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泰三が、そう言うと、体育館の外は闇につつまれ、サイレンの音と地響きがするような多数の爆音がし始めた……。
貴様ら! なにしとるか! さっさと消灯非難しろ!
体育館の扉を開けて、黒襟に鉄兜の警防団の男が三人入ってきて、口々に怒鳴った。
「みんな、頭から上着をかぶれ!」
泰三は大声で怒鳴り、生徒の中に入って、かたっぱしから頭を叩き、上着を被らせた。
「え、これ、なんかのドッキリ?」
一人の生徒がウケ狙いを言った直後、体育館の東側に焼夷弾が多数着弾。窓を真っ赤に染めたかと思うと、一発の焼夷弾がガラスを突き破り、バスケットゴールに突き刺さった。ウケ狙いの生徒が傍に寄ろうとした。
「「バカ者!」」
警防団の男と、泰三の声が重なった。
「だって、これ不発……」
そこまで言ったあと、大量に火のついた油脂が降り注ぎ、ウケ狙いは火だるまになった。
ギャーーーーーー!
「消火器を! バカ!横になって転がるんだ!」
周りの生徒たちが悲鳴を上げる中、ウケ狙いは転げまわった。飯島は消火器で素早くウケ狙いの火を消してやった。ウケ狙いはピンク色の消火剤まみれになってぐったりした。
「気絶しとるだけだ、水をかけてやりなさい。他の者は、隅田川方面に避難せよ!」
警防団の班長が、メガホンの胴間声で怒鳴った。
「班長さん、隅田川は危険だ。浅草方面から東武伊勢崎線の方角に避難した方がいい!」
「バカ、浅草は火の海だ。川の方角がいい。みんな急いで!」
「とにかく、ここに居ちゃだめだ。体育館を出なさい! 上履きは履いたままで!」
班長と、泰三はとりあえず共通する行動目標をみんなに伝えた。
半分ほどが体育館を出たところで、数十発の焼夷弾が薄い屋根を突き破って、体育館の床に降り注いだ。
一人の生徒は肩に焼夷弾が刺さり火の柱になると、二三秒のたうち回って昏倒した。
ほかにも、三十人ほどの生徒が炎にまみれてもがいている。女性教諭が消火器を持って走ったが、泰三は抱き留めた。
「間に合わない、油脂が床を焼いている!」
「だって、生徒が!」
「逃がさなきゃならない生徒は他にいっぱいいる」
出口は大混雑していたが、警防団の男たちが手際よく逃がしてくれていた。泰三はフロアを見渡した。ショックで腰の立たない生徒が何人かいた。泰三はその生徒たちの頬をシバキながら、出口に向かわせた。
「男のくせに泣くな! これが空襲だ、さっさと逃げろ!」
その生徒は股間を濡らしていた。顔を見ると悪態をついた大沢だった。
「いいか、みんなに声を掛けて伊勢崎線沿いに逃げるんだ。警防団のオッサンのあとは着いていくな! 聞け! 一人でも多くの友達に声を掛けて逃げるんだ!」
その時、焼かれた生徒の腹が弾けて内臓が引きずって飛んできた。大沢はそれをまともに被り白目をむいた。たちまち、泰三にはり倒された。
「さっさとしろ、この玉無し!」
大沢は、尻を蹴飛ばされながら体育館を出た。
「しまった、みんな隅田川の方にいく……!」
泰三は逃げる集団の最前列に駆けて、家の軒下に立てかけてあった梯子を振り回して生徒たちに投げた。二三人の生徒に当たり、一人の女生徒は額を切ってしまった。
「こっちはダメだ! 北に逃げろ! 伊勢崎線だ!!」
泰三の迫力に額を切った女生徒のほか十数名が付いてきた。
「みんな、防火用水に上着を漬けてかぶれ!」
目の前には、両側の家が燃えて炎を吹き出している。しかし、この道を抜けなければ伊勢崎線の方にはいけない。
「いいか、背を低くして、息をしないで突き抜けるんだ! 早く行け!」
しり込みする生徒たち、泰三はバケツで水をかぶり、大沢にも浴びせると、腕を掴んで走り出した。やっと生徒たちが付いてきた。
「敦子!」
火の通りを駆け抜けたところで、大沢は炎に包まれた道に向かって叫んだ。火明かりに照らされて何人かの生徒が倒れているのが分かった。
「逃げて……」かすかに女の子の声が聞こえた。
「オッサン、放せよ、敦子が、敦子が……」
「お前だけでも生き延びるんだ!」
泰三は何度目かの鉄拳を食らわせた。
気づくと、半分以下に減った生徒や先生たちが体育館のフロアに横になっていた。
「た……田中さん、いったい何が……いてて……」
大沢は、初めて泰三をまともに呼んだ。
「僕にも訳が分からん……ただ70年前の大空襲を呼び戻してしまったことは確かなようだな……」
肘から先のない左腕を押さえながら泰三は言った。
「みんなは……」
「死んだんだろう。ここにいる者だけが……死にぞこないだ」
「そ、そんな言い方……」
「背負って生きてきたんだ……おまえも背負って生きていけ……」
そばに全身大やけどの敦子がいた。やけどで引きつった腕を伸ばしてくる。
「あ、敦子か……!?」
大沢は、敦子を抱きしめようとした。敦子は急速に腕の中で虚しくなって消えてしまった。
「敦子……」
「いま、向こうの世界にいったんだ」
「……オレは……」
「おまえは……」
泰三は、あとの言葉を飲み込んだ。もう十分分かっただろうから……。
窓枠の形に降り注ぐ朝日が、とても愛おしかった。