大橋むつおのブログ

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・30『掛け布団を胸までたぐり寄せ』

2022-11-20 06:54:54 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

30『掛け布団を胸までたぐり寄せ』  

 

 

『ほかに、言いようってもんがあるだろう。命の恩人なんだからよ』

 帰ってきたお父さんの声が二階の部屋まで聞こえてきた。忠クンの家までお礼に行って帰ってきたところなんだ。

『でもねえ。あのときは、あの子も、ああしか言いようがなかったのよ』

 と、お母さんの声。


 そうなんだ。ひとがましい感情は家に帰ってから蘇ってきた。


 インフルエンザで、お風呂に入れないもんだから、幼稚園以来久々にお母さんが体を拭いてくれた。髪もドライシャンプー一本使って丹念に洗ってくれた。そうやってお母さんの気持ちが伝わってくる間に、フリーズしていたパソコンが再起動したように蘇ってきた。

 恐怖と安心と、忠クンへの感謝と愛おしさ、お母さんの愛情、その他モロモロの感情が爆発した。

 お母さんの胸で泣きじゃくった。

「いいよいいよ、もう怖くない、怖くないよ。なにも心配することもないんだからね」
「そうじゃない、そうじゃない、それだけじゃないの……」
「分かってる、分かってるわよ。まどかの母親を十五年もやってきたんだ。全部分かってるわよ」
「だって、だって……ウワーン!」

 このとき、襖がガラリと開いた。

「まどか、大丈夫か!?」

 兄貴が慌てた心配顔で突っ立ていた。

「このバカ!」

 と、お母さん。わたしは慌てて、掛け布団を胸までたぐり寄せた。

『ノックもしないで……!』
『だって、まどかのこと……』

 二人の声が階段を降りていく。階下でおじいちゃんが息子と孫を叱っている気配。お母さんとおばあちゃんが、それに同調している。

 嬉しかった、家族の気遣いが。

 シキタリに一番うるさいおじいちゃんが、自分でそう仕付けたお父さんを叱っている。

「お前は器量が悪いからなあ」

 と、いつもアンニュイにオチョクってばかりのアニキは、襖を開けた瞬間、わたしの顔を見た。火事で救急車で運ばれたと聞いて、やけどなんかしてないか気にかけてくれたんだ。分かっていながら、わたしは反射的に裸の胸を隠した。わたしは、いつの間にか住み始めた自分の中のオンナを持て余していた。

 注射が効き始め眠くなってきた。

 眠る前に忠クンにお礼を、せめてメールだけでも……そう思って携帯を手にする。「今日はありがとう」そこまで打って手が止まる。「愛してるよ」と打って胸ドッキン……これはフライングだ。「好きだよ」と打ち直して、戸惑う……結局花束のデコメをつけて送信。

―― 他に打ちようがあるだろ ――

 そう叱る自分がいたが、ハンチクなわたしには精一杯……で、眠ってしまった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母

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