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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ヘアサロン セイレン ・4『ポニーテール』

2020-02-22 06:46:35 | 小説4

ヘアサロン セイレン ・4

 

『ポニーテール』                 


「いまごろ七五三の写真なんか持ってきて……!」

 エントランスのドアが閉まるやいなや、トコは写真帳をテーブルに投げ出した。
「まあ、可愛いじゃありませんか。ひ孫さんですか?」
 ヘルパーのミナミが拾い上げて、笑顔で聞いてきた。
「孫ですよ。甥が晩婚だったもんで、やっと七歳……いや、八歳か?」
「え、だって七五三でしょ?」
「ミナミちゃんね、七五三てのは秋と決まったもんですよ。遅くても十一月。覚えとくといいわ」
 トコさんは、甥が半年以上ほったらかしで、孫本人も連れずに、時期はずれの七五三の写真を持ってきたことにむくれている。
「まあ、愛想良くしといてやったから、満足なんじゃない? これで遺産はオレのもんだって。七五三じゃなくてゴサンだわよね。葬式代残してパーッと使ってやるんだから!」
 そう言いながら、トコが涙ぐんでいるのは分かっていた。

 七五三か……わたしには意味が違うけど、このジンクスは乗り越えた。
 留美子は密やかに、そう思った。

 留美子は、トコの隣の部屋の住人で元高校の先生であった。先生というのは寿命が短く、退職後の余命が、校長三年、教頭五年、平で七年。それで隠語で七五三という。留美子は、ここの『ほのぼの園』という、いかにも安出来で、欺瞞に満ちた名前に惚れ込んで、この介護付き老人ホームに入所して十三年になる。新築で入居したんだけど、予想通り、施設はくたびれ、サービスは低下。職員は長続きしなかった。

「これくらいのストレスがあったほうが長生きできる!」
 

 人には言っているが、年金でなんとかやっていけるのは、ここぐらいが分相応だったからだ。

 留美子は、今年になって足にきた。

 去年の暮れに転倒して大腿骨折をやって、自慢の要介護一がニになった。なんとかリハビリで歩けるようにはなったが、電動車椅子で移動することが日に日に増えていく。毎朝手すりに掴まらず、腕の筋肉と腹筋で起きるようにしているが、この春からは息切れがするようになった。

 そして、計算違いというか、天の配剤というか、大腿骨折が治って『ほのぼの園』に戻ってみると、お気に入りのヘルパーが何人か辞めて、その中にマドカが含まれていたことだ。
 そして、そのかわりに担当になったのが、ミナミである。何が気に入らないといって、こんな気に入らないことはない。ミナミはかつての教え子であり、退学生である。入学当初から落ち着きが無く、喫煙であげられたのを皮切りに、ケンカ、深夜徘徊でも補導され、ホッタラカシの親に変わってガラ請け人になってやったこともある。トドメが援助交際で、あげられた後妊娠したと騒ぎ立て、どう立ち回ったのか、援交相手の専務を離婚させ、幼妻に収まった。で、めでたく退学に持ち込み、本人も左うちわだったが、リーマンショックで会社は倒産。亭主とはさっさと別れ、女の子を二人ばかり雇ってスナックをやるが、三月で潰れた。で、その後、職を転々とし、やっとヘルパーとして、この『ほのぼの園』に落ち着いたのである。
 留美子は、せいぜいもって三週間だと思ったが、半年を過ぎたいま、まるで『ほのぼの園』の主である。
 ここのいい加減さと、それなりに身に付いた人あしらい、それに射程距離の短い人生観がハマったようだ。

「ねえ、留美子先生、今度うちら、こんなことするねんけど見に来ない?」

 ある日、ミナミがチラシを持って現れた。チラシには『懐かしのオールディーズヴァケーション』の文字が文字通り躍っていた。
 留美子はチャンチャラおかしかった。オールディーズというのは、留美子が若い頃に流行ったアメリカンポップスの焼き直しが前世紀の八十年代に流行ったもので、今ミナミが見せているのは、いわば焼き直しの焼き直しである。
 ミナミにしてみれば、好きなことをやって、施設の年寄りの二三人でも送り込んでおけば、老人介護文化運動の一環として見られ、ホールの借り賃が安くなり、資金援助までしてもらえる。一石三鳥ぐらいのオイシイ話である。

「あら、いいわね~♪」

 留美子は、頭から声を出して喜んだ……フリをした。

 アメリカンポップスについては、留美子は草分けである。毎日ダンスホールに通いあげ日劇のロカビリーフェスティバルでは親衛隊を自認していた。親が厳格な教師でなければ、ミナミとおっつかっつの人生であったかも知れないが、本人にその自覚はない。あくまでアクタレ教え子の鼻をへし折ってやりたい気持ちから。もっと深層心理では、留美子こそ、青春を取り戻したいのである。

 留美子は久々に杖だけで、美容院へ行った。

 この春に開業したセイレンという店で、睡蓮さんという美容師さんがお気に入りであった。地肌が透けるほどに薄くなった頭だけど、睡蓮さんは見事にボリュ-ムアップしてくれて、瞬間若かった頃の自分を思い出させてくれる……といっても、元学校の先生ということがばれているので、睡蓮さんは、それに見合ったものにしてくれる。
 今日は、まだ決心はついていないが、大昔のギンガムチェックのノースリーブのワンピをせたらっている。もちろんフワフワのパニエも、共布のリボンも。

「……というわけで、たとえ化け物と言われても、ここは一発勝負したいの!」
「分かりました。わたしも勝負させていただきます」

 睡蓮さんは、持ち込んだ衣装一式を見て、カリスマ……いや、神さま美容師として心に火が灯った。

「これなら、もうポニーテールしかないですね」
「え、この髪でできるの?」
「少しエクステ(付け毛)をします」
 そう言って睡蓮さんが持ってきたのは、一本のツヤツヤした黒いロングの毛だった。
「ちょっと、お呪いがしてありますから」
 それから、留美子は半分眠ったような気分だった。頭の中には、大好きだったコニーフランシスの歌声が響いていた。

 気がつくと、様変わりした自分の姿が、鏡に写っていた。これなら、ミナミの先輩ぐらいで通りそうだ。

 留美子は、久々に地下鉄に乗って、会場の貸しホールへ赴いた。途中みんなの視線が集まってくるようで、さすがに気恥ずかしかったが、胸を張って歩いた。チラッと反対側の歩道ににとてもイケテル女の子の姿が見えたが無視することにした。

『懐かしのオールディーズヴァケーション』は大成功だった。

 最初からポニーテールの女の子が栄えていた。ラストの『VACATION』は、もうポニーテールの独壇場だった。
「留美子先生来ないわね……」
 その日、ミナミがもらした唯一の留美子への言葉だった。ミナミもそのポニーテールに熱狂した。
「あんな本格的に歌って踊れる子が、今時いたんだ……」
 引退した大者プロディユーサーがため息をついた。
「きみ、名前はなんていうの?」
「はい、大浦ルリ子です!」
 思いがけない偽名が口をついて、本人自身驚いた。わたしよりイケテル子は他にいる。踊っている最中、その子の姿がチラチラ見えて、互いにライバル意識むき出しになった。

 そして、元プロディユーサーと二人になったとき分かった。
 イケテルその子は、鏡やガラスに映った自分自身であることに……。

「こんちは」
 ルリ子は、『ほのぼの園』に留美子の部屋の鍵を返しに来た。
「先生、大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっとボケ始めてるけど、注意してれば、あたしたちでも看られますから」
「そう……じゃ、よろしくね」
「こちらこそ、おかげで、プロデビューできそうで、ミナミさんには感謝してます!」

 ルリ子は陽気にコニーフランシスを口ずさみながら帰っていった……。
 


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