大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『緊急プレッシャー』

2021-06-15 06:35:14 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『緊急プレッシャー』 




 寸止めの手を掴まれて、すごい目で睨まれた……。

 あの時の緊急プレッシャーが蘇った。

「三林くん、遅刻!」

 カワイイ顔して、新任のミカちゃんが、穏やかに言った。

「マジかよ……?」

 頭を掻きながら、甘えたヤンキー風に返した。

「遅刻は、遅刻!」

 カワイイまんまで、ミカちゃんは厳しく言った。

 瞬間むかついた。

 で、右手で顔面目がけ、一センチの寸止めを食らわした。

 普通の女の子なら、悲鳴をあげるか、逃げ出すか、顔を背け手でガードする。あるいは、その全部をやって泣き出すか。最低でも目はつぶる。国語の藤バーでも目はつぶったぞ。

 でも、このミカちゃんは、しっかり目を開けて、カワイク言った。

「寸止めは、立派な対教師暴力よ……」

 で、気がついたら、寸止めの手を逆手にねじり上げられた。

「痛いよ、ミカちゃん!」

 で、そのまま生活指導室に連れて行かれた。

 スポーツ新聞読んで椅子に両足載っけてた梅沢のオッサンが、気を付けした。

「お嬢さん、三林が何かしましたか……」

「顔面寸止め。腰が入ってなかったから、最初から分かってたけど、一応懲戒規定にかかりますから、梅沢先生」

 そう言って、突き放されたところを、梅沢のとっつぁんが腰払いで、スプリングの突き出たソファーにフンワリ、グサッと投げ倒された。

「ミカ先生は、オレの師匠のお嬢さんで、合気道の四段だ、失礼こきやがって!」

 生指部長の梅沢に、新聞紙を丸めたので、ポコポコどつかれた。

「い、痛いっす。梅沢先生!」

「大丈夫よ、体に傷が出来る前に、新聞がボロボロになるから」

「じゃ、お嬢さん。ボロボロになるまでやらせてもらいます!」

「ひええええええええええええ!」

 十五年前の思い出を、瞬間で思い出していた。


「C国潜水艦、魚雷発射管注水つづく!」

 先任水測員の山田一曹が、はっきりした声で言った。

「これで、全門の注水か……」

 艦長が、ゆっくり穏やかな目のままオレを見た。

「水雷長、水雷要員配置」

「水雷要員、配置つけ」

 そう命ずると、二秒で返事が返ってきた。

「水雷要員、配置よし」

「隔壁閉鎖」

「隔壁閉鎖……よし」

 緊急プレッシャー。海自始まって以来の潜水艦戦……か。

「C国潜水艦、発射管開く」

 山田一曹が、静かに、しかし脂汗を流しながら言った。

「急速潜行、急げ」

「急速潜行、急げ」

 操舵手の、徳田一曹が復唱と同時に、艦を急速潜行させた。

 体が艦首方向に傾き、反射的に直近の機器にしがみつく。

 この反射神経だけは、ミカちゃん先生に負けないだろう。

 艦は、一気に水深○○○メートルまで潜行した。乗組員全員の緊急プレッシャーを載せたまま……。

「なってあげてもいいよ。水雷長のお嫁さんに」

 いずもの主計課の、水口みなみ三曹が答えた。

「い、いま、なんつった?」

「報告の聞き返しは、幹部の恥!」

 そう、オレは、観艦式の展示訓練のために、いずもに乗艦したときから、水口みなみ三曹に一目惚れした。

 で、昨日のC国との一件のあと、呉に入港し、艦内の整理をした。そしてデッキに出て、いずもが入港しているのに気づいた。なんたって海自最大の護衛艦だ、ドンガメのおれ達の艦より、よほど目立つ。

 運良く、みなみも半舷上陸していたので、呼び出したのだ。

 いずもはベッピンが多いが、ミナミは私服になると、アイドルで通用しそうなほどカワイイ。

 魚雷全門発射の勢いでプロポーズした。

 予想に反して、みなみは沈黙してしまった。

 もう緊急プレッシャーである。

 で、そのプレッシャーにまつわる思い出の古いのと新しいのが頭をよぎった。

 気がつくと、波止場を五百メートルほど歩いていた。

「答は決まっていたんだけどね。いずもの甲板一周駆け足しながら、一日の課業を確認するのがクセになってるの。だから、同じだけ歩いてから、答えようと思って」

「な、なんだ、そうか(^_^;)」

「暑い?」

「ドンガメの中ぐらいにな」

「ねえ、海軍カレー食べようよ」

「え、昨日食ったとこだぞ」

「分かんないかな。今日の婚約を忘れないために食べるんだよ」

 オレの緊急プレッシャーは、ようやく溶け始めた……。

 令和3年6月18日(金) 三等海佐 三林悟朗


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