ひょいと自転車に乗って・23
親しいからといって声を掛けちゃいけないときがある。
十四年にしかならない人生だけど、そのことは心得ている。
「あ、みっちゃんやないの!」
だから、輝さんの方から声を掛けられた時は、アタフタしてしまった。 輝さんは、それまでの『この世の終わり』という顔から『この世の始まり』の顔になって近づいてきた。
へたにお店に入るより、よっぽど落ち着く。
カリオのシネマエリアは真ん中に休憩スポットがあって、照明なんかも適度に落としてあり、しみじみお話するにはうってつけだ。
「もとはロクヨの工場があってんよ」
はじめてカリオに来たと分かると、輝さんはカリオの歴史とか、その近辺で遊んだ子供時代の話をしてくれた。
輝さんの実家は外環状線沿い、わたしの家の隣だから、かなり行動半径の広い活発な子供だったようだ。 そのことに感心して「すごい!」を連発していると、輝さんは顔の前でハタハタ手を振って「そんなことないよ~」と言う。
輝さんの子ども時代は、八尾駅周辺の再開発がピークに差し掛かったころで、コロコロと街の表情が変わっていくので、それを楽しんでいるうちに、遊び場所が広がっていったんだと言う。
「ほんでも、いちばん楽しかったんは、駅の向こう側に常光寺いう大きなお寺があるんやけど、そこの盆踊り。河内音頭の本拠地みたいなとこでね、夏は境内に大きな櫓が建って、日本一の盆踊りになるねんよ!」
「河内音頭って、授業でも先生が言ってましたけど、八尾にきて、まだ見たことないんですよね」
社会の藤田先生は楽し気に語ってくれたけど、地元の生徒たちとは共通の知識ってか感動があるので、最近転校してきたわたしは、なんとなく置いてけぼりになっている。その残念さが伝わったからだろう、輝さんは立ち上がって河内音頭を踊り始めた。
え~んえ一座のみなさまよ~お~お~ ほいほい、ちょいと出ましたわたくしは~あ~あ~ほいほい
最初は小さく口ずさみ、小さくステップして見せるだけだったのが、次第に熱が入ってきた。 類は友を呼ぶようで、お年寄りが一人二人と混じってきて、ラーメン一杯出来るくらいの時間に十人近くのプチ盆踊りになってきた。 仮にも、シネコンのロビー、よその街なら確実にスタッフだか警備員さんがやってきて叱られる。 正直ヒヤヒヤしたんだけど、踊っている人たちはもちろん、ロビーに居る人たちも温かい表情で見てくれている。
「見てるだけじゃ分からへんよ」
そう言われて、わたしも踊りの輪の中に入ってしまう。 ステップを覚えてしまうと手のフリは自然についてくる。
!
声にならない感嘆詞をあげると、輝さんはエスカレーターを信じられない速さで駆け下りて消えてしまった。
「輝さん!」
視界の片隅に、同じように輝さんを追いかける女の人が見えた。
でも、わたしも女の人も輝さんを発見することはできなかった……。