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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

プレリュード・18《O先輩・2》

2020-07-03 06:28:26 | 小説3

プレリュード・18
《O先輩・2》    



 

「きみ、ちょっと待ち」

 必殺の中村主水(藤田まこと)みたいな刑事さんがO先輩に声を掛けた。

 O先輩は、こないだの『拉致事件』で世間を騒がせ、警察にも多大の迷惑をかけたので、彼女と、仲間四人を連れてF署まで、雁首揃えて地域安全課の課長さんに詫びを入れにきたところ。
 白昼、五人乗りのセダンに六人、それも一人がトランクに入ったら、今日日だれでも拉致だと思う。警察はヘリコプター出してまでの大騒ぎになった。それが単なるおふざけやったんやから、絞られて当たり前。
 匿名にはなってたけど、三面記事のトップにもなったし、今日もS署にはO先輩らが詫びを入れるというので、マスコミが何社も来ている。

 これで、少しは懲りるやろ。
 そう思ったとたんの中村主水。
「きみ、任意やけど、尿検査させてもらえへんか」
「え、ああ、いいっすよ」

 と気楽に答えたけど、全員が危険ドラッグ服用の結果が出た。
「そんなん、オレ、覚えないですよ!」
 言うても後の祭り。そこからは強制捜査。
 まず車の中から、動かぬ証拠のビニール袋。簡易鑑定で危険ドラッグの痕跡発見。

 以上のことが、テレビではなくてSNSで流れた。テレビがテロップで流す前に、わたしはO先輩の家にチャリで直行。
 
 心配やからと違います、面白そうやから。

 大阪だけじゃないと思うけど、女子高生の行動原理は、面白いかどうかだけ。

 O先輩の家に行くと、もう警察が入っていた。

 青いシートで目隠ししてるけど、向かいのマンションの二階への階段からは丸見え。
「なんや、あんたらも来てたん?」
 直美をはじめ演劇部の面々。普段は仲の悪い演劇部の子らやけど、面白いもの見る時は、お仲間になる。これも大阪の女子高生の特徴。

 段ボールの箱が、いくつも運び出される。中には蓋が開きっぱなしというか、閉められないぐらいパンパンのやつも。

「O先輩の本て、マンガとラノベと……エロ本ばっかりやな」
 演劇部のFがため息つきながら肩を落とす。
「箱の中で見えへんけど、DVDとかも怪しげなもんばっかりや……多分」
 余計なひと言やった。Fは本気でがっくりきてる。
「いや、男の大学生て、こんなもんやで。探したらええとこもあるんとちゃう?」
「探さんとないんかいな……」

 逆効果だったみたい。

 まあ、自分らで勝手に偉い先輩だと思ってきたんだから自業自得。それに、これ以上の慰めは逆効果と思って、わたしはマンションから出た。

「あ、加藤奈菜ちゃんと違うの?」
 取材の新聞記者から、声をかけられる。
「はい、そうですけど……」
「あは、やっぱり。あなたってちっとも変わらない。忘れた? あたしよ、あたし!」

 記憶の底から蘇ってきた。その女性記者の髪をボブに置き換えると、当時の面影が浮かんできた。
 その女性記者さんは、中学生のころお菓子のCMのスタッフやってたオネエサンだ!

 カメラがわたしを撮っているのに気がつかなかった……。

              奈菜……♡ 

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プレリュード・17《O先輩・1》

2020-07-02 06:16:08 | 小説3

プレリュード・17
《O先輩・1》    



 

 O先輩に一台遅れてエレベーターで降りた。

 時間がはんぱだったので、お昼にするかお茶にするかで悩んだ。
 積もる話もあるし、どうせ昼を跨ぐのは目に見えてたので、お昼も食べられて、ゆっくりお喋りもできるという難しい店を探し始めた。こういうご都合はスマホでは分からない。女子高生特有の嗅覚が一番。

「あ、あれ……!」
 
 直美が叫んだ先、シネコンのガラスを通してO先輩らのとんでもない姿が、目に飛び込んできた。
 なんと先輩を含む男六人と、彼女一人がもめていて、彼女は後部座席の真ん中に、先輩は、なんとトランクに詰め込まれてしまった!

「あ、ら、ら、拉致や!」

 と叫んだのは、おばちゃんたち。他のお客さんも一斉にガラスの外の騒動に顔を青くしてる。

「け、警察や!」

 一人のオバチャンが叫ぶと、それが合図だったみたいに何人かが一斉に通報。何人かは、一部始終をスマホのカメラに収め、車が走り去った直後には、慣れた手つきで、SNSに投稿していた。

 O先輩は、変わった人だけど、拉致されるほどの悪さはしてないと思う……いや、思っていた。嫌いだったけど、どこかで同じ高校演劇の世界にいてたという安心感があった。だから、卒業式の二日前、学校の中庭で、まだ初々しかったころのあたしやら演劇部を思い出して泣けてきたんだ。

「奈菜はアマチャンや」

 家に帰ると、亮介が平然と言った。
「きょうび、こういう犯罪に素人と玄人の境目が曖昧になってきてる。Oいうのは見栄とはったりのきつそうなやつやから、これは本物やで」
 亮介の言葉を裏付けるように、ことは大ごとになってきてる。
「どのチャンネル押しても、このニュースばっかりや」
 お母さんが、お昼の宅配ピザを運びながら言ってる。
 けっきょく直美は、いっしょに家までついてきた……というか、自然の流れで家まで来た。お母さんも亮介も、ごく自然にリビングに集まって、ごく自然に、宅配ピザの昼食になり、みんなでテレビの実況を見ている。

――白昼堂々の、都会のエアーポケットを狙ったような拉致事件。車は、阪神高速を西に向かって進んでおります。覆面パトカーが前後に二台ずつ……実際は、もっと多いのかもしれませんが、警察も手の内をさらさずに追跡しております。なお犯人には放送が気づかれないようワンセグでは見られないようにしてあります。ご不便をおかけしますが、拉致された男女の安全を考慮した上でのことでありますのでご了承願います――

 映像は、ヘリコプターからのもので、遠くに警察のヘリコプターが飛んでいるのが分かる。
「こんな実況、サリンの事件以来やなあ……」
 お母さんが呟いたあと、事件は急展開した。ジャンクションから一般道に降りようとしたところで、パトカーが新たに四台加わり、それを契機に覆面パトと合わせて、十台のパトカーで包囲し停車させた。
 パトカーからは、合計で三十人ほどのお巡りさんが拳銃を構えながら急接近。あっと言う間に、そのうちの一人がフロントグラスを叩き割り、犯人たちを逮捕、女の子とトランクの先輩を無事に保護した。

 で、結果は、メッチャしょーーーーーーーーーーーーもない。

 実は、車に乗っていた六人は、O先輩も含んで、みんな友だち。映画を観た後、先輩の友だちが免許をとったとメールが入り、その友だちがアベックの先輩を誘った。で、六人は乗り切らないので、先輩がええかっこしてトランクに入ったいう、しょーもない話。

 テレビで放送されこそせえへんかったけど、SNSでは出まくり。
「君たちの浅はかな行動で、どれだけの警察官が動員され、費用がかかったか分かっとるのか!」
 という警察の隊長さんが現場で怒ってるのを、誰が撮ったんか、ほとんどライブでSNSには流れてきた。

「しょ-もなあ!」

 アニキはため息とオナラをかまして自分の部屋へ。直美は必死で笑いをこらえてる。

 このあと、先輩たちの行動は意外な展開を見せてくれる……。

             奈菜……♡ 

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プレリュード・16《幕が上がる》

2020-07-01 06:14:25 | 小説3

・16
《幕が上がる》    



 

 今日は直美といっしょに、話題の『幕が上がる』を観に行きました。

 昔から、演劇部を舞台にした映画は流行りません。『桜の園』は二回も映画化されて、二回目はAKBのセンターの子が入ってたのにイマイチでした。初回はいわずもがな。『行け!男子高校演劇部』は、こういう映画があったいうことも知られていません。演劇部を舞台にした小説もいくつかあるけど、ヒットしたり、話題になった本は、わたしの知ってる限りありません。

 むろん、この『幕が上がる』の原作も。

 そんな予想の立ってる映画を、なんで時間とお金をかけて観に行ったか。
 直美がももクロファンだと言うこともあるんだけども、わたし自身が演劇部だったので、直美は単純に奈菜も興味があると思ったみたい。
 親しい友達とはいえ、その辺は、付き合いの機微というもの。あたしとしては『ベイマックス』を観たかったんだけどね……。

 まだ観てない人のために、ネタバレになるようなことは書きません。まあ、ももクロファンなら観て損はないと思います。

 わたしは、この原作者が嫌いです。高校演劇の全国大会で審査員をやってたけど、最優秀の作品に「こんな芝居を観せてくれてありがとう!」と手放しで、誉めた人です。その作品は、あたしも観ました。今の高校生としては、よくできた作品だけど、日本人としては看過できない表現がありました。それに誉め倒されたわりには、その後の日本の演劇部に影響が残ってません。この学校は、一年後に別の芝居を創りました。わたしは変化があるかと観にいきましたけど、何も継承して発展させたとこはありませんでした。キャパ400の会場に150人しか入ってませんでした。この熱しやすく冷めやすいとこを、どないかせんと、高校演劇に明日は無いと思います。軽音やらダンス部は、大会でライバルの演技を録画して研究、もうプロ野球並です。笑い話みたいだけど、大阪の高校演劇で動画を検索したら軽音がトップにでてきました。

 静かな演劇と、この原作者は言います。「劇」とは激しいことを表す字です。「静か」とは合わないと思います。ロボットと人間が一緒になっての芝居もおやりになりました。物珍しさはあるけど、芝居としての新しさ、深さは感じませんでした。

 まあ、直美は感激してたんで、そういう鑑賞の仕方もありで、OKです。

 一番白けたんは、映画もさることながら、エンドロールが出て客電が点いた時です。
 前の方にO先輩(2~3《それはないやろ》に出てます)が彼女らしい子と並んでいたこと。
 言っておきますけど、やっかみとは違います。感動してハンカチ握りながらO先輩の肩に頭を預けてる彼女。

 女の涙には、いろいろあります。

 この彼女の涙は媚の涙です。(わたしとしては)信じられないことに、彼女は先輩に気があります。感動して涙を見せることで、先輩にアピールしてるのが、後ろからみたらよく分かります。他にも感動した人もアベックもいたけど、O先輩二人は浮いて見えました。先輩はヨシヨシするように彼女の頭を抱いて、デボチン(額)にキスまでしてました。感動と、感動した彼女へのアクションがオーバー。芝居で言うと歌っている演技(自分の演技に酔いしれる)です。

 二人は、そのままエレベーターへ。

「どないしたん奈菜、顔が怖いで……あ、映画つまらんかった?」
「ああ、ちゃうちゃう。客の中に……いや、お腹が空いたんや!」
「ハハ、そうやな、奈菜はお腹空くと機嫌悪なるんやったな。マクドでもいこか!」
「いこいこ!」
 あたしは直美のペースに合わせた。

 O先輩と彼女の過剰なデレデレは、とんでもない結果をもたらす前兆。そこまでは気いつけへんかったんですけど……。

 ごめんなさい、今日の奈菜は、ちょと狂暴でした(^_^;)

           奈菜……♡ 

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プレリュード・15《ナナまつり》

2020-06-30 05:55:34 | 小説3

リュード・15
《ナナまつり》    



 

「ここにいる女子高生が、卒業式で世にも稀なアドリブ答辞をやった加藤奈菜さんです!」

 MCのオニイサンが言うと、ADさんが手をまわして、スタジオ中の人たちに拍手を強要。人数分プラス音響さんが効果音で水増し。
 わたしは、なに着て行っていいのか分からないので制服を着て行った。先日お母さんから二万円せしめて買ってきた服は、改めて着てみると、まだ身にそぐわないと感じたから。
 
「あの答辞は、いつやることが決まったんですか?」
「式が始まった直後です。教頭先生が横にきて……こられて、頼まれました。予定していた子が、急に体調不良になったとかで」
「実は、その時のビデオがあります。まずVをどうぞ」
 放送局というのはすごいもので、誰かが偶然撮ってた動画を手に入れて、アップにして耐えられるように加工してました。

 あたしは、あのときメッチャびっくりしたんだけど、案外平然と引き受けてるのには、自分でも意外。

「こういうときに、気楽に引き受けられて、あれだけの答辞やっちゃうんだから、十分放送局のアナウンサーが務まるわ。A君、ボンヤリしてたら、司会とられるで」
 報道部のオッチャンが言うて、スタジオが爆笑(これは仕込みやない)大阪人の性で、いっしょに笑ってしまう。
「しかし『身を立て名を挙げ』いうのは、アドリブとは言え、よく出てきましたね」
 評論家のエライサンが大阪弁のアクセントで言う。
 この質問は想定内。教頭先生に頼まれたときに、このくだりが最初に頭に浮かんでた。
「あれは『仰げば尊し』のテーマになってる部分で、立身出世主義だってことで、たいていの公立高校じゃやらないんですよね。加藤さんは、なにか思いがあって?」
「はい、答辞でも言いましたけど、あれは、それぞれの分野で一人前の大人になれいうことで、末は博士か大臣かいうことではないと思うんです。あ、もうちょっと言わせてください。大臣、博士と解釈して反対してる人は、無意識に職業差別してるんやと思います。差別意識がなかったら、この部分で反対は出てこないはずです」
「なるほどね。あたしら芸人も芸能界では色物いうて、長いこと格下に見られてきたもんね」
 Y興行のベテラン漫才師のオバチャン。

「それに、あの『仰げば尊し』は戦前・戦中の軍国教育の権化みたいに思われてますけど、あれは原曲がアメリカの『Song for the Close of School』です。意味はほとんど一緒で、身を立て名を挙げのとこだけが、日本の創意なんです」

「よく知ってるね。ボクもいま言おうとして資料用意してたとこなんですけどね」
 評論家のオッチャンが頭を掻いた。
 あたしは、このことは貫ちゃんに教えてもらって、ネットで確認した。貫ちゃんの笑顔が一瞬頭に浮かんだ。
「それと、加藤さん、最後に言いましたよね。途中で中退していった仲間の事にも思いをいたそうって。あのくだりはよかったなあ」
「近い友達の中にも中退した子がいてるんで、そのことが頭にありました。どんな気持ちでこの日を迎えてんのかなあと」
「なるほどね。なかなか思っていても言えないというか、自分たちのことだけで、なかなか辞めていった子のことまでは頭に、浮かばないもんね。いや、大したことです」

 だいたい、このへんで、あたしの話は終わるはずだった。

「加藤さんね『君が代』については、どう思いますか?」

 ゲストの言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが聞いてきた。
「習慣としては定着しつつあるので、いいことだと思います『君が代』は、戦時中のドイツやイタリアの国歌と違って、明治の昔からあります。明治時代をどうとらえるかで受け止め方も変わってくるんでしょうが、アジアで唯一の近代国家を創った日本ととらえたら、誇りに思っていい歌だと思います」
「近代国家って、どういう意味だろ?」
「三権分立の憲法を持って、それに基づい運営されてる国家だと思います」
「いや、大したもんだ!」
 評論家のオッチャンと、言いたいこと言いのジイチャン俳優さんが、えらく感心して、わたしは、そのあとの『名店シェフの家庭料理』のコーナーまでいっしょにさせてもらって、ごちそうになった。

 で、お母さんが録画してたのを観ながらの三月三日の雛祭り。
「今年は、ナナ祭りやなあ」
 と、お母さん。

「アハ、なにそれ?」

 笑ってしまうけど、お母さんの気持ちは素直に嬉しい。

 あのとき喋った中身は、みんな貫ちゃんが考えるきっかけをくれたものばかり。ありがたい友達だと思う。このときは、まだ貫ちゃんへの確かな気持ちは分かっていなかった……いや、分かろうとしなかったのかもしれないんだけどもね。

              奈菜……♡ 

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プレリュード・14《今日から三月!!》

2020-06-29 06:07:34 | 小説3

リュード・14
《今日から三月です!!》       



 

 今日から全国的に三月!!

 ビックリマークが二つも付くのは、いつもの三月と違うからです。宿題の無い丸ゝ自由な一か月ちょっとの始まりです。
 小中学校にも似たような期間はあったけど、せいぜい一週間ちょっと。こんな贅沢な一か月は、人生で、そんなには無いと思います。

 わたしは、この期間を、あえて予定で埋めていません。

 卒業旅行の話やら、バイトの口が無かったわけじゃないけど、わたしは、あえてこの一か月をフリーハンドにして、徒然なるままに過ごそうと思っています。その日その日、その時その時に思いつたこと、してみたいと思たことに使います。
 予定で決まっているのは、月末に貫ちゃんが東京に行くのを見送りにいくだけです(鈴木貫太郎、詳しくは第9回の《あべのハルカス ハルガスミ》を読んでください)

 ところが、昨日から異変があります!

 卒業式のアドリブ答辞は、前回書いた通りなんですけど、誰かが、これを撮っててユーチューブに流していたんです。あたしは全然知らんかったけど、直美がメールで教えてくれた。
「ほんまかいな!?」
 そう思いながら、ユーチューブを開いたら『感動のアドリブ答辞!』いうタイトルで全編出てた。アクセスは五百を超えてました。
――ほんとうに、アドリブ?――
――感動しました!――
――考えさせられました――
 感動のコメントのオンパレード。顔から火の出る思いでした。中には――身を立て名を挙げは、アナクロの時代錯誤やろ――という、どうしょーもない市民派か左翼か、性別も分からない書き込みもあったけど、とにかく青天の霹靂いうのは、こういうことだろうと思います。
 わたし的にはすごいことなんだけど、冷静に考えると五百ぐらいのアクセスは、そう珍しいことでもないんで、ほうっておいた。

 すると、今朝、例の一キロジョギング(第五回《1キロの長さ、2キロの重さ》)をやってると、外環のそばで、テレビのクルーが居た。なんか交通事故でもあったのかなと思っていたら、マイク持ってるオネーチャンが、カメラと音声さんを引き連れて、わたしに寄ってきた。

「失礼ですが、加藤奈菜さんですか!?」

 で、わたしは、ローカルだけど、全国的に有名なバラエティー番組に出ることになってしまった。ユーチューブのアクセスは一万に迫ろうとしていた。
――奈菜、やっぱりあんたはすごい! 走り去る後ろ姿もすごかった――
 どういう意味や? 昼二時からの放送だったので、チャンネルを押してみた。インタビューを受けて走り去るわたしが映っていたけど、画面の真ん中にお尻もってくることないと思う。それに、気づかなかったけど、無意識に道端の犬のウンコをかわしてるとこなんか、我ながら、ジョギング慣れしてきたと思う。
 で、MCのニイチャンの最後の言葉にたまげた。
「ええ、なお、この元気印の加藤奈菜さんには、明日スタジオに来ていただくことになっております」

 聞いてないよ!

「ああ、あんたが図書館行ってる間に放送局から電話あったから返事しといたで」

 お母さんが、焼き芋の皮を剥きながら気楽に言う。
「ちょっと、お母さんね」
「なに?」
 そのお気楽さに、気持ちも萎えてしまう。
「半分ちょうだい」
 反射的に日常会話の中に逃げ込んでしまう。十八年間の親子の呼吸は、いかんともしがたい。

――奈菜ちゃん、君の人生は、僕や奈菜ちゃん自身が思てるより面白いのんかもしれへんなあ!――

 貫ちゃん、お前もか……あたしはシーザーの心境やった。

                  奈菜……♡

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プレリュード・13《嗚呼感動的卒業式》

2020-06-28 06:13:18 | 小説3

リュード・13
《嗚呼感動的卒業式》    



 

 今日のタイトルは、ちょっと難しい『ああ、感動の卒業式』と読みます。

 なんで、こんな中国の新聞のタイトルみたいに書いたかというと……まあ、読んでください。

 昨日の予行演習はチョロかった。やたらに起立・礼・着席の繰り返し。
 そして、成績表やら、同窓会入会の書類、学級費の清算(ただし書類だけ、お金は銀行振り込み。生徒がネコババせんように学校も考えています)その他細々とした書類をもらっておしまい。

 そして、今日は晴れて卒業式。

 正式には『卒業証書授与式』というらしい。なんだか、国語で言われた「無駄な言葉を積み重ねて感動を薄くする」の見本。『卒業式』と漢字三文字で書いた方が、感動的だと思う。
 U学院は私学なので、やたらと来賓が多い。その来賓の半分くらいが退屈この上ない祝辞を読む。分かる? 言うのではなくって読むの! ただでもオッサンらの話は退屈極まりないのに、それをダラダラ何人もにも読まれたら、これは拷問に等しい。予行では「ここで誰それさんの祝辞」と先生が言うだけだけど、今日はリアルにオッサンらが読む!

 総勢で2000人入る体育館はいっぱいだった。卒業生はもちろん、在校生代表で二年生の選抜(この子ら、ほとんど座ってるだけのエキストラ)保護者の皆さん方。あたし個人的には、高校にもなって卒業式にくることはないと思う。十八といったら選挙権だってある。経済的に依存してるいう以外は、もうほとんど大人だと思う。

 まあ、個人の自由だから、仕方がない……それにしても数が多い。卒業生の数より多いかもしれない。

 予行が無かったら、多少の感動はあったかもしれないけど、中身分かってるから気持ちが重い。
「ただ今より、令和元年度卒業証書授与式を行います。全員起立!」
 教頭先生のことばで、2000人が立つ気配。立つというささやかな行動でも2000となると迫力がある。

 さあ、立ったり座ったりの本番……と思っていたら、鳩がこそこそ近寄って来るみたいに、教頭先生が、あたしの横に来た。

「ちょっと、来て」
 目立たんように、会場の奥へ。そこで、とんでもないことを頼まれた。
「答辞読むYさんが、体調不良で保健室行ってしもた。加藤さん、代わりにやってくれへんか?」
「え、あたしがですか!?」
「うん、あんた一昨日学校に来て、思い出に涙してたて、校長さんらが言うてるねん。あんたの思いでええから、三分間ほど喋ってもらえへんやろか?」
「あ、あのう……」
「ほな、頼んだで!」
 ろくに返事も聞かんと教頭先生は行ってしまった。

 在校生代表の送辞は、もう始まっていた「桜の花の香る三年前の四月に、先輩方は期待に胸を……」と、棒読みを始めていた。で、あっと言う間に、終わってしまった。
「卒業生答辞、加藤奈菜!」
 まるで、あらかじめ決まってたみたいに大きな声で教頭先生。

「……一昨日、わたしは一人で学校に来ました。それは、ほとんど衝動でした。予行、卒業式とあわただしく高校生活に幕を下ろす前に、わたしなりに、この三年間を噛みしめておきたかったからです。こんな衝動は、小学校でも中学校でも思うことはありませんでした。これは、わたしが、それだけ大人に近づいたことと、学校生活への愛着が大きいからです。そういう愛着の持て方ができるほどに成長したからです。これは、わたし一人の力で勝ち取ったものではありません。諸先生方、保護者の方々、そして卒業されていった諸先輩がたの薫陶があったればこそのことだと、一昨日思い出がいっぱい詰まった学校の中庭でしみじみ感じました。正直全てが上手くいった三年間ではありません。先生を困らせたり、友達と仲たがいしたり……その多くは、今日の感動、みなさんの暖かく、かけがえのない思い出に昇華していきました。でも、そんな感傷だけでは済まないことも、まだまだあります。なにも今日でなくてもいいんです。時間をかけて、お詫びをし、感謝をしていけばと思います。そして、それは、ただの言葉であってはいけません。U高校の卒業生として、恥ずかしくない行動で示さなければなりません。あえて卒業式では長く封じられてきた言葉で表現します『身を立て名を挙げ、やよ励めよ』であります。この言葉は俗な立身出世を言ったことばではありません。一人前の大人として、世に立つことだと思います。一日本国民として、また、人によっては二つの祖国を背負い、迷いながらも前に進んでいくことだと思います。具体的に申しますと進学先、就職先で、留学で本校に来たものは自分の国で、足手まといになりながらも自分を育てていくことだと思います。間違いながら進んでいきます。間違いから学び、新しい自分を、おおげさに言えば世界をつくっていきます。先生方や保護者の皆さん方も、そうやって今日の自分と家族、街、国、世界を創ってこられたことと拝察いたします。一つ気がかりなことがあります。入学した時よりもわたしたちの人数は二十人ほど減っています。みんなそれぞれ事情があって、この学校を去っていきました。わたしは、その一人とはいまだに親交があります。三年間を同じ学び舎で全うすることはできませんでしたが、この人たちも大事な仲間です。場所は違いますが、同じ人生、いっしょに進んでいきたいと思います。最後になりますが、三年間、わたしたちを見守ってくださった先生方、学校の職員関係者の方々、保護者のみなさんに満腔の感謝の意をささげ、答辞とさせていただきます。令和二年、卒業生代表・加藤奈菜」

 よくもまあ、これだけの口から出まかせを言えたもんです。我ながら立派な元演劇部!

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プレリュード・12《アナ雪、アナとナナ》

2020-06-27 06:25:10 | 小説3

リュード・12
《アナ雪、アナとナナ》    



 

 一昨日から『アナ雪』を三回も観た。

 わたしは映画館が苦手。痴漢が出るから、観客、特にガキのマナーは最悪……ほかにも理由はいくつかあるけど、これが一番耐えられない。

 上演時間中ずっと座っていなくちゃならないこと!

 わたしは、本を読むにしろテレビを観るにしろ、じっとしてるいうことができない。あぐらかくのはもちろんのこと、直ぐに横になってしまう。そして、何やらスナック出してきてはホチクリ食べながら観たり読んだり。
 将来、いつか、だれかと結婚することになるんだろうけど、直さないと三日で離婚だろうなあ。

 で、アナ雪を観ると、アナの起き抜けの素晴らしいこと。髪はボサボサ、よだれ垂らして、始末の悪い髪の毛の端が口の中に入ってる。あれには親近感。
 別にアナの起き抜けに親近感感じるために三回も観たわけじゃない。

 戴冠式の感じ方がどうちがうか、直美と話題になったから。

 姉のエルサは、人前に出るのが大嫌い。魔法の力がバレるのを恐れている。
 妹のアナ王女は、久々にお城の門が開かれて、ハイテンションの開放感。で、初対面のハンス王子と婚約までしてしまう。

 そして、戴冠式ならぬ卒業式に、どんな印象を持つか、アナ雪への親近感で感じてみようという企て。

 むろんアナ雪自身いい映画だし、あたしのご贔屓ジブリの『風たちぬ』を抜いてアカデミー賞獲ったことへの興味もあった。
 映画そのものは素晴らしかった。
 ディズニー特有の強引さは目についたけど、アナの一貫した前向きで、思考と行動が止まらないところ、それでいてどこか大きく抜けてるとこに助けられて、あれだけの飛躍がありながら観客を感動させる力はすごいと思った。

――アナ雪はすごい! 特にアナ王女の魅力はディズニーキャラの中でもピカイチ!――と、直美にメール。
――アナと奈菜は相似形。そこに気いついて欲しかった? で、卒業式は?――と、直美から返事。
――忘れてた。ちょっと考えるから待って――

 で、わたしは行動に出た。

「こんな時間から、制服着て、どこいくのん?」
「ちょっと、確かめに」
「なにを?」
「ちょっとね」

 卒業の実感を確かめに学校まで行くとは言えなかった。ふつう、ここまでする奴はいない。やっぱアナのタイプか?
 制服は、明後日の卒業式のためにクリーニングのしたてだから、新品に近い感じがする。
 入学式の朝、緊張しながら歩いたのを思い出す。これは人並み。
 電車から見える景色は見慣れたものだから、特に感慨なし。
 最寄りのU駅で降りる。登校時間と違うのでU学院の生徒はわたし一人。

 学校までの道のりは……緊張感が蘇ってきた。

 やっぱり、わたしなりに新鮮な気持ちだったことを思い出す。しかしアナみたいに期待に溢れてたわけではない。いっしょに歩いてる新入生の子たちとうまくやっていけるだろだうか、勉強と違って人間関係をね。
 あたしは入試の日こそ、周りの子たちが、自分よりも偉いように思えたけど、入学式の日は芋に見えた。多分身に合わないピカピカの制服を着てたせい。中学でもそうだけど、制服いうのは採寸したときよりもワンサイズ大きい。それが、今ではピッタリサイズ。肉体的には発育したのがよく分かる。
 男子は、特にアホに見えた。ニキビ面が段違いに可愛い子に身の程も知らずに告白しに行くみたいで……。

「あの、在学中の思い出を確認に来ました」

 守衛さんにそう言うと、えらい感激してくださった。大人が高校生を見る目は、まだまだノスタルジックだと思う。
 1・2年は授業中なので、校舎の外とはいえ邪魔にならないように、静かに歩く。
 校門を抜けて下足室へ。下足箱にはラブレター……なんか入ってるわけがない。
 こればっかりは、くたびれた上履きに履き替える……これが違和感。それまで、辛うじてあった新鮮な緊張感が、一気に日常の感覚に引き戻される。

 思い切って購買部で新品の上履きを買う。ここでも思い出確認の説明。また、購買のオバチャンが感動。

 そんなんじゃないんです。なけなしの思い出の中から、なんとか原石みたいなとこだけを拾おうとしてるだけ。
 教室の前を避けて、校長室、事務室、職員室、放送室の前を通って中庭へ。

 で、思い出した。

 ここで演劇部の勧誘を受けた。数人立っていた中で、いちばんかっこよかったのが、あのO先輩。覚えてる? 3のUFO劇団の下りで出てきたインチキ演劇のO先輩。
 あのころは、素敵な演劇青年に見えた。あれが間違いのもと。演劇部自体がいいものに思えて入部してしまった。そして、貴重な高校一年と二年の途中までを演劇部に持っていかれた。

 悔し涙が溢れてくる。

「おい、なにを……ああ、三年の加藤か。三年は休みやろ、なに……加藤、おまえ泣いてんのか?」

 なんか言おうと思うたら、生活指導のS先生。後ろに守衛さんと購買のオバチャン。そして間の悪いことに校長先生まで。守衛さんが何か一言……どうやら、みんな美しい誤解をしてる。

「あたしはアナじゃなくって、ナナです!」

 ……言えるもんなら言いたかった。

         ……奈菜♡ 

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プレリュード・11《ちょっと嬉しい春一番……》

2020-06-26 05:56:25 | 小説3

リュード・11
《ちょっと嬉しい春一番……》    



 

 うちの親は点と線。分かるかなあ……?

 一か月ちょっとしたら大学生。だから、それまでの人生にめったにない自由な時間を有意義に楽しむ。その記録が『奈菜のプレリュード』。大それた目的があるわけではない。何年かたって、この時期を振り返って、生きていく力……ちょっと大げさ。ヨイショぐらいになったらいいと、一日おきにパソコン叩いてます。

 今日は、うちの親が点と線という話。

 学部の選択、推薦入試、学費に通学経路などは真剣に考えてくれた。学部は将来の就職とあたしの特性を考えて心理学部。これからの四年間を思うと身が引き締まります。
 推薦入試は、高校三年の一年間を受験一色にしないように……これに応えられたかは自信が無い。演劇部のゴタゴタが、今思うともったいない半年だった。
 通学経路は、梅田を通るルートを勧められた。梅田は、大阪一番の繁華街。自然と寄り道もする。その寄り道の中から娘が何事か学ぶだろうという配慮。まあ、バイトも見つけやすいし、少しは自分で稼ぐだろうという気持ちも透けて感じられる。まあ、行き届いた親だけど、一つ抜けてた。

「奈菜、これ着て大学行き」

 お母さんが、恩着せがましく差し出した箱の中身はリクルートスーツ。
「これ、入学式用?」
「普段の通学にも使うたらええやろ」
「あのね、入学式用としては嬉しいよ。だけど、こんなん毎日着て学校なんか行かれへんわ」
「なんでえ。お母さんずっと制服やったよ」
「お母さんは、短大でスーツの制服やったからでしょ。うちのO大学は私服やのん」
 そう言って、スカスカのクローゼットを開けた。
 高校は、制服だから、私服は、それぞれの季節に二着ぐらいしかない。あんまり少ないので、季節ごとの入れ替えの必要もないくらい。

「なるほどね……」

 クローゼットの中身をみて納得の様子。大学生活の大事な点と線は押えてるみたいだけど、日常という面を考えていない。
 それで、お母さんから二万円もらって駅二つ向こうのショッピングセンターへ。
 お母さんは、昨日の新聞広告持ってきて「春一番大バーゲン」を指し示した。で、二万円で、とりあえず必要なもんを揃えなさいというご託宣。

 あたしは、改めてショッピングセンターのバーゲンをググった。共に1980円のスプリングジャケットと、重ね着風のレイヤードチュニックワンピを発見。これと手持ちのGパンを組み合わせたら、とりあえず手持ちのチュニックと合わせて夏まではもたせられる。
 バーゲン二日目なので、ちょっと心配だったけど、朝一番から並んで、目出度くゲット。SとかXOとかの特殊なサイズはなくなってたけど、標準のMサイズは、結構残ってた。
 BCDマートで、1980円のパンプスも発見。一万を超えない金額で上から下までゲット。

「やあ、奈菜やんか!」

 レジ済ましてエスカレーター乗ってたら、クラスの美津子に出会う。いや、買い物袋のハンガーと化した買い物モンスター!
「いや、あれこれ見てたら、ついね」
 コーヒーショップに入って、美津子は、あたしの五倍はあろうかと言うほどの服と靴を見せてくれる。
「うん、こういう買い方もありだと思うけど……」
「なにか?」
「美津子、あんた在学中に制服買いなおしたでしょ?」
「え……知ってたん?」
「あんた、現在進行形のデブ。ちょっと気をつけないと、来年は着られなくなるよ」
「そうか……分かった。これが来年も着られるように、ダイエットに励んだらええねん。ものは考えよう、シブチン転じて福となす!」
 で、美津子はダイエット本を探しに本屋さんへ。どのくらい効果があるか分からないけど、美津子の明るさと前向きな姿は好き。

 わたしは、中古ゲーム屋で『アナ雪・2』の中古を1980円でゲット。なんかイチキュッパ女になったみたい。

 今時周回遅れの『アナ雪』を買うのにはワケ有。それは、またいずれ……。

               奈菜……♡ 

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プレリュード・10《今日は名前について考えた……ぞ!》

2020-06-25 06:03:10 | 小説3

リュード・10
《今日は名前について考えた……ぞ!》   



 大阪の教育長がパワハラ認定された。

 わたしは、新聞はあんまり読まないけど、この人が教育長になったことは新聞で知った。
 U学院の入学式の日に教育長になった人だから、よく覚えてる。
 行動力があって小回りが利きそうな人だけど、第一印象は「嫌なやつ」。思い込みが強そうで、なんでも自分が一番。一番と違っても、そう人を言いくるめてしまいそうな強引さを感じて、あたしはいい印象を持たなかった。なんせ名前が、小学校の時に憧れてた先生と同姓同名だから、それだけで嫌だった。

 女の子の好き嫌いて、こんなものなんだけどね。

 感覚的に一回いやだと思ったら、なにをやっても嫌!
 で、今回は、それがドンピシャだったわけ。

 名前というと、大阪都構想。

 難しいことはよく分からない。だけど、街の境目やら名前をガラッと変えてしまうことは感覚的にイヤ。
 堺の市長さんが反対しておられた。いろいろ理由は言っておられるけど「堺市は堺市です」この一言がしっくりとくる。

 例えば、阪神タイガース。

 日本で、これだけ負けてボロカスに言われても愛される球団はない。「阪神」いう名前があるから、ボロカスに言われても愛される。これがJR西日本タイガースとか、ソフトバンクタイガースでは締まらない。どこかの知事さんやら市長さんの発想で、大阪タイガースにしてもだめ。ドーンと広く関西タイガースでも似合わない。

 むかし、近鉄バッファローズいう球団があった。オーナーは名前の通り近鉄。

 近鉄の駅中の立ち食いうどんの店のメニューに『バッファローうどん』いうのがあったらしい。肉うどんをしゃれて『バッファローうどん』言ってるのは直ぐに分かる。
 それが不当表示いうことで、ただの『肉うどん』になってしまったらしい。らしいというのは、お父さんからの又聞きだから。
 だけど気分としてはメッチャ分かる。

 前フリが長い。

 本題はここから。

 今日は亮介の彼女が来る。興味津々(この四文字打つまでは興味深々だと思ってた)
 彼女が彼の家に来るというのは特別な意味があることぐらい、わたしでも分かる。あんまり興味津々なんで、親友の直美まで呼んだ。
 初訪問に相応しく、アニキが迎えに行ってお昼して、やってきたのは二時前。親友の直美は昼前から来て、あたしといっしょに昼ご飯の焼きそばを作った。

 今日は、仕事のシフトの関係でお父さんが家にいる。もちろんお母さんも。

 この意味分かる?

 つまり、彼女を特別な存在として、うちの家族に認知させるために決まってる。
 お茶を運びに行って、しっかりチラ見してきた。三階の部屋から来るとこをスマホで撮ったけど、間近で見ると印象がオーラになって感じられる。ブルゾン脱いだ下は、エンジと薄い水色のセーターに思い切ったブルーのスカート。こんな際どい色使いが似あう人はめったにいない。全体から受けるイメージはアナ雪のアナ。ちょっと吊り目だけど瞳が大きいのでメッチャ可愛い!
 髪の毛は三つ編みじゃないけど、きりっとポニーテール。顎と耳の延長線上に結び目を持ってくるとこなんか、心憎いほどさりげないオシャレ。ポニーテールいうのは顔の造作からうなじまで全部見えてしまう。よっぽどの自信……それもミテクレと違って、内面に自信がないとできない。

 名前が「ゆうこ」さんやいうことは分かった。まだ苗字も名前の字も分からない。意外とお父さんと話が合ってる。

「大阪都構想、基本的には賛成です」
「二重行政の解消?」
「むつかしいことはわかりませんけど、一緒になって名前変わってもやっていこいう心意気が好きです」
「なるほど」

「奈菜、あんたとは合わんなあ」と、直美。
「直美は考えが浅い。あれは、さりげない間接話法だよ」と、わたし。

 ここまで読んだ、あなたには分かります?

                 奈菜……♡

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プレリュード・9《あべのハルカス ハルガスミ》

2020-06-24 06:19:42 | 小説3

リュード・9
《あべのハルカス ハルガスミ》   



 

 大阪は日本で二番目に狭いという嘘がよく分かる。

 貫ちゃんのお父さんの株主優待券で、あべのハルカスの展望台に来ている。
 南のすぐそこに関空が見える。大阪は、この関空が出来たので、香川を抜いて、日本で一番の狭さを克服した。

「なんや、奈菜ちゃんも知ってたんか」
 貫ちゃんがつまらなさそうに言う。
「うん、中学で習た。勉強苦手だけど、こういうことは覚えてる」
 なんかセコイ手段でブービーになったと思って、このエピソードは、よう覚えてる。
 なにも狭さ日本一を克服しようと関空作ったわけじゃないけど、作って測ってみたら、結果的に香川県を抜いてしまったらしい。

 一見肩の力の抜けた面白い話に聞こえるけど、大阪人の屈折した劣等感と優越感が両方出てるようで、わたしは好きじゃない。

 お互い知ってたいうことで、貫ちゃんの話の頭はすべった。すべったことを、二人でアハハと笑う。すべったことやら失敗したことを、笑いに変えるセンスは、やっぱり大阪人。
「こんな狭いとこに十八年間おったんやな……ガキのころは、けっこう広い街や思てたんやけどなあ」
「うんうん、関空と伊丹の二つも大きな空港があって、えらい街だってね」
「八尾空港まで入れたら三つになる。戦後しばらくはうつぼ公園も飛行場やったらしいでぇ、ジェット機の100機ぐらいに紐つけて飛ばしたら、飛んで行ってしまいそうに狭うて、ちっこい」
「天王寺公園て、あんなに狭かったのね」
「そら、内国勧業博覧会のときの名残やもんな。大阪的チープさ」
 
 アホな話で盛り上がった。わたしらは、その気になったらアホな話だけで半日ぐらいは潰せる。

 だけど、時間を潰しにハルカスに来たわけじゃない。

 口にはしなかったけど、もっと大事な話があることは予感してた。

「東京に行くんや……」
 予感していた言葉を貫ちゃんが言ったのは、けっきょく安倍地下のコーヒーショップ。
「そんなことだろうと思ってた」
「ハハ、ばれてたか」
「貫ちゃんの演劇は、大阪には収まらないから……そんな予感は、ずっとしてた。貫ちゃん、芝居の話はするけど、進路の話なんかはしたことないでしょ。余計に決心は強いと思ってた」
「これでもズルズル悩んでたんやで。気が付いたら、もう芝居の道しか残ってなかった」
「話してくれたら、背中押したげたのに、そうしたら、もっと気楽に決心できたと思うよ」

 貫ちゃんは、表情のつくりように困ったような顔になった。

「東京行ったら、しばらく帰ってこられへんけど、友達と思ててええか?」
 すごい遠まわしで気弱な台詞をやっと言ったのは、さっきチープだと言った天王寺公園。
「そういう言い方は、わたしららしくない。そんな確認しなくても、いい友達……」

 
 あたしは気持ちのままに言った……でも、大事な何かを切り落としたような気になった。
「そうか、ごめんな。つまらんこと言うた」

 つまらないことを言ったのは、わたしだという気がしてきた。

 さっきまで居てたハルカスが気の早い春霞の中に滲んでた。

 霞の向こうには、今はまだ見えないものがあるかもしれないよ、貫ちゃん。

                       奈菜……♡

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プレリュード・8《バレンタインとバンアレンタイ》

2020-06-23 05:46:49 | 小説3

・8
《バレンタインとバンアレンタイ》
        


 

「おはよう」と言っても返事が返ってこなかった。

 いつもなら「あ」とか「おお」ぐらいの兄妹としての最低の挨拶ぐらいは返ってくる。
 今朝の亮介は様子が変だ。

 あ……

 今日は、天下御免のチョコレートの日。セント・バレンタインデー……彼女からチョコをもらいそこねたか?
 そう思いつくのと、外で原チャの発車音がするのといっしょだった。

「あいつも、奈菜に負けんくらいのオッチョコチョイやなあ……」
 お父さんが、窓から去りゆくアニキを見ながらため息をついた。
「亮介、なにかやったん?」
「え、ああ、そこのパソコン見てみ」

 アニキの部屋は、ガレージを改造した一階の部屋。籠るのにはちょうどいいんいいだけど、うちはナンチャッテ三階建て。一階部分はコンクリートで出来ていて、電波の通りが悪い。で、パソコンの無線が通じにくいんで、パソコンだけは二階のリビングに置いてる。そのパソコンが不用心にも点けっぱなし。

――加藤くんの「バンアレンタイの心理学的考察」の着想は面白い。しかし、締め切りは守ろう。S大学 林道則――

「これって……?」
「ゼミのレポートの督促みたいやな」
「バンアレンタイの心理学的考察……?」
「これは、バレンタインの間違いやろな。バンアレン帯では心理学にも文学にはならんやろ」
「バンアレン帯て、なに、お父さん?」
「地球を取り巻く磁場のことや。宇宙ステーションの低高度と静止衛星の高高度の間にある」
「う、むずい」
「下敷きの下に棒磁石置いて上に鉄粉撒くと、N極S極の間にきれいな模様ができるやろ。あれが磁場。地球も大きな磁石で磁場がある。それがバンアレン帯や。これを文学的に考察……むつかしいやろな」
「で、亮介どこいったん?」
「図書館。ウィキペディアでは出てけえへんやろからな」

 オッチョコチョイは、うちの家系……とは思わんとってほしい。

 わたしは、今月に入ってから考えてた。チョコを渡すべきかどうか。
 わたしには、高校生活の終わりと同時に幕切れにしたない人間関係がある。チョコで迷うんやから当然男、せやけど、チョコを渡したら浮ついた、あるいは惚れた腫れたの関係になってしまう。で、うじうじ考えてるうちにバレンタインデー。
 みんなは、簡単にルビコン川を渡ってしまう。あたしは渡られへんかった。

 今からでも……いう気持ちもある。

 しかし、あたしはチョコを買いにいくことも作ることもしかった。亮介ほどのオッチョコチョイだったら……ちょっと後悔。
 スマホを手に取る。ちょっと考えてから、亮介のアホさをニュースとして送ってお茶を濁す。気弱さから、同じ内容のメールを直美にも送る。

 亮介は、いちおう大学生。閃いたのか単なる思い付きか、バンアレン帯とオーロラの関係から、世界のオーロラに関する歴史、心理、文学的な資料をいっぱいコピーして帰ってきた。

 わたしは、まだ気持ちを引きずったままです……。

                   奈菜……♡ 

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プレリュード・7《平凡な二人の非凡な出会い》

2020-06-22 05:39:06 | 小説3

・7
《平凡な二人の非凡な出会い》    




 加藤と鈴木という日本の苗字ベストテンに入る平凡な二人は、非凡な出会い方をした。

 前も言ったけど、わたしは去年まで演劇部にいた。
 もっと早く辞めたかったんだけど、義理と人情でコンクールも手伝ったし、朱雀ホールでのO先輩らの芝居も観に行った。
 朱雀ホールの芝居にむかついたのは第三回に書いた通り。

 問題の非凡は、この帰り道に起こった。

 四天王寺前の赤信号で引っかかったらアクビが出てきた。人間の心理は面白いもんで、こらえてたムカつきが、こんなところでアクビと言う反応になって表れた。
 で、バカみたいに開けた口の中にたこ焼きが飛び込んできてビックリ。大阪人の悲しさで、たこ焼きが口の中に入ると、むせながらでも美味しく咀嚼してしまう。
「あ、ごめん! ごめんなさい! 火傷しなかった!?」
「え、ああ、いいえ……」

 これが鈴木君との縁の始まり。

「加藤さんも、あの詐欺みたいな一斉送信に引っかかったんや」
 鈴木君は、たこ焼きのお詫びにお茶に誘ってくれた。同じ芝居のパンフ持ってたし、会場でも見かけた顔。そして、何よりたこ焼きの飛来で、気持ちがシンクロしていた。鈴木君もむかついて、帰りにたこ焼きを買ってやけ食い。赤信号に気がついて急に立ち止まったら、勢いでたこ焼きが、爪楊枝から外れて空中を飛翔して、偶然にもあたしの口の中に飛び込んだというわけ。

 鈴木君はA高校の演劇部だけど、連盟には加盟してない。一年の時にコンクールに出て、バカらしくなったので、クラブの実権を握れた二年のときに連盟を脱退。自分の演劇人生のプログラムをしっかり持っていて、演劇部は芝居の鑑賞に特化。将来はプロを目指すことにしている。
 あっちこっちの芝居を観ては、その感想をブログに載せて、そのころには、いろんな劇団から招待券やら割引券をもらえるようになっていた。

「一人で観るより、二人の方が楽しいから」

 そういうことで、時々芝居に連れていってもらうようになった。招待券の半分くらいは二名様というのが多いので、無駄にならなくていいと、鈴木君。
 芝居を観たあとは、お茶しながら感想の言い合い。彼は、そうしながら自分の考えをまとめている。わたしも鈴木君と対等に喋りたいから、真剣に芝居観るし、パンフ読んだりネットで検索したり勉強する。

 いつの間にか「奈菜ちゃん」「貫ちゃん(貫太郎)」と呼び合うようになった。

 ある日、平凡について話題になった。

「あたし『奈菜は変わってる』て言われるんだけど、自分では、そうは思わない」
「同感。平凡というのは量の問題と違って、質の問題やと思う。例えば僕らみたいに好きな芝居を観て回ってるのは平凡で、自己満足の芝居やって事足れりとしてる大概の演劇部の方が異常いうか非凡な感性やと思う」

 この話題が出た時は、面白いことがあった。

「ほんなら、今日は、僕のオゴリね」
 お茶代は、一回ごとに交代でオゴっている。お互いにイーブンな付き合いにしたいから……それに、いちいち何度目か勘定なんかしてないから「次はどっち」ということになり、暗黙のうちに、その次会えることの了解にしていた。

 程よく男女の境を超えた付き合いだと思っていた。

 それが、バレンタインデーでは、あんなに悩んだ。過ぎてしまったら、アッサリだけど。

 そんな、早春のころ、貫ちゃんから「ちょっと話がある」というメールがきた。芝居のお誘いではない初めてのメール。

 平凡が非凡に変わる予感……。          奈菜……♡ 

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プレリュード・6《入学前オリエンテーション》

2020-06-21 06:24:38 | 小説3

プレリュード・6
《入学前オリエンテーション》    



 

 昨日は、O大学の入学前オリエンテーションがあった。

――学科同級生等との交流や学習の場となる大学キャンパスの施設案内を通して、新たな環境に戸惑うことなく充実した大学生活を過ごしていただくために行っています――

 特推で去年の秋には入学が決定してたから、スケジュールとしては頭に入っていた。
 しかし、直前になると、なんでこんなアホなことするんだろう……と、思う。まるで保育所の慣らし保育みたい。
 パンフのどこを見ても「必ず出席してください」とは書いてない。
 だけど、高校からは必ず行けとのお達し。次年度以降受ける特推の後輩のためにも、ここは従順でなければならない。

 一般入試が終わってないので、出席は特推の者が200人ほど。

 見渡したかぎり、ガックリ。もうちょっとましなのが来てるのかと思ってた。みんな団体旅行のツアー客みたいに主体性がないうえに覇気がない。
 学部長のとろくさい挨拶のあと「質問はありませんか?」と、お決まりの締めくくり。質問なんか出ないことを承知で聞いてるのは、直ぐに学部長の目線がマニュアルに落ちたことと、次の言葉を言うために息を吸いこんだことでも分かる。

「質問です」

 気がついたら、手を上げてた。
「このオリエンテーションの目的はなんなんですか?」
 学部長は、何を今さらいう目をしながら、顔だけはえびす顔で答えた。
「学科同級生等との交流や学習の場となる大学キャンパスの施設案内を通して、新たな環境に戸惑うことなく充実した大学生活を過ごしていただくために行っています」

 パンフの説明と同じことを言った。そして、今さっき言った言葉ともいっしょ。せめて「繰り返しになりますが」の枕詞だけでも付けろと思った。

 で、聞かなくてもいいことを聞いてしまった。

「日本の大学の中退率は8~10%で、21世紀になってから増える方向にあります。本学の中退者数はネットの検索では分かりませんでしたが平均以下であると期待します。で、このようなオリエンテーションを持つのは文科省の指導に沿ったものであり、お考えがあってのことやと思いますが、学部長先生のお答えはパンフの内容、最初の御挨拶の言葉と一言一句同じです。もっと踏み込んだお答えを頂きたいんですが」

 会場は、ちょっとざわついて、職員がこそこそ喋り出し、学部長は笑顔を絶やさなかったけど、いらだちが目に出ていた。

「それは、本日のオリエンテーションの中身で判断してください」

 学部長の言葉に、それ以上の質問は控えた。なんと言っても特推、後輩に迷惑はかけられません。
 それから、学内ツアー。子どもじゃないんだから、自分で案内板見たら分かる……と思うんだけど。

 あたしが注目したのは図書館。さすが大学だけあって、蔵書数は20万冊。うちの高校も多い方だけど、その10倍はある。140番台の心理学の書架に行く。ランダムに数冊とってページをめくる……ほとんど読まれた形跡がない。テンションが下がる。入り口付近の新刊本の中にファッション雑誌が複数あるのにもたまげた。

 食堂は良かった。今日のお昼は大学のサービス。タダ飯というのはタダというだけで倍はおいしく感じる。

 昼からは、5人ずつのグル-プに分かれて、ディスカッション。
――個人情報に関わることは無理に聞かない。セクハラやパワハラになるような質問にはならないこと。互いに敬意を持って話すこと――
 てなことを注意された。これはガキ扱いを通り越して、万一の場合のアリバイ指導と見た。

 うちのグループは、みんな大人しい。一通りの自己紹介が終わったら、お通夜みたいになってしまった。
 仕切りたがりのあたしは、いろいろ話題を提供するけど、返事は「うん」と「いいえ」ばっかり。今日日はスマホでも、もっと喋ってくれる。

 一人岡山から来てる男子がいた。

「岡山から!? 学生マンションでも借りるの?」
「いいえ、通学します」
 ゲ、新幹線通学かよ!
「なんで、また岡山から?」
「それは、個人情報なんで答えられません」
 凹むなあ、話しの枝がぜんぜん伸びない。ユングとかフロイトの話にも乗ってけえへん。辛うじてドッペルゲンガーの話したら「それなに?」と反応。
「世界には、自分とそっくりな人間がもう一人いるんですって。そういうソックリさんを、そう言うの」
「あたしAKBの某に似てるて言われます!」
 と、キンタローと前田敦子ほど差のある子が言ったときだけ、笑いが起こった。あたしは萩原朔太郎のドッペルゲンガーについてぐらいの話にもっていきたかったんだけど、諦めて、傍に居てるアドバイザー学生に聞いた。
「先輩、今まで読まれた心理学の本で、一番面白かったのは?」

 どうやらマニュアルにない質問やったみたいで、赤い顔して詰まってしまった。

 帰りのバス停ではゲンナリ……はしなかった。大学は自分で勉強するとこ。そう思ってるから、ママゴトみたいなオリエンテーションぐらいでは落ち込みません。

「みんなシャイですね」

 横から声が掛かってビックリ。

「あ、さっきの?」

 キンタローと前田敦子のハーフが立っていた。

「ちょっと和ませようと思ったんですけどね」

「あ、あ、そうだったんだ!」

「日本人の事を古くは『倭』って言いましたよね」

「ああ、魏志倭人伝の?」

「そうそう、『倭』の意味知ってます?」

「えと、チビって……あ、小柄だって意味ですよね」

 日本史で習った知識を披歴。

「あはは、 チビでいいですよ。わたしもチビだから」

「いえ、そんな💦」

「従順て意味もあるんです。リーダーの指示によく従う。今といっしょ、従順と言うのは自己主張が苦手ってことでもあるんですよね」

「あ、そっか」

「だから、今後に期待です」

「なるほどね(^▽^)/」

「そうです(^▽^)/」

 友だちができた。

 

      奈菜……♡ 

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プレリュード・5《1キロの長さ、2キロの重さ》

2020-06-20 06:15:47 | 小説3

・5
《1キロの長さ、2キロの重さ》    



 北村先生に倣って、即実行に移した。

 なにを? 

 忘れた人は前回の『豚の星に願いを……』を読んでください。
 昨日から、近くのO川の土手道をジョギングすることにした。
 グーグルマップで見ると、家から一番近いジョギングコースが、そこだと分かったから。
 家を出てから二回角を曲がったらO川の土手道。土手道までは歩いていく。
 亮介は「家の前から走ったら時間も距離も稼げるのに」と余計なことを言う。

 亮介は女心を分かっていない。

 いきなり家の前から走ったら近所の目があるんだよ。
「やあ、奈菜ちゃんジョギング始めたん。偉いねえ」と向かいのオバチャンから話が広がって御町内の噂になる。
 噂になったら、やめられない。
 わたしは、とりあえず二キロ痩せたらいいので、それ以上やる気はない。
『奈菜ちゃんの三日坊主』という噂をたてられないためにも家の前から走るわけにはいかない。

 土手道を外環と交差するとこまで走ったら、ちょうど一キロ。折り返しは無理には走らない。無理したら長続きはしません。

 まあ、このへんのとこは正直自信の無さの現れです。

 しかし、一キロがこんなに長いものとは思わなかった。グーグルのストリートビューで周りの景色は一応確認済みなので、景色でだいたいの距離感は掴める。もう八百は走った感じになっても、実際は四百ほどしか行ってない。

 ああ、しんどおおおおおおおおおおおお。

 初日から、三日坊主の予感。

 あかんあかん、初日で顎を出してどないすんねん💦

 足腰は、ちゃんとジョギングシューズ履いてるのでこたえないけど、呼吸がえらい。心臓もバクバク。
 それでも十二分かけて、なんとかクリアー。荒い息を整えて、そのまま回れ右。

 帰り道、幼稚園の年長さんぐらいの男の子が、流行りの幅の狭いスケボーの練習してるとこにでくわす。
 この子も初心者。スケボーの新しさと、へっぴり腰の走り方で分かる。
 子どもと言うのは、すぐに調子に乗る。
 まっすぐ走るのがやっとなのに、スラロームの練習に入った!
 案の定、最初に捻ったとこで転倒。二拍ほどおいてから、膝を抱えて泣きだした。
 通行人は他にもいたけど、誰も声をかけない。泣き声は苦悶の表情で、時々途絶える。

――骨折かもしれへん!?――

 そう思うたっら声を掛けていた。
「ぼく、大丈夫?」
 痛さのあまり声も出しにくい様子。
「ちょっと触るけど、ええか」
 ぼくは、苦悶のまま頷く。触ると、ちょっと腫れてる。いよいよ骨折か!?
「足伸ばしてごらん……今度は曲げて……」
 一応足は伸びるし曲がる。まあ、骨折ではない様子。せやけど腫れようから、かなりの打撲に見える。
「ぼく、どこの子や。お姉ちゃん送ったろか?」
 そのとき、はじめてぼくは、あたしの顔を、痛さに顔をゆがめながらも、チラ見の観察。

 あきらかに、あたしを変なネエチャンやいう目をしてる。

――アホか。人が親切に声かけてんのに、怪しむやなんて、失礼なガキや!――

 ムカついているうちに、ガキはスケボー持って泣きじゃくりながら歩き出した。目線の先には自分の家と思しき三階建て。
「うちの人居てはるの?」
 これには答えず、泣きながら怪しそうな目線だけ送ってくる。
 よく見たら、メットこそはしていたけど、膝にも肘にもプロテクターはしてなかった。
――ちゃんとプロテクターぐらいは付けさせろ!――
 と心で毒づいて、家に帰る。
「ハハ、慣れんことするから、怪しいネエチャンやと思われてんで」
 たしかに、このごろは、子どもが変な大人から理由もなしに連れ去られたり殺されたり。だけど、あたしの知ってる限り、それはオッサンか、オッサンと呼んでいいニイチャンだ。こんな見目麗しい女子高生というか女子大生のタマゴと言っていいかがそんなことするわけないだろ!

 ムカつきながら、スポーツドリンク飲んだのがまずかった。体重は昨日と一グラムも変わっていない。
「当たり前でしょ、たった一日一キロ走ったぐらいでは変わらへんよ」
 と、おかあさん。
「奈菜、ウンコしてから測ったら四百グラムは違うぞ」
 と、亮介。

 デリカシーのないのは、うちの家系か!?

     奈菜……♡
 

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プレリュード・4《豚の星に願いを……》

2020-06-19 05:47:28 | 小説3

・4
《豚の星に願いを……》    



 

 女の子は放っておくと一週間で豚になる。

 一年の保健の時間に、先生に言われて「なに言うとんねん」と思った。
 わたしは、それまで、ずっと標準体重以下でいた。そういう体質だと思っていた。
 
 それが、プレリュードの前半も終わらないうちに、二キロも増えた!

「当たり前や。毎日遅まで寝て起きて、一日三食が四食になって、どこか出かけては食べてばっかり。そらソクラテスでも豚になる」

 亮介(アニキ)は容赦がない。ボーっとしてるだけの大学生だと思っていたけど、ツイート一回分の言葉だけで、わたしの心をえぐる。

 よおおおおおおおおし!!

 一念発起! ジョギングを始めることにした。

 わたしは、形から入るタイプの人間だ。久々の登校日の帰り、ABCマートでジョギングシューズを買うことにした。
 目的を持った行動は人を生き生きさせてくれる。
「お、奈菜、なんかええことでもあるんか?」
 スマホで、ジョギングシューズのあれこれ電車の中で調べていたら、横に担任の北村先生が座ってきた。
 正直たよりない担任だけど、話しはしやすい先生だ。というか、口から生まれてきたような先生で、授業も余談や脱線が多くて、担当科目の日本史は江戸時代までしかいかなかった。
「誰にも聞いてもらえへんで、さきさきいく授業より、歴史の本質を分かってもらえるような授業がええねん」
「ハハ、そうですね」
 賛成してるわけじゃないけど、目的を持ったわたしは機嫌よく返事した。わたしも適当に返事するのは得意だし、師弟で調子のいい話しをながら電車は鶴橋へ。時間調整で、三分ほど止まってると、見るからにアラブ人らしいニイチャンが、メモをお客さんに見せながら英語で聞いている。みんなわからへんいう身振りでシカトしていく。

 アラブのニイチャンが、とうとう前まできた。

「エクスキューズ」だけは分かったけど、あとは全然分からない。
「難波に行こうと思っています。行き先を案内してあげてください」
 知り合いの日本人が書いたんやろ、きれいな字のメモを見せてた。
 この電車は大阪線だから、次の上六が終点。難波へ行こうと思ったら、終点の上六で降りて、トコトコ歩いて地下に潜って、ちょっと複雑。アラブのニイチャンにはややこしいだろう。難波は、同じプラットホームの向こう側の電車に乗ったら、そのまま終点の難波につく。
「カム ウイズ ミー」
 先生はそれだけ言うと、ホームの反対側に。アラブのニイチャンは地獄に仏いう顔であとを着いていった。
「ディスホーム バーンフォー ナンバ ユーテイクネクストトレイン。 ネクストステイション イズ ウエロク エンド ネクスト ニッポンバシ エンド ネクストステイション イズ ナンバ ユーシー?」
「Yes I see verry thankyou!」

 で、めでたく北村先生の中学生並の英語で話しは通じた。偉いもんだと思った。

 人間が行動を起こすいうのは、こういうことかと感心。

 わたしも豚との決別に思いを新たにした!

コメント
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