sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

今は少しこわい

2014-02-09 | Weblog
>昨日、自転車屋にパンク修理にいった長男帰宅後
>「あ~学校ジャージのままやったわ。やばかったわ…」
>「えっ?なんで?」「朝鮮学校ってバレたら色々あるかも」
>あまり感情を出さない長男。
>気にしないフリをし事件の事など話さない。
>だけど、ちょっとした会話からわかる。不安だよね。ごめんね。

と、在日の人が書かれたのを読んで思ったんだけど
昔、わたしは自分への個人的差別はちっともこわくなかった。
それは特別に無知な人かバカな人のすることだったから、
その気になれば、そんなバカなんかとは十分に戦えると思ってた。
そもそも、まるで自分と関係ない、下らない世界の下らない人たちで、
あほらしすぎて相手にするまでもないと思ってた。
・・・でも、今は、少し、こわいです。
無知でもバカでもなさそうな普通の人が、
カジュアルに差別的なことを言うのを聞くことが増えてきたから。
気のせいならいいと、ずっと思おうとしてるけど、増えてきたよな。

Twitterで、時々やりとりしている、リベラルに見える人が
「納得できないなら日本にいなくていいよ」とか呟いてるのを見ると
打ちのめされる。
わたし個人に言われたわけじゃないけど、
日本で生まれて日本語を話しお正月には日本のお節を作って生きてても
民族の文化継承を捨てるか、
気に入らないなら国に帰れと言われるのは、なくならないのね。

この1、2年でそんな風に
小さく殴られるような気持ちにさせられる相手が増えた。
あまりに言葉がキツくひどいのでフォローしていられなくなった人もいる。
どの人も、わたし個人にひどいことを言うわけではないし、
とても親切で、気持ちのいいやり取りのできた人たちなのに。

この前は別の若い子が「私の韓国disが、
個人的に大好きな在日のフォロワーさんには届かなければいいのにと思う。
彼女に嫌われたくない。でも好きなように呟いてしまう」
というようなことを書いてて、
この子は2、3年ずっと見守って来て、やりとりもよくしていた子で
その、彼女の好きな在日の人って多分わたしのことなんだけど、
なんだか彼女も悲しそうだなぁと思った。


こういう形で人を嫌うということは、嫌う人も嫌われる人も、
どちらも損なうことだなぁ。

写真は、うちの実家の、和韓折衷なお正月の食卓。