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「翼を探しているんだ。君は俺の守護天使にちがいない。」

2013年10月06日 | パルプ小説を愉しむ
グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツの長編小説「シャンタラム」の中の台詞。武装強盗の罪で服役していたオーストラリアの刑務所を脱獄した男が、逃亡先のインド、ボンベイの街かとで知り合ったスイス人美女に対して言う台詞。

この「シャンタラム」はとても変わった小説で、脱獄囚が逃亡先のインドで心の友を見つけ、彼らと一緒にスラムで無免許の医者として人々を助け尊敬される一方、マフィアの一員として犯罪行為に手を染め、挙句のはてにソ連に侵略されていたアフガニスタンに戦いに行く、その一方で話の冒頭で出会ったスイス人のカーラという女性に恋心を抱きながら、裏切られ、その恋から逞しく成長していくという、とても欲張りな内容の小説。上・中・下に渡り各巻が約700ページある長い物語だが、不思議な力で絡め取られ、まるで中毒になったかのように引き寄せられた。

この小説に絡め取られるであろう事は、読み始めの1ページで分かった。映画やTVドラマにあるような、主人公とその周りでストーリーが進行しているのだが音が無音で何も聞こえないシーンを彷彿させる書き出しは、世界中の時間が止まった中で自分だけが人生という時間を刻んでいるような不思議な感覚を生んでいる。自分をヒーローとは思わずに自虐的に捉えている主人公に知性と理性を見出し共感し、これは凄いぞ!読む価値がある小説に出会ったという予感がビンビンに感じられた。

『愛について、運命について、自分たちが決める選択について、私は長い時間をかけ、世界の大半を見て、いま自分が知っていることを学んだ』 という不気味かつ深遠な書き出しで始まり、『私はヘロインの中に理想を見失った革命家であり、犯罪の中に誠実さをなくした哲学者であり、重警備の刑務所の中で魂を消滅させた詩人だ』 という自分の紹介の仕方も、これから始まる波乱万丈の人生の物語を、不可思議で魅力的にさせる魔力を持っていた。3つの繰り返し、3種類の異なる言い換えや形容が、あちらこちらで文章に説得力を与えるとともに魅力を加えている。

ストーリーも破天荒だが、主人公のリンが父として心から慕うインドマフィアのボス、カーデルとの哲学論争に似た会話と、リンの心の中に住み続けるカーラという女性の謎とリンの心の成長がこの物語を短なる冒険小説という小さな枠に止まらせずに、先々へと読み続けさせる力を持っているのだと思う。

タイトルの台詞はキザで歯が浮くようなものだが、善とはなにか、生命の始まりはどんなものだったかといった内容のカーデルとリンの会話は哲学思考そのもの。なんでマフィアのボスと脱獄した武装強盗がこんな高尚は会話ができるのだろうかと不思議に思うのだが、そんな懐疑的な考えを吹き飛ばすくらいの内容の濃さと文章力とでグイグイと惹き込まれて行く。

リンのヨーロッパ人仲間たちがいつも集うバーでの会話に、
『フランス人は世界で一番洗練されている』 というフランスからの流れ者の発言に対して、
『あんたの国の町やぶどう園がシェイクスピアを生み出すようなことがあったら同意してあげる』 と返す。これがウィットなんでしょうね。そんなことあるか!とか、フランス人の欠点を論って反論するのではなく、こんな風な相手に反撃できたら英語での会話が面白いのだろうね。(でも、日本でこれをやると嫌味な男にまっちまうのだろうが...)

これを受けたフランス男も大したもので、
『ぼくが君たちのシェイクスピアに敬意をはらってないなんて思わないでくれ。僕は英語が大好きだ。あまりに多くの英語がフランス語に由来しているからね』 と負けていない。論点がガチンコにぶつからずに微妙にずれながらも、会話自体はガチンコでぶつかって昇華していく。

『政治家というのは、そこに川がなくても橋を作ると約束するような連中のことだ』
 -言い得て妙だ。政治家とは世界のどこでも同じ種族なのだろう。

『錆付いた大型船と優美な木造船のコントラストは、世界における近現代の冒険のテーマが、海上生活というロマン願望から、暴利をむさぼる商人の味気ない効率重視の儲け主義へと移り変わった歴史を如実に物語っていた』
 -ロマンから儲け主義へ!という台詞は自分の就いている仕事にも使えそうだ。

『運命にはいつもふたつの選択肢がある-選ぶべき運命と、実際に選ぶことになる運命のふたつだ。』
 -渋い、渋すぎる。

チャンドラーが描くフィリップ・マーローが吐く台詞のようだが、「シャンタラム」のリンはマーローが持つヒーロー願望など欠片もなく、自分に対して後ろめたさを常に隠し持っている。スラムに住む貧しくとも心豊かで正直な人々に憧れつつ犯罪の手助けをする自己贖罪に満ち満ちた人物という設定も、物語を神秘的なものにしている。
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