大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

かの世界この世界:167『冴子!』

2021-01-25 09:02:23 | 小説5

かの世界この世界:167

『冴子!』語り手:テル(光子)    

 

 

 モニターに映る三つ子ビルは傾きながらも立っている。

 三つ子ビルは、異世界を含むこの世の全てを現わす模式図だ。世界樹に似ている。

 一つのビルが崩れてしまうと、影響を受けて他の二つも倒れてしまう。

 そして、それぞれのビルには無数の部屋があって、その無数の部屋が無事であることで安寧を保てている。

 逆に、ビル全体が無事でなければ、一つの部屋を安寧に保っても意味がない。

 それを理解して、わたしは異世界への旅に出たんだ。

「世界は無事なんですね……」

「うん、光子ががんばってくれたから」

「安心はできないけど、しばらくは大丈夫。あなたの周囲も、かなり改善されたわ」

「光子が卒業するまでは無事でいられると思うよ。まだ、やらなきゃならないことはあるけど、もう寺井光子でなくてもいい」

「そうよ、生徒は他にもいるし、時間はまだまだあるしね」

「じゃ……もう、冴子を殺してしまうことは?」

「おこらないわ」

「むろん、光子が殺されることもないし、追い詰められて屋上から飛び降りることもない」

「そ、そうなんだ……」

 安心と同時に涙が溢れてきた。

「自分で確かめてみるといいわ。時美とお茶の用意しとくから」

「元気になってからでいいよ、駅前までお茶うけのスィーツ買いに行くから」

「湯沸かしも穴が開いちゃったから新しいのを買いに行くの」

「光子が落ち着いたら行くよ」

「あ、じゃ、わたしも、さっそく様子を見に行きます」

「そう、じゃ、時美、いっしょに出ようか」

「うん」

 三人揃って部室を出る。

「もし、先に帰ってきたら、壁から三つ目の床板を踏んで、扉が現れるから」

「は、はい」

 言われて振り向くと『かのよ部』のドアは消えていた。

 最初にここに来た時はずいぶん驚いたけど、いくつも異世界を経めぐって、もうこの程度の事では驚かない。

 念のため、三つ目の床板を踏んでドアが現れることを確認。フフっと二人の先輩が笑う。

 じゃ。

 顔を挙げたら、もう先輩たちの姿は無かった。

 時計を見ると、異世界にジャンプしてから二時間もたっていない。

 小6で読んだ『アクセルワールド』を思い出した。加速世界のゲームの中では数か月の出来事も一瞬なんだ。

 旧校舎から中庭に出ると、花群れの向こうに冴子の姿が見えた。

 さすがに緊張してしまうけど、時美先輩の言葉を思い出す。もう、冴子を殺すことも殺されることもないんだ。

 そうだ、普通にいこう、普通に。

 藤棚の前まで来て、冴子が笑顔になって早足になる。

 その笑顔にほとばしるような安心と嬉しさがこみあげてきた。

「冴子!」

「え?」

 目の前の親友は怪訝な顔をした。

「あ……」

「だれ?」

「あ……人違い」

 瞬間で、わたしのことが分かっていないことを理解して人違いにした。

「おお、よしよしよし」

 冴子は、藤棚の向こうのサツキの群れに隠れている子ネコに駆け寄った。

 そうだ、先週から見かけるようになったノラの子ネコだ。

 どっちかというと動物が苦手な冴子。

 その冴子が子ネコをスリスリしている。

 寂しさと安心が同時にやってきた。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態

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