ぜっさん・07
『ま、幸先のいい二学期の始まり』
一夏閉めきっていた教室は臭う。
何の臭いだろう……ティーンの男の子と女の子の臭い、ちょっと甘ったるい、多分ジュースとかが腐りかけている臭い、ホコリとチョークの臭い、その他もろもろ。
まだエアコンが使える時間じゃないので、窓を全開にする。臭いに染まった空気がモワっと動き出す。
昨日で夏休みが終わって、今日から新学期。
遅刻したらどうしようと思っていたら、いつもより30分早く目が覚めた。で、新学期モードになっていたわたしは31分早く学校に着いてしまった。1分早くなったのは、新学期の緊張か、少しでも早く冷房の効いた電車に乗りたかったからか。
ブーーーーーーーーーン
携帯扇風機を回す、顔とか首とか腋の下とかあててみる。湿度95%のささやかな風はかえって気持ち悪い。
大阪は、エスカレーターの左側を空けることを除けば東京とそんなに変わりはない。でも、このジトっとした空気は違うなあ……。
そんなこと思いながらポカリを口に含むと……生温い。
冷蔵庫にストックが無かったので、レンジ台下のストッカーから常温のを持ってきたのだ。
なんだか、このジトっとした空気をそのまま液体にしたみたいで、気持ち悪い。
いっそ蝉でも鳴いていれば、暑さもすがすがしいのに……蝉っていつのまに居なくなったんだろう……気が付いたら眠りかけている。
よし、コーヒーでも飲みに行こう!
気合いを入れてから食堂横の自販機に向かう。階段を下りているうちに缶コーヒーのイメージはワンダーモーニングショットに固定されてしまう。
「や、おはよー!」
食堂の角を曲がったら、自販機にコインを投入している藤吉くんの姿が見えた。
「おはよ。ぜっさん早いなあ」
ガコンと自販機の鳴る音にシンクロして、藤吉くんが笑顔で声を掛けてくる。
「うん、早く目が覚めちゃって」
「ハハ、いっしょやなあ」
眠そうな藤吉くんの手には、冷え冷えのワンダーモーニングショットが握られている。大阪も人気の缶コーヒーは同じなんだ。
で、ワンダーモーニングショットのボタンを押そうとしたら赤ランプが点いている。
チ、藤吉くんのが最後の一缶だったんだ。
藤吉くんに罪は無いんだけど、思わず去りゆく背中を睨んでしまう。
「エーー、午後の紅茶しか残ってないってか……」
朝から午後の紅茶というのもオチョクラレてるみたいだ。
よく見ると、炭酸なんかも残ってるんだけど、どうにも気がのらない。冷水機の水で我慢しようとため息つくと……。
キャ!!
ホッペに冷たいものが触れた。
「飲みたかったんやろ、譲るわ」
藤吉くんが、横に立って缶コーヒーを押し付けていたのだ。
「あ、ありがと……」
お礼を言いかけると、ヒョイと右手を挙げて背中を向けていた。
藤吉くんなんだけど……ま、幸先のいい二学期の始まりと思っておこう。