
夏井先生の解説と添削は以下の通り。
1位 苗代の桜や 鬼の住まいする 梅沢富美男(永世名人)
【自 解】プロモーションビデオの撮影で、岐阜県下呂市の苗代桜に行った。
田んぼのそばにある見事な桜で、花が散る時、ふと鬼が住んでいるのかと思わせるような光景だった。
【解 説】「苗代桜」という特定の桜を知っている人はもちろん、知らない人も田植え前の苗代とその近くにある桜を想像できるだろう。
そして急に異世界に引き込んでいる。
「桜」と「鬼」を取り合わせるのはかなり難しいが、季語を主役にして寄り添わせるバランスを作っているのはさすがである。
2位 刑務所を 囲む桜の 仄白き 千原ジュニア(永世名人)
【自 解】ある刑務所の周りの桜を見たことがある。
とても綺麗だったが、普段見ている桜より白いような、色が薄いのではないかと思った。その時の印象を詠んだ。
【解 説】「刑務所」と言う言葉自体に情報量が多い。
そして「塀」の言葉を入れず「を囲む」ですべてを表現した技術的な点を誉めたい。
下五も真っ白とせず仄白く、また終止形にせず「仄白き」と余韻を持たせているのが良い。
3位 幽谷の ロッジの夜明け 白き飛花 千賀健永(名人9段)
【自 解】日本画家の東山魁夷氏の作品が大好きで、その方の絵画を俳句にしたいと思った。
深い谷の中にロッジがあって、白い花びらが舞っている情景を俳句にした。
【解 説】「幽谷の」から入って「ロッジ」という建物、「夜明け」という時間。それぞれが邪魔しないようにきちんとパーツが入っている。
どうしたら1位を目指せるかアドバイスすると、
ひとつ目は、下五の「白き飛花」を「飛花白し」とすると、飛んでいく花びらの印象が白く残る。
もうひとつの選択肢は、「幽谷のロッジ」で切れを作る方法。
添削 幽谷の ロッジの夜明け 飛花白し
幽谷のロッジ 夜明けの飛花白し
4位 花月夜 冒険譚に 挿す栞 横尾渉(永世名人)
【自 解】冒険小説を読み耽っていたら夜になり、窓を見ると桜が綺麗で、一度休憩して桜を愛でようと思い、栞を挟んで本を閉じた場面を詠んだ。
【解 説】基本形をかっちり使ってきている。
「花月夜」と「冒険譚」の取り合わせはファンタジーぽい味わいもあり、作者の意図通りだろう。
悩みどころは「挿す栞」か「栞挿す」であるが、作者の詠んだ「挿す栞」を良しとする。
「栞挿す」とすると、「挿す」が不要になってくる。
冒険譚が本当の冒険かもしれないが、最後の「栞」で読書だったとわかり、ゆっくり栞を挿む指先を感じながら、「なんと美しい花月夜だろう」と季語を際立たせている。
5位 束の間を 正気の母と 花の道 森口遥子(名人8段)
【自 解】母が闘病の最後の方は、薬の副作用などもいろいろあって、普通ではない母が見え隠れしていた。
しかし昔通りの明るい母も束の間あり、そんな時母の大好きな桜の道を散歩した思い出がある。
【解 説】割とありがちな光景、句材とも言えるが、この位置に「正気の」を入れたことを強く誉めたい。
悩ましいのは「道」を許容するかどうかである。桜が咲いているのは屋外だから不要でもある。
しかし、作者にとっては「母との桜の道」の記憶が重要だと判断し、敢えて触らずこのままで。
6位 さくらさくら むすめの たましいのいろ 犬山紙子(特待生3級)
【自 解】桜並木のある川沿いに住んでいたことがあり、小さい娘と歩きながら「さくらさくら」と歌ったりして多幸感に包まれた。
小さな娘の魂はきっとこんな色なんだろうと思った。
【解 説】「魂の色のようだ」というのが詩になっていて素敵な一句。
もったいないのは「娘」。もちろん作者自身の娘だとわかるが、こういう発想の句の場合は、敢えて限定しない方が共感の幅が広がる。
添削 さくらさくら 子のたましいの さくら色
下五にも「さくら」を入れてリフレインを効かせる。
こうしていたらベスト3に入っていた。
7位 濠(ほり)の端の 羽音走りて 初桜 中田喜子 (名人10段)
【自 解】皇居のお濠の桜を、咲き始めの頃に愛でながら歩くのが好きである。
お濠の水鳥たちがせわしなく動き出して、彼らも桜を楽しんでいるのだろうと思った。
【解 説】美しい光景で、音の情報も入っている。
「端」「羽音」「走りて」「初櫻」で「は」の韻の踏み方もいい。
もったいないのは「濠の端の」の「の」。
経過していく場所とか時間を表現する「を」とする。
また「走れり」とすると切れが生まれる。
添削 濠の橋を 羽音走れり 初桜
こうしていたら、この句もベスト3に入っていた。
8位 花曇 昼夜の区別なき 赤子(こども) 村上健志(永世名人)
【自 解】生まれたばかりの赤ちゃんは昼夜の区別がない。
「花曇」は花を育てる意味合いの季語「養花天」との別名なので、取り合わせがいいのではないかと思った。
【解 説】確かに「花曇」と「赤子」の取り合わせはとてもいいと思う。
何が問題かというと中七。ちょっと離れて客観的に説明している感じである。
これを映像として動かしてあげなければいけない。
赤ちゃんは具体的に何をしているのか。
添削 花ぐもり 夜を泣き昼を泣く 赤子
9位 花月夜 学童終わりの チャンバラ戦 森迫永依(特待生2級)
【自 解】昔住んでいたマンションでの光景。
きれいな桜が咲く夜、桜の下で友だちがチャンバラごっこをしていたのを思い出した。
【解 説】光景も賑やかさもわかる。しかし、学童保育は夕方に終わるというイメージを持つ人の方が多いのではないだろうか。
それが花も月も美しい夜の季語「花月夜」の後に来ると、時間が逆行してしまう。
時間ではなく、場所の情報を入れたら整うのではないか。
添削 チャンバラの 続く団地や 花月夜
10位 我が運命(さだめ) 夜櫻に問う 生も死も 的場浩司(特待生4級)
【自 解】桜が一番好きな花である。
夜桜を見ていていると、今年も見られたという喜びと、同時にあと何回見られるのだろうかという思いがよぎる。
【解 説】思いはよくわかる。ただ全体が観念的になってしまった、
和製ハムレットのようになっているのが、俳句としては少し損をしている。
生と死を問うているのだから上五の「我が運命」はいらない。
俳句は季語を主役にして、季語に思いを託すのが基本。
なので、上五を夜桜の描写にしてはどうか。
しかし、作者はいつも自分の表現したいものを絶対やるという姿勢を貫いていて、それは大事なことなので感心している。
添削 満開の 夜櫻に問う 生も死も
満開の 夜櫻に我が 生を問う