「その日本語が毒になる!」吉村達也著より。
いろいろなブログを訪問していると、しばしばコメント欄を外してあるブログに出会う。もし、そこにメール機能があっても、そこまでしてコメントを送信しようとは思わない。
ブログはあまりじっくり考えたりしないで、頭に浮かんだことを次々にキーボードから打ち込んでいってしまうことが多い。またその時々にある写真なども添付すれば日記としていい記録ともなろう。表現形式はそれぞれ自由に設定できるが、ブログとして不特定多数に公開すれば、それを目にした人は何らかの感想や意見を持つこともあるだろう。
しかし、読んでいくら感動したからと言ってもコメント欄がなければせっかくの賞賛のひと言も添えられない。それはちょっと残念なことでもあるな。なかにはブロガーが有名人で批判的なコメントを恐れている場合もありえるが。
もし、コメント欄があればそこからネット上の交流もはじまり、貴重な意見も得られる可能性もあるだろう。とくにブログは感情の赴くままに書いてしまうことが多いので、独りよがりな文章になってしまいがち。(もちろん日記だからそれでもいいのでしょうが)
また、ブログ(日記)に対して他の人が書いたコメントを読むのも参考になる場合もありますがね・・・
いろいろなブログを訪問していると、しばしばコメント欄を外してあるブログに出会う。もし、そこにメール機能があっても、そこまでしてコメントを送信しようとは思わない。
ブログはあまりじっくり考えたりしないで、頭に浮かんだことを次々にキーボードから打ち込んでいってしまうことが多い。またその時々にある写真なども添付すれば日記としていい記録ともなろう。表現形式はそれぞれ自由に設定できるが、ブログとして不特定多数に公開すれば、それを目にした人は何らかの感想や意見を持つこともあるだろう。
しかし、読んでいくら感動したからと言ってもコメント欄がなければせっかくの賞賛のひと言も添えられない。それはちょっと残念なことでもあるな。なかにはブロガーが有名人で批判的なコメントを恐れている場合もありえるが。
もし、コメント欄があればそこからネット上の交流もはじまり、貴重な意見も得られる可能性もあるだろう。とくにブログは感情の赴くままに書いてしまうことが多いので、独りよがりな文章になってしまいがち。(もちろん日記だからそれでもいいのでしょうが)
また、ブログ(日記)に対して他の人が書いたコメントを読むのも参考になる場合もありますがね・・・