コッペリア・24
呼び出し音を四回聞いた。
五回目で出た彼女の声には温もりがなかった。
「なにか、用ですか?」
「久しぶりだね」
颯太は、できるだけ平静に話を切り出した。
なんせ半年ぶりに聞く佐江の声である。
……………………
間が空いた。ほんの数秒なのだけど颯太には何時間にも感じられた。
「声が聞きたくて……」
紡いだ言葉は、正直だが、ひどく平凡だった。
佐江は、講師を始めたころの教え子である。
佐江の卒業後、いろんないきさつがあって付き合うようになり、将来のことも約束していた。
颯太は佐江のことをとても大切に思い。軽々とは電話しなかったし、メールという無機質な連絡の取り方もしなかった。
週に一回手紙を書いた。
手紙は考えて書ける。書いた後読み返しもできる。そうやって三度に一度は書いた手紙を破り捨ててもいた。佐江に対して押しつけがましかったり、こちらの思いが一方的すぎるものは惜しげもなく処分した。
佐江は、そんな手紙を喜んでくれた。佐江の返事はデコメを差し引けば、そっけないものだが、颯太はそれでいいと思っていた。
今の子は佐江にかかわらず、こんなものだと思った。
実際、月に二三度のデートでは、ちょっと歳の離れた恋人らしい甘え方をしてきた。少しまどろっこしいとは思ったが、採用試験に合格し経済的な裏付けができるまでは、これでいいと思っていた。
半年前から、何通手紙を書いても返事は返ってこなくなった。
で、思い余って禁を破り電話したのである。
「……大事に思ってくれているなら、なんで半年も放っておいたのよ」
この一言で颯太は、全てを悟った。
この半年、颯太の手紙は佐江には届いていない。おそらく佐江の親が度重なる颯太の手紙を不審に思って開封し、それを読んだうえで佐江に渡さずに処分していたのだろう。ひょっとしたら、学校を通じて颯太のことを調べていたかもしれない。
なによりも、佐江の心の中には颯太に替わる別の男が住んでいる気配があった。
――身を引くべきだ――
佐江のことは、何よりも誰よりも大切だった。本当のことを言って佐江の心を煩わせたくはなかった。
何を言って電話を切ったのかは覚えていない。
でも切り終わったときには決心がついていた。
――佐江の前から姿を消そう――
颯太は、佐江のことが大事だったから、好きだったから、それが一番だと思った。
颯太は、その年度末に大阪を離れ、縁もゆかりもない東京に単身でやってきたんだ。
そして偶然が重なり、同姓同名の立風颯太のオジサンが住んでいた、このアパートにきた。そして、オジサンの死後に届いた人形の栞を受け取るハメになり、こうやって人間のようにしてくれた。
颯太は、平凡で取り柄もなく要領も悪い男だけど、人に対しては十分すぎる優しさを持っている。
伸子夫人からもらった式神を使って、颯太の心の奥が、ここまで分かった。
ハーーーーーーーーーーーーーーーー
空気人形だったら、ペッタンコになってしまいそうなくらいのため息が漏れる栞だった。