ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




問屋橋交番、黒川商店。中央区日本橋久松町3。2004(平成16)年2月7日

浜町川は1950(昭和25)年には神田川の合流点から小川橋(金座通り、久松警察署のところ)まで埋め立てられ、露天商の換地になって小さな家が建ち並んだ。『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』(藤木TDC著、実業之日本社、2016年、2640円)の記述は当ブログ前回の『問屋橋商店街』で紹介したが、そこの「蛎殻町グループ」というのは新大橋通り沿いに出店していた露天商を指すのではないかと思う。千代田区側の埋立て地は○○会館と言った集合建築が建ったのに対して、中央区側では、通り(西通り)側と、その裏側(浜町川西際)との2列に個々に家が建っていった。裏側の路地の商店は「問屋橋商店街」を形成したが、最近になってマンションなどに建て替わってきて、商店街の実態はすでになくなった。
写真は問屋橋商店街の問屋橋から栄橋の間。



左:夢幻の月、2011(平成23)年3月25日
右:上田印房、グーグル地図ストリートビュー(2010年1月)より

左写真手前の家は黒川商店との2軒長屋だったのを、黒川商店を取り壊して駐車場にしていた。「夢幻の月」の看板を出しているのは菓子店だろうか。小豆色の日よけに「夢幻の月」の字を入れているからそれが店名だったらしい。奥のサッポロビールの看板は「家庭料理 者那」。「はな」と読む。
栄橋側の角は「上田印房」。昭和30年頃の火保図に載っている。埋立て地に家を立てて以来2010年までは変わらない外観を保ってきたと思われる。
2021年になって、日本橋久松町3にあった建物は交番を除いて取り壊された。12階建マンションの建築計画告知板が出ている。

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