
昨年10月に俳優西田敏行氏が亡くなった。
訃報直後のワイドショーで脚本家の三谷幸喜氏が、
「子どもの頃、『池中玄太80キロ』と『港町純情シネマ』が同クール(1980年4月期)で放送されていたんですよ。
どちらも主演の連続ドラマなんてほぼありえない。
当時の学校の友達は『池中玄太』が面白いって言ってたけど、僕一人『港町純情シネマ』が凄いって力説していたんです」
と言っていた。
我が意を得たり!
お別れの会が2月18日行われた。
その模様がテレビ放送され、三谷氏の弔辞が名文で録画・再生してメモした。
「西田さんが演じた様々な登場人物たちは、これからもずっと僕らを楽しませてくれます。
例えば陽気なカメラマン、人情味溢れるサラ金取り立て人、ちょっと太めの木下藤吉郎、釣りが大好きなサラリーマン、世界的な冒険家、冷徹な医師、冷徹な医師の義理の父親、情熱的な映画館主、チャーミングな落ち武者、猪八戒、金田一耕助、徳川将軍、徳川将軍、徳川将軍…。
西田さんの遺した分身たちは、これからもずっと僕らを笑わせ、泣かせ、喜ばせ、楽しませてくれるはずです。」
因みに列挙された作品名は順に「池中玄太80キロ」「淋しいのはお前だけじゃない」「おんな太閤記」「釣りバカ日誌」「植村直己物語」「ドクターX」「白い巨塔」「港町純情シネマ」「ステキな金縛り」「西遊記」「悪魔が來りて笛を吹く(1979年版映画)」「八代将軍吉宗(吉宗役)」「葵 徳川三代(秀忠役)」「功名が辻(家康役)」
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先日押し入れの整理をしていたら、本棚に収まりきれない本が段ボール箱にいくつもあり、そのひとつに向田邦子氏の小説と市川森一氏のシナリオ集が入っていた。
お二人ともに大ファンの作家・脚本家である。
両氏ご存命ならどんな作品を書いていたのだろうと残念でならない。
因みに人情味溢れるサラ金取り立て人の『淋しいのはお前だけじゃない』も市川脚本で、これも傑作だった。
カテゴリー「なつかしの映画」の番外だが、港町純情シネマにはふんだんに懐かしい映画音楽や名シーン、名セリフが盛り込まれている。


猿田禄郎(西田敏行)は漁船の機関士だったが、銚子で小さな映画館「港シネマ」を経営する父(室田日出男)から「経営の全てを任せるから帰って来い」という手紙を受け取り、陸に上がる決心をする。
彼には自分に起こる出来事を映画の主人公や名シーンに重ねてみるという空想癖がある。
帰ったらもぎり嬢をしている恋人邦子(伊藤蘭)と結婚しようと思い、ある愛の歌(1970年)の「愛とは決して後悔しないこと」と呟いてみたり、妹の加代(森下愛子)や身内の歓待をゴッド・ファーザー(1972年)の冒頭パーティーシーンに重ねてみたり、万事こんな具合である。
久しぶりに「港シネマ」の前にたち感無量の禄郎だが、父子の関係を示唆するかのように流れるエデンの東(1955年)のテーマ。
その辺り、脚本家市川氏の細かいト書きに感心する。
現実は空想とは大違い。経営を譲るどころか、人使いの荒さで居つかない映写技師の仕事を押し付けられる。
おまけに退職金にまで目をつけられる羽目に。
次々に起こる出来事に空想してはウエスト・サイド物語(1961年)のG・チャキリスになったり、シェーン(1953年)のA・ラッドになったり、サタデーナイト・フィーバー(1977年)のJ・トラボルタになったり、卒業(1967年)のD・ホフマンになったり…。
西田氏は演技だけでなく歌やダンスも得意で、まさに本領発揮の役どころだった。
ドラマの細かいシーンまでは憶えてなく、改めてシナリオを読み返している。
しかし、この年齢では小さい活字はツライ


