RE.乃木坂学院高校演劇部物語
『ほかに、言いようってもんがあるだろう。命の恩人なんだからよ』
帰ってきたお父さんの声が二階の部屋まで聞こえてきた。忠クンの家までお礼に行って帰ってきたところなんだ。
『でもねえ。あのときは、あの子も、ああしか言いようがなかったのよ』
と、お母さんの声。
そうなんだ。ひとがましい感情は家に帰ってから蘇ってきた。
インフルエンザで、お風呂に入れないもんだから、幼稚園以来久々にお母さんが体を拭いてくれた。髪もドライシャンプー一本使って丹念に洗ってくれた。そうやってお母さんの気持ちが伝わってくる間に、フリーズしていたパソコンが再起動したように蘇ってきた。
恐怖と安心と、忠クンへの感謝と愛おしさ、お母さんの愛情、その他モロモロの感情が爆発した。
お母さんの胸で泣きじゃくった。
「いいよいいよ、もう怖くない、怖くないよ。なにも心配することもないんだからね」
「そうじゃない、そうじゃない、それだけじゃないの……」
「分かってる、分かってるわよ。まどかの母親を十五年もやってきたんだ。全部分かってるわよ」
「だって、だって……ウワーン!」
このとき、襖がガラリと開いた。
「まどか、大丈夫か!?」
兄貴が慌てた心配顔で突っ立ていた。
「このバカ!」
と、お母さん。わたしは慌てて、掛け布団を胸までたぐり寄せた。
『ノックもしないで……!』
『だって、まどかのこと……』
二人の声が階段を降りていく。階下でおじいちゃんが息子と孫を叱っている気配。お母さんとおばあちゃんが、それに同調している。
嬉しかった、家族の気遣いが。
シキタリに一番うるさいおじいちゃんが、自分でそう仕付けたお父さんを叱っている。
「お前は器量が悪いからなあ」
と、いつもアンニュイにオチョクってばかりのアニキは、襖を開けた瞬間、わたしの顔を見た。火事で救急車で運ばれたと聞いて、やけどなんかしてないか気にかけてくれたんだ。分かっていながら、わたしは反射的に裸の胸を隠した。わたしは、いつの間にか住み始めた自分の中のオンナを持て余していた。
注射が効き始め眠くなってきた。
眠る前に忠クンにお礼を、せめてメールだけでも……そう思って携帯を手にする。「今日はありがとう」そこまで打って手が止まる。「愛してるよ」と打って胸ドッキン……これはフライングだ。「好きだよ」と打ち直して、戸惑う……結局花束のデコメをつけて送信。
―― 他に打ちようがあるだろ ――
そう叱る自分がいたが、ハンチクなわたしには精一杯……で、眠ってしまった。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
- まどかの家族 父 母 兄 祖父 祖母