立ち読み
『はるか ワケあり転校生の7カ月』
昨年の7月に発売した、『はるか ワケあり転校生の7カ月』の第一章の冒頭です。書店では売切れ始めていますので、書店で予約、ネット通販、または後記の出版社に直接お申し付けください。アマゾンは高い中古しか出ていません。楽天、TSUTAYAなどがお求めいただけやすいようです。
『第一章 ホンワカはるかの再出発』
「ごめん。後で、必ずメールするから!」
できたての親友由香に約束し、Y駅に走り、環状線に飛び乗った。
電車の中で息を整える……桜宮を過ぎ、大川を渡ると、すぐに天満。真下が天神橋筋(てんじんばっすじ)商店街。日本一長い商店街で端っこが見えない。お父さんの好きな紙ヒコーキ用語で視界没(しかいぼつ)という。大阪に来て、お母さんがパートに出たお店が南森町というところにある。
「あ……」
一瞬視界に入った洋品屋さん。胸に白い紙ヒコーキ付き群青のポロシャツがチラリ。
お父さんに似合う……と、ほとんど走りながら思った。
通り過ぎてしまうところだった。商店街から、視界没、群青のポロシャツ……そして、はさみ鋏でちょんぎったように無くなった東京での生活。そんなことが頭の中でカットバックする。スマホの「ココデ右ニマガリマス」も、大通りもわたしの意識から消え、あのマサカドクンが目の前に現れて、やっと気づいた。
「こんにちは……ハア、ハア、ハア」
再び息を整えながら、準備中の店に入る。
「お、はるかちゃん……やな?」
これがマスター……がっしりした上半身がカウンターの中で、ロバート・ミッチャム(親の趣味でわりと洋画とかにもくわしい)の顔をのっけて振り返る。ただしチョンマゲ!
「母がお世話になっています。ご……坂東はるかです。マスターさんですか?」
「まあ、お座り」
「あ、はいっ!」
すると、奥のトイレからジャーゴボゴボと音をさせて、お母さんが出てきた。
「あ、はるか。思ったより早かったじゃない」
「初日だもん。でも中味は濃かった!」と、立ちかける。
「タキさん。トイレ掃除は、おわり。あとやることあります?」
「ないない、トモちゃんも落ち着こか」
タキさん、トモちゃん……初日から、もうお友だちかよ。
「お母さん、これから教科書と制服いくんだよね……!」と、ドアに向かう。
「え、ああ、あれね……」
あ、また忘れたってか……!? ドアに挟まれそうになって止まる。
「あれ、行かなくってもいいことになった」
「え、どういうこと(まさか、また学校替われってんじゃないでしょうね)!?」
「送ってもらうことにしたから。今夜には家に着くわ」
「だったら、言ってよ。わたし友だちのお誘い断ってきたんだからね!」
「あら、もう友だちできちゃったの!?」
「さすが、トモちゃんの娘やなあ」
「原稿の締め切り迫ってるからさあ……」
「まあ、昼飯にしよ。はるかちゃんも、口さみしいやろから、これでも食べとき。それから、オレのことはタキさんでええからな」
タキさんは、サンドイッチを作って、オレンジジュ-スといっしょに出してくれた。
そして、タキトモコンビの前には、毛糸にしたら手袋一個と、セーター一着分くらいのパスタが置かれていた。想像してみて、セーター一着ほどいた毛糸の量のパスタを!!
ここで怒っても仕方ないので説明。目の前で、アッケラカンとパソコンを叩いている坂東友子。つまり、わたしの母は、つい一週間前に離婚したばっか。離婚の理由は、長年夫婦の間に蓄積されてきたもので一言で言えるようなもんじゃない。でも、離婚に踏み切れた訳はこのパソコン。わたしが、まだお腹の中にいたころに暇にまかせて書いた小説モドキが、ちょっとした文学賞をとっちゃって、以来、この人は作家のはしくれ。
「ハシっこのほうで、クレかかってるんだよね」
そう言って、怖い目で見られたことがある。だって、本書きたって年に二百万くらいしか収入がない。最初はよかった。お父さんはIT関連の会社を経営していて、お家だって成城にあって、住み込みのお手伝いさんなんかもいた。
でも、わたしが五歳のときに会社潰れて、お父さんは実家の印刷会社の専務……っても、従業員三人の町工場。で、そのへんからお母さんの二百万が、我が家にとって無視できない収入源になってきて、あとは、世間によくある夫婦のギスギス。
かくして夫婦の限界は、先週臨界点を超えてしまい決裂。
「よーく分かったわ。はるか、明日この家出るから、寝る前に用意しときなさい」
二人の最後の夫婦げんかは、明日の天気予報を確認するように粛々と終わっていた。わたしも子どもじゃないから、ヤバイなあ……くらいの認識はあった。でも、こんな簡単に飛躍するとは思っていなかった。そして、まさか大阪までパートに来るとはね……。
作家というのは意表をつくものなんですなあ……って、タキさんもなんか書いてる!?
「ああ、これか……おっちゃんも、お母さんと同業……かな」
「タキさんは、映画評論だもん。ちょっと畑がちがう……」
カシャカシャカシャと、ブラインドタッチ。
「せやけど……それだけでは食えんという点ではいっしょやなあ……」
シャカ、シャカ……と、老眼鏡に、原稿用紙……なんというアナログ!
「おれは、どうも電算機ちゅうもんは性に合わんのでなあ」
ロバート・ミッチャムはポニーテールってか、チョンマゲをきりりと締め直した。店を見回すと、壁のあちこちに映画のポスターやら、タキさん自筆のコメント。
「……ところで、はるか、学校はどないやった? もう友だちはできたみたいやけど……」
百年の付き合いのような気安さで、タキさんが聞いた。
「うーん……ボロっちくって暗い。でも人間はおもしろそう。今日会ったかぎりではね」
「どんな風にボロっちかった?」
原稿用紙を繰りながら、横目でタキさん。
「了見の狭い年寄り。ほら、こめかみに血管浮かせて、苦虫つぶしたみたいな」
「ハハハ、ええ表現や。たしか真田山やったな?」
「あ、わたし演劇部に連れてかれちゃった」
「え、はるか、演劇部に入んの!?」
お母さんが、目をむいて聞いてきた。

『ノラ バーチャルからの旅立ち』
ノラ バーチャルからの旅立ち:クララ ハイジを待ちながら:星に願いを:すみれの花さくころの4編入り(税込1080円)
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』
(税込み799円=本体740円+税)
店頭では売切れはじめています。ネット通販で少し残っています。タイトルをコピーして検索してください。また、星雲書房に直接注文していただくのが確実かと思います。
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』

青雲書房より発売中。大橋むつおの最新小説!
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ラノベとして読んでアハハと笑い、ホロリと泣いて、気が付けば演劇部のマネジメントが身に付く! 著者、大橋むつおの高校演劇45年の経験からうまれた、分類不可能な新型高校演劇入門ノベルシリーズと戯曲!
ネット通販ではアマゾン(完売)や楽天があります。青雲書房に直接ご注文頂ければ下記の定価でお求めいただけます。
青雲書房直接お申し込みは、下記のお電話かウェブでどうぞ。送料無料。送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。
お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。
青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351
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「ハハハ、ええ表現や。たしか真田山やったな?」
「あ、わたし演劇部に連れてかれちゃった」
「え、はるか、演劇部に入んの!?」
お母さんが、目をむいて聞いてきた。

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