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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ぜっさん・12『当然凹む』

2020-08-28 06:51:27 | 小説3

・12
『当然凹む』     



 大阪に来て三か月ちょっと。

 転校してきたその日に瑠美奈って親友ができたこともあって、大阪には疎い。
 だって、そうでしょ、基本的には家と学校の往復だし、出かけるときも瑠美奈といっしょ。
 たまの外出も出かけるというよりは、連れてもらっている感じ。
 だから大阪のことには慣れない。特に地理的にはね。

 地理的どころか、エスカレーターでも失敗する。

 うっかり右側を空けて、後ろから咳払いされることがある。
 なんで大阪は左側を空けるんだ! 最初はそう思った。瑠美奈には言えないけど、大阪は野蛮だ! と思ったよ。
 ま、理屈じゃないんだけどね。横断歩道のフライング、これはいただけない。梅田の横断歩道で実感、なんたって信号の横に「青信号まで〇秒」ってシグナルが出る。それが出ているのに大勢がフライングする。この時の憤りがあるので、エスカレーターの左空けにも腹が立つ。
「ハハハ、ほんでも左側空けるのが、世界的には標準やねんで!」
「うそだ!」
 瑠美奈に言われて検索したら、その通りだったので、余計にムカつくのよ!

 で、たまには一人で出かけて大阪に慣れようと努力をするのだ!

 お気に入りのワンピにストローハットで家を出る。
 目指すは天王寺公園。ゆっくり季節の花を愛でることにした。
 エスカレーターも、ちゃんと左側を空け、無事に四天王寺前夕陽ヶ丘の駅に着く。
 ほんとうは、もう一駅向こうの天王寺なんだけど、ある程度歩いておかなきゃ距離感や方向感覚が成長しない。

 えと……こっちだな。

 地下鉄の階段を上がって、一度だけスマホで確認。
 地下鉄の出口を間違えると、うっかり南北を間違えて反対側に行ってしまう。
 方角を見定めて歩きはじめると、押しボタン式の横断歩道でお婆さんがオロオロしている。押しボタン式というのは青の時間が短い。きっと渡るきっかけを失ってテンパってるんだ!
「お婆さん、おぶさって!」
 ちょうど信号が青になったので、わたしはしゃがんでオンブするようにお婆さんを促した。
「行きますよーーーーー!」
 四車線を跨いでいる横断歩道を、お婆さんをおんぶして、小走りで渡る。
 信号待ちしている車の運ちゃんが、微笑ましそうに笑っているのがこそばゆい。

 美少女がお婆さんを助ける爽やかな夏の一コマ! うん、絵になるだろうなあ……なんて妄想してしまう。

「はい、お婆ちゃん、渡れましたよ!」
 吹き出す汗も清々しい。
「あのなあ……さっき苦労して、あっちに渡ったとこやねんがな」
「え、えーーー!?」
「もー、きょうびの若いもんは」
 で、押しボタンを押して、次の青で渡りなおした。

 当然凹む。

「ごめん、遅くなっちゃった!」
 天王寺公園の前で待っていた瑠美奈に謝る。
「どないしたんよ?」
「いや、実はね……」
 遅れた理由を言うと、笑い声がステレオになった。
 いっしょに待ちをきっていた藤吉が瑠美奈といっしょになって笑っている。
「もーー、なによ二人して!」
「あのお婆ちゃんは有名人でな……」

 この界隈では有名なお婆ちゃんで、若い者をおちょくっては喜んでいるお滝婆さんということだった。

 もーーーーー! 大阪って嫌いだーーーーーー!

 

主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・11『お待たせ!』

2020-08-27 06:19:21 | 小説3

・11
『お待たせ!』     


 

 せっかくの美人が台無しだ。

 そう思うくらい、薬丸先輩の怒った顔は残念だ。
「そんな看板倒れな演劇部、さっさと畳んでしまいーよ!」
「結果を見てから言うてください」
「結果も何も、コンクールにも出えへんで、演劇部ていわれへんやろがーーーー!!」
「いいえ、立派な演劇部です」

 パシーーーーーン!! 

 瑠美奈を張り倒した音は教室中に響いた。張り倒した薬丸先輩はドタドタト音をさせて教室を出て行った。
「あんまりだよ!」
 わたしは、椅子を蹴飛ばして薬丸先輩を追いかけようとした。
「追いかけてもラチあかん。こじれるだけやから止めといて」
 左の頬っぺたを赤くしたまま瑠美奈が止めた。
「保健室行った方がええんとちがう?」
 蚊の鳴くような声で毒島さんが心配した。
「大丈夫、こんな腫れすぐにひくさかい。うん、歯ぁ食いしばってたから口の中も切ってないから」

 えと……この事件のあらましはね。

 たった一人の演劇部員である瑠美奈に「今年こそはコンクールに出なさいよ!」と先輩の薬丸先輩が文句を言いに来て「コンクールに出るばっかりが演劇部とちゃいます」と、瑠美奈が可愛くない返事をしたのが発端。

 薬丸先輩は、三年生で評判の高い美人。で、元演劇部。去年のコンクールでは取り巻きの生徒を集めてコンクールの本選にまで進んで、優秀賞と個人演技賞を獲っていた。本人は、それを汐に引退したそうだけど、演劇部への情熱は、いまだに沸々と沸き立っているようなのだ。

 教室は放課後ということもあるんだけど、薬丸先輩が怒鳴り始めてから減り始めて、瑠美奈が張り倒された時には四人に減っていた……って、いつのまにか、もう一人消えていた。

「藤吉……残ってくれていたと思ったのに」
 自販機で、思いもかけず優しいところを見せてくれたので、期待値が上がっていた分腹が立つ。
「藤吉はバイトがあるもん、しかたないよ」
 見透かしたように瑠美奈が言う。

「お待たせ!」

 汗を垂らしながら藤吉が帰って来た。
「ま、これでも飲んで切り替えようや」
 藤吉は手にぶら下げた袋からモーニングショットを取り出して配った。
「独断と偏見やけど、おれ的には、これが一番しっくりするねん。ぜっさんもそうやろ!」
 藤吉は、それまでの「敷島さん」から女子の間だけの愛称の「ぜっさん」で、呼んだ。タイミングのいいジャンプだ。

 ショックだったけど、結果的には友だちの距離が縮んだ放課後だった。


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・10『初めての水泳授業』

2020-08-26 06:19:35 | 小説3

・10
『初めての水泳授業』    



 毒島さん、やっぱり学校では暗い。

 朝「お早う、毒島さん」と声を掛けたけど、毒島さんは、顔も見ずに「うん」と小さく頷いたきり。
 きのうホワイトピナフォーでの毒島さんは、嘘みたいだ。
 でも、こんなに毒島さんのことを意識したのは初めてなので、いいことなのだと思う。

 四時間目は、日本橋高校に転校してきて初めての水泳授業。

 正直緊張する。

 水泳そのものが好きではないということもあるけど、やっぱスク水に着替えるのがね……。
 なんたって、水着と言うのは体の線がクッキリ出る。
 そんなに自分の身体を良いとも悪いとも思わないんだけど、同性ばかりとはいえ、人目に晒すのは抵抗がある。
 
 それと着替え方。

 アニメなんかだと、さっさと裸になって水着を着てるけど、現実にはあり得ない。
 極力肌を見せないように着替えるんだけど、その着替え方に大阪ローカルの作法があるのではと考えてしまう。
 もし、パパっと着替えてしまうのなら、それはそれでいい。おおむね東京よりサバサバした感じがするので、アッケラカンと脱いでしまうのかなと思っていたりする。ちょっと恥ずかしいけど、パパとの方が潔くて簡単に済むから、その方がいいかなあとは思っている。
「ねえ、大阪の子ってどんな風に着替えるの?」
 瑠美奈にでも聞いてしまえばいいんだけど、なんだかイジイジと気弱く意識しているようなので、聞けない。

 きのうホワイトピナフォーでシャワーを浴びた時はあっさりしていた。ま、瑠美奈を見習っておこう。

 で、結果的には、大阪も東京も、そんなには変わらない。
 ただ、着替える速度が速い。
 わたしが水着に片足突っ込んだ時には、瑠美奈は着替え終わっていた。他の子も同じくらい早い。
「十分間に合うから……」
 瑠美奈は、そう言ってくれたけど、平均から遅れているというのは、やっぱ焦ってしまう。
「ウ…………!」
 唸った時には、まだバリアーの役目を果たし終えていないスカートが落ちてしまった。

 プールサイドに出る。ほとんどの子たちが揃っている。

 毒島さんが目に入る。前を隠すように手を組んでうつむき加減。
「さっさと並んで準備運動!」
 先生が叫ぶ。いつもの体育よりも厳しいような気がした。
 準備運動は、それまでの体育と違って名列順に並んだりはしない。瑠美奈・わたし・毒島さんの順で並んでしまった。
 身体を捻って旋回運動するときに、手が毒島さんの胸に当たってしまった。
「ごめん!」
 とっさに声が出て、合った毒島さんの目は意外に穏やかだった。

 ひょっとして、変に意識しているのはわたしの方? と思ってしまった。


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・09『神メイド その名は皇ルミカ』

2020-08-25 06:10:10 | 小説3

・09
『神メイド その名は皇ルミカ』    



 可愛いメイドさんがプラカードを持って立っていた……。

 で、メイドさんは「あ、敷島さんと加藤さん!」とピョンピョン跳ねながら手を振る。
 それが、同じクラスの毒島(ぶすじま)さんだと気づくには数秒かかった。

「いやー、ティッシュ配りのついでに迎えにいこかとしてたとこよ!」

 元気で可愛い笑顔をされると、これが、あの毒島さんかと、また思ってしまう。
 毒島さんは、学校ではドンヨリしてる。なんだか、学校に居るのが苦痛のようで、彼女に話しかける者も、あまりいないし、彼女から話しかけてくることもない。勉強は普通の成績のようだけど、授業中に当てられたりすると、俯いて何も答えらない。
 日本橋高校は、めったにいじめとかはないんだけど、彼女の場合、名前を呼んだだけで……ちょっとね。

「あたし、ここでは皇ルミカ(すめらぎるみか)なの。あ、とりあえず制服に着替えてもらえる?」

 案内されたロッカールームでフリフリのメイド服を渡される。
「汗みずくで着ていいのかなあ?」
「ごめん、順序が逆よね。廊下出た突き当りがシャワールーム、狭いけど二人いっぺんに入れるわよ」
 シャワーを浴びてメイド服に着替える。サッパリしたんだけど、どうも気恥ずかしい。
 だってメイド服なんて初めてなんだもん。
「ま、文化祭だと思ったらヘッチャラだよ」
 毒島、いや皇ルミカさんは、そう言いながら、わたしの顔に薄くメークをしてくれる。瑠美奈はもう一人のメイドさんにやってもらっている。

「「「「お帰りなさいませ、ご主人様あ~♪」」」」

 お店に入ると、フロアーに居た四人のメイドさんの声がハモった。ちょうどお客さんが入って来たところなのだ。
「お客さんじゃないわよ、ご主人様」
 ルミカさんに笑顔のまま注意された。
「「あ……」」
「今日は、ここで立っていて、雰囲気に慣れてくれるだけでいいから」
「「ハイ」」
「緊張しなくていいわよ、背中が丸くならないように。そして踵を揃えて、手はオヘソの所で右手が上ね……そそ」
 学校とは逆に毒島……皇さんが饒舌で、わたしたちは「あ」とか「はい」とかしか言えなくなっている。
「お、ラッキー、今日はルミカさんが居るんだ!」
 お客さん……ご主人様の一人が気づいて嬉しそうに手を挙げた。
「お帰りなさいませご主人様、今日はお買い物ですかあ」
 ニコニコ笑顔でテーブルに向かうルミカさん。
「……そなんですか、フフフ、ご主人様お上手です!」
「ハハ、ルミカさんこそ」
「そう言えば、ご主人様あ……あ、お帰りなさいませ~♪」
 ルミカさんは水を得た魚のように、フロアーを回遊している。こんなに明るく元気な彼女を見るのは初めて。
「ねえ、ルミカさん。あちらのメイドさんは?」
 ご主人様たちの視線が、わたしたちに向けられた。
「ご主人様ったらお目が高~い! あの二人は来週から入ってもらう新入メイドで~す」
「「「ほ~~~」」」
 瀬踏みの視線でなど見られたことが無いので、アセアセになってしまう。
「何曜日に来たら彼女たちに会えるのかなあ?」
「ウフフ、それはまだ神さましか御存じではありませんの~」
 
 そう、わたしたちは9月いっぱい、メイド喫茶で働くことになったのよ……。

 お店は、ホワイトピナフォー……だったよね、瑠美奈さん?
 


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・08『あーーーーーーハズかったあ!!』

2020-08-13 06:15:40 | 小説3

・08
『あーーーーーハズかったあ!!』  


 

 

 わたしたちの府立日本橋高校は日本橋にある。

 最寄りの駅は、地下鉄日本橋駅。あたりまえっちゃあたりまえ。
 西のアキバと言われる日本橋……意外なことに、あまり行かない。

 なぜって……日本橋の繁華街は日本橋にはないから。

「でも暑いねえ……」
「ごめんね、この道しか分からへんから」
 地図を見ている瑠美奈が申し訳なさそうに言う。
 わたしと瑠美奈は学校から堺筋に出て南に歩いている。もう500メートルは歩いているんだけど、日本橋の賑わいはツーブロックほど向こうのようだ。

「あ……」

 瑠美奈が立ち止まった。
「どうかした?」
「あ、いや…………その……」
 なんだかモゾモゾしている。
「ん……?」
「ちょ、ちょっとね」
……おトイレいきたいとか?
「ちゃ、ちゃうよ! いこか」
 瑠美奈は不機嫌そうに、サカサカと歩き出した……で、不幸なできごとがおこった。

 うっわーーーーーーー!!!!

 少し前を歩いていた瑠美奈のスカートが派手にまくれ上がってしまった。
 地下鉄だかビルだかの排気口が歩道の上にあって、瑠美奈は、まともにその上を通過中だったのだ。形の良い太ももの付け根のとこまで見えて、パステルピンクの下着が食い込んでいる。
「瑠美奈!」
 わたしは、瑠美奈の手を取って脇道に駆け込んだ。

「あーーーーーーハズかったあ!!」

 脇道の脇道に入ったところで立ち止まった。二人ともどっと汗が溢れる。
「あ……道わからんようになった」
 二つ角を曲がったように思っていたんだけど、元の表通りには戻れない。どうも慌てふためいていたようだ。
「えと、ええと……?」
 地図と景色を見比べるけど、初めての通りなので見当がつかない。
 居並ぶ店の看板を見て手がかりを探す。

「あ、敷島さんと加藤さん!」

 びっくりして振り返ると、可愛いメイドさんがプラカードを持って立っていた……。
 


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任

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ぜっさん・07『ま、幸先のいい二学期の始まり』

2020-08-12 05:56:58 | 小説3

ぜっさん・07
『ま、幸先のいい二学期の始まり』   



 一夏閉めきっていた教室は臭う。

 何の臭いだろう……ティーンの男の子と女の子の臭い、ちょっと甘ったるい、多分ジュースとかが腐りかけている臭い、ホコリとチョークの臭い、その他もろもろ。

 まだエアコンが使える時間じゃないので、窓を全開にする。臭いに染まった空気がモワっと動き出す。

 昨日で夏休みが終わって、今日から新学期。
 遅刻したらどうしようと思っていたら、いつもより30分早く目が覚めた。で、新学期モードになっていたわたしは31分早く学校に着いてしまった。1分早くなったのは、新学期の緊張か、少しでも早く冷房の効いた電車に乗りたかったからか。

 ブーーーーーーーーーン

 携帯扇風機を回す、顔とか首とか腋の下とかあててみる。湿度95%のささやかな風はかえって気持ち悪い。
 大阪は、エスカレーターの左側を空けることを除けば東京とそんなに変わりはない。でも、このジトっとした空気は違うなあ……。
 そんなこと思いながらポカリを口に含むと……生温い。

 冷蔵庫にストックが無かったので、レンジ台下のストッカーから常温のを持ってきたのだ。

 なんだか、このジトっとした空気をそのまま液体にしたみたいで、気持ち悪い。
 いっそ蝉でも鳴いていれば、暑さもすがすがしいのに……蝉っていつのまに居なくなったんだろう……気が付いたら眠りかけている。

 よし、コーヒーでも飲みに行こう!

 気合いを入れてから食堂横の自販機に向かう。階段を下りているうちに缶コーヒーのイメージはワンダーモーニングショットに固定されてしまう。
「や、おはよー!」
 食堂の角を曲がったら、自販機にコインを投入している藤吉くんの姿が見えた。
「おはよ。ぜっさん早いなあ」
 ガコンと自販機の鳴る音にシンクロして、藤吉くんが笑顔で声を掛けてくる。
「うん、早く目が覚めちゃって」
「ハハ、いっしょやなあ」
 眠そうな藤吉くんの手には、冷え冷えのワンダーモーニングショットが握られている。大阪も人気の缶コーヒーは同じなんだ。
 で、ワンダーモーニングショットのボタンを押そうとしたら赤ランプが点いている。
 チ、藤吉くんのが最後の一缶だったんだ。
 藤吉くんに罪は無いんだけど、思わず去りゆく背中を睨んでしまう。
「エーー、午後の紅茶しか残ってないってか……」

 朝から午後の紅茶というのもオチョクラレてるみたいだ。

 よく見ると、炭酸なんかも残ってるんだけど、どうにも気がのらない。冷水機の水で我慢しようとため息つくと……。

 キャ!!

 ホッペに冷たいものが触れた。
「飲みたかったんやろ、譲るわ」
 藤吉くんが、横に立って缶コーヒーを押し付けていたのだ。
「あ、ありがと……」
 お礼を言いかけると、ヒョイと右手を挙げて背中を向けていた。

 藤吉くんなんだけど……ま、幸先のいい二学期の始まりと思っておこう。 
 

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ぜっさん・06『美姫さんが監督に耳打ちした』

2020-08-11 06:03:26 | 小説3

ぜっさん・06
『美姫さんが監督に耳打ちした』    



 撮影で本物の火(本火というらしい)を使うのには消防署の許可が要る。 京都・水路閣 | URA 地域主義建築家連合

 だから火は、あとからCGで合成するらしい。
 じゃ、飛び降りるのも合成……なんだけど、そうでもない。

 水路閣のアーチの上で飛ぶふりをするのだ。

 アーチの上は幅3メートルほどで、中央の1メートルほどは琵琶湖から流れてくる水路になっている。両脇が歩道になっているんだけど、手すりとかは無く、いつもは危険なので通ることができない。
 正直立っているだけでお尻がムズムズする。
――ジャンプの予備動作だけでいいから!――
 10メートル下で、モニターを見ながら監督が叫ぶ。
 監督は「視聴者はテレビのフレームで絵を見ているのだから、フレームを通して見なければいけない」と言って、地上から指揮している。

 でも、それは言い訳で、このカットに限っては高所恐怖症なんだろうと思うんだけどね。

「じゃ、イッセーの! でいこうか?」
 メガちゃんが、お気楽に言う。
「で、でもセンセー、怖いですぅ~~」
「こんなもの勢いだって!」
 どうもメガちゃんは、高いところではテンションの上がる性質のようだ。
「大丈夫よ、下でクッションとかあるから」
 他のシーンで使うスタント用のクッションが置かれている。でも、そんなのは気休めにもならない。アーチの上から見たら、クッションなんて葉書の大きさにしか見えないんだもん!
「あたし、生命保険とか掛けてたかなあ……」
 瑠美奈が情けないことを言う。

「じゃ、テストいきまーす!」

 助監督さんが、水路閣が陸地に繋がったところで元気に言う。カメラさんとかのスタッフはポーカーフェイスだけど、気にかけてカメラの後ろで見てくれている望月美姫さんは眉を寄せてくちびるを噛んでいる。
「じゃ、いきまーす! 5・4・3・2……(1は言わないで、手でGOのサイン)」

 ぐわーーーーーーー!!!

 なんとかジャンプのまね事をやった。
「ジャンプはいいけど『ぐわーーーーーーー!!!』は無しで!」
「「「は、はい!」」」

 跳べたのは最初の一回だけで、そのあとは何度やってもヘッピリ腰になってアウト。7回めには監督自身が上がって来た。ただし安全なカメラのとこまでだけど。

「監督、ちょっと」
 美姫さんが監督に耳打ちした。
「ここは後日ワイヤーで撮り直し!」
 ということで、瑠美奈は生命保険の心配をせずに済み、メガちゃんはちょっちつまらなさそう。
 わたしは、感想など言えず、ただびっしょりと汗をかいた。

「加倉井さん、なんでセンセーなんて呼ばれてたの?」

 美姫さんがフレンドリーに聞いてきた。ヤバ、聞こえてたんだ!
「あ、たぶん、あたし一人ビビんなかったから……思わず尊敬しちゃったんでしょうね」
「な~る、可愛顔してやるもんだね~って感じなんだ!」
「そうよね、あたしってば、アハハハ」

 東京のころから思ってたけど、教師ってのは嘘つきだよね!


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任

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ぜっさん・05『南禅寺の森』

2020-08-10 05:42:08 | 小説3

・05
『南禅寺の森』     



 

 はいOK!

 監督の一声で、やっと現場の空気が弛んだ。


 それまで「もう一回!」の声しかかからず、今ので7テイクだったのだ。
「……けっこう暑かったのねぇ~」
 メガちゃんが、セーラー服の胸元をパカパカさせて呟き、それでスイッチが入ったみたく、わたしも瑠美奈のオデコにも汗が滲みだした。

 あたしたちは、テレビドラマのエキストラのバイトに来ている。

 場所は京都のあちこちで、今は南禅寺裏手の森の中に居る。
 このあたりは東山の山裾にあたり、京都のど真ん中に比べると2度ほど涼しい。水路閣というローマの水道橋みたいなのもあって、まるでヨーロッパ。言われなきゃお寺の裏手とは思えない雰囲気で、余計に涼しさを感じさせてくれる。
 でも、それは程度問題で、真夏に晩秋の設定、冬服のセーラー服は身に着けるサウナ風呂に等しい。

「メイク直しますねぇ~」

 のどかな声でメイクさんがやってくる。メイクさんは二人で、一人は扇風機を回しながら汗を押えてくれる。
――女生徒A、もちょっと年齢感上げて、つぎ、ちょいアップだから――
 助監督がメガホンで注文を出す。
「分かりました!」
 一声叫んで、メイクさんは、わたしたち三人の顔を見くらべる。
「やっぱ、加倉井さん幼顔だもんね」
「あ、はい、まだ一年生ですし」
 あやうく吹きそうになった。

 加倉井さんの正体はメガちゃん、つまり我らの担任妻鹿先生だ。

 大阪城公園でジョギングしようとしているところで、迎えの車を待っているわたしたちに出くわした。高校時代の体操服を着ていたので、期せずしてドタキャンになった加倉井さんに成りすましてエキストラのバイトに加わった。おかげでバイトを紹介してくれた先輩の顔を潰さずに済んでいる。

先生、ほんとに可愛く見えますねえ……」
「こら、今は加倉井さんでしょ」

 一睨みしてスポーツドリンクをコクコクと飲むメガちゃん。エクステだけど、お下げにした横顔は、わたしでも胸キュンになってしまう。

――女生徒三人、こっちに! 七瀬と合わせまーす!――

 助監督の声で、水路閣のアーチの下に行く。
 アーチの下にはスタッフに囲まれたディレクターチェアに座った主役、七瀬役の望月美姫が同じセーラー服を着て座っている。
「ちょっち暑いけど、がんばりましょうね」
 美姫さんが笑顔で声を掛けてくれる。メガちゃん同様に可愛らしく見えるけど、もう25歳くらいにはなっている。女優さんと言うのはすごいもんだ。単に可愛いだけじゃなくて、存在感というかオーラがハンパない。

「う~ん…………閃いた!」

 四人並んでメイクの手直しを見ていた監督が、ポンと手を叩いた。
「女生徒ABC、次は水路閣の上から飛び降りよう!」
「「「え……!?」」」
「あそこから」

 監督が指差したそこは、はるか10メートル上の水路閣のアーチの上だった!

「あ、一瞬ハデに燃え上がってからね。心頭滅却すれば火もまた涼しって言うじゃない、アハハハ……」

 南禅寺の森に監督の笑い声がこだました……。

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ぜっさん・04『そう返事したのは……妻鹿先生』

2020-08-09 05:46:44 | 小説3

・04
『そう返事したのは……妻鹿先生』   


 

 ぜっさん。

 転校してきたその日に、こう呼ばれるようになった。
 もちろん、わたしのファーストネームからきている。
 だれが言いだしたかは覚えていない。瑠美奈だと思っていたんだけど「あたしが言う前に、もう、そうなってたで」と言うんだから、瑠美奈ではないのだろう。藤吉(とうきち)も「俺とちゃうで」と言う。
 フレンドリーな呼び方なので80%は嬉しい。
 東京では〔ゼッチ〕と呼ばれていた。〔ぜっさん〕と同様〔絶子(たえこ)〕の〔絶〕の音読みからきているけど、中学でゼッチと呼ばれるのには一か月ほどかかった。しばらくは〔敷島さん〕だった。距離の詰め方が東京と大阪ではずいぶん違う。

 しかし頭にアクセントがくるモッチャリした〔ぜっさん〕の発音には、なかなか慣れなかった。

ぜっさん〕は、なんだかおブスな響きがある。

 瑠美奈は、東京と同じ〔るみな〕でアクセントも同じ、小気味よくって可愛い。むろん実物ミテクレも可愛い。もし原宿とか渋谷を一人で歩いていたら、絶対ナンパされる。でも声を掛けて、その返事が「なんでおまんねんやろ?」と吉本みたく返されたら引いてしまうだろうなと思う。美少女の皮を被った吉本は、東京じゃトレンドじゃないよ、やっぱ。

 担任の妻鹿先生は〔メガちゃん〕と呼ばれている。教師になって5年目なんだけど、いまだに女子高生みたいなところがある。服装なんかはおとなし目なんだけど、どこかオチャッピーなところがあって、心も体もテニスボールのようによく弾む。
 藤吉大樹を〔とうきち〕と呼んだのも妻鹿先生が最初らしい。妻鹿先生は名前を覚えるのが苦手で、学年の最初は個人写真を貼りつけたカードを単語帳みたくして覚えている。
 で、名列表から名前を書き写すときに、なぜか姓名を〔大樹藤吉〕と逆に写してしまい〔おおきとうきち〕と覚えてしまった次第。

 その妻鹿先生が『メガちゃん』の出で立ちで、あたしと瑠美奈の前に立っている。場所はJRの森ノ宮駅前なのだ。

「それは困ったわねー」

 事情を説明した後のメガちゃんの言葉が、これ。
「やあ、あんたらなにしてんのん?」
 先生は大阪城公園を走る気まんまんの服装、ハーパンの上は出身校である真田山学院高校の半袖体操服だった。まさにメガちゃん。

 わたしと瑠美奈は、広島旅行などでお金を使ったので、その分を回収しようとバイトのお迎えバスを待っていたのだ。
 このバイトは、三人で請け負っている。あたしと瑠美奈と加倉井さんという他校の生徒。で、ついさっき加倉井さんから――39度の熱でいかれへん――という電話がかかってきたところ。
「えーーーー!」と瑠美奈が叫んだところで電話は切れてしまった。
 このバイトは瑠美奈の先輩の顔で回してもらっている。「一人来れませ~ん」では済まない。

 困ったわねーーとメガちゃんが腕を組んだところでクラクションが鳴った。

「加藤さんと敷島さんと加倉井さんやね!? 信号変わらんうちに乗ってしもて!」
 ワンボックスの助手席からオニイサンが叫んでいる。赤信号のわずかな間に、わたしたちを見つけたようだ。
「い、いま行きます!」
 そう返事したのは……メガちゃ、妻鹿先生。

 先生は加倉井さんの身代わりになって、わたし達を救おうと決心したのだ!


  主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任 メガちゃん

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ぜっさん・03『そろそろ終盤かな……』

2020-08-08 06:56:08 | 小説3

ぜっさん・03
『そろそろ終盤かな……』     


 

 あれはゴールデンウィークが明けて直ぐの日だったよね……。

「ほんなら、今日からクラスメートになる転校生を紹介します。敷島さん入って……」
 妻鹿先生の紹介を受け、小さく一礼して教室に入った。

 人数分×2の視線が突き刺さる。突き刺さるだけのミテクレだという自覚はあるけど、これは事前に予備知識を与えられている視線だと悟った。

「東京から転校してきました敷島絶子です。新学年が始まって一か月になりますが、みなさんの中に溶け込めれば嬉しいです。えと、名前は字で書くとこうです……」

 黒板にフルネームを書き(しきしまたえこ)と読み仮名を振った。予想通り絶子という字に軽いどよめきが起こる。この絶子には子どものころから苦労しているので、最初にかましておいた方がいいと思ったのだ。
「それて精力絶倫の絶やなあ! 敷島さんてヤリマンなんか!?」
 男子が想定内のバカを言う。飛んでって張り倒してやろうかと思ったが、しおらしく俯いておく。
「藤吉、あとで先生とこ来なさい!」
「アチャー、洒落でんがな~(^_^;)」
 藤吉と呼ばれたイガグリ頭がヘタレ眉になって頭を掻いて、教室に笑い声が満ちた。
 いいクラスのようだ、張り倒しにいかなくてよかった。
「敷島さんの席は……そこね」
 妻鹿先生の形の良い指が、窓側の二番目を指した。
「はい」
 カバンを抱えて席に向かうと、廊下でドタドタと音がした。

「すんません! この遅刻には事情があるんですーーー!」

 そう叫びながらジャージ姿で入ってきたのが、無二の親友になる加藤瑠美奈だった。

「アハハ、前と後ろの隣り同士やね、よろしく!」
「あ、わたしこそよろしく」
 ニコニコ笑顔で握手すると、瑠美奈は器用にジャージから制服に着替えだした。器用にとはいえ朝礼終了直後の教室だ、大胆な子だと思った。
 妻鹿先生に呼び出された藤吉が所帯道具一式を持って、あたしの前の席に移って来た。
「ちょ、なんやのん藤吉!?」
「えと、さっきの罰で、ここの席にされたんや」
 眉こそヘタレていたけど、ニヤついた顔で前の席にやってきたのだった。

「ハハハ、そんなんやったなあ」

 瑠美奈がオッサンみたいにお絞りで顔を拭きながら笑った。
 わたしと瑠美奈は、ファミレスで広島の思い出を燻らせている……普通の言い方をすると、写真とかパンフとかを見ながらあれこれクッチャベルこと。
「おまたせしました、フルーツパフェとプリンアラモードになります」
 すまし顔でデザートを持ってきたのが、あの藤吉。

 学校での彼と違って、ちょ-真面目なホールスタッフだ。

 窓の外に、もう蝉の声はしない。夏休みも、そろそろ終盤かな……。
  


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 名前の大樹ではなく苗字の音読みの藤吉(とうきち)と呼ばれる

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ぜっさん・02『フルネームを言うと』

2020-08-07 06:31:32 | 小説3

・02
『フルネームを言うと』     


 

 ちょっと残念だった。

 広島に来たからには、お好み焼きを食べなくちゃ!
 そう思い定めて、昨日に続き二回目のお好み焼き。
「慣れなんだろうけど、ああバラケてしもたらねえ……」
 瑠美奈は小割にしたお好み焼きをコテに載せてはボロボロとこぼしていた。わたしはハナから諦めて小皿に載せてお箸で食べている。

 大阪のお好み焼きはボウルの中でかき混ぜてから鉄板に広げるので、小割にして口に運んでもバラケルことがない。
 広島焼は、クレ-プみたいに生地を広げ、その上に具材を重ねていく。具材同士はくっ付いていないので、コテに載せた時にどうしてもバラケテしまう。
「運よく口まで運べても、バラケテたら頼んないしなあ」
「わたしは、具材にオボロ昆布使うところがねえ……ま、昨日と今日の二回食べただけで広島焼全部を批判するのもなんだけどね……」
 幕間交流でうっかり広島水瀬高校の芝居を批判してしまったので、少し慎重な物言いになってしまう。それに今齧っているアイスキャンディーは美味しいので、お好み焼きへの不満も和らいでいる。
「水瀬高校のミスター高校生どないすんの?」
 一足先にアイスキャンディーを食べ終わった瑠美奈が話題を変えてくる。

 フードセンターに足を向けたところで声を掛けられたのだ。

「さっきの発言、とても面白かったです。よかったら、もう少しお話しできませんか」
 とても爽やかな言い回しだったけど「発言」と言ったところに含むものを感じた、不規則発言とか問題発言とか、あんまりいい意味で使わないでしょ。
「あ、えと……今から昼食に行くので、戻ってきてからじゃダメですか?」
 そうは答えたけど、正直あのミスター高校生と話すのは気が重い。

 あの時停電にさえならなければ……。

 会場に戻ったら午後の部が始まる直前だった。

 急いでシートに戻ったのでミスター高校生には会わずに済んだ。

 で、そのまま午後の上演を観て夕方の交流会と審査発表になった。水瀬高校で失敗しているので、わたしは一切発言しないことに決めて、文字通り目をつぶっていた。審査発表の前に後ろの席の人が帰るのだろう、数人がゴソゴソする気配がした。

「あ、敷島さんじゃないですか!?」
 後ろからミスター高校生の声が降って来た。
「あ、ミスター……」
「水瀬高校二年の……牧野卓司です」
 そう言いながら、ミスターは「ヨイショ」っとシートを跨いで、わたしの隣に越してきた。
「あ、あの……」
「隣いいですよね?」
「はい、なんぼでも!」
 瑠美奈が、こんな(^0^)顔をしてミスターを招じ入れた。やっぱ広島は関西圏なんでノリカタは大阪と同じなんだろうかと思って深呼吸。

「そりゃあ残念!」

 審査発表が思いのほか延びてしまったので、宿の都合でミスターと話している時間が無くなってしまった。明日は8時半の新幹線に乗らなければならない。まだ知り合って半日、話したのは10分も無い。つまり気心が知れるところまではいっていない。こんな状況でメアドの交換などはしたくない。

「じゃ、手紙とか出していいですか?」

 ミスターは笑顔のまま意外な提案をしてきた。
「て、手紙ですか?」
「ハハ、いきなり住所とか聞いたりしませんよ。学校の演劇部宛てに出しますから」
 そう言いながらミスターはスマホをメモ機能にした。
「えと、東京の中央区ですよね……」
「あ、大阪の日本橋です」
「え?」
「あ、ぜっさん、日本橋(ニホンバシ)て発音するからや、うちらは日本橋(ニッポンバシ)や!」

 大笑いになって、フルネームを言うと、また驚かれた。

 わたしは敷島絶子。絶子と書いて(たえこ)と読む。でも一見してゼツコなので、通称ぜっさん。

 なにを隠そう、隣で大口開けて笑っている河内女の加藤瑠美奈がつけたあだ名なのです。
  


 主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生

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高校ライトノベル・ぜっさん・01『ぜっさんの性分』

2020-08-06 07:59:37 | 小説3

ぜっさん・01
『ぜっさんの性分』  



 停電になるとは思わなかった。

 ほんの十秒ほどだったけど、この二十一世紀に停電などあるはずがない。もちろん生まれて初めてのことよ。
 まして、ここは広島県立平和劇場。観客の大半もビックリしてざわついた。
 非常口をあらわす緑色の避難指示だけが浮かび上がり、周囲は真っ暗闇。映画館の上映中だってここまでの闇にはしない。

 パッと光りが蘇った。

 目の前にマイクが突き付けられ、マイクの向こうには、マイクを捧げ持った実行委員の女生徒が健気な女子高生の代表みたいに蹲踞している。

「どうぞ、学校名とお名前を」
「え、あ、あ……」
 停電になるまで、わたしの横には瑠美奈が居た。その瑠美奈が居ないので、同じ制服を着たわたしが間違われたようだ。
「どうぞ」
「は、はい」

 こういう時に、間違いを指摘しないで受けてしまうのが……わたしの癖だ。スックと立ち上がると、最初からわたしが指名されていたようにマイクを持った。

「日本橋高校の敷島と申します。水瀬高校のみなさんお疲れさまでした。えと……原爆を扱った反戦劇として絶賛いたします。ひしひしと水瀬高校のみなさんの想いが伝わってきました(ここで止めときゃよかったんだけどね)。反戦としては一分の曇りもなくピュアだと……思うんです……が、えと、ピュアすぎて日常のみなさんの姿が見えてこないんですよね。わたしたちは21世紀の高校生で、普段はスマホとかスマップの解散とかに夢中になったりポケモンGOなんかにハマっちゃったりしてるわけじゃないですか。そういうわたしたち高校生が戦争とか原爆とかに立向いたら、やっぱし、おのずと今の高校生ってか若者としての呼吸とか息吹が出てくると思うんですよね。そういうとこが紋切り型ってかステレオタイプってか、演劇って人間を表現するものだから……あ、すみません。生意気言っちゃいました。舞台は良かったです、大絶賛です。えと……以上です」

 あきらかに会場は当惑とシラケとヒンシュクの空気が漂った。結婚式の披露宴で縁起の悪い言葉を連発したらこんなだろうって感じ。原爆とか反戦とかの批判、とくにドラマの根幹のとこは批判しちゃいけない。分かってんだけどなあ……。

「ぜっさん、今のはないで」

 手を拭きながら席に戻って来た瑠美奈が困り眉毛になりながら咎めてきた。

「だって、瑠美奈いなくなっちゃうんだもん」
「しゃあないやろ、手ぇ上げたらトイレ我慢してたん気ぃついてしもてんもん」
「じゃ、どうすりゃ良かったのよ?」
「……ま、ぜっさんの性分やったらしゃあないんやろけど、もっと当たり障りのないことでよかったんちゃう?」
「ムーーーーー」
 そこで幕間交流が終わったので、ロビーに出た。

 高校演劇も全国大会になると人出が多い、ロビーには全国各地から様々な制服の高校生が集まっている。この五月まで通っていた神楽坂高校の制服を見つけた時は、思わず駆け寄ってしまったけど、ぜんぜん知らない子なので「オッス!」を言うために吸いこんだ空気をフッと吐き出す。写メを撮られた気配がすると、スマホを構えた瑠美奈がニシシシと笑っている。
「もう、お昼食べに行こ、お昼!」
「よっしゃー、ほんならグルメツアーに切り替えや!」

 あたしと瑠美奈の共通点は切り替えが早いこと、この切り替えと反射の良さで転校初日に友だちになったんだ。

 会場のガラスを通して道路向かい側のフードパークにピントが合ったときに声を掛けられた。

「あの、日本橋高校の敷島さんですよね?」

 振り返るとミスター高校生のタイトルをあげてもいいような男子生徒が立っていたのだった。

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プレリュード・21《空襲の後と、そのずっと後》

2020-07-06 06:11:15 | 小説3

プレリュード・21
《空襲の後と、そのずっと後》    



 

 地下鉄本町駅の地上出口は、逃げ場を失った人らで一杯だった。

「開けてくれや、もうわしら逃げ場所……熱っう、もう、そこまで火いきてんねんぞ!」
「ニイチャン、今は非常時の非常時や、今開けへんかったら、あんたは大阪の人間とちゃう。血い通うた人間やったら、開けるで!」
「そない言われても、終電後は規則で……」
「人見殺しにして、規則もへったくれもあるかあ!」
 警防団のおっちゃんまで、シャッター越しに当直の若い駅員に詰め寄る。

 大阪城の向こうで、一トン爆弾が何発もさく裂する音がして、地面は地震みたいに揺れている。周りの建物はみんな巨大な松明みたいになって燃え盛ってる。それでも若い駅員は、シャッター越しに規則通りの答えしかせえへん。
「おい、駅員。わしはネソ(曽根崎署)の坪井や、駅長呼べ、駅長!」
「駅長は、運転司令と電話してはります!」
「鴨野君、シャッター開けなさい!」
 シャッターの向こうから声がした。
「駅長です、すまんこってした。運転司令とは連絡が途絶えました。わたしの権限で開けます!」

 シャッターが開いて、人が殺到した。曽根崎署の坪井いうお巡りさんと、警防団のオッチャンが整理と指揮を執る。

「通路降りるんは二人ずつ。じきに南口も開くやろさかい、後ろの人は南口に、せや、そのオッサンから後ろは南口。女子供が優先や!」
 その混乱の中を、富久子は友達といっしょに地下鉄へ。

 ここまでが、すでに撮り終えてる未編集のV。この後に新しいシーンが加わる。

「難波の松坂屋(今の高島屋)まで、なんにもあらへん……」
「フクちゃん、見てみ、生駒山から近鉄電車が出てくるのが見えるわ」
「きれいさっぱりやなあ……」
 地下鉄から出てきたわたしたちは、大阪の街の変貌ぶりに茫然とする。
「シズちゃん、うちら、どないしたらええねんやろな……」
 そう言うと、朱里が演ずる富久子は、立ったまま涙をぽろぽろと流した。CGをはめ込むためにグリーンのシートで囲まれたスタジオで、よう泣けるなあと思ったけど、わたしも虚脱感と悲しさが湧いてきて自然と涙が出てくる。これが無対象演技やねんだろう。芝居って、お騒がせのO先輩が言うてたようなハッチャケればらいいというもんじゃないことが、よく分かった。
 ほんで、監督が事前に未編集のVを見せてくれた意味も。演技の基本は想像力だということが、よく分かった。ここで昼休みの予定。

 と思ったら……。

「無表情で二メートルほど先を見る。三パターンほどください」
 監督が、なんとも抽象的な注文。想像力もメソードもへったくれもない。
「はい、奈菜ちゃんいくよ」
 対象物どころか説明もなしに、ただ無表情で見ろというだけ。あたしの脳みそをよぎったんは『ああ、お腹空いた』だけ。
 三パターンは、いろいろ注文がついて百近く撮らされた。
 やっと二時半ぐらいに解放されてお弁当。
 スタジオに戻ると、監督とスタッフが、さっきのラッシュと事前に撮ってあった映像の組み合わせに余念が無かった。
 お腹空いたと思ったというところは、死にかけたお婆ちゃんが、無意識に蠅を手で追ってるとこ……つないでみるとサマになってる。
 プロの仕事は、いい加減そうに見えて、大変で意味のあることだとしみじみ思った。

「はい、OKです。黛さん、加藤さん、お疲れ様でした」
 チーフADが言うと、どこからともなく花束が。そしてスタジオ中から拍手。ぐっと感動が湧いてきた……。

            奈菜……♡ 

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プレリュード・20《13日の金曜日》

2020-07-05 06:05:28 | 小説3

プレリュード・20
《13日の金曜日》     



 

 撮影は今日から始まる。3月13日の金曜から……。

 別に昨日の12日から始まってもよかったんだけど、なぜかスケジュールは今日からだ。
 別にジェイソンは出てこないけど、13日の金曜日に始めなくてもねえ……というのが最初の感想。

「やあ、今年から宝塚の募集中止やて!」

 新聞を見ながら、富久子役の朱里が言う。場所は、中之島の設定。
 二人はは架空の堂島女学校の生徒の役で、放課後中之島公園を歩いていて、落ちてた新聞を見てため息をつく。
「え、トクちゃん、宝塚いくつもりやったん!?」
「まあな。ま、思てるだけで、お父ちゃんらが許してくれるわけもないけどな」
「ハハ、船場のコイチャン(商家の下の娘の意味)が、受けられるわけも無しやな。うちらも新学期からは勤労奉仕で、ろくに学校いかれへんようになるらしいよ」
「ええやんか、勉強せんでも済むんやさかい」
「もう、不心得もんの非国民!」
「そんなハナちゃんみたいに力んどったら耐えられへんで。せめて中之島の梅の花でも楽しもうや!」

 と、満開の梅の花がある設定。中之島公園は今と戦時中とでは様子が違うんで、CGのはめ込み画面になる。

「せやな、お母ちゃんが言うてたけど、中之島公園もじきに芋畑になるやろうて」
「もう、夢壊すなあ。せっかくのロマンチックが、ワヤやわ。梅がみんなお芋さんに見えてくるやんか!」
「ハハ、それはすんません。せやけど、これが現実やさかいね」

 ここで、ローレライを歌う。調子にのって原曲で。で、憲兵のオッサンに怒られる……とこは、午後から中之島公園の当時とかわらへん、とこを見つくろって、ロケになる。

「カット、OK!」と監督。

「じゃ、昼まで休憩でーす。お弁当は楽屋です。一時にはロケバス乗ります。よろしく!」
 今のシーンは一発でOKが出たんでホッとした。とたんに朱里が胸を鷲掴みにしてきた。
「な、なにすんのよ!?」
「今日はブラ外してんのね。奈菜ってノーブラでも、けっこうあるんだ」
「年相応です。朱里こそ、ちょっと痩せたんじゃない?」
「今ごろ気が付いた? 戦時中のドラマだから、三キロ落としたんだよ」
「そのせい、ロケ弁、ちょっと少ない……」
「アハハ、これがプロじゃ。覚悟いたせ!」
 朱里は、刀で切るふりをした。
「ウー、やられたあ!」
 と、合わせる。
「大阪の子って、ほんとうに、そういう反応するんだ。県民ショーでやってたけど、感動! もっかいやろ!」
「もう、イチビってないで、お弁当にしよ」
 朱里は、さすがにプロ。休憩中も自然にテンションを維持してる。

 ロケ地の中之島に行くと、準備の間に主だったスタッフとキャストで名うてのローカルバラエティーの記者会見を受けることになった。

「監督、なんでまた13日の金曜日に撮影再開なんですか?」
「3月の13日というのは、大阪大空襲の初日だったんですよ。水曜日でしたけどね。で、それに合わせて、この日にしました。76年前の午後11時、最初の大空襲が始まったんです」
「なるほど」
 MCのニイチャン感心しきり。
 実際は、スタッフ・キャストの関係で、この日にせざるをえなかったらしい。この業界、転んでもただでは起きません。

 見学の中に貫ちゃんが混じってるのが分かった。連絡したのは直美と貫ちゃんだけ。あとでサインしてやろっかなあ🎵

 そう楽しみにしてたら、貫ちゃんは、朱里にサインしてもろていた。プンプン! あたしには、やっぱり13日の金曜だった!

           奈菜……♡ 

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プレリュード・19《キャー、お久しぶり!》

2020-07-04 06:14:17 | 小説3

・19
《キャー、お久しぶり!》   



 

「あ、加藤奈菜ちゃんと違うの?」

 という女性記者の一言で、あたしの運命の輪が回り始めた。

 女性記者は、和田さん。わたしが中学の時お菓子のCMに出た時は、広告会社のディレクターだった。黛朱里さん一人がプロで、あとはオーディション組ばかりだったから、なんとなく部活の雰囲気でやれた。最初は張り切ってたオーディション組は、撮影が夕方ぐらいになるとバテ始めてきた。だけど、休憩時間にロケ弁食べて、みんなでワイワイやっているうちに、また元気が出てきた。
 いま思うと、あの元気は、主役の黛朱里さんと、和田さんらスタッフがペース配分して、テンションが下がらないように現場の空気を作ってたからだと思う。だから、O先輩の危険ドラッグの中継で数年ぶりで会ったときは、尊敬の混ざった懐かしさで胸がいっぱいになった。

「ところで、話しなんだけどさ……」

 懐かしい思い出話を数分で終えると、和田さんは本題に入った。

 で、その本題のお蔭で、あたしは今日の午後から日の出放送の会議室にきている。

「こないだのラジオと、昔のCMのVは観た。和田君の目に狂いはない、どうだろ、一見端役だけど、主役に決心をさせる重要な役割なんだ。引き受けてくれないかな」

 日の出放送は、例年の終戦の日の特集ではなくて、昭和二十年六月の大阪大空襲をテーマに単発のドラマを作っている。主役は成長した黛朱里さん。あたしは、その友達役にどうか……と、言う話。
「あのう、撮影は?」
「もう半分撮り終えてる。あとは主役の友子と友だちの絡みと、爆撃の日の撮影だけ。友子の背景に奥行きを出したいんで、急きょ友だちとの絡みを膨らませることになったんや」
 ディレクターは簡単に説明した。
「あの、撮影はいつぐらいなんでしょ?」
「急な変更なんで明後日から。まあ、一週間程度見てくれればええよ。どうかなあ」

 青天の霹靂というのは、こういうこと。万事塞翁が馬という言葉も浮かんできた。O先輩が、あんなバカなことをしなかったら、わたしは和田さんに会うこともなかった。さらにさかのぼって思い出すと、卒業式の日に臨時で答辞をアドリブでやらされたことも原因と言える。
「やらせてもらいます!」
 静に応えようと思ったが、力が入ってしまった。
 もう忘れたつもりでいてたけど、演劇への熱は冷めてなかった。冷めていたのは高校演劇に対してだけだと改めて感じる。

「キャー、お久しぶり!」

 ハツラツと入ってきたのは、主役友子役の、黛朱里。まるで中学時代の親友に会ったときみたいにフレンドリーに握手した。
「さっそくだけど、テスト兼て、ちょっとやってもらおうかな」
「はい!」
 景気よく返事した。

 セーラー服にモンペ姿になってリハーサル室に行くと、
ルームランナーが二台運ばれてきた。体力テスト?

「空襲警報が出て、逃げる。EFで機銃掃射や爆撃の音も入る。昼ご飯食べかけで逃げ惑うことだけが設定条件。ヒントになる言葉は、このプリント。あとは即興で」
 ルームランナーに乗って駆けだす。ルームランナーの速度はスタッフの人が調整。さすがにプロだけあって、あたしと朱里さんに完璧に合わせてくれる。

「お昼のスイトン、まだニ個残ってた!」
「あたしなんか、まだ三個残ってる。早う警報解除になって……」
 そのとき機銃掃射の音。
「キャ、P公や、あれに当たったら、いっぱつやで!」
 あたしは、その時の気持ちでルームランナーを飛び出して、横のマットに飛び込んだ。そのすぐ後に友子の朱里さん。マットの上で女の子同士で抱き合った。
 直後、すぐ横を機銃掃射の音とスモーク。効果さんが弾着の爆竹まで。あたしらは完全に、その気になって強く抱き合うた。
「お母ちゃーん!」
「スイトーン!」
 の叫び声にスタッフが、思わず笑いをかみ殺す気配。

「よし、OK!」

 声がかかったとき、体中が痛いのに気づく。胸が痛い。あんまりきつく抱きあったので二人の胸が潰れるほどに密着。あたしは、朱里さんがブラもとってることに気が付いた。プロは根性の入り方が違う。
「奈菜ちゃん、絶妙だったよ。さすが演劇部だね」
「演劇部は辞めたんです!」
「あ、そう。でも、これだけのアクションやって息が乱れないのは大したもんだね」

 メタボ解消のためのジョギングの成果やとは言えなかった。

「みなさん、二時四十五分です」
 朱里さんが、唐突に時間を言った。
「みんな、起立してください。一分十八秒で黙とうです」

 あ、きょうは東日本大震災の日だ……。

 一分十八秒後、リハーサル室の全員で黙とうした……。
         
             奈菜……♡ 

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