
夏井先生の解説は以下の通り。
1位 大きく振りかぶって 秋爽の只中に
【自 解】今はもう振りかぶる投球フォームのピッチャーはほぼいなくなった。
大谷選手は、高校時代このワインドアップ投法でカッコよく印象に残っている。
日本人投手がメジャーリーグで活躍するきっかけになった野茂投手の大ファンだが、彼も振りかぶってからのトルネード投法だった。
マウンドに立つ姿は、堂々としてとても爽やかである。
【解 説】ゆっくり振りかぶって投げる動作を映像にして、兼題写真に真っ向勝負した俳句になっている。
「秋爽」の季語がとてもいい。
ただ1点、最後の「に」がない方がいいのではないか。
添削ということではないが、自分なら「に」は書かない。
大きく振りかぶって 秋爽の只中
こうするとキッパリとした空気が出て、季語が堂々と立ってくる。
2位 太谷の球 大谷が打つ 案山子
【自 解】毎年案山子コンクールでは、その年話題になったキャラクターや著名人がなったりする。
例えばイチロー選手ならバッターボックスに立つシーンだろうが、大谷選手は投げるシーン、打つシーンの両方が作られるだろう。
現実には不可能なことだが、大谷が投げて大谷が打ったら・・・
案山子は鳥から稲穂を守る農作の神様。
豊かな秋の実りの季語「案山子」と取り合わせた。
【解 説】二刀流としてあり得ない場面を下五で「案山子だったか」というアイデアはさすが。
これだけの活躍をしていると、全国にどれだけ大谷選手の案山子が並ぶのか、そういった世相もさりげなく書いている。
しかし、上五中七を詠んで、困った挙句これは夢だったという「夢オチ」というのがあるが、「案山子オチ」も全くないわけではない。
他に見受けられるのが「菊人形オチ」(9位の俳句)。
【自 解】白秋の雲とは今の世の中の感じで、モヤモヤとした雲に風穴を空けるような大谷選手のスカッとしたプレーを「穿ぐ」の動詞に込めた。
【解 説】いかにも爽快な俳句である。季語は「白秋」。
しかし悩みどころが1点。まさに作者が自信を持って選んだ「穿ぐ」である。
「穿つ(うがつ)」ということで掘ったり削ったりして穴があくという意味で、どちらかといえばコツコツとヒットを積み重ねていくイメージがあるのではないか。
白秋の 雲裂く 右投げ左打ち
白秋の 雲撃つ 右投げ左打ち
にしてもいいかもしれない。
【自 解】メジャーリーグの歴史や記録に発想を変えてみた。
ボストンレッドソックスの本拠地フェンウェイパークは最古のスタジアムで、ここで多くの選手が数々の記録を打ち立てた。
プレーする選手、満員の観客の頭上に満天の星空が広がっているイメージ。
【解 説】作者の言いたいことを固有名詞に語らせるタイプの俳句で成功している。
「星月夜」の季語も押さえとして効いている。
【自 解】大谷選手は、野球を始めた子供の頃から父親と交換日記をしていたそうで、最初に書かれていたのは「元気よく声を出す」「一所懸命キャッチボールする」「一所懸命走る」の三箇条だったそうだ。
シンプルな基礎的なことを守って、現在の大谷選手になっていると思う。
【解 説】中七下五がシンプルだが明快。
読者は「三箇条」とは何だろうと想像したり、調べてみようかと思わせる力を持っている。
「天高し」の季語が、大谷選手の豪快な飛球を想起させ、気持ちのいい俳句。
6位 秋立つや 十七画の 名を吾子に
【自 解】8月に子どもの生まれたご夫婦が、名前を何とつけようかと思っている場面を想定した。
8月10日に「104年ぶりに10勝25号」の大記録を打ち立てたニュースがあり、あんなふうに世界に羽ばたいてほしいという願いを込めて、背番号17、「翔平」の17画にこだわって名前を考えているというもの。
【解 説】きっちり詠まれている。
ただ俳句だけを読んだとき、17画にこだわる理由が読み取れない。
テーマ性との兼ね合いで損をしたが、生活の1ページを詠んだ句としては秀句。
【自 解】大谷選手はマウンドにゴミが落ちていると拾ってポケットにしまう。
本人は「運を拾っているのだ」と言っているそうだが、その行為、人格もまた称賛されている。
なんと爽やかな青年かと、季語の「爽涼」に託した。
【解 説】彼の数あるエピソードのひとつをうまく掬い取っている。
しかし、すでにポケットにしまったゴミではなく、拾っているその瞬間を詠むべきだろう。
情報として「ポケット」と「ユニフォーム」の言葉が重なっている。
添削 マウンドのゴミ 爽涼ののポケットへ
こうしていたら、迷わず1位にしていたと思う。
8位 四番打者 四球を選ぶ 子規忌かな
【自 解】俳人正岡子規は野球好きでも有名で、「打者」や「走者」「四球」などの野球用語を作ったことも知られている。
季語は「子規忌」(9月19日)で、韻律にこだわってみた。
【解 説】こういうネタが出てくるのはちょっと嬉しい。発想はとても良い。
韻律や表記を見た面白さも丁寧に工夫している。
しかし俳句自体を読んだ時、臨場感が薄いのが気になる。
添削 バッターは四番 子規忌の四球選(よ)る
【自 解】大谷選手の二刀流から佐々木小次郎に発想を飛ばしてみた。
巌流島は武蔵と決闘した島の名前であるが、小次郎の剣の流派名でもある。
かつて菊人形展で武蔵と小次郎が対峙していたのを見たが、小次郎の菊が萎れていた。
戦いも敗れ、菊も萎れ、無念だろうなぁと思った。
【解 説】「無念」と「しおれた」の気分が近すぎて残念。
また「巌流」を読んだ読者は、小次郎より島の名前をイメージする人の方が多いかもしれない。
破調の句であるが、五七五のリズムにしてもいいのではないか。
添削 小次郎の 無念しおれた 菊人形
【自 解】ニュースで大谷選手の活躍を見ながら、私は自分のできることとして料理をし、生姜を擦っているというものである。
【解 説】この兼題写真から、生姜を擦るという日常を持ってくる生活感のような発想はとても良い。
「大谷」の固有名詞に季語の「生姜」が支え切れるかというバランスの問題があるが、作者の意図なので変えろとは言いにくい。
他で操作すると「打ちまくる」が、ワンシーズン通してか、今見ている1試合かがはっきりしないので、
添削 今日も打つオオタニ 私は生姜擦る
「も」で、ずっと打っていて、今見ている試合でも打っていることになる。
また、俳句は縦1行に字詰めで表記するので、「大谷」の後に「私」の漢字が続く。
これを避けるために「オオタニ」とすると、メジャーリーグの空気も出る。
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1位の俳句に合う画像がなく、先日ヤクルトが日本シリーズ出場を決めた試合録画の胴上げシーンを拝借した。