大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・秘録エロイムエッサイム・4(真由の最初のエロイムエッサイム)

2016-11-23 06:46:20 | ノベル
秘録エロイムエッサイム・4
(真由の最初のエロイムエッサイム)



 沙耶が五時間目に事故死したことは、六時間目が終わって分かった。

 五時間目に救急車が来て校内は騒然とした。直ぐに警察が来て事件性はないか、設備上の不備はないかと警察とマスコミもやってきた。
 そして、六時間目の間に、沙耶の死亡が病院で確認された。
 六時間目のあとは、臨時の全校集会になり、校長が沈鬱な表情で事情の説明をした。
 沙耶のクラスがごっそり抜けていた……警察の事情聴取を受けているんだろうということは容易に想像できた。全校集会のあと真由は事故現場に行ってみた。何人かの同級生が泣きながら実況見分に立ち会っていた。

――あたしのせいなんだ――

 真由は、どうしても自分を責めてしまう。気に掛けないでくださいと、最後に沙耶は言った。でも自分が殺したという気持ちから抜けきれなかった。
「……検死解剖」
 そんな一言が耳についた。そうだ、テレビのドラマなんかでもやっている。こういう場合、状況から死因が特定できても、本当に事件性がないかどうか検死のための解剖がされるんだ。
 冷たいステンレス製の解剖台の上に裸で寝かされ、喉の下から下腹部まで切り裂かれて、内臓を取り出され、あれこれ検査される。思っただけで真由は恐ろしく、おぞましく、かわいそうだった。

『この世よなくなれ』と『わたしを殺せ』という内容のことだけは願っちゃいけない……沙耶の言葉を思い出した。

――今なら助けられる!――
 真由は、そうひらめいた。ダメ元で、真由は小さく声にした。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……沙耶を助けたまえ!」
 効果が表れたのは家に帰ってからだった。

「ねえ、この小野田沙耶って、真由の友達の妹じゃないの!?」
 帰ると、母がリビングから顔を出し、興奮気味に言った。
――ああ、やっぱダメだったのか――
 そう思ったが、違った。

――さきほどもお伝えいたしましたが、A女子学院で階段から転落し、一時死亡が確認された女子生徒が、死亡確認後二時間たって蘇生したとA警察と病院から発表されました。当該の女生徒は、同校一年生の小野田沙耶さんで……――
 夕方のワイドショーのMCが自分の事のように嬉しそうに繰り返していた。母親は、それが伝染したように、涙ぐんでいた。
 真由は、魔法が効いたことを実感した。

「ちょっといいですか?」
 本人の沙耶が、二日後の昼休みに真由の教室にやってきた。前回と違って、教室のみんなが注目「おめでとう」「よかったね」と声を掛けられていた。沙耶は照れながら真由のブロックにやってきた。
「ちょっと、例のところまでよろしく」
 今回は目立たないように、沙耶が先に行き、少し遅れて真由が続いた。

「朝倉さん、あなたとんでもないことやったんですよ……!」
 沙耶は、小さく、でもしっかりと真由の目を見つめて言った。
「なんのこと?」
「あたしが、今こうしてここにいること」
「やっぱり魔法が効いたのね!」
「シッ、声が大きい」
「ごめん、でもよかった。ほんとに効いて」
「よくないんです。沙耶は死んでいるんです。二日前に魂は、あの世にいっていたんです。人間は死ぬことが分かると、怖さや諦めから、魂だけ先に、あの世に行っちゃう人がいるんです。死ぬまでの何十時間は、いわば惰性みたいなもので、魂の無い状態なんです。こういうのを易学では『死相』が出ているといいます。あたしは、そんな沙耶の体を借りて、あなたに忠告にきたんです」
「じゃ……あなたは?」
「正体は言えないけど、この世のものじゃありません。でも、二つ言っときます。あたしはこの体が死ぬまで小野田沙耶として生きていくんです! それと……もういいわ、あなたを傷つけるだけだから。メアドの交換やってもらえます?」
「え、ええいいわよ」
「これからは、時々真由さんに連絡しなければいけないことが起きそうだから」

 ちょうどそこへ、沙耶のクラスの子たちがやってきて、ピーチクやり始めたので、沙耶は、それに合わせ、真由は教室に帰った。

 真由は、まだ本当には、自分の力が分かってはいなかった……。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・102『Ca. アメリカ/ ウィンターソルジャー』

2016-11-23 06:21:44 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・102
『Ca. アメリカ/ ウィンターソルジャー』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一の映画評を転載したものです。

スカーレット・ヨハンセンが綺麗。

  可愛い~グフッ ありゃりゃ! いきなりスタイルが良くなったよ! 足も長く成った?……と思いきや、これはスタントマンの後ろ姿やね。オシマイ〓 ……ちゅう訳には行きませんか、そらそうでんな。
 まずは、いよいよ本格的にマーベル(ちゅかディズニープロ)が牙剥き出したなって事です。  
 本作は、ハッキリ“アウ゛ェンジャープロジェクト”を名乗っています。アウ゛ェンジャーズ①以降、マーベルのヒーローシリーズにはプロジェクトの冠が着いていましたが、ちょっと遠慮がちでした。本作はほんまに頭からプロジェクトを名乗っています。 今作だけを見て楽しめるのは50%だけ、最低“Ca.アメリカ①”を見ていないと敵の実像が解らない。少なくとも、後“アイアンマンシリーズ”“アベンジャーズ①”を見ないと世界観が解らないし、直面する危機の実相が浮かんでこない。かくして、ディスクがまた売れるっちゅう構造になっております。
 本作はシネマベリテ(主にドキュメンタリーの手法。同時録音やインタビューを盛り込んで臨場感を持たせる)風の作り方に成っていて、誰が味方なのか解らない状況の下サスペンスを盛り上げる形に成っているのだが、それだけに「敵の正体」を知っていないとストーリーに置いていかれる。
 観客は大多数マーベルワールドを知悉しているとのマーケットリサーチが出ているのだろう、「遅れて来た方々は一生懸命追いついて下さいよ」っちゅう自信の程が窺える。

 なら、そのつもりで書きます。

 まず、Ca.アメリカは悲しい存在です。ひ弱な肉体ながら人一倍正義感が強く、何より国に忠誠心を持っている。元々アメリカの戦意高揚コミックとして登場していますから、このキャラクターは外せません、今のアメリカにも必要な性格でもあります。彼はドイツ軍の中の核心的組織ヒドラの陰謀を砕き、自らは氷塊の下に沈んで70年の眠りに着く。現代に蘇生した彼の周りには一人の知人もいない。この、現代の浦島太郎は、それでも懸命に適応しようと努力しており、自ら払った犠牲も人々の自由を守ったのだと納得している。
 そんな彼に、自身が滅ぼした組織に代わって登場した物が牙を剥く、自分は一体何したのかとの懊悩が生まれる。折から、少数生き残っていた70年前の知人が死を目前にしており、かつ、もう一人見つけた知り合いは呆然とするような変貌を遂げていた。キャプテンは現代に生きようとしながらも、70年前からの続きを生きているのであり、その魂は70年前のスティーブ・ロジャーズそのままなのである。
 そんなキャプテンのレーゾンデートルを支えている「自己の行動に対する正当性」を脅かされるエピソードが本作の大きな柱に成っている。キャプテンのみならずSHEALDを率いるフューリーにせよブラックウィドーにせよ、何かしら重い物を背負っている。
 ここまで来ると原作コミックを読んでいないとさっぱり解らない。大体がキャプテンアメリカの初出が40年台、フューリーが60年台、ブラックウィドーはよう知りませんが まぁ6~70年台でしょう。第二次大戦~冷戦時代(朝鮮戦争・ベトナム)~アフガン・イラクとアメリカが戦う戦争の変化に連れてヒーローに求められる姿は変化してきています。
 キャプテンも徐々に変化しているのですが、元々のレーゾンデートルを大幅に書き換える訳には行かない。フューリーは恐らくベトナムを引きずっているだろうし、ブラックウィドーは冷戦構造の歪みから生まれたのだろう。 各々の内面を覗けば、全く違うベクトルが見える筈です。その全く違う要請から生まれたヒーロー群を“アベンジャーズ”の名の下にひとまとめにするのは相当に無理がある。
 まぁ、DCコミック系(バットマン/スーパーマン)に比べれば、マーベル系のヒーロー達はあんまり悩まないのですが、勧善懲悪が有り得ない現代、マーベル系ヒーロー達も懊悩せざるを得ないのです。
 この、何もかも相対化せずにはおかない時代に「我こそは絶対正義なり!」と胸を張る事は誰にも許されません。
 本作の対立構造は“ヒドラが画策する秩序(SHEALDの思い描く秩序も似たり寄ったり)”対“キャプテンアメリカの守って来た自由”です。当然、自由の勝利に終わりますが、それはヒドラだけにとどまらずSHEALDにも牙を剥く事になる。 この歪んだ結論に一体誰が責任を持つのか?  新秩序は何に拠って打ち立てられるのか?  
 当然、完全無欠な答など有る訳は無く、精々「納得いく妥当性を与えよ」が精一杯なところ。この辺り、日本の幕末を当てはめれば分かり易い。幕府 対 薩長なんてな簡単な図式で無いのは皆さんご存知の通り。勤皇/佐幕/倒幕……開国か攘夷か、攘夷にも大攘夷と小攘夷の差がある。しかも幕末の登場人物達は一つの立場を守り通した者の方が少数であり、大方は時と情勢に添って微妙に、ある者は大胆に考え方・立場を変えつつ明治へとなだれ込んでいきました。
 アメリカンコミックは一つのシリーズが終わってもマーケットリサーチで主人公に人気が有れば再開されます。新シリーズに際して、さらにマーケットリサーチしてヒーロー像が決定され脚本家を招請、作画家が決定されます。だからヒーロー達は時代の雰囲気によって、大きな存在価値を変えないまでも微妙に性格を変えて行く。昔は堂々と“アメリカの正義”を名乗ってはいても、現代においては何が正義なのかが解らない。ましてやアメリカ単独の正義など大声で叫んでもアメリカ本国でもそっぼを向く人々がいるでしょう。だからキャプテンアメリカも、所属する組織に牙を剥く結果に成ろうとも、自ら忠誠を誓った物に殉じざるを得ない。彼は「アメリカ」に忠誠を誓ったが、「アメリカ」とは「政府」ではなく、“国土”であり“郷里”であり、そこに生きる人々なのです。求めた“自由”はアメリカ国家の自由ではなく、“人々の自由”だと“彼自身が悟った”のです。
 スーパーヒーローの抱え込んだ悲劇(元々の発生からすれば)とも言えますが、現代を生きるならば必要な変化なのです。

 さぁて、ばらしちゃいますが、ヒドラは完全に壊滅した訳ではなく細胞が残っています。次回作でのリベンジを誓っています。キャプテンアメリカの次回作は“アベンジャーズ②”……って事はアベンジャーズの次なる相手はヒドラ? アベンジャーズ①のラストで次回作での敵は別な宇宙人だったのでは? 更にアベンジャーズ②の前に公開されるのは“スペースガーディアンズ”っちゅう新キャラクターによるスペースオペラ、これまでのシリーズ経過からすると、この新キャラクターもアベンジャーズに絡むはず。
 そうなると、本作のウィンターソルジャーが次回作でどうなるのか、アスガルドのロキはどう動くのか……etc.
 原作を読んでりゃ判るんでしょうが、風呂敷を広げ過ぎて収集つかんのやないですかねぇ。これを圧倒的な画作りで見せきるつもりなら、一体どんな映像を見せてくれるのか。お手並み拝見であります。

 私ゃ ブラックウィドーが綺麗やったら それだけで全くO.K.ではあります。ダハハハ〓

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