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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

プレリュード・3《ウダウダと……後篇》

2020-06-18 06:39:43 | 小説3

・3
《ウダウダと……後編》   



 

 

 演劇部とは縁を切った……つもり。

 ところが学校いうのは村社会で、必要以上に「縁切った!」と言いまわっていては友達をなくします。
 だから、演劇部員の番号は残したし、着信拒否というような大人げないことしなかった。廊下で出会ってもも「お早う」とかの挨拶ぐらいはした。

 しかし、この半端な対応がムカツキの種になった。

 うちの演劇部とF高校の有志が合同公演やると、冬休みに入って一斉送信で連絡してきた。
 わたしは、メールは送るけど一斉送信はしない。ダイレクトメール以下の通信だしね。
 コンクールの時も、観客動員を言われたんで、直美のほかにも二人メールを打った。ちゃんと別々に。で、結果的に直美一人が観に来てくれたわけです。

 で、この一斉送信を無視してたら、二日後にまた一斉送信が帰ってきた。

――ご要望通り、お席を確保いたしました。UFO劇団一同ご来場を心よりお待ちしてまおります――

 うそ、観に行くなんて絶対返信してへんさかい! 思わず大阪弁になる!

 念のため、こないだの一斉送信を確認。やっぱり返信はしていない。もう一度確認。すると、本文が終わったずーーーっと下、四スクロールしたあたりに、こうあった。

――ご都合の悪い方はご連絡ください。ご連絡が無い場合は、それを持ってご出席のご返事とさせていただきます――

 え、そんな……。

 無視してもいいんだけど、わたしは気が弱い。なんとか卒業までは穏便に高校生活を送りたい。小屋(会場)も朱雀ホール。定期で行ける会場。仕方なく行くことにしました。

「お、やっぱりきたか!」

 モギリのO先輩がしたり顔。どうやら、あの一斉送信の考案者はO先輩みたい。
 これで分かったことが、もう一つ。
 この公演は、うちのU学院とF高校の合同公演。だから名前はUF劇団になるはずだ。それが人を喰ったみたいにUFOというのは、このO先輩がイッチョカミしってるからのようだ。
 ちなみにO先輩は二年前の卒業生。もっと大学生としてやることがあるだろう……思ったけど、口には出さない。

 O先輩の戦術が効いたのか、観客席はほぼ満席。まあ、キャパ100ちょっとの小屋だから、そんなにビックリするほどのことでもない。

 芝居は……舞台に上がって、素人のドタバタコントを繋いだだけ。パンフには『邂逅と出会いの奇跡!』なんというキャッチコピー。要はろくに稽古もしていない即興芝居。

 即興そのものは否定しない。マリリンモンローとかジェームスディーンが出たアクターズスタジオでも即興は重要な課題。だけど、あっちは10分ほどの映画の一コマを丹念に半年もかけて、先生と学生の役者が解釈、実行、検証のスリーステップを丹念にやってる。
 ジェームスディーンが『エデンの東』で見せた屈折したアマエタの演技も、アクターズスタジオの即興の練習の成果。あたしが好きなんは、キャル(ディーンの役名)がパパに叱られて、うじうじ部屋の片隅で壁をホジホジしてるところ。パパに反発しながらパパの愛情が欲しいてたまらんハイティーンの切なさが胸に迫ってくる。
 これも、真剣な即興から出てきたものだ。
 あとは楽屋受けのバカみたいなギャグの連発。客席は一部を除いて湧いてた。あたしと数人のお客さんが白け顔。その中に一人、あたしでも知ってる演劇評論家の栗田さんがいた。伝説通り上手の一番奥で、腕を組みながらポーカーフェイスで観てらっしゃった。あのポジションは、芝居を観客ごと見るという栗田さんの定位置。

 あくる日のブログには『老衰した若者のモドキ芝居』と、タイトルから厳しかった。
 あたしは匿名で、観客動員のえげつなさを書いた。
「同感です」と短いコメントが出てた。

 まあ、愚痴みたいなことは、これでおしまいです。

 次からはプレリュードに相応しいことを書き散らしたいと思います。

 奈菜……♡ 

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プレリュード・2《ウダウダと……前篇》

2020-06-17 06:27:23 | 小説3

・2
《ウダウダと……前篇》   



 

 直美と話したことを思いだしたので……。

 一年の頃は演劇部に入ってました。中三のとき、あるお菓子メーカーのCMのオーディションに合格して、ほんのワンカットの、そのまたその他大勢のひとりだったけど、三か月ほどテレビに出ていた。

 CMの主役はアイドルの黛朱里(まゆずみあかり) 普段はちょっと小悪魔系のアイドルだけど、スタジオの彼女は礼儀正しくて、あたしたちその他大勢にもきちんと挨拶。プロデューサーやらスタッフと話すときは、必ず相手の正面をむいて、きちんと返事。正直目からうろこだった。

 三分バージョンから三十秒バージョンまで、撮るのに丸一日。間に休憩は入るけど、オーディション組は、ちょっとバテ気味。だけど黛朱里は平然としてる……だけじゃなくって、わたしたちをリラックスさせようと、いろいろ話して冗談を飛ばしたり。

 大変やだなあ……と思いながら、憧れてしまった。
 
 高校に入ってすぐに演劇部に入った。映画でえらい賞とった女優さんがO学院の演劇部の出身と聞いて、役者になるんだったら演劇部……今から思うと単純な発想。

 演劇部は期待外れだった。発声練習と肉体訓練は型になってて、それなりに気合い入ってるけど、肝心の芝居の稽古がもうひとつ。

 わたしも、役者になりたいと意識してから、亮介(アニキ)の勧めで、簡単な戯曲やら、演技の教則本を読んではいた。亮介は心理学部だけど、学部の選択で演劇のコマをとってる。実力はともかく、講師の先生がいいようで、勧めてくれるものに間違いは無かった。
 

 演劇部で、驚いたことは、役者が人の台詞を聞いてないこと。大げさに台詞吐くけど、状況に対する反応になってない……つまり、相手の演技への反応になってないから、ただ声と動きが大きいだけ。簡単に言うと大根です。

 もっとびっくりしたのが、創作劇しかやらないこと。

 クラブのロッカーを見ても既成の本は一冊も無い。休憩時間に新感線やら三谷幸喜なんかの芝居の話しても、まるで通じない。シェークスピアやらチェーホフの名前すら知らない先輩が居るのには、ビックリ通り越して寒むくなってきた。

 連休明けに連盟の講習会があった。

 劇団○×△□(これでコントローラーと読む。なるほどプレステのコントローラー)の南野隆いうオッチャンが講師で、呼吸から、エチュードまで教えてくれて、なんだかそんな気になった。
「通年の講習会とかはないんですか?」
 司会の先生に聞いてみた。
「夏休みに、もう一回。そんで地区でも講習会があります。そこでまたがんばろう!」
 トンチンカンな答えが返ってくる。芝居は通年で訓練しなくちゃ身に着かないくらいは、素人でも分かる。

 で、文化祭。

 演劇部の前のダンス部は満員御礼だったけど、演劇部になったとたん潮が引くように観客が居なくなった。

 うちの演劇部は勘違いしている。戯曲も読むことをせずに自己満足の創作劇。一年生のわたしが読んでも戯曲の形になってない。演技は、ただの形だけだし、なんと言っても舞台監督が名前だけ。稽古場の管理も稽古日程の管理もできてない。たった十人の演劇部なのに、演技班と工作班に分かれていて、どうかすると、何日も顔見ない部員もいる。
 あたしは、一応演技班だけど、稽古中人の稽古見てないもんが多いのに違和感。
 そのくせ『U学院演劇部ブログ』の更新には熱心。交代で毎日更新している。中身は、よその演劇部とうちの誉め言葉と「ガンバロー!」のスローガンだけ。あたしに番が回ってきたときに、さっき書いた講習会の感想書いたら、すぐに部長に削除されて、別のプロパガンダに替えられた。

 もう、辞めます。

 夏休み前に宣言。

 だけど、人が足らんとか部員の責任とか言われて足止めされた。たしかに十人だけでコンクールの表と裏を切り盛りするのは難しいだろう。
 わたしは「責任」とか「人情」いう言葉には弱い。結局演技班から降りて工作班に。でも実質辞めたのも同じで、本番前と本番のスタッフの手伝いすることで手を打つ。

 コンクール……バカかと思た。

 五百人入るK高校の観客席に五十人ほどしか観客が入ってない。参加校は十二校やから、一校四人ちょっと。十二校中十一校が創作劇。公式パンフ見たら、93%が創作劇。うちの学校だけが特別じゃないことを実感。府全体がおかしい。

 もう、終わったらほんまに辞めようと思ったよ。

 審査にもびっくりした。

 最初で最後のコンクールでもあるので、最後まで観た。
 ありえない審査結果だった。
 声は聞こえない、話しはよく分からない、幕が下りても「え、これでおわり?」てな感じで、拍手がなかなかおこらなかったH高校が最優秀。うちの学校は二等賞にあたる優秀賞と創作脚本賞。

 審査員どこに目えつけとんねん!?

 ま、こんな話を直美としてたわけ。観客動員だと言われたので、わたしは直美にだけ頼んだ。直美は律儀な子で、わたしに付き合って全部見てくれた。
 直美はブロガーで、その日のうちに観た学校の感想をブログでアップロード。中身は、わたし同様に手厳しい。
「あのブログは、奈菜、おまえの入れ知恵やろ」
 部長から、そう言われた。あたしは直美から、こう言われた。
「観客動員や言うから行ったけど、連盟のサイト見ても会場も時間も書いてない。ちょっとどないかと思うよ」

 ごめんなさい、ウダウダと長くなりました、反省(;^_^。    奈菜……♡

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プレリュード・1《七月生まれ》

2020-06-16 06:33:44 | 小説3

・1
《七月生まれ》   



 

 本当は七と付けられるところだった。

 七月生まれなので音の響きもいいし、何といっても画数がたったの二画。覚えやすいし書きやすいので、そうつけられるところだったらしい。
 しかし、亡くなったお祖父ちゃんが「あんまり簡単すぎひんか」ということで、苗字の『渡辺』とのバランスやら画数の吉凶を考えた末に、生まれて五日目に「奈菜」と付けられたそうだ。

 
 今日は天神さんの1000人丸かぶりに行ってきました。

 朝の九時から並んで、早い者勝ちかと思ったら十時半から整理券が配られて、時間までに来た人はあらかた整理券もらってた。
 連れの直美といっしょに西南西の方角向いて、1000人の一人としてかぶりついてきました。

 え、なんで高校生が平日の朝から、こんなことができるかて?

 わたしは、U学院高校の三年生なのです。

 進路も決まって、事実上高校生活はおしまい。二十七日の卒業式まで、予行やらなんやらで三日行ったらジエンド。だから、今はほ毎日好き放題にやってます。

 大げさに言ったらモラトリアムかな……ちょっと心理学用語としては不正確。大学入学までは二か月。モラトリアムというのには短い。

 エピローグ……きれいに言えるほど、わたしの高校生活は美しいというか、充実していなかった。それになんだか店じまいみたいで今の気分には馴染まない。

 そこで、なんとなく浮かんだのがプレリュード。英語の授業で習ったんだけど、はっきりした意味は忘れた。

 それでも、電子辞書引くと、前触れ、前兆、前奏曲というような言葉が並んでた。けっこう本質的なところで理解してると自画自賛。そして、この方が前向きな雰囲気なので、大学入学までの二か月余りを記録に残すことにしました。

 繁盛亭に寄って古典芸能にいそしんでみよかと思ったけど、懐事情と時間を秤にかけて、繁盛亭の前にある赤い人力車の前で写メとっておしまい……と思ったら、その横に教科書で見た日本初の郵便ポスト。習った通り、真っ黒いボディー。よう見たら、なんとこれが現役のポスト。シャレが効いてますなあ。

 丸かぶり食べてお腹大きいから、喫茶店でお茶にする。

 天神橋筋商店街は、日本一長い商店街だけど、飲食店の数もはんぱじゃない。せっかくなので、古そうな店を探して入る。
「え、創立七十年なんですか!?」
 ウエイターのおにーさんに聞いたら、即返事。
「いやいや、戦前の分入れたら、あらかた百年や。そうだ、これをどうぞ」
 

 マスターがくれたのはお店の絵葉書。開店七十周年記念に作ったと言う絵葉書セット。昔の天六界隈のイラストが描かれている。常連客のイラストレーターさんが自分も勉強になるというのでコーヒー券十枚と交換で描いてくれたものらしい。

「あら、天神さんのが二枚入ってる」

「あ、プリンターで作った手作りやから、数え間違うたんやなあ(*´ω`*)」

「そうだ……」

「え、誰かに出すの?」

「自分宛てに、ほら、さっきのポスト」

「ああ、繁盛停の!?」

「それやったら、切手、原価で分けたげるよ」

 マスターに切手を分けてもらって、今日の日付と『プレリュードの始まり始り』とだけ書く。直美もその気になって天六商店街入り口のを選んで書きはじめる。

 直美と徒然なるままに喋って、もう一度繁盛亭に寄ってエア葉書を投函。投函して、なぜかポストに手を合わす二人。

「なんだか、神社にお参りの雰囲気になってる!」

 アハハと笑い合って、そういえば天神さんのお参りを忘れてるので、もう一度天神さんに寄って、きちんとお参りしておく。

 あっという間に三時半。

 天満の駅で、直美とは外回りと内回りでお別れ。

 わたしは外回り。桜ノ宮と大阪城公園の駅では、外の景色に注目。桜の木が、いかにもプレリュード。パッと見ではガリボチョの裸の樹だけど、枝のあちこちに硬い蕾を孕んだ春の勢いが感じられる。
 これが満開になるころには大学生。高校入る時とは違う嬉しい期待感。

 アイムホーム!

 ちょっと気取って英語で玄関に入る。

 そのまま三階の部屋に上がって着替えて降りる。
 で、ダイニングのテーブル見たら、なんと恵方巻のデッカイのんが人数分。正直ゲンナリ。
「ほんなら、西南西の方向いて」
 お母さんの言葉に、お父さんも亮介(アニキ)は素直に従う。わたし一人ちょっとだけ方角向いて、あとはテーブルでボソボソ。

「奈菜、調子悪いんか?」と亮介。

 天神さんに恵方巻食べに行くいうのん言い忘れてたとは、言えませんでした。     

 奈菜……♡

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新・ここは世田谷豪徳寺・42《駅の向こうの温故知新》

2020-06-15 05:59:36 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺42(さくら編)
≪駅の向こうの温故知新≫    



 

 前々から言ってるけど勉強は好きじゃない。

 だから、二学期の中間テストも後半だっちゅうのに身が入らない。
 日本史のテストなんか、暗記したこと全部書いたら、見直しもしないでい眠ってしまう。そんで蟻さんとお話しする夢なんか見てしまう。一昨日は、試験の後、家の近所まで帰りながら、公園に寄って、ガキンチョのころから乗り慣れたブランコに腰かけて二時間。アンニュイに身を任せながら、結論も出ない考え事をもてあそんでいた。

 来週残っている教科は昨日すませた。ノートやプリント見て、出そうなところをざっと見て。一回ずつ紙に書いておしまい。我ながら雑。定期考査と同じくらいの頻度でショッピングに行くときでも、もうちょっと熱心にネット見たりメモったりする。

 そーゆうデタラメな勉強の中、珍しく印象に残ったのが国語。
 
 太宰治の『富岳百景』がメイン。漢字の読み、代名詞の「それ」とか「あれ」が何を指すか。読書力というか本を読む馬力はあるから、一回読み直しておしまい。「富士には月見草がよく似合う」「棒状の素朴さ」「富士はなんの象徴か」「単一表現」とはなにか。プリントの答えを丸のまま頭に入れる。こういうことの答えを全部集めても、『富岳百景』は分からない。
 例えば「富士」というのは「軍国主義・封建主義・当時の文学などの権威」などと書けば正解。だけど、あたしは、これでは収まらない。権威の否定だけで納得できるほど人生は甘くない。太宰だって、そう思っている。それでも掴みきれない自分のいらだちが見えてこない。でも、そんなことを書いたって減点されるだけ。だから考えない。
 軍国主義への反対? 笑わせちゃいけない。太宰は、そこまで考えて書いていない。御坂峠の茶屋の母子に癒される……とんでもない。
 あの茶屋の主人は戦争に行って中国大陸で戦っている。もし、戦争というものの権威に反対するなら、太宰程の文才があれば、別の形で書いている。失礼だけど、教えてくれた国語の先生は、こんな事実も見落としたまま授業をしたんだ。あの先生の授業からは太宰の苦悩も、そこから出てくる命がけのユーモアも分からない。

 今日は録画したまま見てなかった『エヴァンゲリオン』を見た。

 なんで中学生が、ここまで苦しんでエヴァに乗り込んで、正体不明の「使徒」と戦わなければならないのか? 観ても読み込んでも出てこない。碇シンジが痛々しい。
 あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、作者も「使徒」の意味よく分かってないんじゃないだろうか。分かっていないからこそ、面白いと思っちゃうんだろうな。太宰の「不安」と共通する曖昧さ、漠然さ。それが「青春なんだよ」と言われても、あたしは納得しない。まあ、エヴァも太宰も壮大な思わせぶりにすぎない。そいつを大真面目に文学のふりとか大作アニメのフリをしているところが面白いわけですよ。

「あ、しまった!」

 お母さんが台所で叫んだ。どうやら生協に注文しておいた食材に、注文のし忘れがあったみたい。
「あたし、行ってくるよ」
 エヴァも最後まで観て「思わせぶり」を納得。当然消化不良。で買い物に行く。

 買い物は良い。メモしてもらったものを駅前のスーパーまで買いに行って、帰ってくる。お母さんが感謝してくれる。そして晩ご飯は滞りなく食卓に並ぶ。

 あたしは、こういう単純な問題と、問題解決が好き。

 長い話に付き合ってくださってありがとう、中間テストが終わったら豪徳寺名物の招き猫を買いに行きます。

 めったに行かない豪徳寺駅の向こう側、新しいファンシーショップが出来ているのを発見。そのウィンドウに可愛い招き猫があるのを発見したから。むろんレトロに作られた新製品。ひょっとしたら焼き物でさえなくてプラスチックかもしれない、高校生が、ふと買ってみようかと思うくらいの値段だしね。でも、なんちゅうか、温故知新風の感じがいいんだ。

 それを机の上に置いて、新しい温故知新が湧いてきたらね、またお目にかかるかもしれません。

 

 佐倉 さくら

                   新・ここは世田谷豪徳寺 完

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新・ここは世田谷豪徳寺・41《昨日の蟻さん?》

2020-06-14 06:05:50 | 小説3

新 ここ世田谷豪徳寺・41(さくら編)
≪昨日の蟻さん?≫    



 

 コップに半分の水をどう表現するか?

 もう半分しかない派と、まだ半分有る派に分かれる。

 あたしは「まだ半分有る」派のお気楽人間。
 だから、デフォルトのわたしは夏休みが半分過ぎても、お小遣いが半分になっても「まだ半分有る」と、ポジティブに生きている。
 でも、今度の中間テストでは逆だった「もう半分終わった!」と思って、マクサと恵里奈とついカラオケでハジケテしまった。
 一応は、マクサの家で勉強会という名目だったけど、10分もたつとガールズトークになってしまった。

 昨日の日本史のテストで居眠りして『蟻さんの夢』の話をしたのがよくなかった。マクサも恵里奈もケラケラ笑って勉強にならない。

「ちょっと休憩にカラオケでもいこっか!」

 お気楽が伝染した恵里奈が言いだした。言いだしたのは恵里奈だけど、同じように気が弛んでいたことは確かだ。けっきょくマクサんち近くのカラオケで5時まで遊んでしまった。夢の中の蟻さんが言ってたシンパシーなんだろうけど、気持ちの発信者はあたしだ。それくらいの自覚はある。

 三人それぞれ家に帰ってから、今日のテスト勉強はしてるので、ノープロブレムっちゃ、それまでなんだ。
 けども、あたしの気持ちはブルーだ。
 高校二年にもなろうかと言うのに、あたしは一年先の自分も見えていない。で、マクサや恵里奈のようにクラブとかにどっぷり浸かって高校生活をエンジョイしきっているわけでもない。その時その時の面白いことに引きずられ騒いでいるだけだ。

 お姉ちゃんは大学に行きながら出版社でバイト。近頃ではバイト以上の能力を発揮して記事のネタを拾っている。こないだの兵隊さんの髑髏ものがたりが大ヒット。むろん編集責任は本業の編集者になっているけど、中身はお姉ちゃんが集めてきたものだ。お姉ちゃんは、確実に自分の道を探り当てつつある。

 そうニイは、海上自衛隊の幹部で、全身生き甲斐のカタマリ。たまに帰ってくると、妹としてはとても眩しい。そうニイには、相変わらず無邪気でわがままな妹一般で通している。兄貴は「相変わらずのガキンチョ」だと思ってるだろう。

『ゴンドラの唄』が少しブレイクしかけた。YouTubeのアクセスも沢山あって、スカウトなんかも少し来た。

 でも、あれはひい祖母ちゃんが歌っているのといっしょ。けしてあたしの力なんかじゃない。それはあたしとひい祖母ちゃんだけの秘密なんだけど、お姉ちゃんは知ってか知らでか、あたしが、流れのままにそっちにいく道を閉ざしてくれている。

 本当は、今日の午後はラジオ出演が決まっていたんだけど、お姉ちゃんがNGにしてくれた。

 家の近所まで帰りながら、あたしは近所の公園のブランコに揺られている。子供のころから乗り付けたブランコ。あたしは、いつまでこうしているんだろう……。

 足許を蟻さんが歩いている。じっと見つめていると、ふいに蟻さんが顔挙げてあたしを見たような気がした。

 昨日の蟻さん? まさかね……。

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新・ここは世田谷豪徳寺・40《さくらの中間テスト・二限目》

2020-06-13 05:55:51 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺39(さくら編)
≪さくらの中間テスト・二限目≫    



 朝からやってもちゅうかん(昼間)テスト……なんて親父ギャグが出てくる。

 要は退屈なんだ。

 今は二限目の日本史。日本史って暗記科目。だから暗記したことをみんな書いたら、あとは退屈なだけ。
 終わりのベルがなるまで、あと15分……ちょっと長い。

 気づくと机の上に蟻が歩いている……消しゴムのカスに出会って、触角で何ものなのか確かめている。
「バカね、それは消しゴムのカスで食べ物じゃないわよ」
 教えてやると、まるで、それが聞こえたみたいに蟻が触角を止めてこちらを見たような気がした。

「そんなこと分かってるわよ」

 蟻が口をきいた。

「え?」とは思ったけど、さほどには驚かない。あたしはひい祖母ちゃんの霊とだって話ができる。
「じゃ、どうして、そんなカスに興味があるわけ?」
「考えてるのよ、なんの役に立つか」
「蟻さんが考える?」
「バカにしちゃいけない。蟻だって考えるわ。ただ人間とは考え方が違うけど」
「どう違うの?」

 蟻さんは、直射日光が苦手なようで、机の日陰になっている方に移動した。

「蟻はね、情報を共有して、何万匹って蟻が一斉に考えてるの。それぞれ何万分の一かの脳みそ使って」
「なんだか、あなたって話し方や言葉が女っぽいけど、女の子?」
「そんなことも知らないの? 蟻はみんな女の子よ」
「へえ、女の子ばっかでたいへんなんだ。そうだ、昔から不思議だったんだけど『アリとキリギリス』の結論て二つあるじゃん。どっちが正しいの?」
「ああ、最後に蟻がキリギリスを助けるか見捨てるかね?」
「そうそう。保育所のころは、助けるって聞いたんだけど、お父さんの図書館で調べたら、蟻はキリギリスを見捨てるの。どっち?」
「両方とも不正解よ」
「両方とも!?」

 あやうく大きな声になるところだった。

「蟻とキリギリスはコミニケーションなんかとらないの。死んだキリギリスは解体して食糧にするけどね」
「へえ、そうなんだ……」
「ちなみに、イソップ童話のもとは見捨てることになってるけど、あれは寓話だからね。それと人間だって蟻が持ってる能力が少し残ってるのよ」
「ほんと?」
「サッカーとか野球とかバレーボールとかの団体競技、なんか全員で一つみたいになることあるじゃない。あれって、蟻同士のシンパシーといっしょね」
「ああ……なるほどね」
「さくら、あなた答え間違ってるわよ」
「え、どこ?」
「硫黄島の読みは『いおうとう』太平洋戦争は『大東亜戦争』が正しいの」
「え、だって、こう習ったよ」
「教えてる方が間違えてるの。注釈付けて書き直す。ほらほら!」
「でも、だって……」
 意志が弱いので書き直すけど、口ごたえしてしまう。
「その読み方と、呼び方は戦後アメリカが日本に強制した呼び方。日本人なら正しい表現をしましょう」
「蟻さんが、どうして、そんな昔のことまで知ってるの?」
「言ったじゃない、蟻は情報を共有してるって。共有って横だけじゃなくて縦にもね……」
「縦って……むかしむかしのこととか?」
「そう、さくらだってひい祖母ちゃんとお話しできるじゃん。それの、もっとすごいの。さあ、もう時間ないわよ急いで急いで!」

 あたしは急いで書き直した。最後の(。)を打ったところで鐘が鳴った。

 鐘が鳴ったら目が覚めた。答案は……ちゃんと書き直してある。消しゴムのカスもきれいに無くなっていた。

 カスにも使い道はあるらしい。

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新・ここは世田谷豪徳寺・39《💀 髑髏ものがたり・8》

2020-06-12 05:55:38 | 小説3

新・ここは世田谷豪徳寺39(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・8≫    



「困ったなあ……」

 自薦他薦合わせて5組も阿部中尉の遺族が名乗り出たのだ。

 遺骨の管理権は一応トムから託されたあたしにある。そんでもって、トムに預けたアメリカ人のアレクのひい祖父ちゃんも「日本の遺族に返してほしい」という希望だった。
 DNA鑑定までやってるんだから、それをもとに一番血のつながりの濃い遺族に渡せばいいんだけど……ためらいがある。

 あまりに話が大きくなりすぎているのだ。

 下手をすれば、遺族の手によって見世物にされる恐れがある。現にあたし個人にもマスコミからの取材の申し込みがあった。 ただバイト先の雑誌社が正面に立ってくれて、遺骨の髑髏そのものを見せることはひかえてきた。
 遺族によっては、髑髏を見世物にして取材費用や拝観料をとって一儲けすることも考えられた。現にいくつかの番組制作会社からは、かなりの額の取材費の申し込みもあった。それは雑誌社を通して断ってもらっている。今のところ厳密なDNA鑑定を遺骨と「遺族」のみなさんにやってもらって時間を稼いでいる。

「あまり気にやまなくってもいいよ」

 阿部中尉が現れて、直接あたしに言った。思わず叫び声をあげるところだった。

 だって、お風呂の中なんだもん!

「この家で二人きりで話せるって、お風呂かトイレしかないよ」
 トイレは問題外だ。まあ、こっちを向かないことで妥協した。
「この七十年で見世物になるのは慣れっこだよ」
「だからこそ、もう阿部さんを見世物にしたくないのよ」
「それより、こんなことで君を悩ませている方が気詰まりだよ」
「でもね……」
 気づくと阿部さんが背中を流してくれていた。恥ずかしい気持ちはどこかへ行ってしまった。

 あたし、少しずつ阿部さんのことを好きになり始めていた。

「そんなことだろうと思った」

 そう電話してきたのは、さくらの『ゴンドラの唄』でお世話になった二輪明弘さんだった。
「明日、わたしの家にいらっしゃい。阿部中尉もいっしょに」

 ホンダN360Zに阿部さん乗っけて、二輪さんちにいった。

「さつき君の車が玩具に見えるね」
 阿部さんが無邪気に言う。ごっつい外車が4台も並んでいては、ホンダN360Zはたしかにオモチャだ。
「阿部中尉さん、こっちに移ってもらうわ」
 二輪さんが出したのは30センチほどの日本兵のブロンズ像だった。
「これはね、高村早雲さんて彫刻家さんが戦友の慰霊のために作ったブロンズ。昨日すこし手を入れていただいて、階級章を中尉にして……ほら、台座の下に『陸軍中尉 阿部忠』って、入れてもらったの。阿部さん、こっちなら移り甲斐もあるでしょ?」
「よく出来ていますね。いいですよ、こっちに移ります」
 阿部さんは、あっさりとブロンズに移ってしまった。
「はい。これで遺骨はただの髑髏。だれに渡しても平気よ。ブロンズはさつきさんがお持ちなさい、気の済むまで。いつか好きな人が出来たら、あたしのところか、近くのお寺にお納めすればいいから」

 結果的には、お兄さんのひ孫にあたる遺族のところに遺骨は引き渡された。案の定、ひ孫は取材で一財産稼いだ。

「でも、あれでいいんだよ。取材のためだけど、仏壇買って亡くなった兄貴の供養までやってくれたからね……おお、なかなか腕上げたね」
 いつのまにか、お風呂で阿部さんの背中を流すようになった。だって、こうしてると阿部さんには見られないからね。
「でも、阿部さん。ほんとにあたしのとこなんかでよかったの?」
「フフ……」
「なによ、気持ち悪い!」
「二輪さんは知っていたよ」
「何を?」
「自分は、もう70年前から靖国神社にいるんだ。あの髑髏に付いていたのは分身みたいなもの。でも幸せだよ。さつき君にここまでしてもらって。さ、目つぶって、お湯流すから」

 気づくと、いつのまにか体を洗ってもらう側になっていた。ま、いっか……

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新・ここは世田谷豪徳寺・38《💀 髑髏ものがたり・7》

2020-06-11 05:29:16 | 小説3

新・ここは世田谷豪徳寺38(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・8≫    



 イケメン中尉さんが戸惑ったような顔して桜子さんのやや後ろに立った……ところで目が覚めた。

 新聞の反応は直ぐには出なかったが、翌週、うちの雑誌が出たころから反応があった。

 反応は二種類。

 戦死者の首を切って骨格見本のようにした猟奇性と残虐性への表面的な興味。いわゆる怖いもの見たさ。
 それと戦争犯罪とまで主張するラディカルな反応。戦闘地域や時期がはっきりしているので、当時のオーストラリアの部隊や兵士まで明らかになった。
 オーストラリア政府は、当初は否定していたが、当時部隊にいた兵士が生きていて「本当だった」と証言した。この証言は証拠写真が付いていた。鍋の中で煮られる首と兵士たちの飯盒炊爨のように喜んでいる姿が生々しく写っていた。当然兵士の名前まで分かったが、すでに故人になっている。
「父がやったこととはいえ、これは死者に対する冒涜です。たいへん残念に思います。父に代わってお詫びします」
 年老いた故人の娘さんが涙ながらに謝っていた。
「写真は、野生のブタを煮ているところ。言いがかりだ!」
 という人もいた。

 科学技術というものは凄いもので、写真を鮮明にし、鍋の中の首と、頭蓋骨の特徴から90%の確率で同一人物のものであるということが分かり、オーストラリア政府が声明を発表するところまで行った。

 あたしは山下公園にいる。阿部中尉が「山下公園に行きたい」と夢の中で言ったから。

「ここはね、関東大震災の瓦礫を埋め立てて造った公園なんだよ。子供の頃から、よくここで遊んだもんだ」
 阿部中尉が言う。もう目が覚めていても姿が見える。あたしは人が見たら独り言を言っているように見えたかもしれない。
「あんまり嬉しそうなお顔には見えないんですけど、ひょっとして、あたしがやっていることって、余計なことだったですか?」
「……さつきさんや、惣一君には感謝している……」
「なんですか?」
「あれは異常な戦争だった、我々も褒められたことばかりやってきたわけじゃないしね……敵の兵隊を恨む気持ちは、自分にはない」
「そうなんですか……」
「あれは氷川丸だね、アメリカ航路の豪華客船だ」

 あやうく「大人二枚」と言うところだった。

 二人で氷川丸に乗った。陸軍中尉さんは子供のようにデッキを走り、タラップを上り下りした。

「そうだ、タイタニックごっこをしよう!」
「タイタニックごっこ?」
「ほら、二十世紀の終わりごろに映画になったじゃないか。アメリカでテレビ放送されるのを観ていた」
「案外ミーハーなんですね」
「ME HER? 英語かい?」
「いや、そうじゃなくて……」
 案外俗語の説明というのは難しい。
「ああ、思い出した。ミーハーのことか!」
「分かるんですか?」
「ああ、昭和の初めにはあったからね。ある事象に対して(それがメディアなどで取り上げられ)世間一般で話題になってから飛びつくことだ。ミーはみつまめのことで、ハーは林長次郎のことだ」
「林長次郎?」
「ああ、僕らの時代の二枚目スターさ。女の子の好きな、その二つをくっつけてミーハーになったんだ」
「そうなんだ」
「さあ、舳先に行こう」
「あそこ立ち入り禁止ですよ。監視カメラもあるし」
「なあに、五分ほど見えないようにすればいいんだ」
 阿部さんの言うことを信じて舳先の方へ。すると、動かないはずの氷川丸が白波を立てて、いっぱい向かい風を受け大海原を走り始めた。あたしたちは、無邪気にタイタニックごっこをやった。

 不思議なことに、映画と同じアングルでスマホに映像が残された。

 誰にも見せない、あたしだけの宝物になった。

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新・ここは世田谷豪徳寺・37《💀 髑髏ものがたり・6》

2020-06-10 05:55:56 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺37(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・6≫     



 

 そうニイは休暇の大半を髑髏の調査にあててくれた。

 陸軍第79連隊の阿部忠中尉であること、当時の住所、複顔したCG画像、DNAの鑑定結果まで付いていた。

「できたら、オレの手でご遺族を特定して、お返しできたらと思うんだけど。もう明日は出港だ、あとはさつきに頼めるか?」
「うん、ありがとう。あとはあたしの手でやるわ」

 あたしは、その足でバイト先の雑誌社に行った。編集長はじめご一同が喜んでくれて、中井さんという記者が担当して特集記事をくむことになった。
「これは良い記事になるよ。戦時中の悪いことは、みんな日本のせいみたいに言われてきたからね、日本人もこんな目に遭ってきたという証明になる。ちょっとキャンペーンを張ろう」
 あたしも同感だった。従軍慰安婦や南京のことで日本は言われっぱなしだ。日本の汚名を晴らす反証としてもやるべきだと思った。
 中井さんは、当時の住所から遺族を割り出そうと、横浜の○区の区役所まで電話で調べてくれたが、○区は戦時中の爆撃で、全域が焼失していて、そこから割り出すのは不可能だった。

 中井さんは、なんと、その日のうちに記者会見を開いた。

「……えーと言うわけで、この陸軍第79連隊の阿部中尉のご遺族を探すとともに、阿部中尉を始めとする日本人将兵が受けた残虐な仕打ちを世に問いたいと思う次第です」
 そして、阿部中尉に関する資料の写しが新聞社や放送局の記者に渡された。ケイサン新聞を始め、慰安婦問題では味噌をつけた日日新聞まで、こぞってこのニュースに飛びついた。

 その夜、夢に桜子さん(ひい祖母ちゃん)が現れた。

「さつき、この三日間ほど、本当にありがとう。お蔭で、あの兵隊さんが阿部中尉さんだってことも分かったわ、これでご遺族が分かって、先祖代々のお墓に入れれば、全て丸く収まると思うの。さくらといっしょに歌も歌えるし、阿部中尉さんのお役にも立てる。死んでから、こんなに望みが叶って、人のお役に立つとは思わなかった。ほんとうにありがとう」

 桜子さんの手が伸びてきて握手した。小さな手だったけど、ほんのりとした温かさが愛おしかった。

「桜子さん、二輪さんが言ってたけど、もう一つ望みがあるって……?」
「それはまだまだいいの。阿部中尉さんのことが決着して、全てが済んでからでいいわ。あ、阿部中尉さんが……」
 ベランダのサッシのところに、阿部中尉が立っていた。今日は鉄兜もとって空白だった顔も分かった。阿部寛の若いころによく似たイケメン。

 そのイケメン中尉さんが、戸惑ったような顔して、桜子さんのやや後ろに周った……。

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新・ここは世田谷豪徳寺・36《💀 髑髏ものがたり・5》

2020-06-09 05:48:25 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺36(惣一編)
≪💀 髑髏ものがたり・5≫    



 髑髏の身元判明への道は意外に早く開けた。

 窮したオレは艦長にメールを打った。5分とおかずに艦長本人から電話があった。
――ニューギニア戦線で、戦死された陸軍中尉さんなんだね?――
「はい、戦死後首を切られて……」
 全部を説明する前に艦長は的確な指示をくれた。

 そして、オレは防衛医科大の支倉教授を訪ねることになった。

「まずお骨を拝見しましょう」
 支倉教授は、合掌した後骨箱から頭蓋骨を取り出した。
「……これは酷いねえ。動物の骨格標本を採る時のように煮沸されている。頭骨の形状からアジア東部。日本人だとしたら、関東から東北南部の特徴が顕著、歯の状態から二十代の男性と思われるね……右上顎の第二臼歯に治療痕。これは日本の歯科医師の治療だと思う」
「分かるんですか?」
「長年遺骨を見てきた。初見判断でもこれくらいは分かる。よし、直ぐにDNA鑑定と複顔をやってみよう」
 技官がやってきて、わずかに骨を削りDNA鑑定にかかった。
「DNAは時間がかかるんでしょうね」
「ダイレクトPCRでやるから、すぐに結果が出るよ。お顔は……」
 教授が、パソコンのキーボードをいくつか押すと、数分でモニターに複顔した顔が現れた。
「阿部寛に似てますね……」
「推定身長……175~8だな」
 複顔は一度骨に戻り、全身の骨格が付けられ、さらに肉付けされていった。日本人離れした偉丈夫に見えた。
「関東から東北には、ときたまいるんですよ。分かりやすく言うと縄文系の特質ですな」
 教授は細々とした数値や特徴を言ってくれたが、専門的すぎて良く分からなかった。
「いろいろ調べさせてるんで時間つぶしに説明したが、余計だったかな……おお、なにか分かったようだな」
 教授は、廊下の足音だけで朗報だと分かったようだ。
「防衛省の戦史資料室からファックスです」
 若い技官がプリントアウトしたものを手渡した。
「ラム河谷の戦闘は第79連隊か。中尉は28人……5人は復員しているから、23人から絞り込めばいいんだな」
 教授は、79連隊関連の資料を検索した。3個大隊の集合写真が出てきた。
「これは、検索が早いよ……」
 集合写真なので、どの将兵も階級章がはっきり見える、その中から中尉を絞り込めば……28人の中尉のバストアップがモニターにHD処理をされた鮮明な画像で出てきた。

「「あ、これだ!」」

 教授と自分の声が重なった。

 偶然なのだろうけど、阿部忠という陸軍中尉だった……。

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新・ここは世田谷豪徳寺・35《💀 髑髏ものがたり・4》

2020-06-08 05:46:34 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺35(惣一編)
≪💀 髑髏ものがたり・4≫     



 

 

 自衛隊員たる者、常住坐臥、機に臨み変に応じ沈着冷静でなければならない。そうである自信もある。

 だが、これには驚いた。

 久々の上陸休暇で豪徳寺の自宅に帰ると、玄関の框で上の妹さつきが待っていて、そのまま狭いカーポートに連れていかれた。
「ホンダN360Zじゃないか、こんなレトロな車に乗ってんのか!?」
「車は、どうでもいいの。ちょっと中に入って」
 180に近いガタイを無理やり助手席に収めると、さつきがシートの後ろから、なにやら小汚い箱を取り出した。
 さつきは怖い顔をして蓋を開けた。

 で、常住坐臥など吹っ飛んだ。

 そこには、一目で人間のそれと分かる頭蓋骨が入っていた。
「さつき、おまえ、これ……!?」
「そう、髑髏よ。それも旧帝国陸軍中尉の……」
 それから、さつきは、その頭蓋骨にまつわる話と、夢にひい祖母ちゃんが出てきて話したことなどをまくし立てた。

「要するに、この中尉殿の身元を明らかにして遺族にお返ししたい。ついては、オレになんとかしろってことだな……?」

 さつきは、黙ったまま頷いた。

「……分かった」

 当てがあっての返事ではない。激戦のニューギニアで戦死し、その首を刈り取られ、骨格標本のようにされた旧軍人を、自衛隊員としては放置しておくわけにはいかない。
「こんな車の中に放置しておいちゃいけない。仏壇の前に安置しよう」
「でも、お母さん、こういうの苦手だからいやがるよ」
「そういう問題じゃない。車を出せ!」
 オレはさつきに命じて、豪徳寺近くの仏具屋に行き、新しい骨箱と4寸用の骨箱覆いを買って入れなおした。

「母さん、殉職した先輩の遺骨を預かってきたんだ、今夜一晩仏壇の前に置かせてくれ」

 大きな意味では間違いではない理由を言って納得してもらった。それでも渋い顔をするので話題を変えた。
「さくらのやつ、なんだか急に歌で有名になったな。艦の中でも聞いてるやつがいてさ。『佐倉さくらってのは、君の妹さんじゃないか?』って艦長に聞かれて返事のしように困ったよ」
「困ることないじゃないか、ちょっと曲は古いけど、アイドルの『ア』ぐらいにはなってるんだから自慢しときゃいいじゃない」
「自慢はしないけど、艦長に聞かれて白も切れないから、そうですって返事したよ」
「それでよろしい」
「おかげで、こんなにサイン頼まれちまったよ」
 白地に碇のマークやあかぎのロゴの入ったハンカチの束を出した。
「で、さくらは? そろそろ帰ってくる時間じゃないの?」
「フフ、それがラジオに出演するって……あら、そろそろ時間!」
 おふくろは古いCDラジカセを出して、無邪気に末娘の紙屑が燃えるようなバカ話に、うんうん頷いて、さつきといっしょに喜んでいる。
 
 オレは、その間、残った休暇で大先輩の身元確認に頭を悩ませるのだった……。

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新・ここは世田谷豪徳寺・34《💀 髑髏ものがたり・3》

2020-06-07 05:31:19 | 小説3

新 ここは世田谷豪徳寺34(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・3≫     



 さつき……さつき……

 わたしを呼ぶ声で目が覚めた。

 もう夜が明けかけているようで、外はほんのりと明るく、その光をバックライトにして帝都の制服を着た女の子が正座している。一瞬さくらかと思った。だが、さくらがこんなに早く起きて身支度しているわけがない。という常識が頭をよぎった。

「あたしよ、あたし、桜子よ」
「桜子……ひいお祖母ちゃん!?」
「大きな声出さないで、さくらが起きてしまう」
「大丈夫、さくらは爆弾でも落ちてこない限り目が覚めないから。ねえ、さくら」
「う~ん……」

 さくらは寝返りを打ったかと思うと、オナラで返事した。桜子ひい祖母ちゃんが口を押さえて笑うのを我慢している。

「でも、ひい祖母ちゃん。ひい祖母ちゃんは、さくら専門じゃなかったの?」
「ヒヒヒ……そのひい祖母ちゃんてのは止してくれる。せっかく、こんな女学生の時のナリで出てきてるんだから」
「じゃ、なんて?」
「さくらって呼ばれてたけど」
「それじゃ、さくらと区別つかないよ」
「じゃ、桜子。ちょっと呼びにくいけど」
「桜子……さん。御用はなーに? 言っとくけど、あたしに憑りついても、さくらみたいに上手く歌えないからね」
「そうじゃないわ。さつきが車の中に入れてる兵隊さん」
「あ……ああ!」

 もしやと思って、サッシからポーチのホンダN360Zを見た。

 すると、車の傍に、鉄兜の兵隊さんが立っていた。

 目が合ったような気がしたので、目礼すると折り目正しい敬礼が返ってきた。でも……鉄兜の下の顔が無かった。

 でも、不思議に怖さは湧いてはこない。

「恥だっておっしゃって、お顔も見せてくださらないし、名前もおっしゃってくださらないの。あたしが分かるのは、階級章で歩兵の中尉さんだってことぐらい。ご本人は日本に帰れただけで嬉しい。身元なんか探さずに、川の土手にでも埋めてもらえば結構だって……でも、それじゃ、あまりにお可哀想。今は科学が進歩してるんだろ。なんとか元のお顔を復元して身元を確認してご遺族のもとにお返ししてあげられないかしら」
「う~ん……そうだ、そうニイに相談してみる。自衛隊だから、なんとか面倒みてくれると思う!」
「ああ、それいいかもよ! あ、夜が明けるわ。名残惜しい、さつきとももっとお話ししたかったんだけど、あたし、あたしね……」
 サッシから差し込んできた光を浴びて、ひい……桜子さんは消えてしまった。

 そこで目が覚めた。横を向くと、さくらがお尻向けて寝ていた。カマされてはかなわないので、早々に起きる。

「あら、早いのね」

 ダイニングに下りるとお母さんに言われた。お父さんが朝ごはんを食べていたので、久々に三人で朝食。あの話をしようかと思ったけど。車の中に髑髏があるなんて言ったら、お母さん卒倒しちゃう。まあ、あとでそうニイに電話で話そう。

「あ、そうそう、惣一休暇で帰ってくるって」

「ほんと!?」

 渡りに船と思ったさつきでありました。

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新・ここは世田谷豪徳寺・33《💀 髑髏ものがたり・2》

2020-06-06 05:44:34 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺33(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・2≫
         


 大学とは言え、キャフェテリアには全然似つかわしくない物だった。なんたって本物の頭蓋骨💀なんだから!

 トムの話は、こうだった。
 
 アレクのひい祖父ちゃんが、ニューギニアで戦っていたとき、オーストラリアの兵隊とポーカーをやって巻き上げたのが、この髑髏。ここまで聞いたところで、あたしはニューギニアなんかで昔行われていた首狩りの戦利品、それを土産代わりにオーストラリアの兵隊が現地の人からつかまされたガセだと思った。

 ところが、話は想像を超えていた。

 ニューギニアのラム河谷というところで、日本軍とオーストラリア軍の大激戦が行われ、数日間の戦いで日本軍は全滅した。オーストラリア兵は、戦場の異常心理なんだろう……日本兵の死体から首を切り落とし、ドラム缶の鍋で煮詰めて髑髏の標本のようにしたらしい。戦争も末期になって、連合軍に余裕が出てくると、こういう残虐な行為は禁止されるようになったけど、激戦ばかりの中期には、よくあったことらしい。
 ひい祖父ちゃんは、アメリカに持ち帰ったが、戦争が終わって復員すると、日々の忙しさにかまけて忘れてしまった。アメリカでも、戦後の復員兵の再就職は難しい時期があったようだ。

 それが、80歳を超えて、自分の持ち物を整理していると、これが出てきた。むごいことをしたと思ったそうだ。たとえ自分はポーカーの戦利品としてオーストラリア兵から巻き上げたものだとはいえ、良心が痛んだ。そこで日本に留学する曾孫のアレクにこれを預けた。
「できたら遺族の方に返してあげて欲しい」
 アレクは留学費用の半分をひい祖父ちゃんの世話になっているので、断ることもできず持ってきてしまったが「いつかやろう」が一日延ばしになってしまい、とうとうアメリカに帰る前日になり。スコットランドの独立騒ぎで半分酔っぱらっていたトムに押し付けていったそうだ。
「高坂先生に相談してみたら?」とトムは言ったらしいが、アレクは首を横に振った。そのわけは、実際に相談に行って分かった。

「こんなものガセにきまってるじゃないか。クジラ獲るのにも目くじらたてる国だぜ。オーストラリアが、こんな非人道的なことするわけないじゃないか。それに本物の骨というのも怪しい。最近のレプリカはよくできてるからね。まあジャンク屋にでも持っていけば、ちょっとした値段で買い取ってくれるかもしれないぞ。あ、今のクジラと目くじらのギャグ気が付いた?」
 高坂先生はけして悪い人じゃないけど、根っからの市民派。日本人の非道はたとえ朝日新聞が撤回しても信じてやまないけど、外国人が日本に非道なことをするわけがないと信じ込んでいる。アレクもオチャラケたアメリカ人だったけど、なかなか人を見る目はあったようだ。

「分かった、あたしが預かる!」

 江戸っ子の心意気で引き受けてしまった。でも、さすがに家の中に入れるのは気が引け、愛車のマンボウ(ホンダN360Z)の座席の後ろに置きっぱにしてある。

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新・ここは世田谷豪徳寺・32《💀 髑髏ものがたり・1》

2020-06-05 05:50:38 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺32(さつき編)
≪💀 髑髏ものがたり・1≫     



 

 

 二輪さんは、ひい祖母ちゃんの桜子と二言三言話したようだ。

「……そうなの。その望みは叶うといいわね」
 二輪さんはそれだけ言って、あたしたちには何も言わないでニコニコ。
「これは桜子さんとわたしの秘密。でも安心して、あなたたちに影響するようなことじゃないから。ま、なにかあったら電話。ね」

 ということで終わってしまった。

 桜の歌のアクセスは70万で頭打ちになった。その日の午後は5000件ほどのアクセスで終わった。
 家に帰ると、二社ほどプロダクションから電話があったみたい。いずれもネットで検索すると怪しげと言っていい三流事務所。
「あたしが断りの電話しようか」
「そんなの、とっくに断ったわよ」と、お母さん。
「あら、雑誌の取材とか来てるじゃん」
「え、ポップティーンとか!?」
 単純な妹は単純な連想をして喜んでいる。
「オッサン向けの週刊誌。あとラジオが一本」
「それは受けといた。パーソナリティーがお気に入りだから」
「あーあ、もう一本ぐらいテレビ出たいなあ」
「お姉ちゃんがマネジメントしたげるから。さくらも桜子さん(ここは小さな声で言った)も気のすむように」
 お母さんのお祖母ちゃんが、いっしょにいるんだよ~……は言わないことにした。お母さんは、ドライに見えて、存外こういう話には弱い。

 スマホにメールが入っていた。

 ほら、スコットランドの独立騒ぎで大騒ぎしたスコットランド人。トーマス・ブレ-ク・グラバー。

 昼休みに話があるから付き合って欲しいという内容。

「で、なによ、学校でしか話せないって話は? プロポーズしようってんのならお断り。NHKの『マッサン』の逆やるつもりはないから」
「それはないよ。さつきとはただの友達だ」
「そうあっさり言われても傷つくんだけど」
 トムは日本語はうまいけど、人間的な情緒という点では小学生並だ。で、その小学生並は、いわくありげな古ぼけた木箱を取り出した。
「中身が婚約指輪だったらギネスものだったでしょうね」
「これ、寮の隣のアレクから預かったんだ」
「アレクって、ワシントンから留学に来てた?」
「ああ、あの全身アメリカンギャグでできてるような」
「じゃ、これビックリ箱かなあ?」
「あいつ、一昨日の便でワシントンに帰った。で、これを預けていったんだ……」
 そう言いながらあっさりと箱の蓋をあけた。
「うわー、上手くできてるわね。もう少し大きけりゃ本物に見える」
「本物だよ。年数がたって少し縮んじゃってるけど」
「え……」

 それは大学とは言え、キャフェテリアには全然似つかわしくない物だった。

 なんたって本物の頭蓋骨💀だったから!

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新・ここは世田谷豪徳寺・31《尾てい骨骨折・8》

2020-06-04 06:04:31 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺31(さくら編)
≪尾てい骨骨折・8≫    



 

 それは番組が終わってすぐだった。

「わたしの楽屋に寄ってらっしゃい、お姉さんも、どうぞ」
 二輪さんに促されて、付いていこうとしたら、足がもつれた。
「オットトト……!」
「あなたも、どうぞ」
 二輪さんが、あらぬ方向に向かって言った。二輪さんの部屋にいくとマネージャーとお付きの人がいたけど、二輪さんが目で合図すると、阿吽の呼吸で部屋を出て行った。
「お姉さんはそちらに。さくらさんは正面。左端は空けてね。桜子さんがお座りになるから」
「え、ええ!?」
 びっくりした。だって部屋にはあたしの他はさつきネエと二輪さんだけだったから。

「ひいお祖母様の桜子さんがいっしょにいらっしゃるの。驚かなくてもいいから。ね、そうでしょ……ハハ、そうなの。桜子さんお彼岸に帰り損ねたの?」
「ひい祖母ちゃんが、いっしょにいるんですか?」
 あまり不思議な感じはしなかった。
 お姉ちゃんは、あたしの横あたりを見ているが視線が定まらない、見えていないのだ。
「見えるようにしましょう。いいでしょ桜子さん?」
 どうやらひい祖母ちゃんも同意したらしく、お姉ちゃんが後ろにまわって、左隣を空けたツーショットになった。
「はい、これでどう?」
 二輪さんのスマホには、あたしの横に同じ帝都の制服を着たお下げの女の子が透けて写っていた。
「あ、さくらに似てる!」
「そりゃ、血がつながってるし、想いが重なってるんだもの。でも、こんなにはっきり写るなんて、想いが強いのね」

 それから、二輪さんを通してひい祖母ちゃんとの会話が始まった。

 ひい祖母ちゃんは戦後大恋愛の末に十九で結婚した。ひい祖父ちゃんは戦争で復員したら、戦死したことになっていて奥さんは弟さんと再婚していた。ひい祖母ちゃんの家も跡取りの兄が戦死していたので、二つ返事で養子に入ってくれた。当時は、よくあった話らしい。二十歳でお祖父ちゃんが生まれ、お祖父ちゃんが成人した年にひい祖母ちゃんの桜子さんは亡くなっている。

「どうして、女学生の姿で出てくるの?」

「……それはね。桜子さんは空襲のとき熱風を吸い込んじゃって、声帯を痛めて歌が歌えなかったの。で、心残りだったのが女学校の音楽の試験で『ゴンドラの唄』が歌えなかったこと。今年のお彼岸で、さくらちゃんが歌のテストが近いんで、つい、憑依しちゃたって。同じ学校で、同じ音楽のテストで……ハハハ、さくらちゃん、半日一人カラオケやらされたの忘れてるでしょ?」
「あ、さくらひどい声して帰ってきたじゃん!」
「あ、お姉ちゃんにのど飴放り込まれた……」
「恥ずかしいから、記憶から消したんだって……え、それはダメ」
「え、ひい祖母ちゃん、なにか言ってるんですか?」
「さくらちゃん、YouTubeのアクセスすごいでしょ。で、桜子さんは、気を良くしちゃってアイドルになりたいって!」
「エエ……!?」

「それいいかも。あたしマネージャーやります!」

 お姉ちゃんが二つ返事。軽はずみはうちの家系のようだ。

「桜子さんは想いが強すぎるから、さくらちゃんの人格まで支配してしまう」
「どういうことですか?」
「さくらちゃん、あなた、尾てい骨骨折してるでしょ?」
「え、どうしてご存じなんですか?」
「あれで、一瞬心に隙間ができて、悪気はないんだけど、桜子さんジワジワと憑依しちゃった。まあ、いま反省してるみたい。さくらちゃん自身歌の才能があるから、いろんなところから声がかかるでしょうけど、けしてプロになっちゃダメ。むつかしいけど、アマチュアで時々やるぐらいにしておいて。さくらちゃんは自分自身のものなんだから。まあ桜子さんも分かってるみたいだから、大丈夫でしょ。このことは、わたし達だけの秘密にしておきましょう。わたしの番号教えておくわ。困ったことがあったら、どうぞ相談して。じゃ、お引止めしてごめんなさいね」
「いいえ、こちらこそ」
 姉妹そろって頭を下げる。さつきネエはちゃっかりサインをもらっていた。
「では失礼します」
「はい、それじゃ……ちょっと待って!」
 ドアを閉めようとしたら、二輪さんが声を掛けてきた。

「桜子さん、もう一つ秘密があるみたい……」

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