穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

壁にかけられる絵「老人と海」再読

2014-09-06 03:24:57 | 書評
いろいろとヘミングウェイの作品を読んだついでに、ずいぶん昔に読んだ「老人と海」を読み返した。なぜこれがノーベル文学賞を受賞したのだろうか。

あやふやな記憶だが、ノーベル賞の受賞理由に純文学(ポライト・ノベル? シリアス・ノベル?)が対象だと何処かで読んだことが有る。たしかに「老人と海」では通俗小説のように、あるいはヘミングウェイの他の作品でのように、セックスによる精力の濫費、不自然な大量飲酒、無意味な暴力場面などはない。

そういう意味では受賞理由を満たしている。必要条件としては。もちろん十分条件ではない。どうも冗談めかした記述で申し訳ない。

そうそう、もう一つ思い出した、誰かの受賞理由として、小説作成上のテクニックが革新的であるとか、技術的な新基軸があるかどうか、とかが重視されると言っていなかったか。

「老人と海」の登場人物は年老いた漁師と彼を慕う少年のふたりだけである。しかもその八割がたは一人で漁にでた老人のモノローグである。小説の始めと終わり2、30ページのみに少年との簡潔な会話がある。およそ、ヘミングウェイらしくない構成である。

もっとも小説は150ページほどの(日本語訳で)中編である。彼の会話部分が下手というか興趣がないというか、問題があるということは何回か述べたが、芝居でいえば独白とト書きでぐいぐい押し切っていくテクニックはすごい。

小説のトーンは彼の他のキューバ時代の作品とおなじく「くらい」と言えよう。明るいキューバの自然とは対照的である。これは自然環境の影響と言うよりも、中年から老年にかけてのヘミングウェイの鬱的精神状況の反映ではないか。

推敲を重ねるという彼の作品らしく、文章は読みやすく分かりやすい。

冒頭の設問に戻るが、ようするに若い時パリで彼の女師匠であったスタイン女史に言われた様に、「客間の壁にかけられる」絵になったのがノーベル賞を受賞した理由かも知れない。