夏井先生の解説と添削。
1位 一月の 笑いの外に ひとりいた 春風亭昇吉(特待生4級)
【自 解】大学受験で浪人をしていた正月。
家族や親戚が集まり、居間で楽しそうに笑っている時、自室で一人受験勉強をしていた時の思い出を詠んだ。
【解 説】季語は「一月」。すべての月が季語となるが、それぞれにイメージがあり、結構難しい。
年が改まり気分が華やぐ一月だからこそ、家族や友人の笑いの外にいる自分を強く意識してしまう。それが季語「一月」の力になっている。
面白いことに1位、5位になった落語家の二人とも、笑いの反対側から笑いを描こうとしている。
そういう落語家さんたちの発想が秀逸だと改めて思わされた。
2位 残業の鍋焼 M-1の出囃子 横尾渉(永世名人)
【自 解】残業をしている人が、休憩で鍋焼きうどんを食べながら、お笑いの賞レースM-1をテレビで見ている情景を詠んでみた。
【解 説】これは「句またがり」の型である。
残業・鍋焼・M-1・出囃子で、俳句としては材料多めであるが破綻なくまとめている。
そして「なべやき」「でばやし」の語句が軽い脚韻のリズムとして考えられている。
3位 初笑い 追い出す寄席の はね太鼓 梅沢富美男(永世名人)
【自 解】寄席小屋の前を通った時、お客さんが大笑いしながら出てくるところだった。
終演でお客さんが帰る時に打つはね太鼓の音が鳴っていた。
「はね太鼓」が専門用語なので敢えて「追い出す」を入れた。
【解 説】まさにテーマのど真ん中を詠んだ句と言える。
「初笑い」の後に「はね太鼓」とすると、「追い出す」が説明になってしまうが、語順で得をしている。
「お帰りはこちら」とお客さまのお尻を叩くような弾む音が余韻となって、季語「初笑い」の余韻と重なっていく。
4位 爆笑や 横隔膜に 去年(こぞ)の揺れ 村上健志(永世名人)
【自 解】笑いながら年を越して、笑いは収まったけど横隔膜はまだ揺れている。
その揺れの原因の笑いはすでに去年のものとなっている。
「去年」は新年の季語で、1年を振り返るという意味もあるので、たくさん笑っていい年だったという思いで詠んだ。
【解 説】「去年今年(こぞことし)」の傍題になるが、難しい季語に挑戦している。
1年という長い時間でもあり、午前0時になったその一瞬前の時間も「去年」。
手練れが新しいことに挑戦し、季語を大切にしている姿勢を大いに評価したい。
5位 福笑いのような 祖父の、死に顔 立川志らく(名人7段)
【自 解】子どもの頃、大好きな祖父が亡くなった。
その時初めて死に顔というものを見た。なんだか福笑いみたいな顔だと思ったが、子ども心にそんなことを思ってはいけないという気持ちがあり、その一瞬のためらいを句点「、」で表現した。
【解 説】兼題の「大笑い」に対極の「死」を持ってきている。
季語の「福笑い」を「のような」と比喩にしていることで、季語としての力が弱くはなるが、祖父の人相をちゃんと映像化している。
作者はいつもこのようなことを試み、表現者として面白い。
6位 初旅のB席 iPadにドリフ 川島如恵留
【自 解】新幹線で移動することが多いが、A席C席に申し訳ないと思いいつつ笑いをこらえて見ていた状況を詠んだ。
【解 説】句を読む時、その句にとって一番幸せな読み方を探ってあげるというのが読者の誠実な態度。なぜB席なのかを丁寧に読み取ってあげないといけない。
両隣の人に遠慮しながら見ているというのがこれでわかる。
そして「iPad」と「ドリフ」の相性がなかなかいい。兼題の「大笑い」にドリフターズはベタになりがちだが、iPadを出すことによって時代が交錯し、それを今の若者が笑いながら見ているという掛け合わせが効果的。
7位 盃の 富士に一礼 初笑 中田喜子(名人9段)
【自 解】お正月。切子硝子のぐい呑みに吟醸酒を注ぐと富士山が浮かび上がるという細工になっていて、お父さんが思わず一礼し、家族がクスッと笑う情景を詠んだ。
【解 説】奇をてらわないよろしさがある。
富士のめでたさ、一礼をする礼儀正しい感じが正月の気分に寄り添っている。
テーマの「大笑い」にしては上品すぎる感じはするが、ほのぼのとした好感の持てる作品。
8位 「犯人は…」に続く 客席のくつさめ 森口瑤子(名人7段)
【自 解】サスペンスの舞台を観に行った時の実体験。
ようやく犯人がわかる場面で身を乗り出して観ていたら、役者が「犯人は」と言った瞬間に観客の一人が大きなくしゃみをして、みんな笑いをこらえていた。
【解 説】「くっさめ」が季語でくしゃみのこと。古語の表記だと促音ではなく「くつさめ」と書く。
エピソードをうまく一句にしている。
惜しいのは「に続く」で、状況の説明になっているのがもったいない。
「犯人は」の後の間、小さな時間をここに作ってはどうか。
「沈黙」では重いので「静黙」。
そして俳句は縦書きで一行に詰めて書くが、静黙の後にひとマス空けるという特殊なテクニックもある。
添削 「犯人は…」の静黙 客席のくつさめ
9位 笑ひ声 洩るる交番 注連飾(しめかざり) 千原ジュニア(永世名人)
【自 解】警察官の方が声を出して笑っている場面はそうそう見たことがない。
交番から笑いが聞こえているような正月のめでたと平和な時を詠みたかった。
【解 説】句材としていい光景を切り取っている。
新年の季語「注連飾」を主役にしようとする意志も感じられる。
直すとするなら「洩るる」であるが、作者がこういうニュアンスで描こうとしているのだから添削することはない。
テーマ「大笑い」で順位をつける時、「洩れる」という笑いの量で損をした。
10位 妣(はは)の忌や 遺言だもの 牡蠣フライ 安藤和津
【自 解】長年認知症を患っていた母を在宅介護していた。
生前とても食いしん坊で、3回忌の時に好物のカキフライを家族全員で食べながら母を偲び、思い出話に大笑いしたりして、すごくいい送り方ができたと思っている。
【解 説】中七下五のフレーズが愉快。何回でも口に出したくなるような調べも俳句では大事な要素である。
惜しいのは「妣(はは)」。これは亡くなった母の漢字なので「忌」と重複する。
「母三回忌」としてもいいし、悲しみが強く出るケースで「母の通夜」もあり、どれくらいの時間の忌なのかで、悲しみの種類が変わってくる。
意表を突きつつリアリティーのある一句。
添削 母の通夜 遺言だもの 牡蠣フライ
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今回もTVerで11位以下の俳句発表と夏井先生の解説があった。

11位 ばればれの 父の手品や 冬座敷 本上まなみ(特待生4級)
【解 説】「冬座敷」が季語であるが、「夏座敷」とは対照的にもの寂しいイメージを持っている。
それが愉しい家族団欒とは不釣り合いである。
添削 ばればれの 手品の父や お正月
12位 ゲラの子は ゲラに育つや 春隣 こがけん(特待生4級)
【解 説】「ゲラ」は笑い上戸の俗語になる。
わからない人のために「大笑い」に「げら」とルビを入れてはどうか。
さらに春隣の後に「げらげら」を使いきってもいいのではないか。
素材が面白いので、この作者は将来性がありそう。
添削 大笑い(げら)の子は大笑い(げら)や 春隣のげらげら
13位 元日の 「大仏の鼻」 抜く女優 かたせ梨乃
【解 説】エピソードを一句にまとめようとして破綻している。
「女優」を諦めて、下五を「お元日」にするとめでたさも出てくる。
添削 大仏の 鼻を抜けたり お元日
14位 大笑ふ 君は私似 春間近 水野真紀(特待生5級)
【解 説】自分に似ている子どもさんだろうと解釈したが、詩歌の世界で「君」は恋愛の対象と読まれがちなので注意して欲しい。
そして名詞「大笑い」を「大笑う」と動詞に使ったのが一番気になった。
添削 君は私似 春まぢかなる 大笑い
15位 墓前にて あなたと笑った 冬の空 勝村政信(特待生5級)
【解 説】「あなた」の範囲が広過ぎて絞り込めない。
聞くと、先輩俳優の故原田芳雄さんとのこと。
だとしたら、中七下五に「原田芳雄の墓前にて」と入れた方がよい。
添削 冬空に笑う 原田芳雄の墓前にて
16位 雪景色 転んだあとの 顔判子 えなこ
【解 説】下五の「顔判子」が作者の工夫したところだと思うが、比喩として精度がゆるい。
「雪にわたしの顔の痕」とすると、一句で言いたかったことが入る。
季語の「雪景色」が不要になるので、上五を使って物語が広げられる。
例えば、
添削 失恋や 雪にわたしの 顔の痕