マンハッタンで超美味しくてイケているコーヒーショップの店長にして、仕事にもプライベートにもバリバリ充実しているあらフォー独身女性、クレア・コージーの素人探偵シリーズ第9弾、『深煎りローストはやけどのもと』(クレオ・コイル)の中の台詞。
このアラフォー女性もいいが、それ以上に良いのは義理の母親。とっくに齢60を超えているだろうに、人生を愉しむ術を知り尽くした感のある女性で、気品と教養、そして何よりも強さと逞しさを持っている。十分な貯えがある余裕だろうか、それとも今まで生きてきた人生からであろうか、滲み出る品性と趣味の良さが年齢を感じさせない女性であり、いつまでも「女」でいることを止めない欧米諸国の女性の鑑のような存在である。
台詞は、その義理の母にではなく、クレアの一人娘に対して発せられた言葉。なにせ、働いているレストランのオーナーシェフにして、親子ほど年が違う遊び人の恋人を持った娘に対して、恋愛の苦労を知り尽くした母親が言う台詞がこれだ。
こんな台詞が自由に発せられる男になりたい。尤も、私が言うのであれば、
恋愛は料理と似ている。過程を無視すると、碌なものができない。
このアラフォー女性もいいが、それ以上に良いのは義理の母親。とっくに齢60を超えているだろうに、人生を愉しむ術を知り尽くした感のある女性で、気品と教養、そして何よりも強さと逞しさを持っている。十分な貯えがある余裕だろうか、それとも今まで生きてきた人生からであろうか、滲み出る品性と趣味の良さが年齢を感じさせない女性であり、いつまでも「女」でいることを止めない欧米諸国の女性の鑑のような存在である。
台詞は、その義理の母にではなく、クレアの一人娘に対して発せられた言葉。なにせ、働いているレストランのオーナーシェフにして、親子ほど年が違う遊び人の恋人を持った娘に対して、恋愛の苦労を知り尽くした母親が言う台詞がこれだ。
こんな台詞が自由に発せられる男になりたい。尤も、私が言うのであれば、
恋愛は料理と似ている。過程を無視すると、碌なものができない。