真凡プレジデント・5
ジャージ姿でコロッケを買いに来るようなお姉ちゃんじゃなかった。
女子アナというのは半分タレントみたいまもので、いつもパリッとして、颯爽としていた。
月に二度は美容院に通って磨きをかけ、そのグレードを維持していた。
もともと磨きなんか掛けなくても――美姫ちゃんは違うねえ!――と、子供のころから評判だった。
美姫って名前が凄いでしょ!?
だって、美しい姫ですよ!
栴檀は双葉より芳しの例えどおり、生まれた時からすごかったらしい。初孫というアドバンテージもあったんだろうけど、お爺ちゃんが新生児室での初対面で――この子は絶世の美人になる!――ことを見抜いて『美姫にせい!』と決めてしまった。
所帯を持つにあたって経済的に絶大な支援を受けていた両親は、あっさりと承知した。
結果的にお祖父ちゃんの予言通りの才色兼備が当たり前の女子アナになったので文句の有ろうはずもない。
その十年後に、同じ新生児室で、わたしを見たお祖父ちゃんは、しばしの沈黙の後に、こう言った。
「人生平凡が何より、平凡の内に身を立てられる子になればいい」
そうのたまわって真凡とつけた。
まあ、事実だから仕様が無いんだけども、折に触れて言われるのは、ちょっと凹みますよ。
読みこそ『まひろ』だけども、たいていの人は読めやしない。『マホ』とか『マフ』とかに読まれてしまう。
でも、名前はともかく、事実その通りなんだから、わたしはお姉ちゃんを応援してきましたよ。ミテクレはともかく、人との接し方や、ものの考え方とかはお姉ちゃんの真似をしてきた。
生徒会長に立候補したのも『キャパシティーの中なら人の為になる道を選ぶ』というお姉ちゃんのスタイル。
じっさい、お姉ちゃんも生徒会長をやっていた。それも、女子高が共学になった年だったから注目もされたし、注目された分の仕事もしてきた。
ワイドショー番組の学校訪問に名乗りを上げて注目された評判で特集番組を組まれ、学校の評判を上げるとともに、自分自身マスメディアで働く道を切り開いた。
人のためにやることが自分を磨くことになる。
むろん、わたしの場合、見た目の平凡さはどうにもならないでしょうけどね。
そのお姉ちゃんの劣化ぶりは、ほんとうにムカつく!
「なんか無性にコロッケ食べたくなってさあ……ハムハム」
玄関に入るなりマスクをとって食べ始める。
「もう、やめてよね!」
「あ、こら……」
コロッケの袋をふんだくって、ズイズイリビングに向かう。
「ちょっと、そこに座って!」
「なんか怖いよ真凡~」
「たまには美容院行きなさいよヽ(`Д´)ノ」
正面に座った自堕落オーラは凄まじく、一番目についた髪の毛を糾弾してやる。
姉は学生時代からショートヘアだったけど、さっき言った通り、月に二回の美容院でベストの状態をキープしていた。
それが三か月以上のホッタラカシ。
毛先は肩に届いているのも見苦しく、元々の髪の豊かさが裏目に出て金太郎のごとき爆発頭。
「気は使ってんだよ、ちゃんとシャンプーしてフケなんか……ないよね?」
「あったらたまんないわよ」
「わたしはね、昔からお姉ちゃんの劣化コピー版て言われてきたけど平気だった。平気だって思えるくらいにお姉ちゃんは凄かったし、お姉ちゃんと血のつながりがあるってだけで、わたしにはアドバンテージだったよ」
「そんな大げさなあ……」
「貧乏臭く髪かき上げたりしないでよ!」
「あ、ああ……ハハハ」
手を下ろすと気弱に愛想笑いする姉が、ひどく不潔なものに思えてきた。
こういう時に不用意に発言すると取り返しのつかないことを言ってしまいそうで、わたしは息を呑んだ。
呑んだ息というのは、なにか言葉にしないと、これはこれで空気を悪くする。
「わ……わたし、生徒会長に立候補するんだ!」
考えも無しに言葉が出てしまった。
対立候補が出ない限り当選は間違いないんだけど、それでも当選もしないうちに言うのは、とても浅はかな気がする。
頑張れよお姉ちゃん! という気持ちが屈折して出てきたのかもしれない。けど、やっぱ自己嫌悪。
「凄いよ真凡! わたし、ぜったい応援するからね! そうだ乾杯しよ乾杯!」
お姉ちゃんはイソイソと冷蔵庫を開けビールとジンジャエールを持ち出しグラスになみなみと注ぎ、ジンジャエールの方を私の前に置いた。
「真凡の生徒会長就任を祝って……」
「ちょ、立候補だって!」
「通ったようなもんでしょ、対立候補出なきゃ」
「ま、まあ」
「ほんじゃカンパーイ(´∀`)!!」
すかさずコロッケに飛びつくお姉ちゃん。
ひょっとしたら、コロッケ食べたさだけだったのかも……でもいいや、あれ以上言っても実りがあるようには思えなかったし。
それにしても、おいしそうに食べるわよね……。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 橘 なつき 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 橘 健二 なつきの弟
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問