上位3名で行われた決勝戦のお題も「大ピンチ」だった。
(ということは、全員同じお題で2句ずつ提出したということか。
どちらを1stステージ用にするかでも迷ったに違いない。)
優勝 病窓は暗闇 慣れぬ尿瓶凍つ 千原ジュニア(永世名人)
【自 解】若い頃バイク事故で意識を失い、一般病棟に移って目が覚めると夜中で真っ暗だった。
トイレを自分でしなければならず、尿瓶を持ったらとても冷たかった。
この先闘病生活がどのくらい続くのだろうと思い、まさに人生の大ピンチだった。
【解 説】まず「病窓」と場所から始まる。
「慣れぬ」とは何が?と思うと「尿瓶」である。
このモノの力に「凍つ」という季語の力を合体させている。
ガラスの尿瓶の感触や暗闇の冷気、それらが下五「尿瓶凍つ」にグッと凝縮していく。
実に生々しい大ピンチであって、季語を主役に立てていて、添削の必要なしと3拍子揃ったこの句こそが「大ピンチ」の優勝句と言える。
今回の評価は、
●季語が主役に立っているか
●「大ピンチ」、特に「大」のテーマ性をどこまで押さえることができるか
●添削の有無
そういう意味で3句を較べた結果、こともあろうに「尿瓶」の優勝となった。
********************************************
地上波の放送では3名の自解と優勝句の解説だけで終了した。
TVerで他の2句の解説があったが、2位・3位の順位は明言されていなかったので、放送順に記す。
(センエツながら、俳句の出来からしてこの順位だと思う

)
開演ブザー チケットは 着膨れのどこ 森口瑤子(名人9段)
【自 解】演劇を観に行った時、着いたのが開演ギリギリの時間だった。
もう始まるというのにチケットがすぐには見つからず、寒い日で厚着をしているので、いくつもあるポケットを焦りながら探した経験を詠んだ。
【解 説】上五を「開演ブザー」にしたのは良かった。
映像だけでなく、読者のみんなに同じ音を再生させる力がある
そして「チケット」というモノに語らせて、季語「着膨れ」の選択。
最後に「どこ」として余白を持たせているのもとても上手い。
終電の聖菓 保冷剤は温し 横尾渉(永世名人)
【自 解】クリスマスに予約していたケーキを受け取りに行き、その後も買い物がいくつもあって結局終電になり、保冷剤が生ぬるくなってしまった状況を詠んだ。
【解 説】なぜ遅くなって、終電にまでなってクリスマスケーキを持って帰っているのか、この状況は確かにピンチである。
「保冷剤」というモノを使って、「温し」ということで時間経過を語っている。
必要な言葉がきちんと必要な位置に置かれている。
********************************************
1stステージの10位以下もTVerで順位発表と添削があった。
自解はなく、ナレーションで要約されていた。
11位 締め切りは昨日 冬暁の部屋 蓮見翔(特待生4級)
【 N 】締め切りに追われながら迎える朝のことを詠んだ一句。
【解 説】締め切りは明日でもピンチなのに昨日というのが面白い。
「冬暁の部屋」として時間と場所を表現しているが、場所の情報をやめ、もう少し切迫感を出して心情に切り込んでみてはどうか。
添削 締め切りは昨日 冬暁が痛い
12位 冬麗や 鈍色の影 父は逝く 的場浩司(特待生2級)
【 N 】冬のうららかな病室が、父の訃報を聞いてからはショックのあまりモノクロのように感じてしまった時の一句。
【解 説】これはとても惜しい句。
お父様を悼む句なので、きっちり完成させたいと強く思う。
詠嘆の「や」は「父逝く」に持ってきた方がよかった。
語順を変えると追悼句としてとても良くなり、当然上位に食い込んでくる一句だった。
添削 父逝くや 冬麗を鈍色の影
13位 子の薬手帳は厚く 春を待つ 村上健志(永世名人)
【 N 】病気にかかりがちな子どもの、お薬手帳のことを詠んだ一句。
【解 説】俳句としてはきちんとできており、どこを直さないといけないということはない。
「春を待つ」という季語も主役としてちゃんと立っている。
ただお題の「大ピンチ」を考えた時、「風邪を引いたりしたけど、寒い冬を耐えてよく頑張ったね」と、むしろ幸せな労りの味わいがある句になっていて、そこで損をしている。
俳句そのものはとてもいい句。
14位 すりの標的 きび返す 赤コート 中田喜子(名人10段)
【 N 】買い物中にスリの標的になっていることに気づき、思わず引き返した時の経験を読んだ一句。
【解 説】これは問題点がはっきりしている。
スリに遭っている人が赤コートなのか、スリ本人が赤コートなのかがはっきりしない。作者は敢えて曖昧にしているのかもしれないが。
添削 すりの残像 きび返す 赤コート
15位 凍つ夜や 涙が出ずに テイク10 大友花恋
【 N 】泣く芝居でなかなか涙が出なかった時の、ピンチの瞬間を詠んだ一句。
【解 説】惜しいのは「凍つ夜」の表記が文法的に間違っている。
連体形なので「凍つる夜」である。
添削 凍つる夜や 涙の出ない テイク10
16位 蒲団剥ぎ青息 こむら返りかな 野村麻純
【 N 】寝ている時にこむら返りの激痛で目覚めた経験を詠んだ一句。
【解 説】こむら返りの痛さは誰もがとてもよくわかる。
季語「蒲団」を立てようとしている意識もある。
ただ、全体の調べががこむら返りの割には悠長、落ち着き過ぎている。
特に「かな」という詠嘆の辺りが。
下五を強い言い方にすると、上下のバランスが釣り合う。
添削 こむら返りの青息 蒲団剥ぎ捨てる