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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・21『ダブルブッキング』

2022-09-28 15:59:18 | 小説3

くノ一その一今のうち

21『ダブルブッキング』 

 

 

 声さえ出さなければソックリ!

 

 まあやの代役とスタントの仕事は増えてきた。

 それまでは、アップでまあやの演技を撮っていて、そこで倒れるとか落ちるとかの危ない演技になる時は、カメラが切り替わる。

 切り替わって、カメラがロングになったり、後姿になるとかして、倒れるとか落ちるとかする、つまり代役の仕事。

 ところが、ソックリになってきたので、台詞が終わった時に入れ替わって、そのままアップで倒れたり落ちたり。

 昨日なんか、暴漢に火を点けられ、苦しみながら川に飛び込むなんて、忍者でなければ不可能な吹替までやった。

 

「いやあ、あはは、まあやの人気は天井突き破ってしまったわ!」

 マネージャーさんは手放しの喜びよう。

 金持ちさんに聞いたら「マネージャーのギャラ倍になったそうよ」だった。

 マネージャーのギャラが上がるんなら、むろんまあや本人のギャラも上がってるわけで、当然わたしのギャラも上がるはずで、わたしのギャラが上がれば事務所の収入も増える……ことにはならなかった。

「いやあ、今のところ、そのちゃんのことは秘密だからね。いきなりギャラあげられないのよ、表向きはまあやが自分でやってることになってるから、そのちゃんの立場は付き人兼代役でしかないのよ。へたにギャラに反映させたらさ、ネットの時代でしょ? すぐに足が付いて、そのちゃんの存在に気付かれてしまうからね。いや、ネット民恐るべしなのよ! いずれは、身の立つように考えるって社長も言ってるし、ごめん、もう少し辛抱してね!」

 弱小事務所の駆け出しアルバイトでは、それ以上言うことはできない。

 自分のことはいい。生活費と、お祖母ちゃんに渡すだけのギャラがもらえるんだったらね。

 でも、社長と金持ちさんの期待を裏切ることになるのは辛い。徳川物産に入って、会社の支出は減ったけど収入が増えるわけじゃないからね。

 まあやが気を遣って手を合わせる。

「ごめんねぇ、後でそのちゃんの口座教えて」

「え?」

「わたしのギャラから、いくらかは回せるようにしとくから」

 まあやの嬉しい気遣い。

「それはダメだよ。まあやの口座なんて、全部事務所が把握してる。変なお金の流れとかあったら、すぐに分かってしまう」

 こういうことも金持ちさんから教わっている。お金の流れはクリアーにしておかないと政務署がうるさい。

 今は、ただただ辛抱の時なんだ。仕事自身は十分楽しいしね。

 

「ごめん、助けると思って『うん!』て言って!」

 

 会うなりマネージャーさん。

「え、どうしたんですか?」

「じつは、ダブルブッキングしてしまって(^皿^;)!」

「ダブルブッキング?」

「うん、吠えよ剣のリハーサルと、一日警察署長の仕事が重なってしまって……」

「え、そんなことってあるんですか?」

「コンピューター管理してるから起きるはずないんだけどね、入力ミスとシステムエラーが重なったとかでね……リハの方を代わってもらうわけにはいかないでしょ?」

 そりゃそうだろ、わたしがリハに行って、まあやが本番だけってやれるわけないし、だいいち声出したらバレバレだし。

「だから、一日署長の方をね……にこやかに手を振ってりゃ済む話だからさ……」

「ウウ……事務所の方には話しといてくださいね」

「もちろん! 任しといて!」

 いっしゅんでマネージャーさんは元気になって、スマホを持って廊下に出て行った。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三
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くノ一その一今のうち・20『ホッソリまあやとフックラそのちゃん』

2022-09-20 17:14:12 | 小説3

くノ一その一今のうち

20『ホッソリまあやとフックラそのちゃん』 

 

 

 おはようございます!

 

 むこうから挨拶されてびっくり!

 専用スタントになったとは言え、泡沫芸能プロのアルバイト、挨拶するのはこちらの方だ。

「今日からね、楽屋はソノちゃんといっしょにしなさいって、事務所の指示なの!」

 子犬みたいにピョンピョン近づいて来て手を取るまあや。

「ま、そういうことだから、よろしくお願いしますね。風間そのさん」

 ほとんど口もきいたことのないマネージャーが、まあやに対するのと同じくらいの笑顔で頭を下げて行ってしまった。

 その変わりように、ちょっと呆然としていると、チャランと目の前でカギが振られる。

「さ、行くわよ。これで、いままでの十倍はお喋りできるわ!」

「あ、待ってくださーい!」

 

 和室の楽屋に入ると、座布団に座ってニコニコ笑顔のまあや。

 

「引っ越したんだって?」

 その一言で分かる。まやは、徳川物産にいったことを言ってるんだ。

「はい、徳川物産の総務二課ってところに出向で……」

「それ、事務所ぐるみの引っ越しだったんでしょ?」

「あ、もう知ってるんですね(^_^;)」

 そうなんだ、出向二日目、会社のビルに百地芸能のトラックが停まってるので不思議に思ったら、なんと百地芸能ぐるみ総務二課に引っ越してきた。

 経営の詳しいところまでは分からないけど、百地芸能は、会社ぐるみ徳川物産の傘下に入ってしまったらしい。

 資材やなんやかやは、まだしばらくは神田にオキッパで、社長は、とうぶん神田の方にいるらしい。

『しばらくはお金の心配しなくていいんだよ!』

 経理担当の金持ちさんは手放しで喜んでいる。

『さすがに一流企業は美人が多いねえ』

 日に三度は社員食堂に通う嫁もちさんは目尻を下げている。

『肩が凝る!』

 力持ちさんは、Tシャツに雪駄履きを禁止されて、ちょっと窮屈そう。

 

「アハハ、そうなんだ。百地事務所の人たちって、みんな愉快な人ばかりだもんね」

 まあやは、面白そうに聞いてくれるので、こっちまで嬉しくなってくる。

「まあやさんが、笑ってると、こっちまで幸せな気になってきます」

「嬉しいこと言ってくれる。ねえ、二人きりの時は友だち言葉でやっていこうよ」

「え、いいんですか?」

「うん、プライベートな時間までアイドル扱いは、ね……そのちゃんとは、もう他人じゃないような気がしてるし」

「はい! あ、うん!」

「じゃあ、これからは、ただのまあやね」

「え、でも、わたしのことは『そのちゃん』だし」

「まあやちゃん……微妙に長いでしょ。それに、身内の中じゃまあやだし」

 じゃあ、わたしのことは『そのっち』……と思ったけど、まあやなりの親しみの表現だと、言葉を呑み込む。

「ねえ、まあや」

「なに?」

「その……ちょっと、ほっそりしてきた?」

「え?」

 あ、女優さんに容貌上の変化を指摘してはいけなかったかな?

「あ、やっぱ、わかっちゃうんだ」

「あ、いや、その……」

「うん、このごろ間食減ってきて。これまでは、本番の日は緊張して、お八つとか食べつくしてたんだけど、ちょっと減ってきて」

 あ、そう言えば、テーブルの上のお菓子箱、今日は手つかずだ。

「うん、緊張すると食べちゃうほうだったから、たぶん、いいことだと思う」

「そうなんだ、よかった!」

「あ、そうだ、会社から言われてるんだけど……代役やる時は、これ付けてもらえないかなって……」

「なに……コンタクト?」

「あ、うん……そのちゃんは、体格的にはわたしによく似てるから、このコンタクト付けたら、ロングでなら顔出しもできるんじゃないかって(^_^;)」

 コンタクトとは言え、身体的なものを強制するのは、ちょっと落ち着かないんだ。まやはいい子だ。

「やってもらえるかなあ?」

「うん、さっそくやってみるね……」

 

 おおお!

 

「そのちゃん、いけるかもよ!」

「う、うん……」

 ほっそりしたのはまあやの方だけど、わたしの方はふっくらして、頬の厚みも遜色がない。

 わたしのは、バイトも順調で、生活が安定してきたからだ。

 そして、鏡に中のわたしは、瞳の大きさも一緒になって、姉妹ぐらいの近さになってきた。

「うん、よし! 眉を書き足そう!」

 まあやの心に火が付いた。

 ペンシルを取り出して、少し書き足すと……

 おおおおおお!

 そっくりになってきた!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三

 

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くノ一その一今のうち・19『服部課長代理』

2022-09-12 09:05:44 | 小説3

くノ一その一今のうち

19『服部課長代理』 

 

 

 東京駅中央口で地上に上がって二回角を曲がると徳川物産の本社ビル。わたしのバイト先。

 地上に出ると、信号が赤になったところで、変わったばかりの赤信号が服部課長代理のネクタイピンの飾りに見える。

 見えたから、思い出してしまう。

 

「豊臣家の係累は二つある。一つは、君も知っている鈴木まあやだ」

「え、まあやが?」

「そうだ。秀頼から数えて五代目で別れた家柄でな、代々江戸の薩摩藩邸で饗応を受け持っていた」

「キョウオウ?」

「ああ、接待係だな。大名の付き合いというのは格式に縛られている。たとえば、徳川と云っても、宗家以外に御三家、御三卿、分家があってな。三つ葉葵の紋所だけで28種類もある。都の貴族や寺社とのつきあいもあるしな。相手に寄って、対応を変えなければならない。豊臣家は秀吉の代から朝廷との関りも深くて、そういう格式に明るい。そこをかわれて、いわば接待指南係という扱いだった」

 まあやが指南役……ちょっとイメージが違う。

「話は途中だ」

 み、見透かされてる(;'∀')

「江戸も元禄を迎えるころになると、付き合いの半分は江戸や大坂の大商人たちだ。こういう道にも豊臣家は長けていた。曾呂利新左衛門や道頓、堺の会合衆との絆があったし、商人たちの中には、鈴木家が豊臣の末であることに薄々気が付いていた節がある」

「そ、そうなんですか」

 まあやの人懐っこさと、可愛らしさが、とんでもないものに思えてきた。

「もう一つの豊臣家は、秀吉の旧姓の木下を名乗って幕末を迎え、現在に至っている」

「そうか、それで、鈴木の豊臣家を援助してるんですね」

「先走るな」

「はい」

「徳川物産は、鈴木、木下、両方に関りを持っている」

「両方?」

「今は、鈴木まあやにだけ関わっていればいい。ただ、そういう背景があるということを理解していればいい」

「はい」

「何度も言っているが、お前は、早とちりの傾向がある。さっき、警官姿で近づいた時のリアクションは、完全に失敗だ」

「あ、はい……」

「いきなり信号機の上になんかジャンプしおって、三人写真を撮っていたぞ」

「え、三秒も無かったと思うんですけど!」

「三秒あれば、十分に撮影できる。ブロガーやユーチューバを甘く見るな」

「すみませんでした」

「分かればいい、写真はスマホごとクラッシュさせてある」

 ああ……自己嫌悪で天井を仰いで、視線を戻した時には、もう課長代理の姿は無くって、例のロボットが、いろいろ説明してくれた。

 で、ロボットの説明によると、今日は総務二課の模様替えをやるらしい。

 作業着も新品を支給してくれるらしい。百地芸能に不満は無いんだけど、あのヨレヨレの石鹸臭いジャージはごめんだからありがたい。

 

 昨日のあれこれを思い浮かべて、二つ目の角を曲がる。

 

 え!?

 

 本社ビルの前には、百地芸能のトラックが大荷物を積んで停車していた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔

 

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くノ一その一今のうち・18『総務二課の秘密・2』

2022-09-05 11:05:07 | 小説3

くノ一その一今のうち

18『総務二課の秘密・2』 

 

 

 ソファーに座っていてさえ分かるくらいに短足。

 お腹はデップリ、顎は二重だし、顔は脂ぎってるし、頭はバーコードだし、耳に毛が生えてるし。

 街の中で会ったら、ぜったい視界の外に外すタイプ。

 だけど、面接だから正面から見ざるを得ないし。

 正面から見ていてもね、注目しないやり方もある。視野の端でものを見るのは忍者のイロハで、それとは知らずにお祖母ちゃんに教えてもらった。やろうと思ったら、この瞬間だってできるんだけど、さすがに面接だし、ちょっと油断のならない感じもするし。ここはガマン。

「……生まれた子はお庭番の女が引き取ってね、自分の子として育てたんだ。秀忠さんは『すまぬ、いずれ、世の中が許すようになった暁には身の立つようにしよう』とおっしゃってね、お墨付きを認められて日光東照宮にお納めになった。それが、八代吉宗公の時の日光改修で見つかったんだが、その内容を読んだ吉宗公は大岡越前……知っているかなあ?」

「はい、遠山の金さんと並ぶ名町奉行ですね」

「うん、その大岡越前を遣わして、その末の者たちがお墨付き通りであることを確認すると、添え状を書いて再び日光に封印された」

「はい」

「千人同心というのを知っているかい?」

「八王子の……」

「うん、武田家の旧臣たちを同心の身分で八王子に住まわせ、あたりの開拓や日光街道の警備なんかをやらせていた。万一江戸が攻撃を受けて将軍を逃がさなければならない時は、この千人同心たちが守護することになっていた。万一のためのSPということだね」

「はい」

「これに似たものに等々力百人同心というものがあるんだ」

「とどろき?」

「等々力と書いてとどろきと読む。世田谷だね、二子玉川と自由が丘の間当たり、等々力渓谷って景色のいいところがあるんだ」

「はい……」

 返事はしてるけど、話が飛んでしまって生返事になりかける。

「そこに居たのが百人同心。八王子同様で北条氏の旧臣たちで構成されていてね、役目は似たり寄ったりなんだけど、一つ別の大きな役割があった」

「別の役割ですか?」

「うん……豊臣秀頼の子孫を保護する役目なんだ」

「と、豊臣秀頼の子孫?」

「うん、秀頼は大坂夏の陣で淀君とともに亡くなったけど、子孫は残った。家康も、そこまで鬼にはなれなかったんだね。島津家に身を寄せさせた後、秀忠さんの代に呼び寄せてね、豊臣とは名乗らせなかったけれど面倒をみたんだ」

「はい」

 これが、どうわたしのバイトと関係してくるんだ?

「幕末、幕府が瓦解した時に、慶喜さんが大政奉還して、江戸城明け渡しになって静岡に移る時にね、その子の子孫に『徳川』を名乗ることを許したんだよ」

「あ……」

 これが、この徳川社長の事情か……

「そう、それが、わたしの五代前。それからは、いや、それからも等々力徳川は、その恩に報いるために貿易で力を付けながら豊臣家の血脈を守っているわけさ」

「は、はい……」

 スジは分かったけど、なんかピンとこない。

 

「説明は、そのくらいでいいんじゃないかなあ」

 

 いきなり声がした!?

 音源のハッキリしない声、部屋の四方にスピーカーが仕込まれていて、それが一斉に鳴ってるみたいに、自分の頭の中から声がでているみたいで、気持ちが悪い。

 キシ

 微かに音がしたかと思うと、ドアに近いソファーの座面が凹んで、次の瞬間スーツ姿が現れた。

「まだ呼んどらんぞ」

「社長の話は長いんですよ」

「やれやれ、課長代理の服部君だ。この部屋での君の上司になる。まあ、憶えてやってくれ」

「あ、どうも、風間そのです」

「君は、どこの高校なのかなあ……」

「はい、えと………………え? あ、ああ!?」

 

 そいつは、丸の内に着いた時、あたしに絡んできた並ではない警察官だった!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
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くノ一その一今のうち・17『総務二課の秘密・1』

2022-08-28 13:30:30 | 小説3

くノ一その一今のうち

17『総務二課の秘密・1』 

 

 

 銀行とかスマホの店に行ったらいるじゃない、コケシに手だけ付けたようななまっちろいロボット。

 胸のとこにモニターが付いていて、お客用のインタフェイスも兼ねてるやつ。

 そういうロボットが侍言葉で迫ってきた。

「どうぞ、お掛けになって、暫時お待ち下され」

「はい、ありがとうございます」

 ロボット相手だけど、きちんと受け答えしておく。ロボットはもちろん、部屋のあちこちにカメラやセンサーとかがあって、油断がならない。

 下げた頭の下にロボットの一本足、そのつま先にカメラ。スカートを押える手に力が入る。

 

 ロボットが引っ込んで、目だけで観察。

 

 観察と言っても、キョロキョロはしない。

 ソファーの背後は座る前に確認済み、ドアの周囲はソファーに腰を下ろす瞬間に、パーテーションの向こうは六人分の事務机とロッカー、窓に背を向けて管理職(たぶん部長)のデスク。壁の半分はロッカーやキャビネット。天井には冷暖房用のダクトの吹き出し口。観葉植物が二鉢。

 はっきりそれと分かるカメラは、おそらくダミー、実用はデスクライトのフレキシブルパイプやダクトのスノコの中。今どきの事務所には、ややそぐわない印象派の肖像画。その少女の視線がおかしい、瞳にカメラ……ダミーだ、本物は額縁に隠してある。ロッカーの前にはパンチカーペット、おそらく感圧のセンサーが仕込んである。

 数秒の内に気が付いたんだけど、ガン見はしていない。

 視界の端に捉えただけで見当はつくんだ。

「やあ、お待たせしてしまって申し訳ない!」

 え?

 元気な声で入ってきたのは、百地の社長室に来ていた狸じじいだ。

 多少驚いたけども、気取られないように立ち上がって頭を下げる。

「百地事務所の風魔そのさんだね、徳川物産社長の徳川です」

「は、はい、よろしくお願いします」

「総務二課は社長の直属なんだ。よろしくね」

「こちらこそ……紹介状と履歴書です。御検分ください」

「はい、おおよそは百地社長から伺っているよ……ほう、両方とも手書き、それも達筆だ……預かります」

「どうぞ……」

 秘書っぽいオネエサンがお茶を置いてくれる。

「ありがとうございます」

 ん、気配が事務服のオネエサンといっしょだ。

「秘書の桔梗君です、一課の樟葉君とは姉妹なんでね」

「あ、失礼しました」

「うちは『徳川物産』なんて大層な社名なんで、ちょっと驚いたでしょ」

「いえ、お名前の通り、立派な会社だと思いました」

「戦前からある会社だからね、設立は大正三年です」

「1914年ですね」

「ほう、直ぐに西暦換算ができるんだ」

「たまたまです、第一次大戦が始まった年ですから」

 英数は苦手だけど、社会は、ちょっとだけ得意。

「そうだね、うちも大戦景気をあてこんで設立した貿易会社です。本業を支えるためにね」

 本業?

 ちょっと意外。丸の内にビルを構えて物産会社を名乗っているんだから、堂々の貿易会社だよ。貿易が本業でなきゃ何が本業?

「徳川の二代将軍を知っているかなあ?」

「えと……徳川秀忠だと思います」

「そう、実直な人でね、側室を持たなかった」

「聞いたことあります、奥さんが側室を持つことを許さなかったんですね」

「うん、でも一回だけ浮気したことがあってね、それも男の子が生まれたんで、保科(ほしな)という大名の養子にしてしまうんだ」

「それは知ってます、保科正之ですよね、会津藩の殿さまになるんですよね」

「よく知ってるね、その通りでね、秀忠はお江が死んだあと、やっとお目通りを許して松平の姓を与えてやるんだ」

「…………」

「その子孫の殿様が、幕末に成り手の無かった京都守護職を引き受けて、新選組のスポンサーになって、そのために幕府が瓦解した後は薩長にいじめられちまった」

「白虎隊の悲劇とか……」

「そう、お取りつぶしは免れたけど、米の取れない下北半島に転封されて、ずいぶん苦労したんだ」

「下北半島って、恐山のあるところですよね?」

「そうだよ。でも、それが本題じゃないんだ」

「?」

「実はね、秀忠には、もう一人隠し子がいたんだ」

「え?」

「御庭番の娘とできてしまってね」

「おにわばん……御庭番……ああ、将軍直属の忍者ですね」

「この娘との間にも男の子が生まれてね。これは、さすがに言い出しかねて、歴史には残っていない」

 そこまで言うと、社長は、じっとわたしの顔を見る。

「見目麗しい……とは、女性を褒める言葉だけどね、まさに眉目秀麗な男子で、頭も良くて学問にも秀でていた。母親からは優れた身体能力を受け継ぎ、恐らくは、徳川三百年の歴史で随一であったであろうと言われている……」

 じっと目を見つめられて、次の言葉が出てこない。

「え、えと……」

「ここから先を聞いてしまったら後戻りはできなくなる」

「は、はい」

「実はね、その隠し子の子孫が……この、わたしなんだよ」

「え、え……はい……」

 

 いろんな意味で反応に困ってしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん

 

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くノ一その一今のうち・16『丸の内 徳川物産』

2022-08-21 10:38:18 | 小説3

くノ一その一今のうち

16『丸の内 徳川物産』 

 

 

 けっきょく学校の制服にした。

 

 丸の内の狸オヤジの会社に行くのに、困った。何を着て行けばいいのかなって。

 アルバイトとは云え、百地事務所を代表……なんかしてないんだけど、一員として行くわけだから、それなりのナリでなくっちゃと考えた。

 だけど、百地の制服めいたものは、あのヨレヨレで石鹸くさいジャージしかない(;'∀')

 だから、学校の制服。

 女子高生の制服って、一種の迷彩服……て云うのは『リコリスリコイル』の中の台詞だけど、ほんとにそうだよね。

 髪は自然なブラックで、スカートの丈が五センチくらい膝上で、それ以外はちゃんとしていたら、人畜無害の女子高生で、それだけで風景に溶け込める。

 

 ところが、丸の内っていうのは、この女子高生迷彩がかえって目立っているような気がしないでもない。

 今は、四時過ぎなんだけど、この時間て、日本中どこでも下校時間のピーク。

 たいていの日本の街で高校生が歩いてる。帰宅組だったりバイトに向かうのだったり、仲間同士でブラブラだったり。

 それが、この丸の内では見かけない。

 

 ひょっとして、丸の内辺に高校って無いのか?

 スマホを出してググってみる。

 あ…………無いよ。

 丸の内が頭に付く学校は、一つあるけど高知県。東京には一つもない。

 千代田区には六つほど高校があるんだけども、丸の内には一つもない。

 チ

 思わず舌打ちしてしまう。

 !!?

 とたんに真後ろで人の気配がして、跳躍しながら振り返って、五メートルほども飛んでしまう。

「君は、どこの高校なのかなあ」

 目だけ笑わない笑顔で警察官が、わたしを見てる。

「あ、え、バイトの面接に行くところ……です」

「そうか、お巡りさんは『どこの学校』かって聞いたんだけどね」

 こいつ、あたりは柔らかいけど、疑りの眼差しだ。

 それに……こいつ、すごくデキる。

 わたしに気取られないで真後ろに立つなんて、並みの警察官にできる技じゃない。

「アハハ、ビビらせたのなら、ごめんなさいね。ここ、丸の内でしょ、皇居と東京駅の間だし、国会議事堂とかお役所も多いしね。ついね。警視庁は奈良県警みたいな失敗はできないしね」

「そ、そうですよね(^_^;)、いきなり声かけられちゃって、ビックリしちゃって。あ、生徒手帳見せますね」

 背中のカバンを下ろして、胸元で開けようとしたら、すごい殺気!!

 セイ!

 今度は10メートルもジャンプ!

 ニャンパラリンをきめて、着地すると、もう殺気はおろか、警察官の姿も無い。

 チ…………なんなんだ、あいつは?

 すると、幾人もの視線が足もとから突き刺さって来る。

 しまった、わたしってば、信号機のポールの上までジャンプしてしまっていたんだ(;'∀')。

 

 徳川物産

 

 八階建て……そんなには高くないんだけど、戦前からあったんじゃないかと思われるビルは、ちょっとした神殿みたい。

 で、まさか、その八階建てがまるまる徳川物産だとは思わなかった。

 だって、わたしの生活圏にあるビルって、みんな雑居ビル。

 区役所や図書館とか郵便局とかも合同ビルで、ビル一個まるまるっていうのは警察と消防署ぐらいのものだから、会社一個で一つのビルっていうのは見たことない。

 それに『徳川物産』って看板が、真鍮製とはいえ、学校の看板よりも小さい。

 普通は、入ったとこにテナントの看板が並んでて、共同の郵便受けとかがズラッと設置されてるって感じでしょ。

 受付で挨拶すると、IDをくれて、四階の総務部に言ってくれと言われる。

 たかがバイトだから、受付のうしろの1~5まである出入り業者用の、あるいは玄関払い用の応接の一つだと思ったから、なんというか、お城で云ったら本丸って感じ?

 恐るおそる総務部のドアをノックして来意を伝えると、「あ、これは総務二課ですので、八階の総務二課の部屋になります。ご案内しますので、こちらにどうぞ」

 ちょっとレトロな事務服のおねえさんが案内してくれる。

 終始穏やかに微笑んでるんだけど、余計な話はしませんというオーラ出まくりで、八階の総務二課へ。

 チーン

 事務服オネエサンとエレベーター。

 コーン コーン コーン

 天井の高い廊下に事務服おねえさんのパンプスが響く。

 仰いだ部屋の表示は……社長室!?

 

 なんと、総務二課は社長室の隣だ。

 

「はい、総務二課は社長室直属の配置になっています。少々お待ちください」

 そう言って、総務二課に入って行って二十秒ほどだれかと話して出てきた。

「どうぞ、ここからは総務二課の者がお相手いたします」

「は、はひ」

 なんか緊張して間抜けた応えをしてしまう。

「失礼します、百地芸能事務所から参りました、風魔そのと申します」

「ご苦労で御座った、暫時、それにてお待ちくだされ」

 まるで『吠えよ剣!』の台詞みたいな返事。

 

 顔を上げると……そいつはロボットだった!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
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くノ一その一今のうち・15『社長室を盗み聞き』

2022-07-28 12:24:08 | 小説3

くノ一その一今のうち

15『社長室を盗み聞き』 

 

 

『吠えよ剣!』の仕事から帰って来ると、金持ちさんがオイデオイデをしている。

 

「なんですか?」

 開き直ってツアー旅行の色々をググっているのかと思った。モニターの画面にはそういうのが並んでいたからね。

「あ、もう一個次だった」

 Escをクリックすると、社長室が映し出される。

 社長室には、百地社長と、テーブルを挟んで割腹のいいタヌキじじい。こっちに後頭部を向けているけど、忍冬堂のおばちゃん。

「これ付けて」

 渡されたイヤホンを付けると、オッサン二人の話声。おばちゃんは秘書みたいに静かに聞いている感じ。

 

社長:「もう少し、うちで鍛えてからと思ったんですが」

タヌキじじい:「あの方ご自身が気に入っておられる、専属にして問題はないと思うんだが」

社長:「代役や身辺警護なら、今のままでも十分だとは思うんですが。社長は、その先のこともお考えなんではありませんか?」

タヌキじじい:「それは、まだまだ先のこと。とりあえずは、今の手当てが大事だと思っている。五年十年の先を考えて、今を台無しにしては意味がないからね」

社長:「しかし、あのお方は健やかにお育ちです。他の者でもお役に立つのでは?」

タヌキじじい:「いや、僕はこう思うんだよ。単に代役をやったり身辺警護の役に立つだけではなくて、いっしょに感じたり悩んだり、時には言い争うことがあった方が、将来的には実りが大きいような気がする」

社長:「しかし……」

タヌキじじい:「あの家の開祖は、そうやって偉大な人物になられた。あのお方にも、その血が流れている。僕の目に間違いは無いと思うんだが。どうだろう忍冬堂のおかみさん?」

忍冬堂のおばちゃん:「社長のご先祖も、そうでしたね」

二人:「「どっちの社長?」」

忍冬堂のおばちゃん:「お二人共ですよ」

二人:「「ワハハハハ」」

忍冬堂のおばちゃん:「いかがです、あの子の移籍だけを考えるから、お二人とも慎重になるんです。いっそ、この事務所ごと系列になさったら。赤信号みんなで渡れば……って言いますでしょう?」

二人:「「なるほど!」」

三人:ワハハハハ(^▽^)

 

「おばちゃん、グッジョブ!」

「金持ちさん、今の話って?」

「うちの事務所がね、でっかい会社の系列に入れて、経理とか赤字とか仕事とかの心配しなくてよくなったってことよ!」

「そ、そうなんですか? でも、あのお方とか、あの家とか、それに、移籍とかの……」

「んなことはどうでもいいのよ! よし、家持ち嫁持ちにも連絡して、今夜は宴会だ!」

 いそいそとスマホを出す金持ちさん。

 

 まだ社長からの話はないんだけど、社員とバイトのわたしで、その晩は宴会になった。

 そして、あくる日、わたしは丸の内にある大きな会社に行くように社長から指示された。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん

 

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くノ一その一今のうち・14『忍冬十五代目』

2022-07-22 09:34:53 | 小説3

くノ一その一今のうち

14『忍冬十五代目』 

 

 

 う~~~~ん

 

『吠えよ剣!』の仕事から帰って来ると、金持ちさんが唸っている。

 チラ見すると、パソコンの画面がチラついたかと思うとツアー旅行のあれこれが出ている。

「あ、見られちゃった(^_^;)?」

「旅行でもいくんですか?」

「あ、まあね、三十路の独身女、たまの旅行くらいしか楽しみないからね」

「わたしも、はやく就職して、そういうの悩んでみたいです」

「アハハハ」

 

 それで、仕事の報告をしようと社長室にいくと、また回覧板を頼まれた。

 

「すまんな、金持ちから『仕事してくれ』って、外出禁止なんだ」

 見ると、机の上には書類や手紙がいっぱい。

 まあ、社長が忙しくって経理がツアー旅行の情報をググっているのは、会社が順調で平和な証拠。

「了解!」

 元気よく返事して忍冬堂へ。

 

「順調なもんかい……」

 回覧板に目を落としながら忍冬堂は不穏なことを言う。

「なんかあるんですか?」

「チラ見したら、パソコンの画面がチラついたんだろ?」

「はい、で、ツアー旅行のアレコレがダダ―って出ていて」

「そりゃ、瞬間で画面を切り替えたのさ。キーボードの左上はエスケープ」

「え、そうなんですか!?」

 ズズズズ

 渋茶をすすると、しみじみとした口調で忍冬堂が続ける。

「おまいさんが近づいてきたのにも気づかないくらい、金持ちは仕事に集中していたのさ」

「そうなんですか!?」

「社長は、仕事をためて外出禁止なんだろ」

「はい、だから、あたしが回覧板……」

「左前なんだろなあ……」

「左前って……経営が苦しいってことですか?」

「ちょっと前に、鈴木まあやのスタントやっただろ」

「あ、うん、はい」

 あれから、まあやの専属みたいになって、あたし的にはけっこう忙しい。

「スタントてえのは畑が違う。その後も、おまいさんが専属みたいにやってるから、他の仕事を干されてるんだ」

「え、事務所がですか!?」

「事務所のだれかが言ってなかったかい?」

「あ……」

 こういうのって、縄張りがあってね……

 そうだ、最初に話があった時、金持ちさんが言ってた。

 でも、その後も、あたし的には仕事が続いているんで気にもしていなかった。

「まあやは特別だからな、まあやが気に入ってしまった以上、おまいさんを外すわけにはいかねえ……で、おまいさん以外の仕事で意趣返しってわけさね」

「え、そんな……(;'∀')」

「おっと、おまいさんが苦に病むことじゃねえ。風魔そのは立派にやったんだからな……おーい、婆さん!」

「はい、ちょうど用意もできたとこですよ」

「あれ?」

 忍冬堂のおばちゃんは、リクルートみたいなカッチリしたスーツで現れた。

「さすがは、忍冬の嫁だ。ちーっと早いが、御大にナシをつけてきてくれ」

「承知」

 小さく応えると、おばちゃんは外に出て、ちょうどやってきたタクシーに乗って出かけて行った。

「おばちゃん、どこへ……」

 振り返ると、忍冬堂は固定電話の受話器を取って話している。

「おう、というわけだから、百地、おまいも腹くくりな。おうよ、伊達に忍冬十五代目を張っちゃいねえぜ……いつかは動かさなきゃならねえ山なんだからよ」

 え、なに?

 胸のあたりが、ポッと暖かくなる。

 なに感動してんだろう……と、思ったら、胸ポケットにいれていた風魔の魔石が熱くなっていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋
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くノ一その一今のうち・13『太閤記のスジ』

2022-07-15 14:03:29 | 小説3

くノ一その一今のうち

13『太閤記のスジ』 

 

 

 忍者にはスジってもんがあるんだ……

 

 忍冬堂の目を細めた顔が浮かんでくる。

 今日も殺陣の仕事を終えて事務所に帰る車の中。

 まあやは二度ほどで憶えてくれたんだけど、ゲストのアイドル俳優のニイチャンが腰が引けて、なかなかOKが出なかった。理由は分かってる、殺気がありすぎるんだ、わたし。

 お芝居なんだけど、ジュラルミンの刀だと分かっていても、刀を構えるとどうしてもその気になってしまう。

 だから、アイドル俳優ビビらせて、撮り直しばかりだった。

 で、気疲れから、ついウトウトして忍冬堂の問わず語りを思い出してしまう。

 

「忍者にはスジってもんがあってね、Aという大名に仕えるとしくじりばかりだが、Bに乗り換えたとたんにうまく行くことがある。忍者のしくじりは命に係わるから、まとめ役の上忍は気を配ったもんさ。映画や小説とかじゃ、忍者はバタバタ死んじゃうんだけど、じっさいは、本人も死にたくねえし、使う方も死なせたかねえ。忍者一人使えるように育てるには、べらぼうな金と時間がかかってる。だいたい忍者の里ってのは、有名な伊賀にしろ甲賀にしろ山がちで米なんか作れねえところだ。忍者の稼ぎは、まんま、里の女子供を食わせるための命綱だしな、みんな命は惜しんだもんさ。だから、どこの仕事を引き受けるかは、とっても大事なことだったのさ。それを見極めるために目利きの上忍は気を飛ばして、その適性を見るんだ……内緒なんだろうが、百地は分かってるんだろうねえ……わざわざメモを回覧板に挟んでくるんだもんなあ……こりゃ、太閤記のスジで協力してくれろってなぞなんだろうけどなあ」

「太閤記って、豊臣秀吉の一代記なんですよね?」

「そうだよ、古くは太田牛一、小瀬甫安、明治からこっちの決定版なら吉川英治に司馬遼太郎ってとこだが……おれっちみたいな昭和のテレビ世代は、古本屋が言うのもなんだけど、大河ドラマの『太閤記』だね。緒形拳の秀吉はピカイチだったけど、高橋浩二の信長も良かったねぇ。ご婦人方の人気がすごくってさ、信長の助命嘆願の手紙がNHKにいっぱい来ちまって、本能寺の変は、シリーズも半ば過ぎの六月まで放送できなかったって伝説さ。そうだ、ちょうど頂き物の太鼓焼きが……あったあった、婆さん、お茶淹れとくれ、百地の若い子と話しすんだからよ。まあ、遠慮なんかいらねえ、そうだ、今日は、もうアイドルタイムにしちまおう」

「すみません、回覧板持ってきただけなのに(^_^;)」

「いいさいいさ、百地んとこは腐っても芸能プロなんだしよ、ひょっとしたら、久々の太閤記でブレイクすんのかもな。いや、これはなかなかの辻占にちげえねえ」

「まさか、アハハハ」

 

 忍冬堂とのやりとりは、ついこないだのこと……そんな感じなんだけど、もう三月も経っていて、三年生の風間しのとしては進路を決めなくちゃならない。

 大学とか短大にいく余裕なんてうちにはないし、最近安定してきたバイトのギャラで行けるようなものでもない。

 いっそ、百地芸能に就職? いや、太閤記の話ってかけらもないし。

 まあ、あれは年寄りの夢とかゲン担ぎなんだろうね。

 最近では、鈴木まあやに気に入られて、レギュラーの時代劇だけじゃなくて、ドラマでは専属の代役をやったりしている。むろん後姿とかスタントばっかなんだけど、このギャラが、けっこういい。

 二三年も、まあやの代役やったら、短大くらいいけるお金が貯まるかもしれない。

 でも、そうすると二十歳超えてしまって……ニ十二くらいで短大卒……ありえない。

 でもでも、忍冬堂が言うように、忍者にはスジ……って言うのも頭をよぎるしねえ。

 なんなんだろうね、太閤記のスジっていうのは……

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
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くノ一その一今のうち・12『鈴木まあやと回覧板』

2022-07-10 10:08:38 | 小説3

くノ一その一今のうち

12『鈴木まあやと回覧板』 

 

 

 今日は時代劇のエキストラ。

 

『吠えよ剣』というアクション系時代劇。幕末、尊王攘夷で煮え立っていたころの若者たちの青春群像的なドラマ……というのは、嫁もちさんの話。

 歴史に疎いあたしは、説明聞いてもよく分からないんだけど、幕末ものなら、きっと切ったはったがあるはずだから、覚えたばかりの太刀廻りのスキルが活かせる……緊張しながらも、ちょっと嬉しい。

 事務所のバンで撮影所のゲートをくぐると、見覚えのあるSUVが停まっている。

 鈴木まあや……分かったけども口にはしない。通行人のバイトの子が三人乗ってるから、先達としてミーハーなことは言えない。

「え、そうなんですか!?」

 着いてビックリ玉手箱。

 主役の男優さんが腰を痛めて太刀廻りができなくなったので、それ以外のシーンだけ撮ることになった。

 

 千葉道場の娘が町を歩くシーンを二つ、道場のシーン二つを撮ることになった。

 町娘の通行人の役……と、思ったら、道場に通う若侍1というのが回ってきた。

「そのっちは、お侍の方が向いてるよ」

 力もちさんの申し入れらしい。

 たぶん、着物の歩き方とか挙措動作が身についていないから。道場通いの若侍の方が、ヤットーをやってる分サマになるんだ。

 じっさい、道場のシーンでは、娘役の鈴木まあやが千葉周作と道場で喋るシーンのバックで、剣道の稽古をしているところと坂本龍馬の入門シーンとかを撮った。

 

「こないだは、どうもありがとう」

 

 撮影が終わると、鈴木まあやが、セットの裏で休憩してるあたしのところにやってきた。

「え、あ、分かるんですか? てか、憶えていてくれたんですか?」

 鈴木まあやにしてみれば、あんな撮影とかトラブルは日常茶飯で、たった五秒ほどのスタントやったエキストラなんて覚えてるはずないと思ってた。

「フフ、あなたのオーラは独特だもの」

「え、あ、そうなんですか?」

 エキストラって言うのは大道具といっしょだから、オーラなんか発しちゃいけない。

「あ、ちがくて。こないだは階段落ちで、今度は太刀合いでしょ、その時の迫って来る殺気……っていうか……職業意識ってか。わたしって、人覚えるの得意だし。とにかく、いい絵が撮れたし、またご一緒できるといいわね」

「はい、よろしくお願いします!」

 めっちゃ嬉しかった。

 でもって、撮影は、そこでおしまい。

 

 予定の半分の時間で済んだ……早く帰れるかと思ったら、事務所に帰って用事を頼まれる。

 同じギャラを払うんなら、ギャラの分は働かせようという社長……いや、金持ちさんの魂胆。

 倉庫の整理をやったあと、回覧板を回してくるように頼まれた。

「神田の商業地域でも回覧板なんてあるんですねえ」

「たいてい社長が持っていくんだけどね、社長に行かせると、行った先で根が生えちゃうから」

 金持ちさんが――困ったもんです――という顔で回覧板のボードを渡してくれる。

 

 忍冬堂……忍者プロダクションの隣にはうってつけの名前……と思ったら『すいかずら堂』と読むらしい。

 

「あ、おまいさんが、こんど来たって百地んとこの新人さんだね」

 店の奥に声を掛けようとしたら、後ろから声がかかったのでビックリした。

 そのいちとして目覚めてからは、特にブロックしない限り、たいていの人の気配は感じてしまう。

「ここいらの古本屋の半分は百地の係累だからね」

「え、そうなんですか!?」

「うん、忍者ってのは、派手に忍術使ったりじゃなくて、地味に情報集めるのが九割だからね。古本屋ってのは、都合が良かったんだろうよ。ま、いまは、名実ともに古本屋だけどね。おまいさん、来た日に、あちこちの古本屋から本が飛んできてびっくりしたろう?」

「あ、はい……って、おじさんたちの仕業だったんですか!?」

「まあ、あそこまでのことはめったにやらないんだけどね、風魔の娘とあっちゃ、仕掛けなきゃ面白くねえ」

「あ、ははは……そうなんですか(^_^;)」

「おまいさん、なにか突き刺さった本は無かったかい?」

 え……!?

「あったって顔だね……太平記……信長公記……真田武芸帳……いや、太閤記……だな」

「…………」

 反射的に身構えてしまう。

「おっと、ヤットーは苦手なんだ、勘弁しとくれ」

「どういうことなんですか?」

「優れた忍者には、宿命的な回り合わせみたいなもんがあってね、それが、突き刺さった本で分かるんだ。あ、本物の本を投げてるわけじゃねえ。古本屋が気を飛ばすと本の形になっちまうんだ。その中に――試しの気――的なのがあってね、それで分かる……まあ、一種の占いだと思えばいいさ」

「そ、そうなんですか……あ、忘れるところだった! 回覧板です」

「おう、どうれ……ハハ、ほら、もう書いてある」

 おじさんがバインダーごと見せてくれた回覧板には――太閤記――と書いた紙が挟まれていた。

 

 なんで!? てか、なんなんだ!?

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優

 

 

 

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くノ一その一今のうち・11『横目でにらむ』

2022-07-05 10:35:18 | 小説3

くノ一その一今のうち

11『横目でにらむ』 

 

 

 鏡を横目でにらむ。

 

 立ち姿の横顔が、あたしをにらんでる。

 にらんでいるけども、可愛いよね?

 こないだの仕事で鈴木まあやのスタントをやった。

 横向きから後姿にかけては、まあやに似てる! 聞いてビックリひたんだけど、本番直後に観た映像は、ほんとにそっくりだった。

 で、今も、事務所の稽古場の鏡に映して確認してるわけ。

 ……90度回って、正面になると、ぜんぜんアキマセン。

 本物にくらべて、5ミリほど頬がくぼんでる。目蓋も一重で腫れぼったくて、おまけに瞳が小さくて、ちょっと目を見開くと、アニメのかたき役かっちゅうくらいの三白眼。普通にしていても、ちょっぴり顔を伏せると……やっぱ、三白眼。

 あ、これって、黒板見てる時の顔の角度……ちょっとヤバいよ。

 小学校入学以来「風間さん」「はい」と授業で何度も繰り返されたシチュエ―ション。

 こんな顔で見上げられたら――こいつ、ヤバくね?――ぜったい思われてる。

 おまけに眉と眉の間が狭くって、なんだかキツメ。

 まあやの眉は微妙に太目なんだけど、程よく垂れて離れている。そして眉頭も微妙に上がってるもんだから、ちょっとケナゲで、保護してあげたいって気にさせる。

 ほら、男はつらいよの寅さん、その寅さんに「いい加減にしてよ、お兄ちゃん!」と迫る時のさくらって感じ?

 いっしょうけんめい怒ってるんだけど、怒ってる方のさくらを保護してあげなきゃって思わせる、あの眉だよ。

「いい加減にしてよ、お兄ちゃん!」

 試しに小声でやってみる…………ダメだ、これから殺すぞって顔だ(-_-;)

 

「なにやってんだ?」

「ヘ!?」

 

 急に声かけられてビックリ! 

 振り返ると嫁もちさんがチャンバラ用の刀を持って立っている。

「いいえ、ちょっと表情の練習」

「表情の練習なんかしても、カメラは写してくれないよ、エキストラだから」

「あ、えと、今日は殺陣の練習なんですよね?」

「そうだよ」

 そうなんだ、今日は仕事の幅を広げるために殺陣の練習に来たんだ。ただの通行人と違って、殺陣ができると、ギャラガ違う。こないだ、まあやの代わりに階段落ちしたのに敏感に反応したのが経理担当の金持ちさん。

「殺陣やってもらえると、事務所に入るお金もちがうんだよねぇ」

 ということで、指定された30分前にはジャージに着替えて待機していた。

「とりあえず、振ってみて」

「はい」

 ブン! ブブン! ブン!

「うん、さまにはなってるね」

「子どもの頃から、お祖母ちゃんとチャンバラごっこはやってましたから(^_^;)」

「よし、じゃあ、すっ飛ばして、こっちに換えてみようか」

「はい……おっと」

 持った手応えで分かった。こいつは本身の刀だ。

「歯止めはしてある、それで、あれを狙ってみて」

 嫁もちさんが示したのは、畳表を丸めた居合切りの的。それに、失敗したコピー用紙が巻かれていて、大きな綿棒のようになっている。それが三つ並べられている。

「目標、一秒で駆け抜けて胴を払う。ただし、殺陣だから当てちゃダメ。当てた感じで駆け抜けて。刃先には印肉付けてあるからね。印肉が付かないように、それでいて、ほんとに切ったみたいに」

「はい、分かりました!」

「撮影と同じく、五秒前からいくよ」

「はい」

「5……4……3……2……(1)……!」

 

 !!!

 

「0・8秒!」

「どうですか?」

「……よし、印肉もついてない。ここまでできたできたら、今日は、もうやることないよ」

「え……あ、でも、殺陣って人と絡むでしょ?」

「うん、今日はオレ一人だけだし、バク転とかは、テストの日のあれでもう完成の域だしね。まいったよ、そのちゃんに教えることは、いまのところ無い」

「そ、そうなんですか(^_^;)?」

「しいて言えば、そのちゃんのは、限りなく実戦に近いから、もう少し抑えた方がいいかな。慣れない役者さんだと怯えて撮影にならないかもしれない」

「あ、あはは、そうですか」

「そのちゃんのは、五秒前の目力だけで殺せそうかもな(^_^;)」

「ハハハ……」

 ちょっと傷ついたよ。

「稽古長引くかと、お弁当用意してきたから、食べるかい?」

「あ、はい、いただきます!」

 正直、時間に遅れちゃいけないと思って、トースト一枚で来たから、ちょっと腹減り。

「うわあ、めっちゃきれいで美味しそう!」

 大きめのタッパに入ったお弁当は、まるでお花畑。

 あたしが、ネットを師匠に、見よう見まねで作るご飯よりも百倍きれいで美味しそう!

「やっぱり、お嫁さんが作るんですか!?」

「よしてくれよ、言ったろ、嫁もちってのは忍名で、ほんとは独身なんだって」

「ああ、そうでしたよね、ごめんなさい(^_^;)」

 じゃ、誰が作ってるんだろう……思ったけど――聞くな!――と顔に書いてある。

「…………」

「あ、そうだ、これ返しておきます」

「ん、文庫本?」

「初日、家に帰ったら背中に入ってたんです」

「……太閤記!?」

「ハハ、ちょっと信じられないんですけど、帰ったら背中が凝っちゃってて、お祖母ちゃんが『こんなのが入ってるよ』って」

「オン アビラウンケンソワカ! エイ!」

「え?」

 嫁もちさんが、お祖母ちゃんと同じ呪を唱えると、文庫本は無数のポリゴンのようになって消えてしまった。

「このことは、社長にも誰にも言っちゃダメだ」

「えと……文庫は?」

「そのの中に戻した、ちょっとえらいものをしょい込んだね」

「そ、そうなんですか?」

「ハハ、まあ、いまのところ気にすることはないさ。さ、お弁当食べてしまお(^▽^)」

「は、はい」

 聞いちゃいけないことなんだ……なにかつかえたようで、お弁当どころじゃないんだけど、二つ目のお握りに手を伸ばしたころには、どうでもいいことのように思えて、しっかり特製のお茶までいただいてしまった。

 百地芸能事務所は、いろいろありそうだよ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優

 

 

 

 

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くノ一その一今のうち・10『初めてのアルバイト』

2022-06-28 10:31:09 | 小説3

くノ一その一今のうち

10『初めてのアルバイト』 

 

 

「拘束時間を考えると、けしていいギャラじゃないけどね……」

 

 後ろの座席で一緒になった金持ちさんが呟く。

「そうなんですか?」

 全部合わせても一時間程度の撮影時間で5000円のギャラと聞いていたから、ちょっと意外。

 近ごろの時給は、高校生のバイトで1200円くらいだから、5000円稼ごうと思ったら四時間働いても稼げない。それが一時間の拘束で頂けるんだから、わたし的には文句ない。

 そう言うと、金持ちさんからは大人の答えが返ってきた。

「こうやって、車で往復する時間も入れると、拘束時間は6時間。撮影によっては10時間超えることもあるからね。そうすると、時給は500円くらいに目減りする。コンビニのバイトだったら、同じ時間拘束されて倍くらいは稼げるよ。牛丼の深夜シフトだったら三倍ってとこよ」

 さすがは経理担当!

 初めてのバイトは、ドラマのエキストラ。それも、女子高生の役で、ギャラが5000円だから、ウキウキしていた。

「ええと、そろそろ現場に着くけど、長丁場になるかもだから、水分補給とかには気を付けてください。ぶっ倒れても、治療費は自分もちですからねぇ」

 アハハハハ

 金持ちさんの注意で、ミニバスの中に笑い声がおきる。

 事務所から来てるのは、わたしを入れて四人。他の十人ちょっとはバイト。わたしもバイトなんだけど、今回限りの募集で来た子たちなんだとか。

「あ、カマプロの特装車!」

 バイトの一人が身を乗り出した気配。

 でも、あたしの前にはヌリカベのごとき力持ちさんが座っていて見えない。

「詳しい子がいるんだ……」

 金持ちさんが呟いて、横を通過した時に見えたのは、街をよく走ってるSUV的な車。後ろ半分の窓がスモークになってる以外は特徴が無い。

「ナンバーで分かるみたいよ。鈴木まあやだね」

 鈴木まあや!?

 あたしでも知ってるアイドル俳優。スマホのCMに出たのがきっかけで、最近はドラマにも出ているらしい。

「知らなかった? 今日の仕事はまあや主演の学園ドラマだよ、タイトルは……アハハ」

 笑ってごまかす金持ちさん。

 エキストラってのは、仕出しとか通行人とか呼ばれる台詞無しの役。ゲームで言えばNPCで、制作側から言うと大道具や小道具と大差はない存在。だから、元受けに台本なんか渡されないから、社員の金持ちさんが知らなくても不思議じゃないそうだ。

 ロケ場所は廃校になった高校。まあ、学園ドラマだからね。

「え、力持ちさんも出るんですか!?」

 スタッフさんから、衣装の制服を受け取ってる彼女を見てビックリした。

「まあ、見てな(^▽^)」

 ニコニコ笑顔で校舎の陰に入って三十秒……たってビックリした!

 首から下をスケールダウンした中肉中背の女子高生が出てきた!

「え、ええ!?」

「オレね、全身の関節動かして体形が変えられるんよ」

 全身の関節……いや、もう細胞レベルで変身してるって!

 むろん金持ちさんも衣装着てるし、嫁もちさんもウィッグ付けてるんだろうけど、普通に女子高生に見えてる。

 あたしは……あんまり変わらない。

 微妙には違うけど、自分の学校と同じタイプのブレザーの制服だし、エキストラだから、メイクとかもしないから、もうほとんど日常。

 シーンは五つ。

 登校風景と下校風景、校内を歩きながらのカットが二つ。

 

 もう一つ……これが問題だった。

 主役の鈴木まあやの階段の踊り場のカット。

 まあやが敵役の子と言い争いになって、突き飛ばされた勢いで階段を転げ落ちるシーン。

「え、スタント間に合わないの?」

 スタッフから耳打ちされて、監督が飛び上がった。

「来る途中で事故ったらしいよ」

 金持ちさんが、薄く笑いながら耳打ちしてくれる。

 鈴木まあやはアイドル俳優だから、階段を転げ落ちるだとかの危険な演技は、吹替のスタントマンがやるらしい。

 監督たちが話しているのに注意すると、どうやら、別に日程を取らなければ撮影できないみたい。

「まあやは売れっ子だから……」

 別に日程をとるのは不可能らしい。

「ちょっと、百地さ~ん」

 助監督さんが、ヘタレ眉の顔を金持ちさんに向けてきた。

 ヒソヒソヒソ……

「うちがスタントやっちゃまずいでしょ」

「ですよねぇ(^_^;)」

 頭を掻いて引き下がる助監督。

 うちなら、階段落ちぐらい簡単だと思うのに、ちょっと不思議。

「こういうのって、縄張りがあってね、普通のダクショ(芸能事務所)がスタントの領域侵すのはマズいのよ」

 大人の世界は難しい……と、今度は監督自らやってきた。

 態度のデカそうな監督だけど、金持ちさんの前に来てサングラスを取った顔は、意外にチープ。

「ギャラはしっかり出すからさ、Jアクション(スタントのプロダクションらしい)がやったってことで引き受けてもらえないかなあ」

「う~ん……あとで揉めると、弱小プロの百地としては……」

「だったらさ、こういうのでは……」

 嫁もちさんが割り込んで、三人でヒソヒソ。

「「「じゃ、そういうことで」」」

 数分顔を突き合わせて話がまとまって……え、なんであたしの顔を見るの?

 

「うん、ソックリだ!」

 

 モニターを見て、監督が大きく頷く。

 まあやと並んだ後姿、斜め後ろ、真横、下からのロング……数パターンをテストで撮ってみると、我ながらまあやとソックリ。

 撮影中に、まあやの歩き方とか動きの癖を見ていたんだけど、いざ、やってみて、こんなに似ているとは思わなかった。

「じゃ、まあやが突き飛ばされるところから、テストいきます」

 5……4……3……2……

 1は発音しないで、監督の手が振られる。

 

 あ、あああああ!

 グラリ ドスン ドスン ゴロゴロ……そう言う感じで階段を転げ落ちる。

 突き飛ばされるところから、シームレスのノーカットだから吹き替えに見えない。

 敵役とまあやの顔がカットバックで四回、二人横向きの睨み合いが同じフレームに入って、突き飛ばされて転げ落ちる。そこまでワンカット。

「はいOK!」

「監督、ちょっと」

 カメラの後ろにいた白髪頭のスタッフが手を挙げた。

「なに、多田さん?」

 監督がさん付けで呼ぶ、ベテランさんのようだ。

「いいんだけど、Jアクションの役者には見えませんよ」

「あ、Jアクションはここまで似てないかぁ……」

「照明変えて撮りなおせませんかね、トッパナのとこをシルエットぎみにしたらいけると思います」

「でも、一瞬のカットだから」

 金持ちさんが手を挙げる。初めてのバイトでスタントの撮り直しはきつすぎると思ってくれてるんだ。

「わたしなら、いいですよ。今のでいいならやれます」

「そう、じゃあ、お願いしようか。無理言ってごめんね……百地芸能の……」

「風間そのです」

「ああ、そのちゃんそのちゃん(^_^;)、じゃあ、照明変えて、もうワンテイク!」

 

 照明を手直しして、すぐに本番。ラッシュを見た監督がOKを出して、無事に撮影が終わった。



「ごめんね、そのちゃん、僕のせいで撮り直しさせて」

 多田さんが頭を掻きながらお詫びしてくれる。多田さんは照明のトップのようだ。

 ぺーぺーの仕出しにもキチンとしてくれて好印象。

「いいえ、お役に立ててよかったです」

 照れたような笑顔が返ってくる。

 監督よりも印象が良かった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優


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くノ一その一今のうち・9『さすがにくたびれた』

2022-06-22 09:35:07 | 小説3

くノ一その一今のうち

9『さすがにくたびれた』 

 

 

 さすがにくたびれた。

 

 アルバイトなんて初めてだし、それも、ほとんど体育会系の芸能事務所の、それも入所テストがあったんだから。

 帰りの電車は空いていて、最初から座れたんだけど、それが仇になって寝てしまう。

 

 ビュン! ビュン! ブン! ビュビュン! ブン!

 

 うつらうつら見る夢の中で本が飛ぶ。

 あれも、力持ちさんたち、社員の仕業なのか、秘密の構成員(?)とかが居て投げてきたのか。

 さっき走った記憶が前身の筋肉に残っていて、ピクピクと体が動いてしまう。

 小さいときに犬を飼っていて、犬が夢を見てヒクヒク動いていたのを思い出す。

『あら、夢の中で走ってるよ』

 お祖母ちゃんが、面白そうに言っていた。かわいく思いながらも『バカだね、こいつ』とか思ってたよ。

 バカ半分、可愛い半分くらい。

 いま、電車の中にいる人たちは『バカだね、こいつ』とか思われてるよ(^_^;)。

 でも、わたしって可愛くないから、きっとバカ百パーセントだよ。

 前のシートのガキが寄ってきた。

 く、くそ……来んなよ。

「……面白い顔」

 声を潜めて言うんだけど、目の前だから聞こえてるっつ-の!

 くそ、体動かないから、せめて睨んでやろ……グヌヌヌ……

「わ、目むいた!」

「これ、見るんじゃありません!」

 母親が引き戻す……でも、今のニュアンスって、道端のウンコ見てる子に言うみたいだったよ。

 

 それでも、無事に家について、お祖母ちゃんに報告だけはする。

 

「次の日曜日から、本格的に仕事なんだって!」

 あ、声が弾んでる?

 ろくな芸能事務所じゃないけど、めちゃくちゃ弱小のボロだけど、やっぱ、嬉しいのかなあ。

 電車の中では、アレだったし。お祖母ちゃんには心配かけないようにとは思ってたけど。

 思いのほかというか、案に相違して、あたし、楽し気に話してるよ。

「よかったね、そのの性に合ってるようで」

 お祖母ちゃんも、喜んでくれてる……というか、ホッとしてくれてる。

 嬉しいよ、心から案じてくれてたから、こんなに喜んでくれるんだ。

 お祖母ちゃんは外面のいい人だから、本当に嬉しいとか喜んでるというのは、きっと、あたししか分からない。

 想像だけど、お母さんは、娘のくせして、お祖母ちゃんの表情は読めてなかったと思うよ。

 だからね、あんなことに……。

「魔石を出しな」

「う、うん」

 魔石を差し出すと、お祖母ちゃんは両手でくるむようにして耳元に持っていく。

「……うん、魔石もスイッチが入ったようだね……ちょっと汗臭い。まず、お風呂入っといで。上がったら、ささやかにお祝いしよう」

「う、うん」

 お祖母ちゃんは、魔石を神棚に供えて手を合わす。

「お仏壇じゃないの?」

「え? ああ、気分しだい」

 ああ、いいかげんだ。

 

 お風呂に入ると、電車の中でまどろんだせいか、寝てしまうようなことは無かった。

 でも……背中の方に凝りを感じる。

 やっぱ、疲れてんのかなあ……お風呂を追い炊きにして、お湯が出てくる方に背中を向ける。

 ア アアアア……

 オッサンみたいな声が出て、我ながらおかしいよ。

 

 あがって体を拭くと、やっぱ、凝りが残ってる。

「あれぇ?」

 洗面の鏡に映すと、肩甲骨の間の所が赤くなってる。

 気が付かなかったけど、テストの時に飛んできた本が当たったのかもしれない。

 

「お祖母ちゃん、ちょっと見てぇ」

 

 お祖母ちゃんに背中を見せる。

「あ……これは!?」

「え、なに!?」

「ちょっと、ジッとしてるんだよ」

「う、うん」

 なんか怖いよ。

「オン アビラウンケンソワカ……」

 小さく呟いて、お祖母ちゃんは……え? 背中からなにか引っ張り出したよ!

「え、なに? なんなの!?」

 子どもの頃、背中に虫が入ってパニクったのを思い出す。

「こんなのが、入ってたよ……」

「ええ?」

 

 お祖母ちゃんが取り出したのは、一冊の本だった。

「太閤記」と書かれた古い文庫本……飛んできた本の一冊? なんで? どうして? 

 ちょっと怖いよ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち
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くノ一その一今のうち・8『百地芸能事務所・3人の社員』

2022-06-16 09:15:16 | 小説3

くノ一その一今のうち

7『百地芸能事務所・3人の社員』 

 

 

 とっさに思いついてジャージの裾を引っ張ってみる。

 なんと、ジャージの裾が三十センチほども伸びた。

 店のショ-ウィンドウに映して見ると、ミニのワンピースになっている。

 これは、いざという時に、怪しげなジャージ姿から、ワンピース姿に化ける忍者のアイテム?

 胸にプリントされた『百』のロゴが伸びて、縦長の『白』のようになっている。上の横棒は、プリントが劣化して剥げ落ちて……単にぼろぎれ寸前になってただけ? 足元が地下足袋だから、ちょっと不思議なファッション。

 そうだ、ケモ耳とか付けたら、渋谷とかアキバなら通用するかもしれない。

 ウウ、しかし、ここは神田の古書店街だ。さっさと事務所に帰ることにする。

 

『さすがは風魔の二十一代目! 見事に躱したな!』

 

 事務所のドアノブに手を掛けるとカギがかかって、インタフォンから社長の声が響いた。

「早く開けてもらえませんか~」

 事務所に近づくにつれ、伸びたジャージが戻り始めている。

 カチャ

 もぉぉぉぉ

 小さくプータレながら社長室に入ると、頭だけ外した着ぐるみの姿の社長が汗を拭いている。

「あ、あれ、社長だったんですか!?」

「ああ、零細企業だからな、足りない分は社長がやる」

「じゃ、残りの着ぐるみと通行人も?」

「うん、狐とアベックはうちの社員だ」

 パサリ

「わっ!」

 目の前が暗くなったと思ったら、ジャージの下が頭に降ってきた。

「油断しちゃいけないなあ」

 振り向くと、もう一人の着ぐるみとアベックが立っている。

「あ、あなたたち!?」

「紹介しよう、狐の着ぐるみが『力持ち』だ」

 たしかに、着ぐるみの上からでも力はありそうだ。首の筋肉とかはプロレスラーみたい。

「あ、いまオレのこと男だと思っただろ」

「え?」

「うちで一番の古参だけど、立派なくノ一だ。化けることに関しては事務所でトップ。衣装・美術・特殊メイクが担当。仕事中は、みんな忍名で呼び合う。みんな『ち』で締める三文字から五文字でつけるのが習いだ。力持ち、なんか言ってやれ」

「四年遅れの覚醒だってな、モノになればいいが……まあ、励め」

「は、はい」

 なんかムカつくけど、取りあえず先輩だし、素直に返事しておく。

「その、男子高校生風の通行人が『嫁もち』」

 え、高校生で嫁もち!?

「あ、忍名。ちゃんと独身だよ。なんでもやるけど、マジックとかが得意かな? スタッフが落ち込んだりしたときには励ますとか、メンタル面でサポートすることもやってるから、困ったことがあったら、相談してね(^▽^)」

 なんだか、感じよさそう。

「ジャージの下を脱がそうって言いだしたのは、こいつだし『感じよさそう』なんて思わない方がいいわよ」

 女子高生が、可愛い唇をゆがめて言った。こいつも、見た目と違う(^_^;)。

「あれは、社長が『手っ取り早く結果を出せ』って言うから」

「嫁もち、今はお金持ちのタームだ」

「はい」

「ヨロ~あたし『お金持ち』。って、あたしが金持ちってわけじゃないからね。いちおう経理も担当。バイトのギャラとか、あたしの胸三寸だから、媚び売っといてね」

「お金持ちも一通りのことはこなすが、専門は情報だ。その、お前の忍名は……」

「『そのいち』でいきます!」

 変な忍名付けられちゃかなわないので宣言しておく。

「……まあいいだろう、風魔のそのいちだしな。まあ、遅咲きなんだ、今のうちに励め。じゃあ、テストの結果をもとにシフトと仕事内容を考えてやってくれ……あ、もうジャージの下履いていいからな」

「え、あ!?」

 気が付くと、上のジャージは、すっかり元の丈に戻っていた(#^△^#)。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち

 

 

 

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くノ一その一今のうち・7『百地芸能事務所・2』

2022-06-10 09:11:47 | 小説3

くノ一その一今のうち

7『百地芸能事務所・2』 

 

 

 油断はできないけど、単調過ぎると思った。

 

 勢いはあるけど、古書店の店内から本が飛んでくるだけの事。注意していれば避けられる。

 これで済むわけないよね。

 ビュン!

 今度は、道の反対側から飛んできて、店の中に投げ込まれる。

 ブン!

 次は店の中から!

 ビュン! ビュン! ブン! ビュビュン! ブン!

 不規則に方向が入れ替わる。

 でも、まだまだ大丈夫。投げてる奴は、なかなかの強さとコントロールだけども、直前に――投げるぞ!――って殺気を膨らませる。駅前で、男の子が屋上から飛び降りようとしたときの気配に似ている。

 だから、避けられる、問題はない。

 ブビュン!

 しまった! なんと、工事中のマンホールの穴から本が飛び出してきた!

 反射的に建物側に身を躱す!

 ズビュン!

 次は、工事車両から!

 思わず、開いていたシャッターの中に滑り込む! 

 タタタタタ! 道路側の前と後ろから、人が走る気配!

 まずいと思いながら階段を駆け上がる。古書店の共同倉庫なんだろうか、あちこちから古書のニオイがする。

 たくさんの本やグッズが積み上げられていて、さすがに、ここで襲われたら避けきれない!

 三階の階段を上がると風が吹き下りてくる、屋上が開いてる?

 ズサ!

 踊り場の階段を蹴って、開いているドアから一気に屋上に飛び出る。

 ガチャン! バサバサバサバサ……

 扉を閉めると、ダメ押しに投げられた本たちが、扉に当って落ちる音がした。

 それが止んで、屋上を観察すると、日よけの天幕の下にかなりの本が並べられている。

 虫干しかな?

 中には広げて干されている本もあり、中身が見える。

 その中の一冊。会議机の上に広げられている本に目が停まる。

―― 風魔忍者系図 ――

 ページの見出しがあって、その下に役小角から始まり、数代後に爆発的に子孫や係累が増加し、風魔小太郎に収束。そのまま、子孫や係累は丸く膨らんで尻すぼみになって、最後の一滴のように『風魔その』と、あたしの名前が記されている。

 お祖母ちゃんが言ったように、風魔忍者は役小角にはじまり、いったん衰えたものを直接のご先祖である風魔小太郎が盛り返し。それが栄えたのち再び衰え、全体としてひょうたん型になっていて、ひょうたんのお尻から垂れている最後の一滴が、あたし、風魔しのなんだ。

 しまった!

 気づいた時、本は、すごい殺気を漲らせて電気仕掛けのように閉じた。

 バタム! イテ!

 わずかに間に合わず、鼻を挟まれてしまうけど、反射が早かったので、挟み潰される寸前に抜くことができた。

 ここに居ちゃマズい!

 感じると同時に跳躍して歩道に着地すると、古書店街の外れの交差点を目指した。

 

 忍者アニメキャラの着ぐるみ二体がポケティッシュを配っている。

 

 通行人の流れを左右から挟んで、ポケティッシュ配るふりして狙う気マンマン。

 その向こう、下校途中の高校生の群れ。

 群れの中にウブなカップルが居て、微妙な距離を空けている。

 クク、隙あらば手でも繋ごうってか、クソ!

 思うと、横っ飛びに電柱をキック、着ぐるみの上方横を飛んでカップルの隙間を駆け抜ける!

 ビュン……なに!?

 油断した! 着ぐるみはカマセで、カップルがフェイクだ!

 カップルもジャンプして、男女の手が伸びてきて、あたしを掴まえようとする!

 セイ!

 気合いで胴一つ分抜いたけど、二人の手にジャージの下を掴まれる!

 逃げなきゃ!

 スポン!

 間抜けな音がしたかと思うと、体が自由になる、自由にスースーと……え!?

 ジャ……ジャージの下を取られてしまった! 

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長
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