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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・51《いま駅前なんだけど》

2021-04-13 05:33:05 | 小説3

レジデント・51

《いま駅前なんだけど》    

 

 

 なつきの家からの帰り道、知った人に出会う。

 それも、ドシンとぶつかって、相手の胸に倒れ掛かり、ほんの一瞬気を失ったとする。手を怪我して包帯でぐるぐる巻き、ブラウスの胸には血しぶきなんか付いていたとして。

 一瞬だから、すぐに正気に戻って「あ、え、大丈夫ですか?」とか聞かれる。

 どうも、相手はわたしのことを忘れている気配。

 

 ここで「お久しぶりです」とか言ってしまったら、相手は記憶の引き出しの中から『田中真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生』というキーワード。

 引き出せれば良し。

 引き出せなければ、「あ、いえ、すみません」とか不得要領な答えをしてオタオタして気まずく分かれる。ひっかかるので、その後記憶と記録の総ざらえをやって――ああ、あの学校訪問にやってきた……――と、思い出す。

 思い出して、なんで記憶に残らなかった? とか思う。

 仮にも二の丸高校の生徒会長、記憶には自信がある。それが、覚えていなかった……世の中には、こんな子もいるんだなあ……。

 まるで希少動物の珍種を発見したような感慨におちいる。

 そこで、失念していたお詫びやら、社交儀礼的な会話が始まる。ついこないだ学校に招いて、親しく交流した他校の生徒会長の顔を忘れているというのは、社会通念上、ちょっと失礼なレベルの失礼なので、きっと、伊達さんは持てる社交能力をフル動員して失礼を挽回しようとする。

 路上で話すには、ちょっと長い話になって、通行人の人たちが注目する。まして、わたしの右手は包帯でぐるぐる巻きで、ブラウスの上にはベッチョリ血の跡が付いている。

 ここは、サッサと立ち去るしかない(;゚Д゚)!

 

「だ、大丈夫です、失礼しました!」

 

 瞬間で判断して、斜め横の角度でお辞儀すると、そそくさと、その場を離れた。

 

 駅前まで来るとスマホが鳴る。

 あ、伊達利宗!

 やっと私の事を思い出して、先ほどの忘却の無礼を……詫びなくってもいいのに! こういう気まずいやり取りは苦手だ!

 で、伊達さんのはずもなく。あの人はわたしの番号なんか知らないもんね(^_^;)。

「なにぃ、いま駅前なんだけど」

 画面の発信者の名前を確認して、わたしの機嫌は180度反対を向く。

「だったら回れ右、駅前の桜屋でお弁当買ってきて。お母さん帰り遅くなるそうだから」

「あのね……」

「それから、ヤマゲンでコロッケもヨロ~」

 電話の主は、駅前を都合よく誤解している。わたしは、これから電車に乗るところなのだ。

 でも、それを言ったら、こっちの駅前の、グレードの高いお店を指定されて、お弁当を買わされる。

 お弁当のニオイを発散させながら電車に乗るなんて真っ平なので訂正せずに「わかった」とだけ返事しておいた。

 大げさな包帯は解いて、カバンでブラウスの血痕を隠しながら改札を潜ったわたしであった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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真凡プレジデント・50《ぐるぐる巻きの右手》

2021-04-12 05:37:20 | 小説3

レジデント・50

《ぐるぐる巻きの右手》     

 

 

 

 お姉ちゃんの時はバンソーコーを貼っただけだった。

 

 切ったと言っても、ほんの二ミリほど。深さも一ミリも無かったから、それで十分。

 わたしの傷も似たり寄ったりだと思うんだけど、なつきが大げさにしてしまったのだ。

 

 この蒸し暑い季節に、右手を包帯でぐるぐる巻きにされて家路についた。

 

「ブラウス着替える?」

 言われて第三ボタンあたりを見ると、ベッチャリと血が付いている。

「だいじょうぶ、手で隠したら目立たないから」

「で、でも……」

「ネエチャンのブラウスだと、胸がパッツンパッツンだぜ~」

 覗いていた健二が要らん事を言う。

「こらーー!」

 姉弟喧嘩が始まったのを潮に帰ることにした。

 

 グルグル巻きとはいえ、右の手の平を切っただけなのに、首から上に大粒の汗が浮き上がる。

 この季節は、イヤホンしただけでカッと汗が出たりするもんね。

 夏場の事なんで、汗を拭くのはタオルハンカチ。それも、ポケットだとかさ張るのでカバンの中に入れてある。

 立ち止まってカバン開けるのも面倒。

 つい、巻いた包帯で拭おうとするんだけど、手を上げるとブラウスの血が衆目に晒される。

 カバン持ったままの左手で、ちょっと拭う。ちっとも効き目が無くて、二度目に拭いた時は、汗が目の中に入ってしまい目をつぶってしまう。

 

 ドシン!

 

 人とぶつかった!

「キャ!」

 我ながらしおらしい悲鳴が上がって「あ、ごめん」とバリトンの声。

 目を開けると、見覚えのある顔が、包帯とブラウスの血のシミを交互に見てびっくりしている。

――あ、二の丸高校の伊達利宗!?――

「あ、え、大丈夫ですか?」

 とても心配げに顔を覗き込んでくる。

 乙女チックに俯いていたこともあるんだけど、伊達さんは、こないだ学校訪問にやってきた中町高校の生徒会長だとは気づいていない。

 あの時は、手厚いもてなしを受け、やっぱ、見るべき人が見てくれていればと嬉しかったんだけど、数週間後の今は、完全に忘却されている。

 やっぱり、わたしは忘却されるように出来ているんだ……。

 

 そう思うと、なんだか無性に悲しくなってきて、そのせいか、遅れてやってきた怪我のショックか、気が遠くなってきた。

「あ、ちょ、ちょっとキミ、しっかりしろ!」

 初めて男の人の胸に抱かれて、不覚にも――なんて素敵な~🎵――と思ってしまった。

 気を失う寸前に見えた空は、長かった梅雨明けを寿ぐ青空であった……。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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真凡プレジデント・49《グシャ! 不登校女がギクリとする》

2021-04-11 05:57:14 | 小説3

レジデント・49

《グシャ! 不登校女がギクリとする》   

 

 

 ビビらせるつもりはなかった。

 

 ほら、お姉ちゃんがやったじゃん。

 毎朝テレビが潰れたのをNHKのニュース速報で知った時、思わず握りつぶしたアルミ缶。

 グシャって潰れて、お姉ちゃんが手を切って、血がポタポタ。

 人がアルミ缶を握りつぶして血を流すって初めて見た。

 

 テレビ局辞めてからは、ジャージでゴロゴロばっか、あのバカ姉にあんな力……っていうか、想いがあったんだと見直した。

 正直カッコいいと思い、こっそり真似してみた。

 グシャッ!

 音は良いんだけど、血が流れない。グシャグシャっと揉みしだけば切れないこともないんだろうけど、一撃でやらなければ値打ちが無い。

 炭酸飲料のアルミ缶でやるからだめなんだろうか?

 お父さんが飲み干した奴で試してみたけど、やっぱりできない。

 

 四日目に、なつきの部屋でやってみた……。

 

 あいかわらずの登校拒否。

 担任もさじを投げ、綾乃やみずきに「まかしといて」と胸を張った手前、そろそろ成果が出なきゃとも思っていた。

「あ、噴き出すよ!」

 今日初めて積極的な言葉を吐いたのが、これ。

 会話にならないもどかしさから、出されたコカ・コーラを開けもせずにもてあそんでいた。

 今日もダメかと温くなり始めたコーラを開けようとして、なつきが注意が耳に届く。

 届くというのは、単に聞こえたというのじゃなくて、相手の行動を制止しようという力があったということ。

 そりゃそうでしょ、盛大にコーラを零されたら、敷きなおしたばかりの夏物カーペットがオシャカになる。

「開けなきゃ飲めないじゃん!」

 我ながらツッケンドン。

 もうひと月近くの不登校。三日に二日は足を運んでいるんだけど会話にもならず。だからね。

「こ、こやるといいんだよ」

 そろっとコーラを手に取ると、なつきは横倒しにしてソロリソロリと転がした。

「こうやるとね、炭酸がコーラに吸収されて爆発しなくなるんだよ」

 さすがはお好み焼き屋の娘、こういう芸には長けているようだ。

 ペシ

 プルトップを引いてグラスに注ぐと、コポコポコポと穏やかに泡立って、噴きこぼれはしない。

「学校も同じだと思うよ、おだやかにソロリソロリとやればどうってことないから。コーラでやれるんだから学校でやれないわけないよ」

 クサイとは思ったけど、なんでもいい、なつきの心を動かせればとカマしてみる。

「学校とコーラは違うよ」

 思った通りの答えに返す言葉もなくコーラを一気飲み。

 プハーーーーー!

「男前な飲みっぷりぃ~」

 媚を売ったような合いの手に、いささかムカつく。

 

 グシャッ!

 

 あ……やった、握った拳の隙間からツ-と血が流れ、ポタリとスカートに落ちた。

 不登校女がギクリとする。

「あ……あ…………」

「いいかげん、わたしもタギッテしまうよ……!」

 なつきはオロオロと、でも、お好み焼き屋の娘、野球小僧のお姉ちゃん、救急箱を取り出し、慣れた手つきで傷の手当てをしてくれた。

「あ、あ、あ……明日っからは学校行くから……」

 

 怪我の功名ではあったようだ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

 

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真凡プレジデント・48《カッコ悪すぎる》

2021-04-10 06:24:43 | 小説3

レジデント・48

《カッコ悪すぎる》   

 

 

  テレビ局というのは巨大な壁だと思っていた。

 そして、壁でいいと思っていた。

 世の中の良識や放送文化を守るためには、少々の事では動じない壁であることは重要であるとさえ思っていた。壁の芯さえしっかりしていれば、それでいい。

 しかし、壁自身はしんどいものだから、私自身が壁の成分になるつもりは無かった。

 でも、気づくと、いつのまにか自分も壁の成分になってしまった……それが、とっても嫌で三月に辞めた。

 

 最初の違和感は、大輔の父で毎朝テレビの創設者輔一氏。

 安保法案が衆議院を通過した夜の特番。駆け出しであるにもかかわらず、キャスターの助手として出してもらった。

 輔一氏は、引退した会長でありながら、止むにやまれず出演していた。

「これで日本は戦争ができる国になってしまいました。この法案に賛成する人はよく聞いてください。戦争に行くのは自衛隊だと思っているでしょう。そして自分自身は戦争なんか関係ないと思っているでしょう。つまり他人事だと。戦争になったら、そういうあなたたちが駆り出されるんです! 戦場に行く勇気ありますか? 他人事だと思っているなら、これについて議論する資格はありません! 法案に賛成するなんてもってのほかです! 駆り出される危機感、駆り出される人の身になれないものに論評する資格はない!」

 言論人の矜持ここにありという熱弁で、スタジオはシーンとしてしまった。

 違うと思った。

 駆り出される人の身にならなければ……切実な言葉のように思えるけど、それって変だ。

 だって、その論法で行くと、教師にならない者は学校教育に関する批判はできないことになる。医者や看護師になる気持ちが無ければ病院や医療の批判はできないことになる。スタジオのみんなは拍手して、アシスタントのわたしも拍手したけど、心では違うんじゃないだろうかと感じていた。

 そうだよ、だって輔一氏自身「俺は、どんなに誘いを受けても政治家になる気なんかないよ」と、野党からの誘いを断ってきている。その、政治家になる気のない者が政治を批判してるって自己矛盾でしょ。

 広報に問い合わせたら、同じ疑問や不信を持って局に抗議してきた人や疑問に感じた人が数百人電話してきたそうだ。広報は「局としても会長としても矛盾とは感じておりません、十分なご理解がいただけますよう、これからも努力してまいります。貴重なご意見有難うございました」と返答し、抗議電話があったことは会長には伏せられた。

「なぜ、報告しないんですか?」

「苦情や抗議は毎日来ている、それを処理するのが広報の仕事。いちいち報告していたんじゃ、ただのメッセンジャーボーイでしょ」

 どこを誤解したらそうなるのか、広報部長は自慢げにズレた眼鏡を押し上げた。

 

 そして、なにより、他のマスコミで問題にされることもなく、一部のネトウヨがしつこく書き込みをするだけになった。あのころのネットなんか屁みたいな。ものだったしね。

 そしてね……ある日、将来の勉強のためだからと言うので、編成会議を見学させてもらうことになった。

 編成会議って、重役会と同じだから、たとえ見学といえど同席させてもらえるのは、そういうルートに載せてやってもいいぞというサインでもある。

 だから、わたしも大したものだ……と、思うようなところがあったのも事実。

 部屋を出る時に輔一氏の手がわたしの胸に触れた。

 「あ、いや、ごめん。身のこなしがガサツなもんで、済まなかった!」

 顔を真っ赤にして詫びる輔一氏に、わたしは好感さえ持った。

 とてもシャイで、少年のように恥じらいを見せる氏に――真っ直ぐな人なんだ――と思った。

 そこに息子でチーフディレクターの大輔が寄って来た。

「気を付けろよ、あれが親父の手だ。つぎは偶然出会った廊下とかでお茶に誘われる。その次が食事で、そのあと酔ったふりしてホテルの部屋まで送らされて行為に及ぶから」

「ま、まさか、お父さんでしょ!?」

「だから注意してんだ」

 

 大輔の指摘は当たっていた。

 

 わたしはタイミングが合わなかったということもあって、氏の興味は薄れていき、代わりに後輩の女子アナが毒牙に掛かった。たった一年で局を辞めた彼女は海外にいるらしいが、いきさつはあえて調べない。

 その後、大輔自身が同じ手を使ってきたので、微笑ましいやらアホらしいやら。脛を蹴飛ばしてやったらそれっきりになった。

 池島親子が特殊なのではなくて、放送局と言うのは多かれ少なかれ、こういうアンモラルなところがある。

 こういう世界に居るので、五年目にはすっかり慣れて屁とも思わないお局様になった。

 

「すまん、M省のA局長の証言とってきて」

 

 M省のA局長は次期事務次官の噂も高いやり手でM省に関わる許認可では大きな権限を握っている。当然いろんな噂があって、その裏と弱みを握ってくるのが仕事だ。

 こいつをセクハラでやりこめた。大輔のアイデアでインタビューを録音し、それを編集して文芸毎朝に持ち込んだ。

――勇気ある女性記者、A局長のセクハラを暴露!――

 ということになり、二週間でA局長を辞職に追い込み、M省大臣を引責辞任の手前まで持って行った。

 

 そして、阿倍野首相に対する――記者の呼びかけを完全に無視して去っていく総理――の現場に立ち会ってしまった。

 

 疼痛のような嫌気がさして、三月で仕事を辞めた。

 いろいろあって、毎朝テレビなんてどうにでもなれと思っていたが、まさか潰れるとは思わなかった。

 NHKのニュースで知って、涙がこぼれるとは思わなかった。

 巨大な壁は、十日余り電波が停まることで、実にあっけなく潰れてしまった。

 なんの涙か、自分でも分からないけど、妹の真凡に悟られるわけにはいかない。

 だって、カッコ悪すぎる。 

 ドラマの主役がやっていたのがカッコよくて真似してみたが。

 

 アルミ缶を握りつぶすときは気を付けよう。手のひらを二センチも切ってしまったよ(^_^;)

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
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真凡プレジデント・47《アルミ缶が潰れる音》

2021-04-09 06:10:26 | 小説3

レジデント・47

《アルミ缶が潰れる音》    

 

 

 あれ?

 

 めずらしく、お姉ちゃんがまともなナリで帰って来た。

 レッセパセリ? ちがうと思うけど、そんなブランドのワンピだよ。パンストまで穿いていて、数か月前までの女子アナそのものの出で立ちだ。

「やってらんねーー」

「ちょ、せめて自分の部屋で着替えなよ!」

「いいじゃん、女同士だし……」

 ばっさり、ワンピとパンストを脱ぐと、クッションの下に隠れていた(隠していた)Tシャツとハーパンを引きずり出して身に付ける。

「あーーもーーせめてシャワーでも浴びてから着ればーー」

「そーゆー気分じゃないの、一つ見極めてからよ、サッパリするのわさ。ちょ、じゃま」

「もーー」

「牛になるよー」

 ろくでなしは、テレビのリモコンをいじりながら、わたしの定位置であり、テレビ鑑賞の特等席であるソファーの真ん中を占拠する。

「真凡も掛けな、お姉ちゃんの勘が正しければ一大事件が起きるから。あ、わりーー缶ビールお願い」

 

 理不尽なんだけど、お姉ちゃんがイキイキしているのは悪くないので、キンキンに冷えたビールを二本とカフェオレを持ってくる。

 

 矢継ぎ早にチャンネルを変えるお姉ちゃん。

 ガチャガチャとアナログチャンネルの効果音を入れてやりたくなる。

 十秒ほどで全てのチャンネルに切り替わるんだけど、電波が停まっている毎朝のところでリズムが狂う。

 三周ほどさせて、NHKで落ち着いた。

 

――番組の途中ですが、臨時ニュースをお送りします――

 

 能面みたいな真面目顔のアナウンサーが静かに興奮してニュースを伝える。

――先日来放送電波が停止しておりました毎朝テレビの廃業が決まりました。毎朝テレビはSNSを使って放送を続けていましたが、視聴率はテレビの三分の一にも及ばず、スポンサーから不満の声が上がっていましたが、先ほど大口スポンサーがあいついで撤退を表明、会長の池島輔一氏が放送事業からの撤退を表明しました。繰り返します…… ――

 ビックリした。

 人が死んだり会社がつぶれるニュースは何度も見たけど、放送局が潰れるのは初めてだ。

 ホーーーーーーーーーーーーー

 風船から空気が抜けるような長いため息を、お姉ちゃんはついた。

 なんか言わなきゃ、お姉ちゃん、ペシャンコになってしまう。辞めたとは言え、毎朝テレビの看板女子アナだったんだ、相当なショックだろう。でも、たかが十七歳の妹には重すぎて言葉が出てこない。

 

 グシャッ!

 

 アルミ缶が潰れる音。

「やってみたかったんだよね、アルミ缶握りつぶすの……」

 どう声をかけていいか分からない妹への気遣いか、お道化たように言うお姉ちゃん。

 でも、目に溢れる涙が痛々しくって、わたしは俯いてしまうのだ。

「プレジデントなんだろ、しっかりしろよ!」

 見当違いに、わたしを慰めて「それ!」

 ズボ

 カッコよく投げた空き缶は、見事にゴミ箱に入った。

「そこは燃えるゴミ」

「あ、だったな……」

 不器用に空き缶を拾いに行く。

「ここ、笑っていいぞ。てか、笑ってくれなきゃカッコつかないっしょ」

 

 言われて空気は吸うんだけど、笑い声には還元できなかった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
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真凡プレジデント・46《あら、あたしより早いんだ・2》

2021-04-08 05:43:03 | 小説3

レジデント・46

《あら、あたしより早いんだ・2》   

 

 

 

 あら、あたしより早いんだ。

 

 思わず言ってしまった。

 これまで待ち合わせをしても時間通りに来たことのない池島ディレクター。

 それが、中年になって初めて彼女が出来たオッサンみたいに喫茶店の奥まったシートにチンマリ座っている。

 あまりの奇観に軽口が出てしまう。

 局を辞める三月までだったら、こんな台詞は絶対出てこない。

 辞めた気楽さもあるけど、池島Dにはまとっていたオーラが無い。

 毎朝テレビの敏腕ディレクターにして毎朝テレビ創始者の孫、池島大輔。

 池島Dは、局の数人には友だち然とした軽口を許していた。磊落なディレクターのイメージのためにね。

 あくまでイメージだから、池島本人が望むようなものでなければ許されない。そこんとこを勘違いして干されたり消えて行った業界人が片手では数えられないくらいいる。

 

 今の言い回しは気に入らないはずだ。いつもなら瞬間で表情を強張らせる。

 

 それがフニャフニャと軟体動物的な薄笑いを止めない。

 やっぱ、放送電波の停止が効いてるんだろうか。

「ちょっと新しいことを始めちゃおうってね、思うんだ」

 学生演劇で鍛えた、でも鼻に着く磊落さで、ウェイトレスさんにオーダーするのも待たずに切り出した。

「動画サイト専用の番組を作ろうと思ったりしてね、まあ、十本くらいね。そのうちの幾つかを美樹に任せたいんだけどさ、やってみてくんないかなあ?」

 電波停止から、収録済みの番組をSNSで流している。

 ちょこっと見たけど、やっぱテレビ番組はテレビの額縁を通さないと収まりが悪い。

 スマホで観ると、やっぱ、ゴチャゴチャしすぎてストレスだ。

 なんというか……SNSがカジュアルな普段着だとしたら、テレビのコンテンツはヨソイキのドレスとかスーツとか、コスプレの歌舞伎衣装みたいで暑苦しい。暑苦しいい上に、中身が希薄なものだから、観る気がしない。

 パソコンのモニターで観ればテレビに近いんだけど、SNSの場合、無数のコンテンツの一つになってしまう。

 それが、テレビと同じ尺でやっては持たない。SNSは、十分程度にまとめないとクリックさえしてもらえない。

 

「だから、尺も含めてSNS向きにしてさ」

 

 こういうところは鋭く人の心を読んでいる。七光りとはいえ毎朝テレビのディレクターだけのことはある。

「う~ん、渋谷あたりで一軒店を任せるっていうのなら乗らないことも無いんだけど、テレビは止めとく」

「だったらさ、渋谷の店でもいいから、やりながらさ、店の中から放送するってどーよ」

「え、なに、それ?」

「渋谷のアレコレとか、トピックス式にさ。美樹なら、いいもの作れるよ」

 やわらか頭で切り替えたつもりかもしれないけど、そんなもの、とっくに誰かがやっている。並のユーチューバーがやってるようなことを始めても、スポンサーが満足するような番組が作れるはずがない。

「室井さんとかは? こういう新企画だったら、いつもいっしょじゃない」

「あ、ああ、あいつ、ちょっと連絡付かなくって。それより浮かんだイメージ大事にしたいから直で美樹に連絡とったわけさ」

「ふーーーん」

 取り巻きは、いつでも連絡を取れるようにしておかなければ機嫌の悪い彼の反応ではないような気がする。

「いや、これは美樹がOKくれないと、イメージの段階でポシャってしまうからね」

 ストレートな媚を売るもんだと、ますます気持ちが冷える。

「いや、だから……すまん、電話だ」

 キリリと表情を変えるとポケットからスマホを取り出した。

「もしもし、俺だ……え?……え!? 分かった直ぐに戻る!」

「なにか一大事みたいね」

「あ、ああ、大したことじゃないんだけどね、ちょっと局に戻るよ。あ、また連絡するから……」

 

 そそくさと伝票も掴まずに行ってしまった。

 

 電話の向こうも声が大きいので聞こえてしまっていた。

 どうやら大口のスポンサーが三つばかり降りたようだ。これはドミノ式にスポンサーが離れていくことになるだろう。

 

 帰りの電車の中でネットニュースを見ていると、東京湾に室井ディレクターが浮かんだらしい……。

 ちょっと、ヤバいんじゃね。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
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  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
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真凡プレジデント・45《あら、あたしより早いんだ》

2021-04-07 06:13:18 | 小説3

レジデント・45

《あら、あたしより早いんだ》  

 

 

 ここのところついていない。

 祖父さんが佐藤内閣を倒した時以来のクリーンヒットのつもりだったんだが、あれだけ局を上げて打倒に頑張ったのに阿倍野内閣は倒れやしない。

 ま、これはいい。うちだけじゃなくて、NHKまでがんばって倒せなかったんだ、うちだけの責任じゃない。

 中町高校の入試採点ミス、これは数字が稼げること間違いなし!

 ところが上手くいかない。

 列車事故を防いだ柳沢琢磨……こいつがいなければ、今頃は女生徒の一人も自殺して盛り上がったはずなんだ。

 学校の周囲で違法スレスレの取材もやった。採点ミスで入学できなかった園田その子も焚きつけた。

 まちがって入学してしまった……なんてったっけ? お好み焼き屋の娘……名前が出てこない。

 あっさり自殺でもしてくれりゃ憶えても居たんだが、まあいい。

 

 柳沢琢磨……こいつは、ハッキリ邪魔だ。

 

 サイコパスだとは思っていたが、せいぜい列車を止めるのに鉄橋から犬を投げ落とすだけの才覚だと思っていた。

 こいつ、小学生のころにペンタゴンのコンピューターに侵入したほどのハッカーだったとはな。

 くそ……知らなかった。

 その腕を生かして、うちの秘密をそうざらえしてネットで流しやがった。むろん証拠はないけどな。もうフェイクだとしらを切っていられる状況ではなくなってきた。

 確信はなかったが、やつのUSBが怪しいと睨んで……ほのめかしたのがまずかった。

 室井の奴、恩にきるのはいいが、忖度のしすぎ。

 大学のころに覚えたマジックのテクニックは大したもので、命じもしないのにUSBをまんまと手に入れた。

 近隣の防犯カメラはおろか、スタバの防犯カメラにも写ってはいなかった。

 しかし、毛利刑事に目を付けられるとはな……尻尾を掴まれることはなかったが、局に戻るまでの足どりを掴まれた。

 俺も気が短い、一発食らわせてしまった。

 打ち所が悪かったのか……まあ、その筋に始末は頼んでおいたから、万一ということもないだろうけどな。

 

 万一と言えば、停まっちまった電波だ。もう四日になるというのに回復しない。

 

 政府の陰謀だ! 阿倍野の企みだ! とぶち上げておいたが、視聴者はついてこない。

 テレビ屋の意地で、一昨日からユーチューブで番組を流してはいるが、視聴はテレビ電波のニ十パーセントにも満たない。

 このままでは、スポンサーがみんな降りてしまう。

 アメリカの軍事力、中国の経済力、日本のテレビ局、この三つは不滅だと思っていたんだが……。

 

「あら、あたしより早いんだ」

 

 悶々と考えていたら声がした。

 こいつ、ちっとも変わらない……田中美樹。

 俺は、とびきりの笑顔で前の席を示してやった。野暮用がなければ、すてきなデートの始まりだったのかもしれないのにな。

 

☆ 主な登場人物

 田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生

 田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ

 橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き

 藤田先生     定年間近の生徒会顧問

 中谷先生     若い生徒会顧問

 柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス

 北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲

 福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長

 伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

 

 

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真凡プレジデント・44《勝負はこれからなのだ》

2021-04-06 06:21:19 | 小説3

レジデント・44

《勝負はこれからなのだ》   

 

 

 

 盗難届が受理されたので、スタバなどから防犯ビデオが警察に提供された。

 

 毎朝テレビの記者がUSBを抜き取るところだけ確認できればいいと思っていたが、毛利刑事は近隣の防犯カメラも確認して、記者がタクシーに乗り込むところまでの証拠を確保した。

 タクシーは直ぐに割り出され、運行記録と運転手の証言で毎朝テレビまで客を乗せたことも裏がとれた。

 そして、その記者がもどってから十二分後に毎朝テレビの放送電波が停まってしまったことも判明した。

 

「でもなあ、肝心のところが写ってない……」

 

 毛利刑事は、ジュースのストローの袋を丸めたのに水を垂らしながら呟いた。ストローの袋は断末魔の蛇のようにクネクネと身をよじる。子どもがやりそうな遊びだが、喫茶店でさえタバコが喫えなくなってきたので、苦肉の策で編み出した禁煙対策であるらしい。

「キミがトイレに立った後、キミが居た席の前を二人の客が通過して……通過し終わった時にはUSBが消えている。スローで再生すると、毎朝テレビの記者がわずかに身じろぎしているんだが、盗った瞬間は確認できない。向かいの店のも通行人と被ってしまって、瞬間を捉えられてはいない」

「記者には聴取されたんですか?」

「任意でな。むろん盗ったとは言わないけどな」

 あのUSBにはウィルスが仕込まれているが、毎朝テレビが欲しがっていた不都合な映像もちゃんと入っている。

 時間的に言えば、USBを局のPCに繋いだのが電波停止と重なることが分かるんだけど、同時刻にいろんなPCのキーが叩かれ、ダウンロードやインストールが行われ、いろんなところから信号や情報が送られてくる。どれが感染の原因かは突き止めにくいし、そんなドジなことで放送局にとって命と言っていい放送電波が停止したとは思いたくないだろう。

「並の盗難事件なら、これ以上は追いかけられない。総務省からの指示もあって継続するけど、まあ、あまり期待はしないでくれ」

 それだけ言うと、毛利刑事は伝票をつかんでレジに向かった。

 

 これで十分だ。

 

 警察も努力した。放送局も盗んだことを認めるわけにはいかない。あのUSBを解析しただけでは、それが原因だとは断ぜられない。

 そして、俺はUSBを盗られた被害者の立場が確定した。

 次の展開は予想よりも早くやって来た。

 毎朝テレビはSNSを通して番組を配信し始めたのだ。

 いつまでも電波が停まったままであると、スポンサーが黙っていない。

 これも織り込み済みの話で、本当の勝負はこれからなのだ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡(生徒会長)   ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  福島 みずき(副会長)   真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
  •  橘 なつき(会計)      入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き 
  •  北白川 綾乃(書記)    モテカワ美少女の同級生 
  •  田中 美樹          真凡の姉、美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨          対立候補だった ちょっとサイコパス 
  •  橘 健二            なつきの弟
  •  藤田先生           定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生           若い生徒会顧問
  •  園田 その子          真凡の高校を採点ミスで落とされた元受験生

 

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真凡プレジデント・43《盗難届を出す》

2021-04-05 05:56:45 | 小説3

レジデント・43

《盗難届を出す》   

 

 

  

 盗難届を出したいんですが。

 

 そう告げると、カウンターの担当さんよりも階段を下りてきた毛利刑事の方が声をかけてきた。

「よう、柳沢君!」

 毛利刑事は地声が大きい、中町署一階ホールに居た者は、いっせいに刑事に視線を奪われた。

 担当さんは、手にした盗難届用紙をヒラヒラさせたまま――この野郎――という顔になっている。

「毛利さん……」

「なんだ、なにか盗られたのか?」

「ええ、盗難に遭ったとしか思えないもんで……」

 まず届を書いてしまわなければ毛利刑事を相手にはできない。

 毛利刑事は、列車事故の時、俺の取り調べを担当した刑事だ。

 列車を止めなければ大事故が起こっていた。俺は瞬時に判断して、すぐそばに飼い主に連れられ散歩途中の犬を抱え上げ、跨道橋の下に投げ飛ばした。

 犬は、脚を骨折しながらも線路上を迫りくる列車の方角に駆けだした。

 犬に列車事故を防ごうなどという思いは無い。理不尽に自分を投げ飛ばした乱暴者から遠ざかりたい一心だ。

 結果的に、カーブを曲がった先に迫っていた列車の運転手が気づいて急停車。その先の線路上に入り込んで立ち往生していた軽自動車は助かって、大事故は未然に防がれた。

 

 しかし、俺の行為は列車往来妨害と動物虐待行為にあたり逮捕されてしまった。

 

 その時の担当刑事……良くも悪くも仕事熱心で、俺の行為が事故回避のための緊急避難行為であると認められるまで攻め続けた名物刑事だ。

「これは盗難に違いないなあ……」

 中町警察横の喫茶店、温くなったコーヒーを飲み干して、毛利刑事は呟いた。

 手元には、俺のタブレット。無理を言ってスタバの向かいの店からコピーさせてもらった防犯カメラの映像が入っている。

 ガラス越しなので鮮明とは言えないが、俺が園田その子にタブレットを見せているのが分かる。デジタル処理で拡大した映像になって、タブレットにUSBメモリが付いているのが分かる。

「このUSBが無くなったんだな……ホシは園田という女の子か同じカウンターあるいは近くの客だなあ」

「園田さんはありえませんよ。USBを抜き取る理由がありませんからね」

「そうは思うが、捜査の基本は全てを疑うところからだからな」

 そう言いながらも、毛利刑事は、両隣の客の姿を拡大しては観察している。

「スタバの防犯カメラを見せてもらえれば、もっとはっきり分かるんですが」

「だろうな……盗難届が受理されれば防犯ビデオの提出が申し出られる……でも、このUSBには何が入っているんだい?」

「世界が壊滅しそうなプログラムが入っています」

「ゲホッ……世界が壊滅ぅ!?」

 おれは、元ハッカーであることを説明した。それで、アメリカのCIAの依頼で作ったウイルスが入っていることを言うと、毛利刑事は零したコーヒーを拭きながら驚いてくれた。

 ここが大事なところだ。

 USBは盗まれたものだ。

 ウィルスは開発しただけでは罪にはならない。ネットに流して特定あるいは不特定のコンピューターに攻撃を仕掛けなければ犯罪行為としては成立しない。

 そう、あれは盗んだやつが悪い。

「そうだな、なんにしろ取られたことは事実のようだな。すぐに盗難届を書け」

 運よく、毛利刑事と確認しあえた。まずは良し。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡(生徒会長)   ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  福島 みずき(副会長)   真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
  •  橘 なつき(会計)      入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き 
  •  北白川 綾乃(書記)    モテカワ美少女の同級生 
  •  田中 美樹          真凡の姉、美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨          対立候補だった ちょっとサイコパス 
  •  橘 健二            なつきの弟
  •  藤田先生           定年間近の生徒会顧問
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真凡プレジデント・42《かなりのミーハーのようだ》

2021-04-04 06:23:41 | 小説3

レジデント・42

《かなりのミーハーのようだ》    

 

 

 放送局のコンピューターがウィルスに感染したんだって……ああ、おっかしい。

 

 笑い死に寸前の涙目を拳で拭いながらお姉ちゃん。

「セキュリティーとかは効いてないの?」

 切り替えたお姉ちゃんは、絶対に弱みを見せない。

 だから、寸前までの爆笑を問い詰めることは諦めて、放送局の事に切り替えた。

「並以上のセキュリティーはかけてあるわよ。でも、どうやらとんでもないハッカーにやられたんでしょうね。メインコンピューターから個人のパソコンまで全滅らしいわ。ウィルスが勝手にプログラムを組み立てて、意図的に編集して流しているんだって。もう隠していた偏向映像がダダ洩れ……ひょっとして」

 NHKや他の民放に切り替えると、どこも毎朝テレビの事故を報ずるニュースやワイドショーで一杯だ。

「あ、アンテナを壊すんだ!」

 思い余った毎朝テレビは、局の屋上に立っている送信用のアンテナを破壊することを決心した!

 局のアンテナは幾つかあって、東京タワーの縮尺版みたく赤白に塗り分けられたものから、おわん型のパラボラアンテナや、巨大なボールペンの芯のように真っ直ぐなものまで。

 その全てのアンテナに放射電波を供給する太いケーブルを斧で切断している。

「よっぽど流しちゃまずい映像なんだね」

「だれがやったかは分からないけど、放送法なんて有って無きがごとし、日本のマスメディアはとんでもなく保護されてるし、めったにギャフンとは言わないんだけどね……今回は、相当こたえてるねえ……ネットの時代だよ、アンテナ壊しても停まるもんじゃないよ……さ、大学芋でも買ってくるかなあ~」

「あ、ジャージで行っちゃ……」

 以前のように追いかけることはしなかった。

 お姉ちゃんに負けたというよりは、なんだか、まだまだとんでもないことが起こりそうで、動けなかったというのが本当だ。

 

 予想した通り、アンテナを壊しても事態は変わらなかった。

 

 日本中、いや、世界中で毎朝テレビの映像はコピーされて拡散していった。

 同時に、映像の情報を補完するような映像や資料がSNSを通じて大量に出回ることになった。

 国会見学に来ていた中学生が撮った映像に「ここだけ切り取ればいけるよ」と笑いながら官邸を後にする毎朝テレビのスタッフが写り込んでいたり、バラエティーなどで仕込まれたフェイクがバラされたり、毎朝テレビを始めとしたマスメディアの不正のアレコレが暴露することが流行りになって来た。

 しかし、これの原因になったウィルスを撒いたのはいったいどんな奴だろう……。

 不謹慎かもしれないけど、なんだかワクワクしてきて閉口。

 どうやら、わたしも、かなりのミーハーのようだ。

 

☆ 主な登場人物

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真凡プレジデント・41《毎朝テレビの垂れ流し映像》

2021-04-03 06:23:55 | 小説3

レジデント・41

《毎朝テレビの垂れ流し映像》    

 

 

 映らなかったのは三十分ほどだった。

 でも、三十分間映らないテレビを切りもしないで、チラ見とはいえ画面に注目していたのは、テレビの魔力なのかもしれない。

 毎朝テレビも回復させようと必死の努力をしたんだと思う。

 辞めたとはいえ、お姉ちゃんが女子アナだったので、放送局のあれこれは聞きかじっている。

 昭和の三十年代は、よく放送がストップして魔法陣みたいなテストパターンが出て――まもなく放送が回復いたします、チャンネルはそのままでしばらくお待ちください――という画面に切り替わったそうだ。

 その間、放送局の技術スタッフは必死で原因を探って回復に勤めるんだそうだ。

 今は、局の放送そのものが中断してしまうようなことはありえないんだけれど、万々一、そのありえない事態になっても、コンピューターがチェックと回復操作を行って、長くても数分で回復するのだそうだ。

 

 あ、映った。

 

 三十分たって回復した映像はとんでもないものだった。

 総理が記者の呼びかけを完全に無視していく映像で、総理は記者の呼びかけを鼻にもかけず足早に立ち去っていきました。

 という非難がましい映像だ。

 わたしは、何度か、この映像を観ている。お姉ちゃんが写っているからだ。

 先輩記者に付き添って、立ち去る総理にマイクを突き付けている姿が数秒写っている。女子アナを辞めた直後、何度か見てはため息をついていた。ひょっとしたら、これが辞めた理由……あるいは原因の一つかと思った。

 

 今度のは違った……というか、前半部分が付け加わっている。

 

 記者が二度――総理! 総理!――と呼びかけて、その都度総理は振り返るんだけど、記者たちは知らんぷり。

 これって、ガキがやるイジメと同じだよ。

 後ろから呼びかけて、他社の記者たちと知らんふり。振り返っても振り返らなくても囃し立てられる。

 ガキのやるイジメも陰惨だけど、放送局は、最後の一回だけを取り上げて――総理は記者の呼びかけを無視して足早に立ち去っていきました――という悪意のあるコメントを付けている。

 印象操作……いや、悪意ある放送テロだ。

 

 なつきんちからの帰りの交差点。

 書店の上の大型モニターには、くりかえし映像が流れていたが、渡り始めたところで切り替わった。

 歩行者や信号待ちをしている人たちも脚を停めて注目する。

 こんな光景は、前の天皇陛下が退位すると国民に語られて以来のことだ。

 そして、大型モニターが映し出した映像はとんでもないものだ( ゚Д゚)

 なんと、毎朝テレビの局内で起こったセクハラに関する映像が流れ始めたのだ!

 一見して、番組用に作られたものではなく。偶然映った、または、被害者の女性(アナウンサーやらADやらタレントやら事務職やら様々)。中には財務省のセクハラを毎日糾弾していたキャスターが若い女子アナの肩に手を回しやらし~く迫っているものもあった。「いや」「あの」「ちょ、やめ……て……」などと女性の声も背景音に混じって流れている。

「ドッキリか?」

「新手の番宣?」

「でも、ひどくね?」

「ヤラセだろ」

「にしても、悪趣味」

「真に迫ってるじゃん……」

「いつまで流してんだろ」

「しつこいよな」

 道行く人も、おもしろい、めずらしい、から不愉快な声を上げる人が多くなってきた。

 

 こんなのを気にしていたら家にたどり着けないので、足早に家に帰る。

 

「ただいま~……あれ?」

 おかえりの返事は無くて、リビングの方からお姉ちゃんの笑い声が聞こえてきた。

 アハハハハハハハハハハ(#`艸´#) ムハハハハハ(〃艸〃) クハハハハハハ(#´0`#)

 友だちと電話してる? 読んでたマンガがツボにはまった? 笑ダケにあたった? とうとうイカレた?

 

「お姉ちゃん……え?」

 

 ちがった。

 お姉ちゃんは毎朝テレビの垂れ流し映像を観ながら、狂ったように笑っていたのだった(;'∀')。

 

☆ 主な登場人物

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真凡プレジデント・40《なつきんちのテレビでけいおんを観る》

2021-04-02 05:42:00 | 小説3

レジデント・40

《なつきんちのテレビでけいおんを観る》   

 

 

 あれから放課後になるとなつきの部屋に通っている。

 

 早まって退学届など書かせないためなんだけど、いまはモチベーションの問題だ。

 一人で引きこもっていては、ろくなことを考えない。

 綾乃もみずきも一緒に行こうかと言うんだけど、大勢で行っては、当方の――気にかけているんだ――という自己満足とアリバイにはなるけど、落ち込んでいるなつきには逆効果になる。

 もう、説教もしないし引きとめもしない。まったりと時間を過ごしているだけ。

 毎日通って、ただただまったり過ごすというのは、ちょっとした芸だと言っていい。肩の力を抜いて、お互い空気のようになるには、慣れた関係でなきゃできない。

 しかし毎日となると、まったりにも工夫がいる。

「なんだ、ゲームしかしてないのか」

 中古が安くなったのでモンハンを買ってきて、インストールしようとして気づいた。

「え、あ、だってゲーム機だし」

「ツ-ルバーを見なよ。いろんな機能が付いてるでしょ」

「……なんか、むつかしそうで、見たことない」

「テレビがおっきいんだからさ、ユーチューブとか迫力だし…ANIMAXとかは、アニメ見放題なんだよ」

「なんか、欄外のCMくらいしか思ってなかった」

「ハハ、なつき、教科書とかも欄外読んだりしないもんね」

「バカにしないでよ、教科書そのものを読まないわよさ!」

「そーいうとこで自慢すんな……よし、ここをポチッとやれば、とりあえず一か月はタダで観られる。やってみそ」

「えーー、でも、クレジットとか」

「なつきのカードでいけるよ。課金は一か月後からだし、嫌になったらいつでも止められるし」

 

 そうやって、今日は『けいおん』を観ている。

 

 古いアニメで、最初のクールなんかは画面がアナログサイズなんだけど、このマッタリ感は薬になると思う。

 京アニの作品で、架空の街……と言っても、そのロケーションは京都の宇治あたり。スタジオが京都にあるから、最初はお手軽に済ませたと思ったんだけど、けいおんの雰囲気にはピッタリ。ちなみに、学校のロケーションは滋賀県の小学校で、階段の手すりにウサギとカメが付いていたりする。そのウサギとカメの階段を三階まで上がった音楽準備室が部室で、女子五人の軽音楽部は、まさに平仮名のけいおんと表現するのがピッタリのユルさで、毎日、ちっとも練習しないでお茶ばかりやってるという日常系アニメの金字塔。

「あ~~~~いいね~~~唯ちゃんの感じ~(^^♪」

 ダラダラ、グズグズが大好きで、勉強が苦手で、集中力が無くて、お茶してばっかりの唯とけいおんの有り方に、すぐに共鳴するなつき。ひとまずは作戦成功。

「こういう妹が欲しいなあ~」

 なつきは、唯のよくできた妹の優(うい)を羨ましがる。

「健二がいるじゃん」

「健二じゃねえ~、だいいち健二、男だし」

「いいやつだよ、健二」

「手のかかるやつだよぉ、こないだも野球で怪我して真凡もいっしょに迎えに行ったじゃん」

「おまえが言うな」

 ポコ

「いて!」

 今回の事でも、健二はずいぶん心配してくれて、最初に知らせてくれたのも健二だ。だけど、そこから入ったらなつきを傷つけそうなので控える。

 

 階下のお好み焼きのお店がなんだかざわついている。

 

「また、ソースの瓶でもひっくり返したかなあ?」

 呑気なことを言っていると、なつきのお母さんが上がって来た。

「ね、ちょっと毎朝テレビにしてみてよ」

「ええ、いまアニメ見てんだけど」

「いいじゃん、いつでも続きから観れるし」

 リモコンでテレビに切り替えた。

「え……映らない」

 毎朝テレビのチャンネルは砂あらしの状態だ。これはアンテナが電波を受信できないときなどに起こる症状だ。

「にしては……受信不良のアラームとかは出てこないし」

 つまり、アンテナはきちんと受信しているんだけど、放送局から発せられる電波に中身がないということになる。

 フットワークの軽いお母さんは、商店街のお店の様子を見に行く。五分ほどして戻って来たお母さんは首をひねっている。

 どうやら、どこでも毎朝テレビは観られないことになっているようなのだ。

 

☆ 主な登場人物

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  •  福島 みずき(副会長)   真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
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  •  北白川 綾乃(書記)    モテカワ美少女の同級生 
  •  田中 美樹          真凡の姉、美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨          対立候補だった ちょっとサイコパス 
  •  橘 健二            なつきの弟
  •  藤田先生           定年間近の生徒会顧問
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  •  園田 その子          真凡の高校を採点ミスで落とされた元受験生

 

 

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真凡プレジデント・39《琢磨の本気の本気の本気》

2021-04-01 06:06:37 | 小説3

レジデント・39

《琢磨の本気の本気本気》      

 

 

  総理! 総理! 総理ぃーーーー!!

 記者の呼びかけを完全に無視し、総理は足早に官邸を出て行きました……。

 

 キャスターは事実だけを述べ、言外に――総理のひどい傲慢さが現れています――非難の色を滲ませた。

 後を受けて、政治評論家やコメンテーターが引き取って、あれこれ総理と与党の非難を繰り返した。

 

 ここだけを見れば、だれでも、そう思う。

 

 だが、これには編集されてカットされた部分がある。

「え、どこが編集されてるんですか?」

 その子は、画面をリピートにして二度繰り返したが、納得がいかない様子だ。しかし、それだけで投げ出してしまわないところは、それなりに物事を調べてみようという姿勢がある証拠だと思う。

 俺は、採点ミスで中町高校の入試を落とされた女の子とスタバで話し合っている最中なのだ。

 こんなところで会ったら、マスコミが放っておくわけがないのだが、それは織り込み済みである。

 通路に面したガラス張りのカウンターにいるので、写真も動画も撮り放題だ。ついさっき入って来た両脇の客が毎朝テレビと週刊文潮の記者であることも合点承知の上だ。

「う~ん、やっぱ、分かんない。カメラの切り替えもないワンカットだし、編集の痕跡なんて見えませんけど」

 タブレットから目を上げるが、諦めてはいない。その証拠に半分残ったカフェオレには手を出さないし、上げた目で俺の顔をしっかり睨んでいる。きちんと応えないと、次の瞬間には敵に回る顔つきだ。

「編集されたのは、これの前だよ……」

 画面にタッチして、その前の映像を見せてやる。

 

 総理!

 はい、なんですか?

 

 記者の呼びかけに応えて、総理はきちんと体ごと振り返っている。

 

 あの、呼びかけたのはどなたですか?

 

 並み居る記者たちは無言で互いの顔を見合わせている。

 総理は、苦笑いすると、振り返って歩き出す。

 

 総理! 総理!

 

 二度目の呼びかけ。再び総理は振り返るが、今度も記者たちは――え?――という顔になる。

「そして、園田さんが見た映像に繋がる……」

「……ほんとだ」

 総理は三度目の呼びかけだけを無視して行ってしまったのである。

「だから『記者の呼びかけを完全に無視し、総理は足早に官邸を出て行きました』というコメントに嘘はない。ただ、その前に呼びかけておきながら無視するというイジメ同然の事をやっていたことには触れない」

「それって、ひどくないですか!?」

 その子は真っ当な返答をした。

 俺は、タブレットを横にやって、その子を正面にとらえる。

「キミを取材しているのは、こういうマスメディアなんだ。そこを承知して俺の話を聞いてくれるかな」

「はい、ちょっとショックですけど。きちんと理解したいですから」

「よし、じゃ、コーヒーのお代わりだ。オーレ?」

「あ、今度はブラックでいきます!」

「よし、ちょっと待っててね」

 トレーを持ってカウンターを離れる。

 

 真正面から話して正解だと思った。その子は園田その子という。ちょっと冗談みたいな名前だが、真っ直ぐな子だ。

 コーヒーのお代わりを取りに行く俺を視野に入れているので、客に化けた記者が、タブレットに繋いだUSBを抜き取っていることにも気が付かないでいる。

 俺は、列車事故の時と同じくらいの本気になってきている。

 

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真凡プレジデント・38《琢磨の本気の本気》

2021-03-31 06:33:18 | 小説3

レジデント・38

《琢磨の本気の本気》      

 

 

 ここだけの話だが、俺はハッカーだった。

 

 小六の時にアメリカの国防総省や中国国務院や日本の防衛省のCPに侵入した。

 侵入するだけで、特段の悪さはしない。

 ただ一度だけ、主民党政府の震災や原発への対応のまずさ、一ドル八十円の円高、この円高で親父の仕事はかなりきつかった。その他いろいろ子ども心にも許せなくて霞が関一体のPCを混乱させたことがある。

 詳しくは言えないが、俺の介入が無ければ、主民党の政権は、もう半年は続いていたと思う。

 しかし、他にいろんなことに興味のあった俺は、子どもらしいミスを犯してしまった。

 霞が関の公的機関すべてをマヒに追い込んだんだけど、うっかり霞ケ浦管理事務所のPCをダウンさせてしまって、霞ケ浦の水利・水質管理に多大な支障をきたしてしまった。

 以来、ハッカー活動は止めていたんだけど、今度の件では、いささか頭に来てやってしまった。

 

 取材中の記者とディレクターの過去を洗い出すのは簡単だった。

 

 人の不正行為にはトコトン厳しいが、自分には甘いのがマスメディアだ。

 記者は酒を飲ませたあげくに女性に乱暴を働いていたこと、ディレクターはタレントの薬物使用をスクープするために、血のにじむ思いで薬物から遠のいていたタレントに大麻を吸引させた。その二件を調べ上げて事に及んだ。

 中継の現場で逮捕されてしまったので、テレビ局としても庇いようがなく、二人は即刻クビになった。

 しかし、学校への取材そのものは止まなかった。

 入試の採点ミスで不合格になった女子が訴えてきたことが発端であるが、マスメディアは、この子を焚きつけた。

――法的には、原状回復を訴えるのがスジだよ――

――え、原状回復って?――

――キミの合格と入学を認めさせることだよ――

――そんなことできるの?――

――できるよ、というか、そうしないと『遺憾の意』を表されておしまいになるよ――

――イカンノイ?――

――『ごめんなさい』と発表して、あとは何も変わらない。世間は三日で忘れるよ――

――それはヤダ――

――だからね、合格と入学を認めさせることだよ。そうしないと学校も教育委員会も懲りない――

――う、うん、分かった――

 そう誘導したのだが、調子に乗る奴は、いつでもどこにでもいるもので、こういう奴が出てきた。

――だったら、間違って合格したやつを辞めさせるべきだ――

――そいつの合格を取り消せ!――

 

 先日までは、それは可哀そうだというのが多数だったが、テレビ局の巻き返しの中で息を吹き返してきた。

 真凡たちの努力で、間違って入学したそいつ……橘なつきへの風当たりは再び強くなってきた。

 なつきが、もうちょっと勉強できたらなあ……。

 偶然を装ってコンビニで出会ったなつきに、そう思ったが、なつきには、それを補って余りある善良さがある。

 この梅雨時にフードをスッポリかぶってスナック菓子を買いに来たなつきに声をかけるのもはばかられ、俺は次のステップを踏むことを決意したのだった。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡(生徒会長)  ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  福島 みずき(副会長)  真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
  •  橘 なつき(会計)     入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き 
  •  北白川 綾乃(書記)   モテカワ美少女の同級生 
  •  田中 美樹         真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨         対立候補だった ちょっとサイコパス 
  •  橘 健二           なつきの弟
  •  藤田先生          定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生          若い生徒会顧問

 

 

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真凡プレジデント・37《琢磨の本気》

2021-03-30 06:42:53 | 小説3

レジデント・37

《琢磨の本気》      

 

 

 

 こんな取材は止めてください。

 

 静かに三回繰り返した。

 相手は各社との取材合戦に、いささか興奮気味だ。俺が先日の列車停止事件の張本人だという興奮もあるんだろう。

 こういう場合は、相手よりも冷めたトーンで静かに繰り返す方がいい。相手がいっそう薄っぺらに見えるからだ。

 三回繰り返したところで、スタジオから――話を聞いてやれ――の指示があった。一点リードだ。

 

「ありがとうスタジオの青木プロディユーサーと報道局の佐藤さん」

 あらかじめ調べておいたスタジオの責任者の名前を上げて置く。

 スタジオに軽いどよめきが起こったのが、取材チームの表情からでも分かる。

「本件の決定は教育委員会です。学校は、その指導に従っているだけです。入試当時の学校長・教務主任・入試委員長は、すでに退職・転勤されています。取材するなら、当事者にあたるべきでしょ。単に絵面がいいからというだけで学校に押しかけられるのは迷惑な話です。そんな基本的なウラも取らないで取材に来たとしたら、取材のリテラシーやマスメディアの常識をわきまえない行為だと言っていいでしょう、どうなんですか?」

「いや、でも、世間の注目は……」

「数字さえ取れればいいというゲスな狙いからだけじゃないですよね」

「それは、もちろん」

「じゃあ、お引き取りください。こんなことをされては授業も部活も満足にできない」

「だから、学校の裏通りからやってるし……」

「そこの立て看板や住居表示を映しといて、それはないでしょ。ネットの時代、これで学校名は秘匿したということにはならないでしょう、それに上空のヘリコプターはオタクのでしょ」

「でも、我々を追い返したら、ますます学校は疑われるわけで……」

「威力業務妨害です、通報しますよ」

「だから、そうはならないように……」

「見えるでしょグラウンド、みんな部活どころじゃないんです。あの三階では補習をやっていますが、みんな落ち着きがない、カーテンの隙間から、こっちを伺ってるんですよ」

「それは、ぼくらの……」

「責任ではないと? らちがあきません……」

「なに、いまスマホ触ったのは?」

「あらかじめ用意していたものを添えて通報しました、通報先は……」

 スマホを掲げて見せてやった。地元警察始め、当該放送局以下主要メディア、文科省、CNNテレビまで135か所余りに流れた。

「それに、あなた方の対応には幻滅しました。この二十四時間以内に、この行き過ぎた取材と放送に局として陳謝し回復措置をとらない限り、僕は市民として許される範囲で報復に出ます」

 そこまで畳みかけた時にパトカーがやってきた。

「な、なんですか! 正当な取材ですよ! 横暴なことは止めて……」

 警察は、その場で記者と現場ディレクターに任意同行を求めた。

 取材の苦情対応にしては大げさなのだが、警察は譲らない。

「潔白なら行った方がいいですよ、もし無事に出てこられたら、その時は取材してもらえるように協力しますから」

「ほんと?」

「僕が、今まで嘘を言ったことが無いのは御承知でしょ。そうだ、こうしましょう。僕も警察に同行しますよ(^▽^)」

 そう言うと、警官もありがたがり、記者もディレクターも大人しく俺と一緒にパトカーに乗った。

 二人は一晩警察に泊まることになって、俺も自分の意思で泊ってやった。

 あくる日、いったん保釈されて俺と一緒に警察署を出たところで逮捕されてしまう。

 それぞれ婦女暴行と薬物使用教唆の容疑だ。

 俺は、警察で二人に関するあれこれを写真や映像付きで開示してやったからね。

 その後の取材には協力してやった。駆けつけてきた他局や新聞の取材にね。

 ね、ちゃんと約束通りだろ。

 俺は戦うとなったら、あいつらの吐く息の成分まで調べ上げてかかるんだ。ニュースソースは勘弁してほしいけどね。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡(生徒会長)  ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  福島 みずき(副会長)  真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
  •  橘 なつき(会計)     入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き 
  •  北白川 綾乃(書記)   モテカワ美少女の同級生 
  •  田中 美樹         真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨         対立候補だった ちょっとサイコパス 
  •  橘 健二           なつきの弟
  •  藤田先生          定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生          若い生徒会顧問
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