穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

アップデート要求55:殿下フンドシを求める

2021-04-29 08:06:37 | 小説みたいなもの

 まずフロントで宿泊の五日間の延期を予約した。天馬ペガサスが23世紀から迎えに来るまではここに滞在することにしたのである。今度は懐には両替した金がタンマリあるから悠々として一朱さつを三枚出した。釣りはプリペイドカードにしてもらった。

 外に出ると廊下に設置された案内板を子細に眺めた。フンドシ屋という店はないようだ。次に下着屋で調べたがそういうカテゴリーの店はやはりない。これはやはり洋服屋かな、と昨日言った店に行こうかな、と思ったが、ふと気が付いてドラッグストアはどうだろうと案内板の入力ボードを引っ叩いてみた。営業品目をみるとフンドシがある。そうだな、あれは紫外線除けのクリームと同じで医療用品なのだ。

 彼は無料館内バスを呼んだ。待つほどもなく遊園地にあるような可愛らしい無人操縦の車が彼の前にピタリと止まった。薬屋は六階だがどういう風にバスはエレベーターに乗るのかな、と思っているとバスは建物の真ん中あたりにあるループになった斜面に入り上に昇った。薬屋の前にバスが止まると、彼は降りて店内に入った。

 店はなかなか広い。これでは自分で探すのは大変だ。彼は陳列棚で棚卸をしていたおいしそうな足をした年若い女性に声をかけた。彼女は親切にフンドシ売り場まで彼を誘導してくれた。いろいろな色がある。真っ赤なのや、ピンクのがある。これは女性用だろう。真っ黒でいかにも威圧的なものもある。これはスジ者用だろう。彼は鼠色の無難なものを選んだ。

 店員は彼の下腹部に目をやるとサイズはどうなさいますか、と聞いた。たしかにいろいろなサイズのものがならべてある。体格に合ったものを選べるようになっているのだろう。そういわれても彼には答えようがない。ウェストは一メートルだけど、というと店員はポカンとした顔をしている。

 「私が使うんですけど、はかってもらえますか」と言ってみた。

彼女はぎょっとした表情を浮かべた。

「Lサイズにされたらどうですか、長すぎれば切ればいいですから」

というので彼はドブネズミ色のLサイズに決めた。

「これはどうやって使うんですかね」

彼女はすこし顔を赤くして、「なかに説明書がはいっていますので」と逃げた。

 彼は支払いを済ませるとホテルの部屋に戻った。箱から取り出して、中にある使用説明書をよんだが、よくわからない。何度か説明書のとおりにやってみたが旨く行かない。長い帯のようなものが彼のまわりの床の上に散らばって収集がつかなくなった。

 彼はあきらめてテレスクリーンの前に行くと本日の気象情報を引っ張り出した。「くもりで放射能の濃度はレベル3でやや危険」となっている。午後中ウワバミのように床にとぐろを巻いているフンドシと格闘している余裕はない。いっそ、なにもつけずに外出するか、と考えた。彼の生殖細胞が放射能で破壊されたとして、30世紀から23世紀に戻った時にも汚染が残っているのだろうか、30世紀で受けた影響は後を引かないと考えるのが妥当ではないのか、とも彼は思案した。


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