない。リディアの従兄のライナスに電話をかけて協力を依頼する。コンピューター関連の事業を起業したライナスは、同時の人的ネットワークを使って電話の発信元を探り出すが、それだけでは謎が解けない。ライナスのガールフレンドのイタリア系女性で行動派のトレラもここから一緒に行動を始める。何とかヒントを元に示された場所に言っていると、中国系女性の死体が転がっていた。発見と同時に警官に包囲され、殺人容疑で捕まりそうになったビルは警官に手向かって逃走。これで罪状が重くなる。すると、そこに突然現れる中国系マフィアのボスのルー。ルーが支配する売春宿の女が被害者だった。従えた大男のボディーガードに痛めつけられたビルは本当のことを言うが、信じてもらえない。拉致されたビルが入れられた車を止めたのは、これまたリディアの親戚の女警官、メアリーだった。トレラから連絡を受けたメアリーが張っていた場所を運よく通過した車を止めて、指名手配犯を装うことでビルを逮捕することで救った。リディアの誘拐を警察に任せたくないというビルの強い要望に時間制限を設けることで、メアリーはビルを逃がす。そこに、犯人から次のヒントが与えられる。向かった先のコンドミニアムの部屋に拉致されていた中国系女性は、こちらもルーの配下の売春婦。その女の隣には時限爆弾が仕掛けられている。爆発まで寸でのところで女を救出できたビル。そこへ、またもや電話がかかってくる。目の前で女が死ぬように仕組んだ男の狙いは何か?そしてリデャアが監禁されている場所はどこか。救い出した女を近くの救急病院まで運ぶことをライナスたちに依頼して、次なるヒント解きを始める。男の会話から思い起こされる犯人像に合致するのは、異常に勝ちにこだわるゲーム好きの男のケヴィン。ケヴィンの昔の知り合いにあたってみたところ、誰も知らないという。しかし、そのうちの一人のところに隠しカメラが設置されていて、ビルが正体をしったことがケヴィンに伝わる。ビルが多少盛り返して、ここからゲームは後半へとなだれ込む。次のヒントをライナスやトレラと3人で解いたビルが向かった先に仕掛けられていたのは、潮の干潮で縛られた女(これも中国系)が海に落ちるように設定されていたトラップ。一人では救えないが、泳げないライナスに変わって飼い犬のウーフにひと役買ってもらって何とか救助成功したものの、そこへまたもやルーと用心棒が登場。助かられた女が言ったことで、ビルの犯行ではないと思うようになったルーは、ビルとライナス、ウーフを自分のアジトの一つへ連れていく。もちろん中華街の中の高級売春館。ビルはこの辺りで顔を知られているために、警察に一報が入る。警官に包囲された中を、伝説の地下トンネルを通って、ルーたちとビル、ライナスは逃亡を続ける。ここからは、ルーたちも味方になる。昔のケヴィンの顔をフォトショップで加工して今の顔をライナスが作り上げる。それを配下にばらまくルーと、ツイッターを使ってフォロワーたちの協力を得ることで、ケヴィンの居場所をあぶりだそうとする企みが見事にあたって、ダウンタウンを歩いているケヴィンを見つけたものの、そこへルーたちが現れて折角の機会を失ってしまう。この場がとても良い。建物んの屋上に追い込まれたケヴィンが飛び降りると脅す中、言葉でさんざん挑発して屋上縁から出させようとするビルだったが、リディアが監禁されている部屋に取り付けた毒ガス装置を携帯電話で起動させることができると聞かされて一瞬たじろいだ際に、隣にビルへと飛び移って逃亡するケヴィン。ルーの用心棒が追うが取り逃がしてしまう。逃亡する間際に投げ捨てた携帯電話をトレラがダイビングして掴むが、建物の壁面に設けられた旗竿を掴むことで落下せずに済んだトレラ。トレラは旗竿があることを測ってダイブしていた。トレラを助けるためにルーと用心棒の手を借りるビル。敵対者同志が和解して真の協力関係に入った感動的な場面だ。電話発信先を割り出し、ケヴィンの性癖を付け足すことで、リディアの監禁場所が改装中のビルの中だと突き止め、事態を把握した警官たちと一緒に現場へと向かう。リディアが監禁されている地下の一室のカギを開けた瞬間、ビルだけがケヴィンに部屋に引きずれり込まれる。1対1の対決となったものの、長時間は知り廻ったビルは体力の限界。一方的に殴られけられるビルに加勢したのは、鎖に繋がれているリディアだった。ビルを戦っているケヴィンの後ろから股間を蹴り上げ、倒れたケヴィンをビルが殴り続ける。ふと気づくとリディアがビルの脇腹を蹴っている。早くドアを開けて警官隊を入れ、毒ガス撤去しろと促す。警官隊が突入して救い出されるビルとリディアが、病院を退院して連絡を取り合う最終章。こので二人の仲の今後の進展させる予感で余韻を持たせたまま、第10話が終わる。うーん、渋い、渋すぎる。一気呵成のノンストップ・クライムサスペンスだった。

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ちょっと跳んで第7話『天を映す早瀬』。港北図書館にあったこのシリーズで一番若い番号で未読のものがこれだったから。奇数回の今回はリディアが語る番。NYのチャイナタウンで尊敬される人物であると共にリディアの祖父の親友だったガオおじいさんから依頼を受けて、リディアとビルは香港に飛ぶ。ガオおじいさんの香港時代からのもう一人の親友が死んだので、形見の翡翠を香港の孫に渡して欲しい、遺骨を香港の墓に埋葬して欲しいという依頼。何の問題もなさそうな簡単な依頼なのだが、よりによってリディアとビルの二人が指名された。簡単な任務のはずだったが、相手の家族に会ってみると息子が誘拐されていた。息子の返却と交換でガオおじいさんから渡された翡翠のペンダントを渡せと。宝石店で鑑定してもらっても大した値打ちのものではない。裏に何かあるとみたリディアとビルは捜査を開始。すると、別口の脅迫電話がかかって来て200万ドル支払えとの要求。ますますおかしい。一緒に消えた子守りのフィリピン女性も失踪したままだ。彼女が仕組んだのか、それとも子供と一緒に誘拐されたのか。米国アラバマ育ちの現地刑事も加わって捜査を進めるが、一向に埒が明かない。地元ギャングのボスも絡んで、カンフーを使う手下どもがビルを拉致する。ビルを返して欲しければ、息子の行方を探し出せとリディアの要求。ギャングが誘拐犯でなければ誰が誘拐したのか、そしてギャングの狙いは?

NYで亡くなったウェイ・ヤオシーが弟と営んでいた貿易事業に密輸が絡んでいた。ウェイの弟がギャングのボスと組んで中国本土から盗掘した価値ある埋蔵品を輸入していた。新たな事業主になるウェイの息子スティーブに恩を着せて操りたいと言うのがギャングのボスの考え。誘拐は狂言で、密輸の当事者であった弟がスティーブに入荷を邪魔されないように子供を連れて2・3日遊びに行くように強要したところ、怪しんんだ子守りが自分の考えで身を隠したのだった。子守りの恋人が子供時代に習っていた離島のカンフー道場に目星をつけたリディアは組んでいる刑事と乗り込む。子供はいた。さすがにボスは別の道も作って有、直接スティーブと交渉して配下に入れることに成功していたので、ビルは痛めつけられながら無事に戻された。

「黒雲が雨一滴落とさずに通り過ぎるかと思えば、雲ひとつない晴天の日に堤防が壊れて村を洪水が襲うこともあるのだよ」
なぜ私なの?と尋ねたリディアにガオおじいさんが説明するのがこの台詞。要は、見た目とは違って何が起こるかは誰にも分からない、という意味なのが、そう言うよりも奥が深そうに聞こえるのが不思議だ。ガオおじいさんはこの手の例え話をよく使う。題名の『天を映す早瀬』だっておじいさんがいった「早瀬は天を映さない」から取っている。中国四千年の人智が凝縮された箴言にアメリカ人は思えるのだろう。私も年を取ったので、直接的に簡潔に説明するよりもこの手の予言めいた箴言を言ってみるようにしよう。文章は説明口調にならず、コンパクトかつインパクトある文章にする必要があるが。

「ぼくの生まれ故郷では、占い師は善良で敬虔な信徒の目の敵にされていた」
「あなたの生まれ故郷では、占いよりもっと抽象的な神学論に傾倒して、日常生活で不可解な出来事が起きても無視していたのよ」

占いというものに懐疑的なアメリカ人のビルに対するリディアの論法。これって一種のディベートだね。相手の論拠を崩すのに、自分に都合の良い論拠に拠って反論を組み上げているのだから。その論拠はアメリカ人には到底受け入れられないものであったとしても、文化の違いや4千年の歴史に裏打ちされた人智の極致であるという自信のもとに堂々と主張している。これだよ、いかにロジカルに話すかよりも、自分にとって都合のよい論拠を堂々と振り回す度胸だよ。

「当店ではお客様の美しさにいささかなりとも近づけるものだけを、吟味して提供するようにしているんですよ」
持参した翡翠の値打ちを鑑定したもらおうと入った宝石店が、素晴らしい宝石類を飾っていたことをリディアが口にした時の店主の返事。謙遜しつつも、相手を賛美し、自分たちの自慢もそれとなく塗している。

「あなたは兄上に贈り物をしたいという。だが兄上の趣味や、どんなものを喜ぶのかも知らない。だったらともに時間を過ごし、兄上自身やその価値観についてもっと知ったほうがいい。そうすれば、品物ではなく、いっしょに過ごす時間が一番の贈り物だと悟ることができるでしょう」
ギャングのボス・リーと対面しようと、アメリカからの旅行者を装ってリーが営む古物を訪れたリディアに対して、リーが与えるアドバイス。この台詞で悪役度が一気に何倍にも膨れ上がった。相手の嘘を見破ったのみならず、参ったとした言いようのないアドバイスを垂れる。

神々はこの種の会話に聞き耳を立て、そこに目に余る不遜な態度を認めれば、いつの日にか必ず天罰を下してその輩に破滅をもたらすのだから。
事件解決後に謙遜の態度を忘れないリディア。なぜなら、リディアが解決したのはほんの僅かでしかなく、そのことを何十倍にも膨らませて自慢話にしてしまわない慎み深さを持つリディア。その裏にある東洋人ならでは謙虚さを尊ぶ気持ちを、唯一の絶対神を信じるアメリカ人に対して分かりやすく、そして聖書の教えらしく語っている。東洋から西洋に対する言論の手本のような台詞の一つだ。

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3作目『新生の街』はリディア・チンが物語る回となり、ハードボイルドタッチが減る、とは言ってもコージーミステリーのようなお気楽さはない。なぜなら、リディアもニューヨークのマンハッタンで開業する私立探偵だから。ビル・スミスよりも経験は少ないが、事件に真摯に向き合う。兄のアンドリューの友人の新進ファッションデザイナーであるジェンナ・ジンが新作ファッションショー目前に根済まれた新作コレクションのスケッチブックを取り戻して欲しいとの依頼をうけた。5万ドルの受け渡し役として現場に出向いたリディアは、指定されたようにゴミ箱に5万ドルが入った封筒を入れたところ、何者かに狙撃される。張り込んでいた同僚のビス・スミスは狙撃相手を追っている間に、5万ドルが入った封筒は紛失。面子を失くしてしまったリディアは意地で捜査を継続する。そもそも誰が盗んだのか。身内を洗い、ジェンナを支える金持ち名家の御曹司、ジョン・ライアンを追って時代の最先端を行くクラブへ潜入。そこでモデルエージェンシを経営する男から声をかけられた上に、ジョンが別のモデルと密会している現場を目撃。何やら金を渡している。そのモデルは、ジェンナがショーで使う予定のアンディー・シェクターというモデル。ジェンナが信頼することこの上ないジョンが何をしているのか。声をかけられたエージェンシーに出向き、モデル志望と偽る。社長はヘアデザイナーを紹介して髪型を変えるように指示。エージェンシーの支払いで有名ヘアデザイナーに髪を切ってもらいイケてる髪型になったリディアにビルはびっくり。ヘアカットもモデルの履歴書といえるブック用の写真撮影もエージェンシー負担という都合のよい話には裏があり、このエージェンシーはモデル斡旋業ではなく、エージェンシー負担で色々と揃えた上で仕事のために有力者を紹介するという触れ込みで売春斡旋している会社だった。ショー直前で辞めていったプロデューサーのウェィン・ルイスも容疑者として浮上したので家まで訪ねて行ったところ、殺されていた直後だった。関連を追ううちに仲たがいしているリディアの妹に行き当たる。モデルということだが見つからない。芸名を使っている可能性も考えて捜査をするとある女性が浮かび上がる。コンタクトに成功すると、やはりリディアの妹のドーンだったが、モデルではなく高級コールガールをしていた。殺されたウェインはドーンが雇っていた連絡役兼会計係だという。ドーンの家に忍び込んだ二人は、ドーンが残しているはずの電子メモ帳がないことに気付く。そんな中、ジェンナに再度5万ドルの要求がある。受け渡し役としてジョンが出向いたところ、ジョンが拉致されて100万ドルの身代金を要求されてしまったとジェンナから聞かされたリディアは、ジェンナと共にジョンの母親を訪れて金を貸してもらえるように交渉する。ジェンナとジョンの付き合いに反対している母親は、100万ドルを出す見返りにジョンとは二度と会わないことを条件とする。ジョンの命を救うためにその要求をのみ、金を引き渡し場所へ運ぶリディア。ダウンタウンのさびれたビルの中で、ジョンを拉致した2人組とリディア・ビルとの銃撃が始まる。1人は倒したものの、ジョンを人質としているために形勢不利なところに思いもよらない助っ人が登場。リディアの妹のドーンが突然現れて、もう一人を倒す。犯人はモデルのアンディーとリディアの兄の友人のローランド・ラムだった。元々は、リディアにいい恰好したいジョンがローランドを巻き込んで仕組んだ芝居。信託基金を支配してジョンに自由に金を使わせないようにしている母親を騙して、金を出させようとした芝居だったが、自分が経営する縫製工場に嫌気がさしたローランドは金を独り占めしようと画策したところから歯車が狂って話が妙な方向に行ってしまっていたのだった。すべてが判明した時点で、ジョンはリディアの元を去っていく。そしてリディアとビルは目出度く事件を解決したのだった。

思わず食べてしまいたくなりそうなクリームがかった白いウール地の脇には、ずっしりした質感を持つ革の切れ端が五種類留めてあった。金、銀、赤のメタリックな布切れが光沢のある黒い絹の上に縦、横、斜めに交差している。絹には、月光に照らされた池の表に立つさざ波のごとくに、泡立ち、消えていく地紋があった。
ファッションを取り扱う回らしく、布生地の表現が詩的だ。ビルの回だったら、こんな表現は出てこないだろう。そして、風景についてもこんな描写がある。事件捜査中の一種の箸休め的な風景描写だ。
五感をいくら働かせても、ニューヨークが陸に囲まれているとしか思えないときがある。四方八方に陸地が延々と続く、大草原にぽつんとある街か、平原地の真ん中の市に住んでいる、そんなふうに・・・・。ところが、また別のときにはーーそよ風と水の匂いが香り、やかましく鳴くカモメが西から東に雲を追いかける、明るい春の朝にはーーここが、大洋に注ぎ込む川に囲まれた大陸の岸辺であることに突如思い当たる。

直感は神秘的なものでも、摩訶不思議なものでもない。単に普段は意識していないというだけの、経験の賜物である。
丁度、ユング心理学の本を読んでいるところだったの、意識と無意識についての台詞に敏感になっていた。大海のような無意識の世界から突然に湧き出す直感をリディアはこのように信じているんだなぁ、と。

しかし母は、偶然という概念は、世の中というものに底なしにうとい西洋人が作り出した絵空事だと信じている。さらみは、中国人をだますために異邦人が編み出した質の悪い計略ーーつまり西洋人はそんな概念を作り出すほどずる賢く、同時に、効き目があると思うほど間抜けだとことになるのだがーーであるとも。
リディアが母親のものの考え方についてこういっている。アメリカに移民として渡ったものの、中国人としての気概と自尊心と中華思想にどっぷりと染まっている様がよくわかる。また、このように言うことで、リディアが代表する中国系の人物を浮き立たせる役目も果たしている。

「どちらとも言えないわ。両方かもしれない。どっちでもないかもしれない。その中間かもしれない」
「何かを決めようってときのそういうあいまいな態度が、君たち中国人のおもしろいところだ」
「西洋人は融通がきかなくて、なんでも白か黒かに決めつけようとするから、外見だけで判断する視野の狭い人種になっちゃうのよ。ある意味では、それが地球をまっしぐらに破滅に導いているんだわ」

ビルとリディアの掛け合いだが、これも中国系とアメリカ人との考え方の相違をデフォルメして見せてることで、このコンビの面白さを際立たせることに成功している。

わたしは、全然考えないというわけではないが、本当に深く考える前に行動に移してしまう。ビルはそれよりも、まず湯気の匂いを嗅ぎ、レシピを調べる。
リディアが考える2人の思考と行動パターンの違い。すぐ行動に移してしまうリディアの性癖に」くらべて、ビルの性癖の表現はだいぶ比喩的だ。「まずは状況を把握して」ではなく、「匂いを嗅ぐ」という言い方、手練れが表現するとこういうレトリックになるのかという良い見本。

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50代の白人男性と若い中国人女性がコンビを組んで事件解決にあたる探偵ものといえば、何年か前に『チャイナ・タウン』という小説を読んだなという記憶が頭の片隅に残っていた。今回読んだ『ピアノ・ソナタ』は『チャイナ・タウン』に続くシリーズの2作目。ボケをかます男にしっかり者の女がツッコミを入れるというコメディタッチの物語だったと記憶していたのだが、この『ピアノ・ソナタ』を読み進めるうちに間違った記憶をしていたことに気付いた。なにせ、この『ピアノ・ソナタ』はハードボイルドの要素が満載なのだ。大排気量の車をゆっくりと運転している」ゆとりと言うか、ヘヴィー級チャンピオンが軽く縄跳びをしていながら「いつでも全力出せるぜ」的な底知れぬ力を秘めた余裕が文章の底辺に流れている、そんな感じ。物語は50代の白人男性の一人称で進む。今は独り者だが、以前は結婚していて一人娘が交通事故で亡くなった夢で明け方に目が覚めることがたびたび。そんな時はピアノを弾くのだそうだ。今はシューベルトの変ロ長調にはまっている。
今朝四時に心臓が早鐘のようにうち、顔を汗びっしょりにして夢から飛び起きた後も弾こうとしてみた。お馴染みの夢だった。それを見た後は眠れないが、たいていピアノは弾ける。だが、今朝はまったく駄目だった。

謎、そして影のあるこの男、ビル・スミスが昔世話になった人から調査を依頼される。警備員をしていた彼の甥っ子がはたらいていた老人ホームで殴り殺される事件が起こり、真相を暴いて欲しいと。警備員として施設に入り込んで色々と嗅ぎまわる。施設があるのはNYのブロンクス。施設は厳重に警備されてはいるものの周りは犯罪多発地帯。コブラという黒人犯罪集団が地元を仕切る。勤務開始初日に、スネークたちにぼこぼこにしている男を助ける。助けるといっても当人もボコボコにされる。銃を出してその場をやっと切り抜けるという体たらくさ。超人的なスーパーヒーローではなく、ちゃんとした普通の人間らしい設定にしてある。並みの人間にして影がある男、これこそハードボイルド。助けた男は同じ施設の用土品チームで働く男で元スネークの一員だった黒人。この男が色々と助けてくれる。そして、一癖ある入所者の一人、元ピアノ教師のアイダ・ゴールドスタインも主人公を気に入ってくれて、彼女なりのマナーで助けてくれる。そうこうしているうちに第二の殺人事件。夜間部門の警備主任が、前回と同様に殴り殺された上に足を銃で撃たれていた。警察は黒人犯罪集団の仕業とにらみ、ボスのスネークをあげようと躍起になる。二案目の被害者のロッカーから5千ドルのキャッシュを発見したビルはメモを残す。何かがこの施設で行われている。色々と嗅ぎまわるが真相には行き届かない。不信な車に備考されたり、コブラから呼び出されてヤキを入れられたり、踏んだり蹴ったりのビルの多難が続く。そんな中、アイダの手引きで施設の隠された地下室に入り込んだビルは、ここが盗品売買の倉庫代わりに使われていることを発見する。用土品係の主任の副業がそれで、二番目に殺された夜間の警備主任は袖の下をもらうことで目こぼしをしていたのだった。加えて、厳格な管理をすることで嫌われていた施設の管理責任者が
補助金を詐取していたことも見つける。終盤間際になって各種の犯罪がこの施設で行われていることを暴くが殺人事件の犯人は分からない。コブラに呼び出されて再度ヤキをいれられてしまったビルが施設にやっとこことで帰り着くと、そこで襲われて殺されそうになる。助けたのが、相棒のリディアと昼間帆警備主任。彼らのおかげで殺されずにすんだビルは、覚えていた襲撃者の姿かたちと推理から、犯人はコブラの副リーダーだち暴く。施設に対して「保険」として月千ドル要求したのだが、その副リーダーはさらに五百ドルを上乗せして要求し、受取役の夜間警備主任と二人で上前を撥ねていた。分け前を増やせ、さもないとボスにばらすと脅されて犯行に及んだもの。しかも最初の殺人は、真相に気付いた警備担当を夜間主任が殺していた。これで依頼された事件の真相が究明された。

朝の光に輝くまばゆいばかりの沈床園の向こうに、プロンクス・ホーム養老院の三階建て石灰岩造りの棟が、庭の両側にそびえる塀ちかくまで延びていた。太陽が中央棟の背の高い窓に反射し、屋根のタイルをきらめかせる。石造りの広いポーチが曲線を描いて庭にせり出していた。
初出社の日に見た施設の印象がこれ。どうってことない描写なのだが、建物のイメージをしっかりと持たせてくれる良い文章だと思った。

勘定をすませ、リディアと共に黄昏れ始めた外へ出た。レンガ造りの建物が連なる上の空に霞がかかり、太陽が低い位置から黄金に赤をちりばめた光を放っていた。
こちらもそう。こんなふうに身の周りの景色を軽々と描写するとことが、軽く縄跳びするヘビー級チャンピオンを感じさせてくれる。

「明日は、ずいぶん仕事がありそう。こっちが書類仕事に浸かっているあいだ、何するつもり?」
「きみが愛してくれないから、さめざめ泣いているさ。」
彼女はにやっと笑っボビーを見やり、馘を振った。いつものように、わたしがふざけたと思っている。


「イーストチェスターがウェストチェスターにあるの知ってた?」
「ああ。きみがきれいで、ぼくが首ったけだって、知ってたかい。」
「ビル、ちょっと、いい加減にしてよ。」
「悪かった、ごめん。さりげなく言っときゃ、気がつかないと思ったんだ。」

昔読んだ一作目はこんな会話が随所にあったような気がする。コメディタッチのミステリものと記憶していたのはそのせいだろう。

「この事業は、誰かがやらなければならないんだ。まったくの無駄骨なんじゃないかって思えることもあるがね。たいてんそんなふうだって言った方がいいかな。出血しているところに、バンドエイドを貼るようなもんだ。検討はずれの治療法だし、そのバンドエイドにさえ事欠く有様さ。だが、それが手元にあるなら、そしてそれしかないんだったら、やってみないわけにはいかんだろう?」
こう言う施設責任者にして人権保護の活動家の元弁護士に反論してみようとしたビルに対して、元弁護士が言い放つ。
「そういう意見は聞き飽きたよ。目の前で患者が出血死しそうな時に言ってみるんだな」

「もし、ロビン・フッドが単なる盗人以上の人間かと思うかってきいてるなら、違うって答える。もし、ドクター・マドセンみたいのがたくさんいて、ミセス・ウィルコフみたいなのが少なければ、世の中は住みよくなるかってきいてるなら、そうだって答える。」
ロビン・フッドって普通はヒーローだと見なされていると思っていたのだが、それは一方的な勘違いだったのか。

後書きを読んで知ったことだが、このシリーズは一作ごとに語り手が交代するらしい。ということは、一作目はリディアの目から見た物語だったのか。だから、ビルの軽口が多く、そのことからコメディーっぽい作品と思ったことが判明した。









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『失楽園』ジョン・ミルトン著

2023年06月08日 | 読書雑感
「善を為すのも為さないのもわたしの自由であり、必然も偶然も、わたしに手を触れることはできぬ。わたしがわが意志と示すものこそ、運命なのだ」(第七章)

「最初わたしが人間を創造った時、彼に幸福と不死という二つの佳き賜物を与えておいたのだが、その幸福がむなしく失われてしまった。そうなれば、残ったもう一方の賜物である不死も、人間の苦悩をただ永遠ならしめるのに役立つにすぎなくなり。わたしが『死』をあてがってやるまでは、その苦悩は続こう。そうだとすれば『死』は人間の最後の救いの道ということになろう。人間が苛烈な苦難の試練を経、信仰と信仰の業によって浄められてこの世の生を終えたのち、正しきものの復活の機会が来るに及んで眠っているその人間を呼び醒まし、再び新しくなった天と地とともに、第二の生命へと甦らせるもの、それが『死』だ。」(第十一章)

「その死という傷を癒やすことのできる方こそ、お前の救主として来り給う方だ、それもサタンその者を滅ぼすことによってではなく、お前とお前の子孫のうちに働くサタンの業を亡ぼすことによって癒やし給うのだ。そしてこのことは、死の刑罰を条件として課せられた、神の律法への服従という、お前にはできなかった務めを救主がてゃたされることによって、また、お前の罪過と、そしてそれから生ずるお前の子孫の罪過とに当然課せられなければならぬ刑罰としての市の苦難を、自ら負われることによってのみ可能なのだ。(中略)主の市は人間のための、ーそうだ、贈られた永遠の生命に感謝し、その恵みを善き業を伴う信仰によって受け入れるすべての人々のための、死だ。この神々しい行為が、罪に沈淪して生命から永久に見放されたお前の宿命を、お前の当然死ぬべかりし死を、抹消する。この行為がサタンの頭を砕き、その力を粉砕し、その両腕として猛威を揮っていた『罪』と『死』を亡ぼし、この両者のもっていた針を彼の頭に深く差し込む。死は眠りに似ている。死は永遠不朽の生命への静かな移行に他ならない。」(第十二章)
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