goo blog サービス終了のお知らせ 

何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

「命」の文字

2009-04-06 22:31:03 | JR西に学べ
菜の花畑に浮かぶ「命」の文字 4月6日9時45分配信 時事通信

JR福知山線の脱線事故現場近くで、満開の菜の花畑に浮かび上がる、緑色の「命」の文字。正体はダイコンの葉。菜の花が散るころには、ダイコンの白い花が咲き、今度は緑の中に白い文字が現れる仕掛け

 4年経っても遺族は故人を忘れることはないが、福知山線の脱線事故を起こしたJR西日本に対して、「命」の花文字でメッセージを送るとは、それだけこの事故の本質をJR西日本側は理解していないのではないかと思えてならない。

 このような行動は見方によっては、今でも風化させてなるものかといった怨念の執拗さを感じさせ、恐いようにも見える。いやそれだけこの事故は起こってみて、起こるべくして起こったと思われ、過去に類をみない人災であることを映し出しているようだ。

 菜の花やダイコンの花なんて繊細で純粋な美しさを持つ花なのに、そこに込められた遺族の無念さとは、似つかわしくもないだけに落差の大きさを余計に際立たせる。当時の上層部、そしてその血筋をひく今の上層部、JR西日本の体質と遺族の思い。

 被害者から見れば謝罪になっていない謝罪や事故補償が、さらに溝の深さを増してしまっているように思われる。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

JR西日本が取り組むサービス

2008-07-29 22:48:04 | JR西に学べ
売り上げ以上にサービス重視 城崎温泉駅 7月29日11時19分配信 産経新聞

笑顔、心配り、明るさ-。JR西日本福知山支社(京都府福知山市)が、管内の主力駅である城崎温泉駅(兵庫県豊岡市)の運営を、従来の売り上げ目標重視からサービス重視に転換した。「快適なサービスを提供することが利用増につながる」という、JR西管内でも初めての取り組み。8月4日からは、駅員が浴衣姿で業務にあたり、夏の温泉情緒演出に一役買う。

 同支社は京都、兵庫県北部の71駅(無人駅を含む)が営業エリアで、全国的に知られる城崎温泉の城崎温泉駅は主力駅。近年は年間の利用者が延べ約74万人(平成19年度)前後で推移しているが、典型的な観光駅だけに駅員の営業努力は雪や雨などの気象変化に左右され、年間の営業目標が立てにくかった。

 管内の各駅は、売り上げとサービス、安全の面で総合評価されているが、昨年度から同駅の方向性を検討。「駅の特性をきちんと見つめ、安全はもちろんだが、サービス重視にすることが最適」(植村貢・営業課長代理)と、今年4月から売り上げ目標を外した。

 独自の営業方針は、駅員の接客態度や設備面の改善などについて、利用者アンケートで「満足度」を数値化し、5段階評価する。

 サービス重視になったことで当初、平岡英志駅長ら駅員9人も「何から始めたらいいのか」という戸惑いもあったが、駅舎内を明るくしたり、案内表示を分かりやすくするなど工夫を重ねた。また季節感を大切にして、今夏はすだれや風鈴などで涼感を演出した。

 取り組みの中で駅員の意識も変わり、「駅の案内アナウンスのスピードを聞き取りやすいようにもっとゆっくり」「笑顔を忘れず、心のこもった対応をする」など、利用者の満足度を高める意見やアイデアが積極的に出るようになったという。

 平岡駅長は「駅は地域の“玄関口”として、利用者に好印象を持ってもらい、リピーターが増えるよう努力します」と話している。


 サービス向上を進める、売上げよりサービスを優先する、一見良いことのように見える。売上げは結果だ。どのくらい結果が出たかを活動の目標としているより、顧客に評価してもらえるような取り組みに活動をシフトするのは正しいと思われる。

 しかし気になることがある。JR西日本の体質は福知山線の事故によって衆目の知るところとなった。顧客が求めているのは、早さというサービスよりも安全輸送なのだ。安全思想あって、サービス向上が生きてくる。

 安全はもはや大前提であって、それは十分果たされている、改善されている、というのだろうか。それはそれ、サービスはサービスだということだろうか。JR西日本がアピールすべきは、観光地や旅行先の心地よさや楽しさではなく、安全性を改善したことであるはずだ。それが払拭できないうちは、旅案内は控えておくくらいでちょうどよいのではないのだろうか。

 安全体質が理解されれば、いよいよ温泉情報も紅葉も、さらに魅力的に映るだろう。

 城崎温泉周辺のJRの駅員がサービスに取り組むのは、特別のことではなくて、これからのJR西日本の職員の取り組みとして、過去にはなかったことなのにやって当然のこととして受け止められるのではないか(社員には酷かもしれないが)。それが新鮮に見えても、当然のことと思われるのではないか。

 JRが素晴らしいから旅行するのではなくて、観光地が呼ぶからJRを使うのではないかと思う。マイカーよりJRと思われるよう、変革を期待したい。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なぜ福知山線脱線事故は起こったのか

2008-04-09 23:13:09 | JR西に学べ
「なぜ福知山線脱線事故は起こったのか」 川島令三・著、草思社・発行、2005年8月10日

 毎年、4月25日が近づく頃、あの大事故を風化させてはいけないように、関連する本を1冊読もうと思っている。本書は3か月ほど前に買ってあったのだが、最近まで読むのを後回しにしていたもの。

 楽しみ?にしていたわりには、中身が鉄道土木関係者向けのような用語が多くて一般の者にはわかりにくい内容である。技術的な側面の理解や分析も必要だろうが、フェイルセーフが設けられていなかったから起こったのか、と思う。

 それさえあれば列車運行実態や経営姿勢に問題はなかったのか、と思うからだ。技術は否定しないが、技術だけの考察であれば残念だ。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

JR福知山線事故の本質

2007-07-21 10:53:41 | JR西に学べ
『JR福知山線事故の本質 企業の社会的責任を科学から捉える 山口栄一・編著、NTT出版、2007年6月。

 事故から2年以上経過してはいるものの、「本質」という言葉と「社会的責任を問う」内容ということで、迷わず買って読む。

 これまで多くの報道から、スピードを出しすぎた運転手個人に原因があったとするJR西日本に対し、過密ダイヤ、いじめとも思える日勤教育に代表される利益優先体質が運転手をそう動かしたのではないか、と考えてきた。

 本書はそういった直接的ではなく、主観的ともいえるものはJR西日本の経営構造があいまいな理由であり、本質を解き明かそうとしたものである。どこが本質があるかを明らかにし、その社会的責任を問うことが、再発防止や今後の在り方を考えるうえで重要であるという。

 前半の、被害者による実話も生々しい。これほどまでのダメージを与えておきながら、その後の事故対応に誠意も反省も見られないJR西日本には、改めて憤りも感じる。

 輸送の現場に科学的視点が抜け落ちてしまったことが原因とする指摘は、なるほどと思わされた。現場に理系の人間がいないわけではない。しかし営業重視で現実が作られるから、どこかにそうしたくても「してはいけない」「やってはいけない」部分があることがないがしろにされる。そこを指摘できるのは、科学の目で安全に目を向けることができる者だ。そういう目で経営する視点が抜けていた。

 科学的な目で物事を考えるというのは、倫理的、道義的な視点とも違う。しかし、そういう感性にも非常に近い考え方のように思われた。

 最後に結論を総括したうえで、それでもこれだけは付記しておかずにはいられないかのように、

 会社の目的は営利の追求ではない。その目的は、「社会のために、今この世にない何かを創り出すこと」である。創り出された何かは、社会に評価され価値づけられる。だから、営利追求という目的の結果として新製品・新サービスの提供が行われるのではなく、新製品や新サービスという具体的な価値を創り出した結果として、会社に営利がもたらされる。今までこの世になかった価値を創り出すことこそ、イノベーションだ。会社とは、イノベーションを世に送り出す主体なのである。 (p.199)

 とのセンテンスにより、結論により一層の説得性を感じた 
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

反省の意を示していると社会に認められていない、JR西日本

2007-04-25 13:37:57 | JR西に学べ
<JR福知山線事故>遺族ら出席、追悼慰霊式 再発防止誓い 4月25日11時26分配信 毎日新聞

 乗客106人と運転士が死亡し、562人が重軽傷を負った兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故は25日、発生から2年を迎えた。発生時刻の午前9時18分、現場や追悼慰霊式の会場で黙とうがささげられた。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は、運転士が無線に聴き入り、ブレーキ操作を誤った可能性を示唆しているが、最終的な原因解明には時間がかかる見込みだ。事故後に安全と信頼回復を掲げてきたJR西日本では、大事故につながりかねないトラブルが後を絶たず、賠償交渉や天下り問題などを巡って被害者との溝はなお深い。

 「9.11」という言い方とともに「4.25」も日本において1年の中で重要な意味を持つ日になった。阪神淡路大震災なら「1.17」であるが・・・。

 国鉄が民営化されリスタートしたJR。民間企業としていい側面や効果もあっただろうが、一方でそれまでと比べて厳しい、やりにくいこともあっただろう。変わっていないのは、企業の所在ではなく、業務が公共性を持っているということだ。競争相手が一般販売業のように容易に参入できないし、物理的な制約を除けば何かトラブルがあっても業務停止に至ることもない。顧客が不買運動を起こすこともできない。

 それだけ守られているとも言える。これは電力会社も同様で、原子力発電所の事故隠しの際にも、誰もがやりきれない思い、苛立ちを覚えたのではないだろうか。カメラの前で頭をいくら下げたって、謝ったこととして受け入れにくい。

 いまだに事件は解決を見ていない。こんなに時間がかかるものなのか。謝罪や補償について、とうにできたのではないだろうか。事故原因も、スピードの出しすぎ、ATC設置の不備などではなく、そういったことを招いたJR西日本の組織体質がどこまで見直されたのだろうか。

 不買もできなければ営業停止もできない以上、JRは非難を浴び続けながらも安定して利益を上げ続けることができる。一般の企業なら、存続していない可能性すら高いというのに。そういった特性があるからこそ、謝罪の仕方は重要だ。国民の多くも納得がいかないままいるのは、こういった側面ではないか。

 頭を下げ続けていれば、いつか国民は許すということはないだろう。屈辱的に土下座させられても、それで済むのなら簡単なことだ。これほどまでに事故後の対応が進まないのは、一方で収益を得る道が確保されたままでいるからではないだろうか。

 たとえば謝罪が済むまでの間、一律10%程度の値引きを行うとか、公共性に乏しい付随する業務は一切営業停止をするとか、そういった“経済制裁”が必要だったのではないだろうか。JRは反省の意を示すうえで自らにそれを課すことはできないのだろうか。それが国からの命令でできるのか、自主的にしかできないのかは知らないが。

 利益重視が引き起こした事故としても、代表的な事例に思われる。信楽での事故の反省が不十分だとの指摘もある。どう組織変更しようと、上層部の首をすげかえようと、方針や体質、文化が変わらなければ事故が繰り返される危険性は減らない。自分たちの経営が大きな(一般企業並みの)影響を受けないから、いつまでもダラダラと「謝罪になっていない状態」が引きずられていくように思われる 
Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安全の値段

2007-02-22 09:27:41 | JR西に学べ
 大阪で死傷事故の「あずみ野観光バス」を家宅捜索  信濃毎日新聞 2007.2.19 より

 大阪府吹田市津雲台の府道(大阪中央環状線)で18日早朝に起きた観光バスの衝突事故で、吹田署は19日中に観光バスを運行した「あずみ野観光バス」(北安曇郡松川村)の家宅捜索に入る。大町労働基準監督署(大町市)も同日中に立ち入り調査をする方針だ。

 事故当時、バスには運転していた小池勇輝運転手(21)=安曇野市=のほかに、運転手の交代要員が乗車しておらず、同署は交代要員の配置など過労防止策を定めた国の省令などに違可する能性もあるとみて、運行計画などを調べる見込み。

 あずみ野観光バスのスキーバス事故で、21歳の若い運転手、その弟16歳が添乗員でとなって営業が行われていることに、多くの者が驚かされたと思う。ベテランとコンビで業務にあたらせるべきではないのかと。案の定、長距離バス運行に必要な2名の運転手が用意されておらず、4台で6名、さらに休みも満足にとれない状態で業務にあたっていた。

 ここから
1)サービス提供体制に無理がある
2)安全軽視、安全管理体制の不備
3)職員に精神的ストレスがあった

 ということが浮かび上がり、これは2年前にあったJR西日本の福知山線で起きた事故と共通している。利益優先で、無理な運行スケジュール・勤務態勢が課せられていたのではないかと、思わせる。

 ハンドルを握っていたのは事故を起こした当の本人であったとはいえ、バス運転手の道路交通法違反で済ませていてよいのか。いくら社内で十分な睡眠をとって・・・、などと言っていても、業務態勢が絵空事になっているとしたら、社内規定は乗客を守るというより、会社(のトップ)を守る免罪符にしかなっていない。

 バス会社に自主的に任せていたのでは事故が防げないのであれば、法的規制や業界での規制が見直しに向かいそうだ 

 『職場はなぜ壊れるのか』(荒井千暁・著、ちくま新書) では成果主義の弊害で組織も職員もすさんでいくおそれがある可能性のあることを警告している。
 月々の運行キロ数をグラフ化していたり、扱った乗客数をビジュアルで示していたりしていなかったかと、その他にもボディーブローのように効いてくる職場環境を心配する  
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いったいあの事故は何だったのだろうか

2007-02-01 18:47:00 | JR西に学べ
JR側、事故調に反論 宝塚線脱線事故意見聴取会 朝日新聞 2007.2.1 より

 乗客と運転士107人が死亡した05年4月のJR宝塚線(福知山線)脱線事故で、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の意見聴取会が1日午前、東京・霞が関で始まった。最初に意見を述べたJR西日本副社長の丸尾和明鉄道本部長は、事故の背景に余裕のないダイヤ編成や、新型の自動列車停止装置(ATS)の設置遅れがあったとする事故調査委の見方に、反論した。

 丸尾本部長はまず、日勤教育と呼ばれる運転士の再教育制度について「制度の有用性は過去の裁判でも認められており、運転士の自覚を促し、意欲の向上に必要と判断している」と主張。ATS設置の遅れも「設置計画は妥当で、施工の安全に万全を期したため」などとする一方、「曲線での速度超過対策を必ず行う必要があるとは認識していなかった」と話した。

 ダイヤも「余裕時分は弾力的な運行ができるよう設けており、なくても標準的な方法で定時運行できる」と説明。安全管理体制の妥当性も強調した。

 これに対し、調査委の佐藤淳造委員長は「批判するのもいいが、原因は何とみているか、具体的な再発防止策を伺いたい」と苦言を呈した。丸尾本部長は「原因は分からない」とした。

 一方、人間の行動と安全問題に詳しい日本ヒューマンファクター研究所の黒田勲所長は「経済性を最優先する風土や懲罰的な教育制度など心理的ストレスを高める要因が多く、現代のヒューマンファクター(人的要因)の教育理念に著しく逆行している」と指摘。「運転士と車掌の連携などチームでの安全対策について、他産業より10年遅れていると感じる」と話した。


 この春が来ると福知山線の脱線事故から2年を迎える。毎年1月17日には阪神淡路大震災を思い出すように、4月25日も忘れられない1日になろうとしている。
 これだけ調査をしてきて、「原因がわからない」とはいったいどういうことだろうか。推測の域を出ないということ、高見運転士でなければ真実はわからないということ、それ以上に、だから今となっては調べようがない以上、自分たちには非があるとは認めるわけにはいかない、ということだろうか。

 この副社長の言葉を被害者やその遺族はどう思うのだろうか。JR西日本はいまだに反省がない・しようとしない、会社自体に非はなく、ひょっとしたらJR西日本もある意味被害者だと言うのか。
 さらにJR西日本の社員は何を思うだろう・・・。昔からいる者は、いいかげんにしろよと思うのか、今年度入社した者は、まさか!って思うのではないか。

 公共交通機関だから、不買もなければ回収もない。食品会社のように路頭に迷うこともないと開き直りはないか。某大臣は失言で辞任に追い込まれているが、JR西日本のこの発言に対して、国民はどう向き合ったらよいのだろうか   
Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

甘い処分がかえって感情を逆なでする

2006-07-31 13:22:48 | JR西に学べ
JR西脱線 元幹部3人、引責3カ月後天下り 遺族から強い反発 (産経新聞) - goo ニュース

-----転載ここから
 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で引責辞任しながら、今年6月にグループ関連会社役員に就任したJR西日本の元幹部3人が、昨年8月には既に別の関連会社の非常勤顧問に就任していたことが分かった。引責辞任から3カ月余りで実質的な「天下り」をしていた形。前相談役の井手正敬氏(71)も、同時期に関連会社の顧問に就任していたことが発覚しており、遺族は「あまりに非常識」と反発を強めている。

 遺族や負傷者を対象に大阪市内で30日開いた報告会で、JR西の山崎正夫社長が明らかにした。

 新たな「天下り」が発覚したのは、当時鉄道本部長だった徳岡研三氏(59)と総合企画本部長の坂田正行氏(57)、大阪支社長の橋本光人氏(53)。徳岡、坂田両氏は昨年6月の株主総会で事故の引責で辞任。橋本氏は、事故車両に乗っていた大阪支社の運転士2人が負傷者の救助を行わずに現場を離れていたことや、事故当日に別の職員らがボウリング大会を開いていた責任などを取って同年5月に辞任した。

 今年6月、徳岡氏は「レールテック」社長、坂田氏は「西日本ジェイアールバス」社長、橋本氏は「ジェイアールサービスネット金沢」専務にといずれもグループ関連会社役員に就任。山崎社長は「昨年の退任で大きな責任をとっている」とし、「本人の資質、能力を勘案した(配置)」と説明していた。

 しかし、この日の説明会で3人とも辞任から2、3カ月後の昨年8月には、非常勤顧問という形ながら、既に別会社に“天下り”していたことが判明。報告会では、これについて「既に責任はとっている」などと理由を繰り返した。
-----転載ここまで

 直接の加害者ではないとはいえ、形式上のけじめで許されるような立場とは思えず、しかも引き続き要職について高い身分にいるのは、一生、身内を失ってその悲しみや苦しみを負って生きていかなければいけない遺族にとっては、納得がしがたい。
 当時の職位を辞すれば、それで「十分な」責任を取っているといえるのだろうか。単なる異動(配置転換)か、場合によっては昇進のようにさえ映る。相当の降格、厳重な処分が行われたようには感じられない。環境の変化はあったとはいえ、高給を受け続けていけるのだから、処分は生ぬるいように見えるのも当然だろう。

 どのようなあり方が適切かどうかは、被害者の納得のいく形でとしか言いようがない。突然の引き起こされた一生背負う苦しみのレベルが、同一であるべき、と考えるのだろうか。

 生徒の起こした不祥事に対して高校野球の監督が取りうる責任や、自らの不始末に対する芸能人の償いの重さに比べて、あれほどに多くの人命が失われたことに対する社会的なバランス感覚は、そのままJR西の体質と言えるのかもしれない。ちなみにワールドカップで頭突き退場のジダンは罰金のほか、3試合分の「社会的奉仕」である。
 過失について裁判に問いきれない自主性、自律性に、その組織のモラルが現れるようだ  
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

JR西は学んでいないのではないか

2006-07-04 22:34:12 | JR西に学べ
脱線事故引責の役員天下り JR西、子会社に (共同通信) - goo ニュース 共同通信 2006.7.4

-----転載ここから
 107人が死亡した尼崎JR脱線事故で引責辞任したJR西日本の役員3人が今年6月、グループ内の子会社の社長などに就任したことが4日、分かった。遺族は「事故の反省が全く感じられない」と反発している。

 昨年4月の事故当時、専務総合企画本部長だった坂田正行氏と専務鉄道本部長だった徳岡研三氏は昨年6月の株主総会で退任したが、坂田氏は「西日本JRバス」(大阪市)の社長、徳岡氏は線路保守などを請け負う「レールテック」(大阪市)の社長に就任した。

 事故後1カ月で退任した大阪支社長の橋本光人氏は、駅構内で小売店などを経営する「JRサービスネット金沢」(金沢市)の専務に就いた。

 橋本氏は当時、支社の経営方針の第一に「稼ぐ」を掲げていた。脱線した電車に乗り合わせた運転士2人が乗客の救助をせず出勤したり、社員が事故を知りながらボウリング大会をしていたことが発覚し、更迭された。
-----転載ここまで

 被害の重大さを省みて、被害者に残されたものを思えば、JR本体から離れて子会社であったとしても役員として関連会社に天下る神経とは、いったいどのようなものなのだろうか。逆の立場になって考えることすらできないのだろうか。

 役員が、事故列車を運転していたわけではない。直接、手を下したわけではない。また社長でもない、だから関係ない、みそぎは済んだとでも思っているのだろうか。
 事故の原因は、JR西の体質にあったのであって、その体質を育み、運営に携わってきたのは上司である自分たちなのだ。その体質を肯定してきて、部下に苦痛を強いてきた者が、子会社の、しかも重役に納まるなんて、社内で責任を十分追求されず、どちらかといえば情状酌量をかけられてオイシイ地位を与えられているようなものだ。許されるはずがない。

 彼らは即刻、JRを退職し、余生は事故への償いで過ごしてもいいくらいの役職にいたのだ。本体から外れることくらいで、許されると思ったら大間違いではないか。しかも子会社といえどもトップ層だ。その地位に就いたら、後は何をしても安泰の道が待っているとでも思っているのだろうか、JR西は。

 その様子じゃ、相変わらず上司がカラスの頭は白いと言っても、反論も進言もせず、そうだそうだと言っているのではないだろうか 
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

精神的圧力が苦痛なら、なぜ日勤教育をしたのか

2006-04-26 00:08:06 | JR西に学べ
 JR福知山線の脱線事故から1年。1年も経てば少しは風化するかと思ったが、事故の真相もわからず、JR西の体質改善も進まないようで、安全より利益が優先された結果であると、ますます確信が進む日々のようだ。

 今日の昼間にネットのどこかでみた記事だが(夜になって探しても見つからない)、JR西の福知山線の運転手は、あのマンションの脇を通るたびに事故のことを思い出して、ストレスになる、プレッシャーを感じるので、もう誰も住んでいないあのマンションを解体できないものか、と言っているという内容だった。

 日勤教育が、安全性の再教育じゃなくてパワハラにも似ていたのは、再び日勤教育でイジメられたくなかったら、二度と事故を起こすな、運転ミスをするな、時間に遅れるな、という、いわば精神的圧力による稚拙な再発防止にすぎなかったという側面である。小さい子供に、「悪さをしたらお灸をすえるから、しちゃダメだよ」というのと同じで、なぜそれがいけないのか、どうしたらよいのか、という教育でもなんでもないのだ。

 精神的プレッシャーが運転に負の影響を及ぼすので、その原因を解消しようじゃないか、というのであれば、なぜ真の教育とはほど遠い日勤教育のようなものを、当然のごとく課し、社内では上司に絶対服従のようなコミュニケーションの不通を放置しておいたのだろうか。矛盾していないか。それでもなお、日勤教育は一因じゃないとでも言うのか。

 厚生省が、省内に「薬害根絶の碑」を建てることに猛反対したのも、精神的圧力はタマラナイ、なんとしても避けたい、という思いだった。自分たちが責められるのは、もうコリゴリだと思うのだ。被害者は、責めるのではなく、常に何が大事で優先すべきなのかを忘れないための教訓として、プラスに活かして欲しいという思いとは正反対のものだ。

 エフュージョン尼崎が、薬害根絶の碑だとは言わないが、遺族が毎日、写真に向かって祈り、語りかけるように、何かを学び、教訓として根絶を誓って欲しいと思う。その明かしとして、信じられないほどの社内文化を構築し、利益より安全第一を、疑うことなくブレることなく、最大の目的として欲しいと思う 
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安全は最大のサービス vs 安全投資は負担

2006-04-24 21:55:32 | JR西に学べ
鉄道121社、半数「安全投資は負担」 本社調査 (朝日新聞) - goo ニュース

-----転載ここから
 25日で発生から1年となるJR宝塚線(福知山線)の脱線事故をきっかけに国土交通省が全国の鉄道事業者に義務づけた安全施策への対応をめぐり、全国121の鉄道事業者のうちほぼ半数の事業者が経営への影響が及ぶ水準の負担が生じると考えていることが、朝日新聞社のアンケートでわかった。JRや大手私鉄が整備の前倒しや国の基準を上回る独自の対策を予定する一方で、中小私鉄や第三セクターは負担増により他の施設への投資が難しくなるなど、「安全格差」が広がりかねない実態が浮かんでいる。 <中略>

JRや都市部の私鉄、地下鉄などの大手は、「安全が最大のサービスになる」(各社)などとして積極的に取り組む姿勢が目立った。

一方、赤字や資金不足に悩む地方の中小事業者は、基準を満たすための支出だけで経営への影響が出るとして、心配する声が目立った。「会社を倒産させても安全を確保するということはできない」(土佐くろしお鉄道)、「本来計画していた安全のための設備投資が後回しになる」(中四国の三セク)、「(新しい設備の)維持管理経費が経営に影響してくる」(肥薩おれんじ鉄道)――など深刻な意見が相次いだ。
-----転載ここまで

 余裕があるかないか、ドル箱路線を持っているか、細々と首の皮一枚残して営業しているかどうかの差なのだろうか。
 安全こそ最大のサービスと言えるまでには、それなりの教訓に学び、ときに高い“授業料”を払ってきたのかもしれない。学ぶべきところを、会社の基本に据えるには、経営者のモラルが不可欠だろう。「そうは言っても背に腹は変えられず・・・」と、大事なことを後回しにしてきたところは、これから高いツケを払うことになろう。

 安全投資といっても、国が求めるものだから、路線のハード部分の違いなどとは無関係なものだろう。これまで、少しずつ整備をしていれば、苦しいながらもなんとかハードルを乗り越えられるものではないか。
 逆に、それを怠ってきたものは、えてして法的に義務化されていないから・・・、などと言いながら罰せられなければとばかり、怠慢を正当化するような文化、体質の経営だったのではないだろうか。法律でつつかれなければ動かない姿勢、自立(自律)性のなさ。継続的投資でできたことなのだから、それはまさに儲け主義がもたらした残念な結果だろう。

 JR福知山線の事故から1年。いろいろなコメントが見られる中、安全確保への投資が抑えられたまま、そのくせ片一方で安全を確保し、安心を提供したいなどと、キレイ事をほざく薬局の経営者がいるようだ。多少なりとも出費をしていればいいのではない。額の大小、使い方の是非は、自らが計画し、利用者が評価するものだ。少なくとも、他の同業者と比べて遜色ないか、明らかにそれを誇れるほどの実態を見せて欲しいと思う 
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

調査は適切か、事故はなぜ起こったのか、JR西日本

2006-04-21 13:43:11 | JR西に学べ
JR西の日勤教育、過密ダイヤ… 実態、他社と同じ 捜査本部 (産経新聞) - goo ニュース

-----転載ここから
 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、尼崎東署捜査本部が、JR東日本や関西私鉄各社などから運転士教育の懲罰性や、ダイヤ編成の過密さについて任意で聴取した結果、JR西日本の実態と明確な差異がなかったことが十九日、分かった。これまで日勤教育や過密ダイヤが運転士の焦りを招き、事故を引き起こした要因として指摘されてきたが、事故との因果関係を立証するのは困難との見方も出ている。捜査本部は会社側の管理責任について慎重に調べを進めている。

 捜査本部は、JR西と他社の実態を比較した結果、他社にも運転ミスに対するペナルティーとして乗務を外して繰り返しリポートを書かせるなどの運転士教育をしているケースがあり、懲罰性についてJR西と明らかな差はみられないことが分かった。

 また、過密とされたダイヤ編成についても、福知山線以上に運行本数が多い路線はJR東などにあるが、多数の死傷者を出す事故は発生していない▽JR西がダイヤを厳守するよう運転士に与えた重圧は他社に比べて突出していない-などを確認した。
-----転載ここまで

 要は、他の鉄道会社とJR西日本とで、勤務実態、社内体制とを比べたところ、バックグラウンドの部分で差異が認められず、日勤教育や精神的圧力が事故の背景であるとする見解は当たらない、ということか。

 外見上の差異はなくても、懲罰なのか再教育なのかといった、実質にあたるような部分や程度まではわからないし、社内文化の違いなどもあるだろうから、この結果も報道だけではよくわからないところではあるが。少なくとも被害者にはにわかに受け入れがたい報告ではないか。

 取りようによっては、社内体制に特筆すべきところがなければ、運転士自身の問題(が主因)であると、間接的に言っているようなところもある。置き石が原因として疑われると言ったJR西だ。

 だからといって、なぜ他の鉄道会社には事故が起こらないのか。オーバーランくらいは珍しくないが。何かJR西にはないものを持っているのか。それが欠けていたからなのか。さもなくば事故は時間的な順番に過ぎず、JR西は運が悪かったのか。

 他社にも同様の素地があったとしても、事故によって明るみに出た社内文化は感心したものではない。上に何も言えない風土、イジメと言ってもいい文化。それが認められるものでも、原因とは言えないと完全否定できるものではないと思う。

 TVで、元・阪急の運転士が、JR西との違いを述べていたような番組があったと思う(記憶違いでなければ)。この運転士は、他社のこととはいえ、同じ運転士として危惧していたといったコメントをしていた。ダイヤも、阪急とJR西とで比較して、JR西のダイヤは無理だ、と述べられていた。ビデオも撮っていないし、番組名も忘れてしまったが・・・。

 果たして、原因究明は適切になされているのか 
Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

会社が生まれ変わるということ

2006-04-11 13:43:14 | JR西に学べ
JR西の安全対策、運転士の6割余「成果ない」 (読売新聞) - goo ニュース

 福知山線の大事故からじき1年が経過しようとするこの時期に、事故にどれだけ学んだかを社内で評価した結果が、さしずめこのアンケートか。全く変化がないわけじゃないが、ほとんど変わっていないといっても過言ではない、といった評価だと思った。

 安全かどうかは、納得のいく体制かどうかは、本来なら利用者が実感できるレベルで目に見える状態が好ましいのだろうが、内部ですらこの様子とはどういうことだろうか。顧客には取り繕ったように、うわべだけの見せ掛けということもあるから、内部評価もけっして無視はできない。とくに安全性にかかわる部分においては。何もトラブルがなくて当たり前の部分を評価するということは、万一の事態への事前対応がどれだけとれているかを問うものだから、よほどその意識が徹底、浸透していないと小手先で終わってしまいかねない。結果として、気が緩んできた頃に、再発を招きやすい。

 社長も変わった。社内体制も変わったはず。でもこの評価。重要なポストにいる人が相変わらずなのか。一般の社員が変わって欲しい、変わるべきだ、と考える要点が変わっていないのか。表向きとは別に、水面下では依然、利益重視の意見が幅を利かせているのか。裏マニュアルなんて、よくある話だ。これまでより締め付けを厳しくすればいいのではなく、これまで「よし」とされていた価値観が重視されなくなって、別の価値観でものごとを見るような風土、体質になってきたとき、改善が前進したという評価になるのだろう。

 ISO9001的には、業務(プロセス)のチェック及び評価をどこで行うのか、明確にして、実際の評価を行うといったことが求められているように思った  8.2.3について、改善の機会  
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

利益重視の表現削除 JR西日本

2006-03-23 12:58:46 | JR西に学べ
利益重視の表現削除 JR西日本 神戸新聞ニュース 060323

-----転載ここから
 JR西日本は二十二日、尼崎脱線事故を教訓にした新しい企業理念と安全憲章を発表した。一九八七年の同社発足時の理念にあった「コスト意識」「総合サービス企業」といった言葉が消え、「安全第一」を掲げた鉄道中心の事業展開を強調した。また、安全憲章前文には脱線事故を記し、風化防止を誓った。山崎正夫社長は「新理念は企業風土を変えるツール(道具)。社員に徹底したい」と話している。

 定例会見で山崎社長が発表した。新しい理念は六項目で構成。安全第一を積み重ね、安心、信頼される鉄道を築く▽鉄道事業を核に、将来にわたり持続的な発展を図る▽利用者の視点で考え、満足される快適なサービスを提供する▽日々の研さんにより技術・技能を高める-といった内容が盛り込まれ、「鉄道と安全」を重視する姿勢を前面に打ち出した。

 旧国鉄から分割・民営化後にまとめた現行の理念には「同業他社をしのぐ強い体力づくりに、持てる力のすべてを発揮」などと利益追求を強調していたが、こうした表現はなくなった。

 安全憲章も全面的に刷新。前文で昨年四月二十五日の脱線事故に触れ、「安全の確保こそ最大の使命」とうたった。
-----転載ここまで

 ついに・・・というか、ようやくというか、事故を繰り返し、被害者を出し続け、世間の非難を浴び、ここまでたどり着いたような印象だ。
 でも、実態はわからない。渋々かもしれないし、やむをえず外した程度の認識かもしれないし、本音は別のところにある、理念と経営は別だ、なんていうことだってある(現に、そういう組織がある!)。これまで利益最優先でやってきた残党も、たくさん在籍しているだろう。

 新しい文化に進むには、これまでの方針や過去は誤りでした、と認めることに始まる。これが反省ということ。誤りであることに言及せず、単に表現から外しただけだとすれば、腹の中にはタンマリ持ち合わせているということだ。

 民間企業であると同時に、それ以前に、公共交通機関であり、公益性の高いことをよーく考えれば、コストや利益重視が最大の方針や理念にならないことは自然ではないか。もちろん、慈善事業をしろ、といっているのではない。使命を果たす中で、適正な収益を確保していけばいい。

 この宣言が最終ゴールじゃない。これからその実態を、活動を通じて利用者が見ていくことになるだろう   
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

社員は会社のホンネを見透かしている

2005-12-27 13:17:27 | JR西に学べ
「事故の芽報告せず」半数 国労西日本アンケート

-----転載ここから
 JR西日本の労働組合の1つ、国労西日本(上村隆志委員長)は26日、尼崎脱線事故の再発防止の一環として同社が現場に報告を求めている軽微なミス「事故の芽」を、半数の社員が報告していないとの組合員アンケート結果を公表した。
 組合員のうち駅員や乗務員ら約2500人を対象に11月に実施し、約780人から回収。「事故の芽は報告していない」との回答は47%に上り、8月に行ったアンケートでの32%を上回った。
 逆に「報告している」は31%で前回の35%から減少。事故の芽は減点評価の対象外とする同社の方針には41%の人が「信用できない」と答えた。
(共同通信) - 12月26日18時6分更新
-----転載ここまで

 軽微なミスの延長や、集積、同時発生などが大きな事故につながることからすると、軽微だからというだけで黙殺していることが、いかに危険であるか、理解できよう。
 なぜ、報告しようとしないのか? 隠すのか? 
 報告がJR西にとって意味のあることだとわかっていても、ミスを起こしたという報告が、正直さを評価しないどころか、マイナス評価の材料とされてしまうからだというのだ。ミスはミスなんだから、マイナス評価もやむをえないのか。

 事態が深刻なのは、マイナス評価にしないという会社、すなわちJR西を、社員は信用がおけない会社だと考えている ということだ。うまいこといって、別件逮捕して余罪追及のごとく、問い質してくるのではないか、と恐れているのだろう。

 なぜ、信用が置けないのか。そうではない事例を、事故後も少なからず目の当たりにしてきているからだろうか。また、会社が求める別の態度を見ていると、会社自身のホンネは個人の不始末にすべてをもっていこうとしていることが明白だからだろうか。会社自身が変わらなきゃいけないと言いつつ、それに反する指示や言動がたくさんあって、顔と腹の両方が透けてみえているのではないだろうか。

 言動不一致の役員なんて、どこにでもある話だ。そういう姿勢の役員を、カットできない会社は、悲劇を末端におしつけたまま、走り続けるのだろう 
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする