千早 零式勧請戦闘姫 2040 

19『一人で掃除をしていると道三たちが戻ってきた』
浦安八幡は背後の森も含めて八百坪もある。
八百坪というと、幼稚園にしては広く小学校を建てるには狭いという広さ。
季節ごとに氏子たちが掃除や草むしりをやってくれるのだが、日ごろの掃除は宮司である八乙女家の家族がやらなければならない。
「もう、うちの神社、広すぎ!」
時どき文句の出る千早だが、今日はやり始めて五分で三回も文句を言っている。
なぜかというと、今朝は完全に一人だからだ。両親と姉の挿(かざし)は結婚式の打合せや準備で朝から大阪に行っている。祖父の介麻呂は腰を悪くして、二年前から外の掃除には出ない。
貞治に手伝わせてやろうと回覧板を回すついでに教会を覗いて見ると「悪い、今日は教区の司教さまが来るんだ」と、こっちも掃除の真っ最中。
それで、開き直ったというかあてつけというか、きちんと巫女服を着て竹ぼうきを動かしている。
日ごろは動きやすいジーパンやジャージの上から神社の法被だけ羽織った姿でやっている。
「ああ、もう、この箒もぉ!」
適当に持ち出した箒は、先がちびって掃きこぼしが出てしまう。柄のところを見ると『令和5年』と焼き印が入っている。
「ええ、わたしと同い年ぃ!?」
同い年の箒に当るのもシャクな気がして、もう何度目か分からないため息をついて箒を動かす千早だ。
ガシャガシャガシャ……ワチャワチャワチャ……
鳥居の外で聞き覚えのある音がした。
目を向けると、先日蔵書点検の帰り道で出くわした斎藤道三の立波たちがワチャワチャしながらこちらを窺っている。
「なによ、あんたたち。犬山の方に逃げて行ったんじゃないのぉ(ㅎ.ㅎ) ?」
――戻って参った――
一人だけ馬に乗った斎藤道三の金波が言う。
「なんで(ಠ▭ಠ )?」
ワチャワチャワチャ
銀波たちが怯えたように後ずさる。何度かの妖との戦いで少し凄みが付いてきた千早だ。
――市庁舎の戦いでござるよ――
「んん(ಠ_ಠ )?」
――鬼神の如き戦いぶりに、この道三も家来共も感服いたしてござる――
「ほお(ಠ○ಠ )」
――それで、これよりは、この九尾の地に立ち戻って、千早……零式勧請戦闘姫殿に御加勢いたそうと犬山より立ち戻ってござる――
「なるほどぉ……」
――いかがでござるか?――
「……それって、わたしの家来になるってことぉ?」
――与力でござる――
「ヨリキ?」
――いかにも、羽柴秀吉に徳川家康が味方するようなものでござる――
「いやだ」
――ウ……なぜでござる。市庁舎の戦いでは少々苦戦されておったのでは?――
「うちは、これでも八幡社、武士の神さまだ。家来になるなら仲間に加えてやらないでもない」
ワチャワチャワチャ……
――さようか。ならば、この八幡神、並びにここに祀られた神々にお仕えするということで、どうであろうか?――
「……まあ、それならいいか。変身したら、わたしも神さまだからね」
――それでは――
「あ、入ったら、とりあえず境内掃除してちょうだいね」
――お安い御用!――
そう言うと、鳥居の前でワチャワチャしていた銀波どもが、いっせいに境内になだれ込んできた。
「え、ええ!?」
それまで名刺大の立波であった者たちは、鳥居を潜ったところから等身大の武者に変じて境内を突き抜け、境内を取り巻く浦安の森の中に消えていった。
振り返ると、境内にはチリ一つ雑草一本も残さずにきれいになっていた。
☆・主な登場人物
- 八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
- 八乙女挿(かざし) 千早の姉
- 八乙女介麻呂 千早の祖父
- 神産巣日神 カミムスビノカミ
- 天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
- 来栖貞治(くるすじょーじ) 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
- 天野明里 日本で最年少の九尾市市長
- 天野太郎 明里の兄
- 田中 農協の営業マン
- 先生たち 宮本(図書館司書)
- 千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
- 神々たち スクナヒコナ
- 妖たち 道三(金波)
- 敵の妖 小鬼