銀河太平記・015
普通、ゲストへのもてなし程度だったら汎用のレプリケーターを使う。
レプリケーターというのは、飲食物の自動生成器だ。インタフェイスに品目や条件を示せばたいていの飲食物は間に合う。
元帥に指示された接遇の女性兵士は事務所の厨房に向かった。
「レプリケーターは同じ味しかしないからね、ここでの飲み物は、毎回当番兵に作ってもらうんだ。彼女はロボットだけど、やる度に変化があるのは面白いって喜んでいる」
「え、ロボットにゃの?」
テルが遠慮なく驚く。ロボットが人間的だということで驚いたり感動したりを口にするのは無作法で、時には差別ととられかねないんだ。分かるだろ? 人間的って感動するのはロボットが人間以下だという感受性が前提だもんな。でも、見た目が幼児のテルが聞くと、目くじらをたてられることがない。
「気になるかい?」
「あ、とっても自然だかりゃ(#ω#)」
「人の思念もロボットの知覚も煎じ詰めれば電気信号、固着させていれば人もロボットも変わりはない」
そうなんだ、児玉元帥は満州戦争で瀕死の重傷を負い、JQというロボットにソウルをダウンロードさせて、戦闘指揮を続けて日本軍を勝利に導いたんだ。
絶世の美女の外見をしたオッサン(失礼な言い方だけど、分かりやすいからな)というのは変態とか気持ち悪いってカテゴリーに入るんだけど、児玉元帥は、そういう世俗的な感性を吹き飛ばしてしまう凄みと経歴がある。
それまで、ロボットに移植できるのはスキルとパターンだけだと言われていた。ソウルとは魂の事で、こればかりは移植とかダウンロードという概念規定される処置は不可能だと言われていた。
道徳的に不可と言うだけではなく、技術的にも成しえない処置だとされていた。
元帥は肉体的には戦死したが、そのソウルはJQというロボットの中で生き続け、壊滅の危機にあった満州駐留軍を立て直して漢明軍を壊滅させて奇跡の勝利をつかみ取った。その満州戦争の功績で元帥府に列せられている。
当時の満州駐留軍は児玉司令を除くほかはロボットで構成されていた。人間の将兵を駐留させては漢明国をいたずらに刺激するということで、腰の引けた日本政府は、そうせざるを得なかった。
ロボットの思考と行動はプログラムされたスキルとパターンに依拠しているので、同等規模同士の軍隊は作戦も戦闘行動も読まれてしまって、ロボットに勝ち目はないと言われていた。一方の漢明軍は半数近くが日本軍の指揮と戦闘行動を熟知した人間で構成されていて、世界的な軍事常識から言って日本軍に勝ち目はなかったんだ。
日本軍のロボット将兵は戦闘終了時には僅か48名に減っていた。
この作戦と戦闘指揮はロボットに出来る技ではなく、その肉体は滅んでJQと置き換わったが、ソウルは児玉司令そのものと国の内外から称揚された。
戦後、元帥となった児玉司令の働き掛けもあって、ザックリ言ってロボットの人権が認められるようになった。
以上は、修学旅行に備えてヒコの祖父ちゃんから聞いた内容だ。
「わたしの部隊では人とロボットの区別はしない。それで四半世紀やってきた。すると見た目にもロボットどんどんは人に似てきてな。怠けていると、すぐに生体組織に贅肉が付く。子どもたちを相手に水泳教室をやっているのは自分自身のためでもあるんだ。歳のせいか、三日も休むと肉が付いてしまってな……なんとか腹のハミ肉は解消したかな……ところで、ひとつ聞きたいんだが」
元帥はグイと身を乗り出す。
胸の谷間が迫って、狼狽えてしまった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる