鳴かぬなら 信長転生記
やめんかっ!!
蜀王劉備玄徳が一喝して、ようやく二将軍の剣舞が止んだ。
広間の卓は、ことごとく壊れるかひっくり返るかしていて、卓の上に並べられていた山海の珍味やら満漢全席やらは、床の上にぶちまけられるどころか、壁や天井にまで飛び散って貼り付いたりシミを作ったりしている。酒の半分は二将軍と賓客たちの腹に収まったが、残り半分は甕や瓶子の破片にまみれて、広間の絨毯をビショビショにしている。
「魏と呉の賓客をお招きしているというのに、このありさまは何か!? 関羽・張飛は我が義兄弟ではあるが、外交の場においては、ただの武臣に過ぎない。臣であるならば、主の着席も待たずに盃を挙げるも無礼であろうに、かように、落花狼藉の所業、誠に許し難し! 衛兵長、この阿呆二人を捕縛して営倉にぶち込め! 沙汰は追っていたす!」
「あ、またれよ漢王……」
「これは、茶姫殿、大丈夫でござるか? 馬鹿が無謀な酒を勧めてご迷惑をおかけいたしました。酔いが覚めぬようでしたら、しばし御休息を。互いに国の大事を語るのですから、十全の体調で臨まねばなりますまい。もとより、この不始末は、漢王たるこの身も負わねばなりますまい、わたしは一両日は謹慎いたすことにしましょう。これ、魏の姫騎士とご家来集を客楼にご案内……」
「それには及ばぬ。わたしも鯨飲王と言われる魏王曹操の妹、兄ほどではありませんが、酒には強うございます。酒も、二将軍の剣舞に見惚れて一升五合あまりしか呑んで……であったな、備忘録?」
「は、一升と八合あまりでございます」
「そうか、ハハ、これくらいであれば四半時もあれば素面に戻ります。どうか、このまま席を変えてご挨拶させていただければと存じます」
「されど……」
「いかにも、ご挨拶の後には多少の国事について語り合うかもしれず、この姿ではご不安を持たれるのも無理はございません。つきましては、我が幕僚を二名同席させたいと存じますので、お許し願いませぬか?」
「いかにも、魏妹殿下は言葉もしっかりしておいでだ。ならば、お言葉に甘えて、ちょうど、呉の孫紅茶妃も来られております。ご家来二人も交え、しばしの歓談を……」
「紅茶妃……?」
「ああ、大橋公女です。今般めでたく王妃になられて、その御挨拶も兼ねての御来駕なのです。では、丞相、客人の先導を」
「承知いたしました、陛下」
「大橋って、この物語の作者?」
「それは大橋だ。ダイキョウと音読みする、孫策の妾の一人で、三国志きっての美女とされている。いつのまにか妃に……それも、外交の舞台に出してくるとはな」
「妃って、お妾さんの上等なやつでしょ、いくら美人だって……」
「孫策は戦の傷がもとで病気がちで、次代を担うのは孫権と言われている。しかし、孫権は、まだ幼い。今のうちに周りを固めておこうという孫策の考えだろう」
「しかし、紅茶妃って、きっと通称は茶妃だろうから、音がいっしょで、うちの茶姫と紛らわしい」
「ふふ、シイも『うちの茶姫』と呼ぶか……だいぶあてられてきたな」
「そ、そりゃ、今は魏の近衛のコス着てるからよ! コスに合わせてんの(≧Д≦)!」
「お、廊下の突き当り……」
絶世の美女が、所在なげに渡殿の欄干に頬杖を付いている。
いささか不調法だが、かえって、絶世の美女ぶりを親しみやすいものにしている。
擬態か天然か……大橋・紅茶妃の第一印象は油断がならなかったぞ。
- 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃