穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

VINTAGE HAMMET

2010-09-02 20:16:28 | ミステリー書評

タイトルは本のタイトルである。ハメットの長編の一部、一部の短編をまとめたアンソロジーというのかしら。アメリカではこういう編集本があるんだね。

その中にTHIN MANからの抜粋がある。一章から五章までが採録されている。日本のミステリー界ではあまり言及されることはないが、アメリカではハメットの作品では一番読まれている作品だと聞いたことがある。

コメディタッチのユーモア探偵(引退した)物語といえばマルタの鷹や赤い収穫が有名な日本ではハメットらしくない作品だ。アメリカでは彼の一番売れた作品でかつ最後の作品である。

一応早川文庫にあるようだが、読めたものではなかった。ところがこの抜粋を読んで驚いた。何たる軽快な疾走感、アメリカで人気があるわけだ。

日本ではミステリー作家の色々な作品から抜粋を集めて本を作って売れるのだろうか、なんて考えてしまう。たとえば松本清張傑作抜粋集とかいって。純文学の作家では小中学生向けにたまにこういう本があったような、たとえば漱石とか、古典中の古典で。

ミステリー作家ではないだろうね。一般の作家でもほとんどないんだから。プロットだとかフェアプレーだとか書評家は種明かしをしてはいけない、とか妙なことをいう日本の業界では考え付かない企画だろう。

それだけハメットはさわり、あるいはマクラだけ並べても十分に商品になる文章力があるということだ。

ついでだが、日本語タイトルは影なき男なんて文学少女的な気取った名前を付けているが噴飯物じゃないか。痩せた男じゃ売れないのかな。


暁の死線

2010-09-02 06:03:28 | ミステリー書評

ウィリアム・アイリシュの作品。原題はdeadline at dawn。

ミステリーの邦題は妙なのが多いがこの場合は邦訳のほうがいい。訳者は稲葉明雄氏。この人のものは安心感がある。ハメットは訳者に恵まれない。少なくとも現在手に入るものには。チャンドラーは清水俊二氏をかうものが多いが、悪いとは思わないが格別いいとも思わない。

deadlineには死線という意味もあるがここでは内容を読むと締め切りという意味だ。死線と持ってきたのは稲葉氏のチョイスだろう。各章冒頭にあるアナログ時計表示が印象的。

最近ではチャンドラーには村上春樹氏の訳がある。これも可もなく不可もなくというところ、溶けた氷で薄まった水割りのウィスキーという感じの訳文だ。

さて、巻末解説で江戸川乱歩のランキングではアイリッシュの作品では一位が幻の女、二位がこの暁の死線、三位が黒衣の花嫁だという。稲葉氏はまったく同感だという。

批評家や読者投票で選ぶランキングでは二位が黒衣の花嫁というのが多いそうだが、さすがは江戸川乱歩だ。ミステリーとしては黒衣の花嫁よりはるかに本書が上だ。

小欄はさらに異論がある。ミステリーとしては江戸川乱歩のランクを認めよう。だが「小説」としては断然「暁の死線」が上である。

アイリッシュのものは実はこの三作品しか読んでいないがランクを付ければ一位暁の死線、二位幻の女、三位黒衣の花嫁である。

& なにかひっかかるものがるので、確認したが三位にしたのは黒衣の花嫁ではなくて黒い天使だった。小生が読んだのも黒い天使。

なぜ間違えて書いたのか。暁の死線の訳者あとがきで江戸川乱歩が三位におしたのが「黒衣の花嫁」とあるので一時錯覚したらしい。上記は訂正して黒い天使にします。

黒衣の花嫁は未読だがあまり評価の高い作品ではないらしい。(コーネル・ウールリッジの生涯 F・M・ネヴィンズJrなどによる)。暁の死線の訳者あとがきは間違いではないのか。>>創元社さん