医者が自らの闘病記を著したものは珍しくないが、記憶にある範囲では男性医師のそれが圧倒的に多いような気がして、女医の場合はどうなんだろう、、、というのが読む前にあった。医者だから、およそ自分の病気の診断も予後もよくわかってしまうわけで、そこでの葛藤や、自分が患者の立場になってようやく患者の気持ちに気づいた、、、なんてお定まりのコースかな、そうであって欲しくないが、、、という期待で読み始める。
『女医が乳がんになったとき』(ぶんか社文庫)ISBN 4-8211-5009-3
男性の医師との違いは、健康面、仕事面に加えて母親としての責務を負っているところ。その点、男性には父親としての側面があるはずなのだが、仕事で責任を果たすことが、あたかも背中で子どもに語りかけているようでもあり、そこまで生活臭が前面に出ていないような気もする。精神的な重荷の性質が違うようだ。
しかし、やはり医者だ。自分の治療方針を探り、選択し、健康を保ち、自ら身体的側面で活路を切り開くストーリーになっている。それがほとんどと言ってもよい。そういうことができるのも、やはり医者ならではの「幸せ」なのかもしれない。
でも、よくよく考えてみれば、医者でがんを患うなんてことは、珍しくもなんともない。それを公けに手記にするかだけかもしれない。離婚のくだりは、“迫力”があったが、その他は残念ながらお定まりの葛藤の域を出ているようには思えなかった。
目の前の患者に、人として興味を持つ医師
「だからどうした」というのだろうか。当り前のことだと思うのだが。
お勧め度 ★★★☆☆
『女医が乳がんになったとき』(ぶんか社文庫)ISBN 4-8211-5009-3
男性の医師との違いは、健康面、仕事面に加えて母親としての責務を負っているところ。その点、男性には父親としての側面があるはずなのだが、仕事で責任を果たすことが、あたかも背中で子どもに語りかけているようでもあり、そこまで生活臭が前面に出ていないような気もする。精神的な重荷の性質が違うようだ。
しかし、やはり医者だ。自分の治療方針を探り、選択し、健康を保ち、自ら身体的側面で活路を切り開くストーリーになっている。それがほとんどと言ってもよい。そういうことができるのも、やはり医者ならではの「幸せ」なのかもしれない。
でも、よくよく考えてみれば、医者でがんを患うなんてことは、珍しくもなんともない。それを公けに手記にするかだけかもしれない。離婚のくだりは、“迫力”があったが、その他は残念ながらお定まりの葛藤の域を出ているようには思えなかった。
目の前の患者に、人として興味を持つ医師
「だからどうした」というのだろうか。当り前のことだと思うのだが。
お勧め度 ★★★☆☆