やくもあやかし物語・69
今日は一時間目から自習になった。
自習は年に何回かある。
自習と言うのは、その時間の教科の先生がお休みで、自習監督の先生が来る。
たいてい三十分くらいでできる課題があって、その課題をやり終えたら静かにしているかぎり自由。
ただし、じっとしていてもスマホは禁止だよ。自習時間にみんながやってることを書いてもいいんだけど、そのことじゃない。
今日の自習はね、監督の先生も自習課題も間に合わなかったみたいで、担任がやってきて「自習課題はないけど、騒ぐんじゃないぞ」と注意だけして行った。
たぶん、急な自習で間に合わなかったんだ。
うちは、真面目なクラスという評判だし、こういう放置プレイもやむなしなんだろう。
昨日の席替えで窓際になったので、一時間、窓からの景色を堪能する。
もうちょっと視界が開けていたら染井さんが見えたかもしれない。
染井さんというのは、通用門の脇にある古い、いや、ベテランの桜。
ベテランだから、もう霊的な存在で、ときどき人間に化けて学校の中や周辺に出没する。わたしとは気が合って、ときどきお話とかするんだけど、さすがに授業中にちょっかいを出してくるようなことはない。
だから、ボーっと学校の外を見ている。
すると、大勢の生徒が前の道を歩いていくのが見えた。
ちょっとビックリ!
だって、三時間目だよ、授業中だよ!
集団脱走!? でも、走るってふうでもない、先生が追っかけてきて叱るってこともない。
ヤバイ!
「合格発表なんだ……」
後ろのKさんが呟く。
そうだ、今日は四丁目にある県立高校の合格発表の日なんだ。高校への道は、うちの学校の前を通るのが近道だって、卒業生でもあるお母さんが言ってた。
四丁目は生活圏外だし、中学からの転校生であるわたしは、校区からも外れてるんで行ったことがない。
合格発表というのは、すぐに終わるんだ。
さっき通って行ったばかりの三年生が、ぞろぞろ逆方向から歩いてくる。
みんな明るい表情だ。
きっと受かったんだ。人の事なんだけど嬉しくなる。
春一番も、すっかり羊のように大人しくなったし、梅も満開で桜も綻びかけてうららかな日差し。
と、思ったら。
ひとり、集団から離れて、とぼとぼ歩いてくる男子がいる。
「落ちたんだ……」
Kさんが、さっきより小さく呟く。
そうだよね、ちょびっとだけど、1・0を超える競争率なんだ、落ちる人もいる。
問題はね、その男子生徒の後ろについている半透明の男子生徒。
はっきり言って妖(あやかし)だよ! ひょっとしたら悪い霊かもしれない。
とっさに制服の胸ごと勾玉を掴む。
消えろ!
そう念じて、顔を伏せる。
万一失敗したら、念を飛ばされて逆襲される。
三つ数えて、柱とカーテンの隙間から覗いてみる。
良かったぁ……男子生徒は一人で歩いていて、妖の姿なかった。
でも、これで終わりじゃなかったんだよ(;゚Д゚)ねえ……
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け