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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

妹が憎たらしいのには訳がある・9『幸子 事故に遭う』

2020-12-24 05:38:57 | 小説3

たらしいのにはがある・
『幸子 事故に遭う』
          

 


 その日は言い出しかねた。

 入学式の入学宣誓は参列者のみんなが驚いた。
 宝塚のスターのように堂々とした宣誓は大評判で、参列した指導主事(府教委から派遣された監視役)が、ぜひ、府のネット広報にアップロードしたいと申し出があった。アップロ-ドするということは、誰かがビデオ撮影していたということだけど……まあ、俺は、そういうことは深く考えない。


 話しかける隙がなくて幸子にケイオン入部の申し入れができなかった。

「ドンクサイねん太一は。アタシがさっさとOKとっといた。演劇部とも話ついてる」

「え、いつの間に!?」
「ダテに三年生やってへんで。演劇部は木曜休みやから、木曜はベタ、あとは気の向いた時に朝練しにきたらええ……という線で手ぇ打った。まあ、演劇部は、一学期には壊滅するやろから、実質ケイオン専門になっていくやろけどな。アハハハ……」
 高笑いを残して加藤先輩は行ってしまった。

 明くる日から、幸子は俺のアコギを担いで学校にいくようになった。

「朝練に使うの、終わったら部室に置いとくから。ギター遊ばしといちゃもったいないでしょ」


 前の晩、風呂上がりに俺の部屋にきて、いつもの憎たらしい無表情でアコギに手をかけた。そのとき幸子のパジャマの第二ボタンが外れ、胸が丸見えになったが、例によって気にする様子もないので、なにも言わなかった。ただ、ほんのかすかにラベンダーの香りがしたような気がした……。

 なんと、演劇部の練習は幸子がリードするようになっていた!

 初日は単調な発声練習を言われるままにやっていたが、二日目には幸子がクレームを付けた。優しく提案というカタチではあったが。
「新しい発声やってみません?」
 幸子が見本を見せると、先輩二人よりもかなり上手い。で、あっさりと、幸子のメソードに切り替わった。
「ちょっと走ってみません。長音で二十秒ももたないのは、肺活量が弱いからだと思うんです。わたしも弱いから、付き合っていただけると嬉しいんですけど(o^―^o)ニコ」
 と、可愛く言う。で、演劇部はストレッチをやったあと学校の周りをランニングすることになった。
「山元先輩、もうちょっと足伸ばすとかっこいいですよ。宮本先輩、胸をはったら、男の子が……ほら、振り返った!」
「アハハハ……」
 完全に幸子が主導権を握っているが、あたりが可愛く柔らかいので、二人の先輩は、そうとは感じていない。

 幸子と暮らし始めて一カ月あまり、俺は半ば無意識に幸子を観察しはじめていた。


 その他大勢のケイオン平部員である俺たちは部活の開始時間はルーズなので、少々遅れても、誰も文句は言わない。それに、アコギは、幸子が朝練でチューニングをやってくれているので、その分時間もかからない。俺は正門前の自販機で、パックのカフェオレを買って飲んでいる。食堂の業者が代わり、いつも飲んでいるやつが、正門前のそこでなきゃ買えなくなったことが直接の原因ではあるけれど。やっぱり俺は観察していたんだ。

 それは、ランニングを始めて三日目に起こった。

 最初の一周は三人いっしょに走るが、二周目は、幸子は立ち止まり、コーチのような目で先輩たちのフォームを観察している。俺は、校門前でウダウダしている生徒たちに混ざってカフェオレを飲んでいる。
「幸子ちゃん、かっこええねえ……」
 まだ、部活が決まらない佳子ちゃんが並んで、ため息をつく。
 佳子ちゃんは、がらに似合わず、缶コーヒーのブラックを飲んでいる。塀に上半身を預け、足をXに組み、ポニーテールを春風になぶらせている佳子ちゃんも、けっこういけてるなあ……。
 そう思ったとき、道の向こうから少々スピードを出しすぎた軽自動車が走ってきた。運転しているオネエチャンはスマホを持ったままで、学校の校門前にさしかかっていることに気づかない。

――危ない!――

 思った時には体が動いていた。

「幸子!」


 幸子が振り返る。そして景色が二回転して衝撃がきた。


「幸子、大丈夫か!?」
「大丈夫、あんたは……」
 無機質でニクソゲに幸子は応えたが、ジャージの左肘と左の太もものところが破れて、血が滲んでいた。
「佳子ちゃん、救急車呼んで! だれか先生呼んで来て!」

 それから、救急車やパトカーや先生たち、ご近所の人たちがやってきて大騒ぎになった。一見して幸子の傷がひどいので、幸子はストレッチャーに載せられ、俺は、念のための検査で救急車に乗った。
 俺は揺れる救急車の中で、スマホを出してお袋に電話した。


――先生から電話があった。お母さんも、すぐ病院へ行くから! 救急隊の人に病院を聞いて!――
 
 病院は真田山病院だった。

 俺は、簡単に頭のCTを撮って触診だけで解放されたが、幸子は、左の手足に裂傷を負っており、縫合手術をされ、レントゲンが撮られた。そして、医者がレントゲンを見ながら、とんでもないことを言った。

「妹さん、左手は義手。左脚は義足なんだね……それも、とても高度な技術で作られている。こんなの見たこともないよ!」

 

※ 主な登場人物

佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄

佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 

大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生

大村 裕子      佳子の妹(6歳)

学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)

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妹が憎たらしいのには訳がある・8『幸子の入学宣誓』

2020-12-23 06:30:27 | 小説3

たらしいのにはがある・
『幸子の入学宣誓』
          

 

 

 路上ライブの時のように、お袋が耳元でささやくと、幸子はホッとしたように大人しくなり、ベッドに横になった。

「太一は、部屋から出ていて……手当するの、幸子、裸になるから」
「う、うん……」


 部屋を出た俺は、いったんリビングに戻り、スリッパを脱ぎ、こっそりと幸子の部屋の前に戻った。
 服を脱がせているのだろう、衣擦れの音がして、かすかに蚊の鳴くような電子音がした。それからお袋は、親父に電話をかけた様子だった。
「あなた、わたし……うん……障害、でも……初期化……だめよ、せっかく……!」
 親父が、なにか言いかけたのをさえぎって、お母さんは電話を切った。それ以上いては気取られそうなので、リビングに戻って、新聞を読んでいるふりをする。

 やがて幸子の部屋のドアが開く音がした。

「あ……」

 俺は新聞を逆さに持っていることに気がついた。

 それから、幸子は再びギターと歌に熱中し始めた。


 ただ、もう路上ライブをするようなことはなく、部屋のカーテンを閉めて控えめにやっている。時々熱が入りすぎて、ボリュームが大きくなる。
 その歌声は、もう高校生のレベルではなかった。

 入学式の三日前には、佳子ちゃんといっしょに入学課題をやり、ますます友人として親交を深めていった。
 俺には相変わらずの憎たらしい無表情だが、幸子の視線を感じることが少し多くなったような……これは、幸子のニクソサを意識しすぎる俺の錯覚かもしれない。

 二日前に幸子は入学者の宣誓文に熱中しはじめた。

 ネットで高校生の入学式宣誓を検索し、それは、入学式宣誓、高校生スピーチ、スピーチ、話術などと検索の範囲が広がった。俺も興味が出て、そっと覗き込んでみると『AKB卒業宣言集』になっていた。
「見るな……」
 ニクソイ無表情で返されたのは言うまでもない。

 そして、入学式の日がやってきた。

 午前中は、俺たち在校生の始業式。俺はA組。ボーカルの優奈と同じクラス。優奈はニヤリとしたが、俺は曖昧に苦笑いするしかなかった。なんせ幸子をケイオンに入れ損なっている。
 午後の入学式は、お袋が来るんだけど、気になるので(演劇部と兼部でも構わないから、幸子をケイオンに入れろと優奈を通じて、加藤先輩から言われていた)式場の体育館に向かった。

 最初の国歌斉唱でタマゲタ。

 ソプラノの歌声が音吐朗々と会場に響き渡り、会場のみんなが、びっくりしていた。
 ただ、府立高校の体育館は音響のことなど考えて造られていないので、短い国歌斉唱の間に、それが幸子だと気づいたのは、幸子の周囲の十数名だけだった。大半の人たちは、負けじとソプラノを張り上げた音楽の沙也加先生のそれだと思っている。

 いよいよ、新入生代表の宣誓になった。

「桜花の香りかぐわしい、この春の良き日に、わたしたち、二百四十名は栄えある大阪府立真田山高校の六十六期生として……」
 
 宣誓書に目を落とすこともなく、まるで宝塚の入学式のように朗々と語り始めた。明るく、目を輝かせ、喜びと決意に満ちた言葉と声に参列者は驚き、そして聞き惚れた。
 一瞬幸子は振り返り、新入生たちの顔を確かめるようにし、宣誓分を胸に当て、右手を大きく挙げて再び壇上の校長先生を見上げた。校長先生は目を丸くした。


「……わたしたち、六十六期生は、清く、正しく、美しく、新しく、目の前に広がった高校生活を送ることをお誓いいたします。新入生代表・佐伯幸子」


 会場は割れんばかりの拍手になった。演壇に宣誓分を置いた幸子は、まるで宝塚のスターのように、堂々と胸を張り、明るい笑顔で席に戻った。

 思い出した。

 夕べ、幸子が検索していた中に『宝塚』の入学式があったことを……。

 

※ 主な登場人物

佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄

佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 

大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生

大村 裕子      佳子の妹(6歳)

学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)

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妹が憎たらしいのには訳がある・7『幸子の首席合格』

2020-12-22 06:17:29 | 小説3

たらしいのにはがある・
『幸子の首席合格』
          

 

 


 幸子の路上ライブは動画サイトにアップロ-ドされてしまった。

 幸い東京の中学の制服の上にダッフルコート。恍惚として唄う表情は、いつもの幸子とは違ったもので、ケイオンのみんなも気が付かずじまい。アクセスも、一日で八百ほどあったが、それに続く情報が無いので、しだいに減ってきた。

 お父さんが言った「過剰適応」という言葉がひかかった。
 多分心理病理的な言葉だろうと、当たりをつけて検索してみた。

――過剰適応症候群(over-adjustment syndrome)とは、複数の人間の利害が絡み合う社会環境(職場環境)に過度に適応して、自分の自然な欲求や個人的な感情を強く抑圧することで発病する症候群のこと――

 ……少し違う。

 幸子は、まだ俺の真田山高校に受かったわけでもなく、ケイオンに入ったわけでもない。単に半日体験入学をしただけで、加藤先輩たちにノセられただけである。複数の人間の利害が絡み合う社会環境にあるとは言えない……で、深く考えることは止めた。


 その日以来、幸子はギターに見向きもしないで受験の準備にとりかかり……というか、佳子ちゃんといっしょに参考書や問題集に取り組みながら、お喋りしていることが楽しいらしく、佳子ちゃんと楽しく笑っている声や、熱心に勉強している気配が幸子の部屋からした。
 その分、俺への憎たらしい態度は、少しひどくなり、一日会話の無い日もあった。それでも、俺がリビングでテレビを見ていたりして気配を感じ、振り返ると、幸子が無表情で立っていたり……でも、根っからの事なかれ人間の俺は、こんなこともあるだろうと、タカをくくっていた。

 そして、入試も終わって合格発表の日がやってきた。

 まあ、偏差値56の平凡校。幸子にしてみれば合格して当然。
「あーーーーーー!! 受かってるよ、佳子ちゃん!!」
 今や親友になってしまった佳子ちゃんの合格のほうが、よほど嬉しかったようだ。佳子ちゃんは人柄は良い子なんだけど、勉強、特に理数が弱く、この数週間、幸子といっしょに勉強したことが功を奏したようだ。

 幸子のことで驚いたのは、その後なんだ。

 合格発表の午後、合格者説明会が体育館で行われる。

 校門から、体育館までは部活勧誘の生徒達が並ぶ。ケイオンは祐介を筆頭に一クラス分ぐらいの人数で勧誘のビラを配っていたが、幸子を見つけると、みんなが幸子を取り巻いた。
「ねえ、サッチャン。もう部員登録してもええよね。君は期待の新人なんやから。こないだ、学校見学にきたとき……」
「ごめんなさい。わたし、演劇部に決めちゃったから」


 え!?


 ケイオンの一同が凍り付いた。

「え、演劇部て、もう廃部寸前の……」
「部員、二人しかおらへんよ……」
「わたしが入ったから三人で~す!(^0~)!」

 明るく言ってのけた幸子に部員は言葉もなかった。
 幸子は涼しい顔で、お母さんと体育館に向かった。その後、俺が部員のみんなから、どんな言葉を投げかけられたかは……伏せ字としておく。


 ほんとうに驚いたのは帰宅してからだった。


「なんだか、新入生代表の宣誓することになったわよ、幸子」
 お母さんが気楽に言う。
「それって、入学試験のトップがやることになってるんだよ!」
 祐介からもメールが入っていた。
――サッチャン首席。それも過去最高の成績らしい。この意味わかるやろ!?――
 吉田先生が常々言っていた。「三十年前に、府立高校の入試で最高点出した奴がおった。そいつは、国語で一カ所間違えただけで、ほぼ満点やった。そいつは……いや、その方は、いま国会議員をしておられる」

 だから、過去最高というのは、入試問題全問正解……たぶん、大阪府下でも最高だろう。

「あ、そ」

 佳子ちゃんの合格祝いから帰ってきた幸子はニクソイほどに淡泊だった。一時間ほどは……。
 幸子の部屋から、聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。
「またアップロードされてる……」
 幸子のパソコンのモニターからは、あの駅前路上ライブの動画が、再編集されて流れていた。音声も映像もいっそうクリアになっている。


 そして、それを見ている幸子の目は潤み、発作のようにガタガタ震えだした……。
 

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妹が憎たらしいのには訳がある・6『過剰適応』

2020-12-21 05:55:49 | 小説3

たらしいのにはがある・
『過剰適応』
          

 

  


 見てはいけないものを見た気がした。

 幸子は、たった十五分でアコギをマスターし、いきものがかりのヒットソングを、ケイオンの女ボス加藤先輩よりも、はるかに上手く唄っている。
 加藤先輩はおおらかな人柄で、自分よりうまい幸子に嫉妬などせずに、素直にその上手さに感心して、バックでベースギターを弾いて合わせた。他のメンバーも加わり、まるで視聴覚教室はライブのようになってしまった。

 いたたまれなくなって、そっと視聴覚教室を出て、そのまま下足室に向かった。
「おい、なんかケイオンが、ライブやってるらしいで!」
「ほんまや、チーコがメール送ってきよった」
「なんや、すごい子が……」
「行ってみよか!」
 そんな言葉を背中で聞きながら、俺は靴に履きかえ、家に帰った。

「「おかえり」」

 親父と、お袋の声がハモって出迎える。
「早いんだね」
「ああ、今日は出張だったんで、出先から直帰してきた」
「幸子といっしょに帰ってくるかと思ったのに」
「幸子なら、学校で人気者になっちゃって、ケイオンのみんなに掴まってるってか……掴まえてるってか」
 俺は、学校でのあらましを話した。
「そう、あの子は熱中すると、のめり込んでしまうからね」
「いや、そんなレベルじゃないよ」
「幸子、わたし達が別れてから、お兄ちゃんに会いたいって、ファイナルファンタジーにのめり込んで、一月で、コンプリートしたのよ」
 俺は、再会した日のメモリーカードを思い出した。

――コンプリートして、ハッピーエンド出したよ!――

「それから、いろんなものに熱中するようになったわ。ゲームから始まって勉強まで。それで成績トップクラス。だから、まだ三学期が残ってるのに引っ越しもできたんだけどね」
「部活は?」
「最初は、書道部やってたんだけど、中一で辞めちゃった……」
 そう言って、お袋は、一枚の作品を持ってきた。
「これが、一枚だけ残ってる作品。あとは、幸子、みんなシュレッダーにかけちゃった」
「すごいよ、これ……」
 素人の俺が見てもスゴイできだった。
「都の書道展で、金賞とったのよ」
「どうして……」
「上手いけど、個性が無いって。投げ出しちゃった」
「幸子は個性にひどくこだわるんだ……」
 俺たち親子は、幸子の「天衣無縫」と書かれた作品をしばらく見続けた。

 どのくらい見続けていたんだろう。自転車の急ブレ-キとインタホンの音で我に返った。

――向かいの佳子です。幸子ちゃんが駅前で!――

「どうしたの、幸子が!?」
 すぐにお母さんが、ドアを開ける。佳子ちゃんが、転がり込んできた。
「実は、幸子ちゃん……!」
「過剰適応だ……太一は自転車で駅前に行け、その方が早い。母さんとオレは車で行く!」
「あたしも、行きます!」

 佳子ちゃんと二人、自転車で駅前に急いだ。

 駅前は、佳子ちゃんが言ったように黒山の人だかりだった。人だかりの真ん中で、幸子の歌声が聞こえた。それは、視聴覚教室で聞いたときよりもさらに磨きがかかっていた。これだけの人がいるというのに、怖ろしく声が通り、ハートフルでもあった。
 俺は、なんとか聴衆をかき分け、幸子が見えるところまで来た。幸子はクラブで貸してもらったんだろう。練習用のアコギをかき鳴らし、完全に歌の世界に入り込み、涙さえ流しながらいきものがかりの歌を唄っていた。
「幸子、もう止せ、もういい!」
 幸子を止めさせようと思ったけど、オーディエンスのみんなが寄せ付けてくれない。いら立っていると、聴衆をかき分けかき分けしてお父さんがやってきて、幸子の耳元で何かささやいた。すると、幸子は、残りを静かに唄いきって終わった。


「どうもみなさん、ありがとうございます。もう夕方で、交通の妨げにもなりますので、これで終わります。ごめんなさいお巡りさん。じゃ、またいつか……分かってますお巡りさん。ここじゃないとこで」


 警戒に立っていたお巡りさんが苦笑いをした。

 人が散り始めるのを待って、親父は幸子をお袋の車に乗せようとした。

「最後の曲分かった?」
 いつもの歪んだ笑顔で聞いてきた。
「ああ、いきものがかりの『ふたり』だろ」
「そう、なんかのドラマの主題曲……」
 さらに冷たい声を残して、車は走り出した。
「…………あ」
「どないかした?」
 ペダルに足をかけながら、佳子ちゃんが聞いてきた。

 あの歌は『ぼくの妹』の主題歌だ……

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・5『幸子の学校見学』

2020-12-20 05:51:18 | 小説3

たらしいのにはがある・
『幸子の学校見学』
          

 

            

「おい、むっちゃ可愛い子おが体験入学に来てるみたいやぞ!」

 クラスメートで同じケイオンの倉持祐介。

「ほんとかよ!」
 俺も人並みには女の子にも関心がある。ちょうど食べ終えた弁当のフタをして、腰を浮かせた。
「もー、ちょっと可愛い思たら、これやねんからなあ」
 これも、クラスメートでケイオンの山下優奈がつっこんでくる。
「そやかて優奈、ビジュアル系のボーカル欲しいて言うてたやないか」

 と、いうことで、祐介の目撃場所であるピロティーが見下ろせる渡り廊下に急いだ。
 渡り廊下にはすでに数人の生徒が高校生的好奇心プラス大阪人のスケベエ根性丸出しでピロティーを見下ろしていた。ピロティーと隣接する中庭にいる生徒の多くも、チラ見しているのがよく分かった(ちなみに、大阪人のチラ見は東京のジロジロと変わらない)。

 セーラー服のツィンテールが振り返って気が付いた。

「あ、幸子!」
「え?」
「うん?」

 俺の早口は、祐介と優奈には、よく分からなかったようだ。俺は一階まで降りて距離を置いて幸子を睨んだ。

――来るんなら一言言え。そして、人目に付かない放課後にしやがれ!――

 俺の怨念が届いたのか、幸子は俺に気が付くと駆け寄ってきた。
「お兄ちゃ~ん!(^0^)!」
 完全な、外出用のブリッコモードだ。
「兄の太一です。存在感が薄くて依存心の強い兄ですが、よろしくお願いします」
「ええ! 佐伯の妹か……ぜんぜん似てへんなあ!」
 教務主任で副担任の吉田先生が、でかい地声で呟き、近くにいた生徒たちが、遠慮のない声で笑った。
「えと……うちを受けることになると思いますんで、よろしくお願いします」
 兄として、最低の挨拶だけして、そそくさと教室に戻った。しまい忘れていた弁当箱をカバンにしまっていると、優奈が、いきなり肩を叩いた。
「いやー! 太一の妹やねんてなあ。ぜったいケイオンに入れんねんで! あの子には華がある。ウチとええ勝負やけどな」
 
 うちの学校に限ったことではないだろうけど、大阪は情報が伝わるのが早い。

「あの子、美術の見学に行って、デッサン描いたらメッチャうまいねんて。ほら、これ」
 五限が終わると、優奈がシャメを見せにきた。恐るべき大阪女子高生のネットワーク!
「おい、情報の授業見学してて、エクセル使いこなしたらしいぞ、幸子ちゃん!」
 六限が終わると、祐介がご注進。今度のシャメは、十人ほどの生徒たちを、アイドルのファンのように従えて写っていた……で、マジで、放課後には幸子のファンクラブが出来た。

――サッチーファンクラブ結成、連絡事務所は佐伯太一、よろしく!――

 スマホで、それを見たときは、マジで目眩がした。発起人は祐介を筆頭に数名の知っているのやら知らないのやらの名前が並んでいた。

 その日は、運悪く中庭の掃除当番(広くて時間がかかる)に当たって部活に行くのが遅れた。まあ、マッタリしたケイオンなので、部活の開始時間は有って無きが如く。メインの先輩グループを除いては、テキトーにやっている。

 それが……。

――なんじゃこりゃ!?――

 いつもエキストラ同然の一年生が使っている三つの普通教室はカラッポで、突き当たりの視聴覚教室が、防音扉を通しても、はっきり分かる賑やかな気配。

 入ってびっくりした( ゚Д゚)!

 先輩グループが簡易舞台の上で、いきものがかりの歌なんかを熱唱し、みんながそれを聞いている。そして……そのオーディエンスの最前列中央に幸子が座っている!
 俺は、その異様な空間の中で、ただ呆然と立っているだけだった。

 満場の拍手で、我にかえった。

「どう、サッチャン。ケイオンてイケてるやろ!?」
 リーダーの加藤先輩が、スニーカーエイジの本番のときのように興奮して言った。
「はい、とっても素敵でした!」
「どう、サッチャンも、楽器さわってみない?」
「いいんですか!?」
 とんでもない。加藤先輩のアコステは二十万以上するギブソンの高級品。俺たちは絶対触らせてももらえないイチモツだ。
「初めてなんですけど、いいですか?」
「いいわよ、簡単なコード教えてあげる」
 驚きと拍手が同時にした。冷や汗が流れる。
「コードは……スコアの読み方は……」
 小学生に教えるように優しく先輩は教え、幸子はぎこちなくそれにならった……。

 それから十五分後、幸子は、いきものがかりのヒットソングを、俺が言うのもなんだけど、加藤先輩以上に上手く歌った。むろんギターもハンチクな俺が聞いてもプロ級の演奏だった。

「サッチャン……あんた……」

 先輩たちが、驚異の眼差しで見た。
「あ、加藤さんの教え方が、とても上手いんですよ。わたしは、ただ教えてもらったとおりやっただけです(;^_^」
 可愛く、肩をすくめる幸子。
「佐伯クン、あんたたち、ほんとに同じ血が流れてる兄妹……?」
 加藤先輩の言葉で、みんなの視線が俺に集まった……。

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妹が憎たらしいのには訳がある・4『幸子は佳子ちゃんと友だちに』

2020-12-19 05:43:31 | 小説3

たらしいのにはがある・
『幸子は佳子ちゃんと友だちに』
          

 

  

 

 人間はたいていの環境の変化にはすぐに慣れる。

 自他共に認める「事なかれ人間」の俺は、三日目には、幸子の可愛さと、それに反する憎たらしさに慣れてしまった。
 幸子は、家の外では多少コマッシャクレ少女だが、まあ普通……より少し可愛い妹だ。家の中では、相変わらずのニクソイまでのぶっきらぼう。

 六日目に、一度だけお袋に聞いた。ちょうど幸子がお使いに行っている間だ。

「幸子……どこか病気ってか、調子悪いの?」
「え……どうして?」
 お袋は、打ちかけのパソコンの手を休めてたずねてきた。ちなみにお袋は、在宅で編集の仕事をやっている。
「あ……なんてか、躁鬱ってんじゃないけど、気持ちの起伏が、その……少し激しいような……」
「…………少し病んでるの、ここがね」


 お袋は、俺の顔を見ずに、なにか耐えるように胸をおさえた。


「……あ、ああ。思春期にはありがちだよね。そうなんだ」
 それで納得しようと思ったら、お袋は、あとを続けた。
「夜中に症状がひどくなることが多くてね、夜中に、時々幸子の部屋にお母さんたちが入っているの知ってるでしょ」
 俺は、盗み聞きがばれたようにオタオタした。
「いや……それは、そんなにってか……」
「いいのよ、わたしも、お父さんも。太一が気づいてるだろうとは思ってたから……」
 そういうとお袋は、サイドテーブルの引き出しから薬の袋を取りだした。袋の中にはレキソタンとかレンドルミンとかいうような薬が入っていた。

 処方箋を見ると、向精神薬であることが分かった。


「……俺が何か気を付けてやること、あるかなあ?」
「そうね……どうしてとか、なんでとか、疑問系の問いかけは、あまりしないでちょうだい」
「う、うん」
「それから、逆に、あの子が、どうしてとか、なんでとか聞いてきたら、面倒だけど答えるように……そんなとこかな」
「うん、分かった」
「それと、このことは、人にはもちろん、幸子にも言わないでね」
「もちろん」
「それから……」
 と、お袋が言いかけて、玄関が乱暴に開く音がした。

「お母さん、この子怪我してんの!」

 幸子が、泣きじゃくる六歳ぐらいの女の子を背負ってリビングに入ってきた。


「お兄ちゃん、大村さんちの前にレジ袋おきっぱだから、取ってきて。それから、大村さんの玄関に、これ貼っといて」
 女の子をなだめながら、背中で俺に言った。渡されたメモは広告の裏で『妹さん預かっています。佐伯』とあった。
 メモを貼って、レジ袋をとりに行って戻ってくると、幸子は女の子の足の傷を消毒してやっているところだった。
「公園から帰ってきたらお家が閉まっていて、家の人を探そうとして転んだみたい」
「いたいよぉいたいよぉ」
「大丈夫よ、優子ちゃん。オネエチャンがちゃんと直してあげるからね、もう泣かないのよ……」
 幸子は、まるでスキャンするように優子ちゃんの傷に手をかざした。
「大丈夫、骨には異常は無いわ。擦り傷だけ……」
「はい、傷薬」
 お袋は、手伝うこともなく、薬箱の中から必要なものを取りだして、幸子に渡した。幸子は、実に手際よく処置していく。


 ピンポ~ン

 インタホンが鳴った。


「すみません、大村です。妹が……」
「あ、佳子ちゃん、じつは……」
 佳子ちゃんを招き入れ、お母さんが手際よく説明。優子ちゃんも姉の佳子ちゃんを見て安心したんだろう。涙は浮かべつつも泣きやんだ。
「まあ、幸子ちゃんが。どうもありがとう……わたし、用事でコンビニに行ったら、友だちと話し込んでしもて。それで優子、自分でお家に帰ってきちゃったんや。ごめんね」
「用事って、それ?」
 幸子は、佳子ちゃんが手にしている書類に目をやった。
「あ、わたしドンクサイよって、出願書類コピーで練習しよ思て、十枚もコピーしてしもた」
「佳子ちゃん、どこの高校受けるの?」
「あ、それ、友だちと話ししてたとこ。わたし真田山にしよ思て」


 それがやぶ蛇だった。

 ひとしきりお袋と優子ちゃんの二人を交えた女子会になり、終わる頃には、幸子は大村姉妹と仲良しになり、ついでに受験先も、我が真田山高校に決まってしまった。

 そして、二日後、なんと幸子は真田山高校に一人で体験入学に来た……。

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妹が憎たらしいのには訳がある・3『なんだか変』

2020-12-18 06:53:51 | 小説3

たらしいのにはがある・
『なんだか変』
          

 

 なんか変なんだ。

 例えて言うなら、ライブの舞台セットの裏側と表側。
 セットの表側は、きれいに飾られ、電飾やらレーザーやらの照明が当てられて、とても華やか。でも裏側にまわると、それはただの張りぼてで、ベニヤ板が剥き出しだったり、配線が生ゆでのパスタのようにのたくって薄暗く、まるで建設現場のように素っ気なく乱雑だ。
 幸子は、Yホテルで会ったとき、引っ越しでご近所周りをしている時は明るく可愛い女の子だった。家の中を整理しているときは、親父、お袋、そして俺たちも忙しく立ち回り、いわばセットの立て込み中のスタッフのように、テキパキと無駄なく動いていた。だから、素っ気なくて当たり前だと思った。
 
 でも、落ち着いてからの幸子は変だ。

 兄妹とはいえ、平気で上半身裸の姿を晒し「こういう場合、どうリアクションしたらいいと思う?」は無いと思う。それも歪んだ薄笑いで……。


 親父とお袋には普通の態度だ。


「ウワーーーーー奮発したのね! これ宅配寿司でも高級なやつじゃん!」
「佐伯家の再出発だからな。まあ、これくらいは」
「う~ん、この中トロたまら~ん!」
「よかったら、お母さんのもあげるわ。脂肪が多いから」
「ごっちゃん、遠慮な~く!」
「ハハ、幸子は東京で舌が肥えちまったなあ」
「下も上も肥えてませーん。ナイスバディーの十五歳で~す!」
「そうよ、ブラのサイズ、この冬からCカップになっちゃったもんね」
「もー、そういう秘密は、家族でも言っちゃいけません!」
「ハハ、友だちにも自慢してたくせに」
「女の子の友だちだもん。でも、お父さんならチラ見ぐらいさせてあげるわよ(^▽^)/」
「おいおい、親をからかうもんじゃないよ」
「ハハ、お父さん赤くなった!」
「アハハハ……」
 
 俺は、この食事の間、ほとんど会話には入っていけなかった。

「幸子、ムラサキとってくれよ」
「…………」
 幸子は笑顔をさっと引っ込め、例の歪んだ笑顔で俺を見た。


「ムラサキって醤油のこと」
「分かってる……」


 幸子は、まるで犬にものをやるように……いや、ゴミ箱に投げ入れるような無機質さで、ムラサキの魚型チュ-ブを放ってきた。それも、俺の手許三センチのところにピタリと。そして、俺と始めかけた会話など無かったように、続きを始めた。


「で、敦子ったら、敦子って、東京の友だちなんだけどね……」
「そりゃ、びっくり……」
「ハハ、年頃の女の子って……」
「ハハ、お父さんも苦労しそう……」
「だーかーらあ……」
「アハハハ……」

 その夜、トイレに行こうとしたら風呂に入ろうとしていた幸子と廊下で出くわした。

「……覗くんじゃないわよ」

 今度は、歪んだ笑顔なんかじゃなくて、無機質な真顔だった。スニーカーエイジで機材を間違えて置いたときにとがめ立てしたスタッフのようにニクソかった。
「覗くわけないだろ。昼間のは事故みたいなもんだったけど」
「でも……可能性の問題としてね」
 そう言って俺の前を通っていく幸子の手には着替えやらバスタオルが抱えられていたが、チラッと金属のボンベのようなものが見えた。偶然か、それを察したのか、幸子は縞柄のパンツでそれを隠した。
 トイレと風呂場は隣同士で、脱衣場とトイレ前の洗面とはカーテン一枚で仕切られているだけで、幸子が潔く服を脱いでいく衣擦れの音がモロにした。昼間見た形の良い胸が頭に浮かんだ。

――俺ってば何考えてんだ(^_^;)――

 その夜、新しい寝床で寝付けずにいると、隣の幸子の部屋で気配がした。幸子一人ではない気配だ、つい耳をそばだててしまう。


「……やっぱ、無理か?」
 親父の声だ。
「うん、幸子が拒否……」
 お袋の声だ。でも拒否だと? 壁に耳を付けると間が空いた……。
「ま、引っ越しとかで疲れがでたんでしょ。とにかくゆっくり眠りなさい」
「はい、ごめん。お母さん、お父さん」
 なんだか、急にボリュ-ムが上がったような気がした。

――なに盗み聞きしてんのよ――

 幸子のニクソイこえが聞こえたような気がして、俺は慌ててベッドに潜り込んだ……。

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妹が憎たらしいのには訳がある・2『タイトルに偽りなし』

2020-12-17 06:14:06 | 小説3

たらしいのにはがある・
タイトルに偽りなし
    

 

 

 タイトルがおかしい。

 前回読んだ人はそう思うかもしれない。

『妹が憎たらしいのには訳がある』と題しておきながら、八年ぶりの妹を、こう描写している。
 
 すっかり変わって可愛くなった妹の幸子が向日葵(ひまわり)のようにニコニコと座っていた。

 可愛くのみならず、ニコニコとまで書いている。

 しかし、タイトルに偽りはない……。

 妹の幸子は、喋りすぎるでもなく、静かすぎることもなく、自然な会話の中でニコニコしていた。


 八年前、俺が東京の家を出るとき、まだ七歳の幸子は、電柱五つ分ぐらい泣きながら追いかけてきた。


「おにいちゃーん、行っちゃやだー!!」
 転んで大泣きする幸子を見かねて、俺はタクシーを止めてもらった。
「幸子、大丈夫か!?」
「だいじょばない……おにいちゃん、ファイナルファンタジー、まだクリアーしてないよ。いっしょにやるって言ったじゃないよ、言ったじゃないよ……」
 そう言って、幸子は手を開いた。小さな手の上にはプレステ2のメモリーカードが載っていた。
 メモリーカードには、ファイナルファンタジーⅩ・2のデータが入っている。PS4なんかの最新ゲームに飽きてヤフオクでゲーム機ごと買ったレトロゲームだ。メモリーカードにデータを残すのがお伽話のようで、さちこのお気に入りになったんだ。

「さちこ……さちこ一人じゃ、できないよ。おにいちゃんといっしょじゃなきゃできないよ!」
「がんばれ、幸子。やりこめば、きっとできる。あれ、マルチエンディングだから、がんばってハッピーエンドを出せよ。がんばってティーダとユウナ再会のハッピーエンド……そしたら、またきっと会えるから」
「ほんと……ほんとにほんと!?」
「ああ、きっとだ……!」
 そう言って、俺は幸子にしっかりとメモリーカードを握らせ、その手を両手で強く包んでやった。
「がんばれ、幸子!」
 包んだ手に、幸子の涙が落ちてくるのがたまらなく、俺は幸子の頭をガシガシ撫でてタクシーに戻った。
 バックミラーに写る幸子の姿が、あっと言う間に涙に滲んで小さくなっていった。

 あれから八年。

「コンプリートして、ハッピーエンド出したよ」

 幸子は、黒いメモリーカードをコトリとテーブルの上に置いた。
 八年前の兄妹に戻り、俺は、ほとんど泣きそうになった。

 Yホテルのラウンジの、ほんの一時間ほどで、我が佐伯家の空白の八年は埋められた……ような気になっていた。

 それから一週間後、俺たちは、新しい家に引っ越した。お袋と親父は、それぞれ東京と大阪のマンションを売り、そのお金で、中古だけど戸建ての家を買ったんだ。5LDKで、ちょっとした庭付き。急な展開だったけど、俺には本気で家族を取り戻そうとする両親の心意気のように感じられ、久々にハイテンションになっていた。
 大ざっぱに家具の配置も終わり、ご近所への挨拶回り。
「今日、越してきました佐伯です」
「よろしくお願いします」

 向こう三軒両隣、みなさんいい人のようだった。特に筋向かいの大村さんは、幸子と同い年の佳子という子がいて、なんだか気が合いそうな気がした。

 夕食は大村さんに教えてもらった宅配のお寿司をとった。

「一時間ほどかかりますが」と言っていた宅配のお寿司が、四十分ほどで着いた。
「おーい、幸子、お寿司が……」
 幸子の部屋のドアを開けて、俺も幸子もフリーズした。
 幸子は、汗をかいたせいだろう、トレーナーも下着も脱いで、着替えの真っ最中だった。
「あ……」
「こういう場合、どうリアクションしたらいいと思う?」


 幸子は、裸の胸を隠そうともせずに、歪んだ薄ら笑いを浮かべて言った。

 初めて見る妹の憎ったらしい顔がそこにあった……。


 

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妹が憎たらしいのには訳がある・1『再会』

2020-12-16 07:07:34 | 小説3

たらしいのにはがある・
『再会』
    


「土曜日、お母さんと会うからな」

「え………………………………?」

 これが全ての始まりだった。

 

 俺は、どこと言って取り柄も無ければ、欠点もない(と思ってる)、ごく普通の高校生だ。
 通っている高校も偏差値58の府立真田山高校。クラブは、どこの学校でも大所帯の軽音楽部。特に軽音に関心が高いわけじゃない。
 中三の時、友だちに誘われて、親父のアコステを持ち出して校内の発表会に出た。
 バンドというだけで注目だった。
 どっちかって言うと、そういうのは苦手。俺は、ただ習ったコードをかき鳴らしていただけだ。本番でも五カ所ほど間違ってしまった。とてもアコステをマスターしたとは言えない。でも、観客の生徒はみんなノリノリだった。友だちのボーカルが多少イケテル感じはした。ボーカルも「アコステよかったじゃん!」とか言ったけど、あとで見たビデオはひどいものだった。親父譲りのアコステは、そのまま物置に戻した。

 だから高校に入るまで、そういうのとは無関係だった。中学のアレは、義理ってか、押し切られたとか、錯覚とか、まあ、そういう範疇のものだ。

 俺は、自分は特別だとか思い込む中二病的因子は少ない方だ。良く言えば冷静、普通に言えば落ち着いた、悪く言えば面白みのない奴。中規模企業の課長で定年ぐらいの無難な人生がいいと思ってる。

 高校で軽音楽部に入ったのは、とにかく人数が多くて適当にやっていれば、学校の居場所としては悪くないと思ったから。
 実質は十人ほどの上級生が独占的にやっていて、俺たちはエキストラみたいなもんだ。


 でも、それでよかった。


 やったことと言えば、伝統の「スニーカーエイジ」に出場した先輩の応援にかり出され舞洲アリーナで弾けたぐらい。

 パンピーと言うかモブして観客席で群れているのが性に合っている。


 だから、入部したときに組まされたメンバーも、そういう感じで、ケイオン命ってんじゃなくて、お友だち仲間というベクトルが強い。お友だちというのは、互いに深いところでは関わらない。他愛のない世間話をするぐらい。
 スニーカーエイジの授賞式で先輩と目が合って「おめでとうございます」と言った時、先輩は俺の名前が出てこず、曖昧な笑顔をしていた。こういうことにガックリ来る人もいるだろうけど、俺は名もないモブであることにホッとした。


 俺はさ、そういうヌルイ環境が心地いい。

 さて、本題。

 俺の両親は、俺が小学二年の時に離婚した。

 原因は親父の転勤だった。


 なにか仕事で失敗したらしく、実質は大阪支店への左遷だった。ずっと東京育ちだったお袋は大阪に行きたがらなかった。そして、それよりも左遷されて、自信やプライドを失ってしまった親父にお袋は嫌気がさしてきたようだった。
 で、あっさりと離婚が決まり、俺は親父に引き取られ大阪に来た。一つ年下の妹はお袋が引き取り、我が家は、あっさりと大阪と東京に分裂した。

 それ以来、お袋にも妹にも会っていない。特別不幸だとは思っていない、今の時代、片親だけの奴なんてクラスに七八人は居る。

 妹が四年前交通事故で入院した。親父は一度だけ日帰りで会いに行った。
「大したことはなかった」
 その一言だけで親父は二度と東京にいかなかったし、当然俺も東京には行っていない。
 それが、今朝、ドアを開けて出勤しようとして、まるで天気予報の確認をするような気軽さでカマされた。

「この土曜日、お母さんと会うからな」
「え………………………………?」

 俺は、人から何か頼まれたり命じられたとき、とっさに返事ができない。

 一拍おいて「うん」とか「はい」とか「おお」とか、たいてい同意してしまう。小学校の通知票の所見には「穏和で、友だち思い」と書かれていた。要は事なかれ主義の、その場人間。親父に似てしまったんだと思う。この時は一拍遅れの「うん」も聞かずに、親父はドアを閉めてしまった。だからだろう、初めて乗ったリニア新幹線の感動も薄かった。

 そして、その土曜、Yホテルのラウンジ。

 目の前に、八年前と変わらないお袋が座っていた。
 そして、その横には、すっかり変わって可愛くなった妹の幸子が向日葵(ひまわり)のようにニコニコと座っていた。

 

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ぜっさん・18『おいしくな~れ、おいしくな~れ、ラブ注入~!!』

2020-09-03 06:35:44 | 小説3

・18 
『おいしくな~れ、おいしくな~れ、ラブ注入~!!』  


 

 

 おいしくな~れ、おいしくな~れ、ラブ注入~!!

 5回目だけど、まだ慣れない。
 何度やっても、顔が(#^0^#)こうなってしまう。
「そこがいいんだよ! そこが!」
 お客さま……もとい、ご主人様たちは言って下さる。
「あ、ありがとうございます、お客……ご、ご主人様」
 
 下見に来た時は、軽いもんだとタカをくくったんだけど、実際にメイド服を着てご主人様の相手をすると勝手が違う。

「見ときや、あたしが見本見せたるさかいな!」
 ご主人様の反応を新人であるための甘さだと思った瑠美奈が挑戦しにいく。
「お帰りなさいませ! ご主人様~!」
 三番テーブルに着いたご主人様のところに急ぐ。
「なんだか、遅刻して教室に入って来たときみたい」
 毒島さんがクスクスと目立たないように笑っている。笑っている姿も表情も、とても自然で貫禄のあるプリティーさだ。改めて、学校での彼女との落差に驚く。
「どーよ、板に着いたもんでしょーが!」
 三番テーブルから戻って来た瑠美奈が鼻を膨らませる。

「あの~ メイドさ~ん」

 三番テーブルから声がかかる。
「え、あ、ハイ!?」
 瑠美奈が頭のてっぺんから声を出す。店内のメイドもご主人様たちも、厨房からさえ笑い声が起こる。
「オーダー……まだやねんけど」
「あ、すみません!!」
 
 ドタ! ギョエッ!!

 足をもつれさせ、瑠美奈はカエルのように通路に倒れる、店内は笑いの渦になる。
 それまでニコリともしなかった見習いさんも、パーテーションの後ろで笑いをこらえている。

 そう、今日は、わたしと瑠美奈の新人の他に、小柄なメガネの見習いメイドが入っている。あたしたちの緊張の半分は、この見習いメガネさんのせいなのだ。見習いさんの前でブサイクなことはできないって、気負いがあるのよね。

 早くペースを掴んでおかないと、夕方にやってくる要ちゃんに合わせる顔が無い。

 でも、こういうことって意識すると余計に失敗する。
「もう大丈夫だからね」
 休憩を終えて出てきた瑠美奈は、一見落ち着いているように見えた。
「休憩したら、なんだか胸が楽になった……あ、お帰りなさいませ、ご主人様~!」
 元気に4番テーブルに向かう瑠美奈。

 ちょ、瑠美奈……!

 楽になったはず、休憩中に下ろしたんだろう、背中のファスナーが半開になっている! 気づいたご主人様やスタッフが笑っちゃう。

 ウゲェェェェ!

 店内の鏡で気づいた瑠美奈は、またしてもカエルになった。

「要ちゃん、こなかったわね……」
 あがる時間になっても要ちゃんは来なかった。
「この店、分かりにくいところにあるからね」
「それにしても、メールくらいしてくれたら……」
 スマホを確認しても、着信履歴はなかった。

「今日は、ありがとうございました」

 休憩室に入ろうとしたら、後ろから見習いさんの声がした。
「あ、どうも、お疲れ様」
「あ、あの……」
「はい?」

「お疲れさまです……」

 そう言って、見習いさんはメガネをとった。見習いさんは髪の毛をむしった……いや、ウィッグをとった。

 それは、メイド服を着た要ちゃんだった!
 
 

主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

 

 

 

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ぜっさん・17『要ちゃん』

2020-09-02 06:21:08 | 小説3

・17 
『要ちゃん』   


 

 転校してきた、その日にあだ名が付いた。

 そのことが大きい。わたしは「敷島絶子(しきしまたえこ)」としてよりは「ぜっさん」で通っている。


「わー、絶賛新発売やてーーーー!」
 食堂で新発売のサンドイッチに「絶賛新発売」のポップが踊っていたので、瑠美奈が囃し立てたことを懐かしく思い出す。
 サンドイッチのポップが面白いんじゃない、まして、わたしが自分の才覚や人としての魅力で受け入れられたのでもない。
 瑠美奈や藤吉が、そうとは意識しないで仲間にしてくれたから、クラスに溶け込めている。

 要ちゃんと話していて、そのことがよく分かった。

「わたしの魅力とか力とかじゃないのよ、みんなクラスの友だちの方から寄ってきてくれて、あ、例えばね……」
 そんな風な言い方をしているうちに、自分で思っている以上に瑠美奈たちの存在の大きさを感じてしまった。
 もし他の学校、ううん、他のクラスに入れられていたら、要ちゃん同様に「とけこめない」と悩んでいたかもしれない。

「でも、そんな風に友だちが構ってくれるのも、敷島さんに魅力があるからですよ!」

 要ちゃんは熱っぽく語る。お世辞じゃないことは、話すにつれて豊かになっていく表情からでも分かる。
 プロムナードは、そもそも校舎の陰。その上校舎と塀の間にあるせいか、弱いビル風みたいなのが吹いていて、思いのほか涼しい。
 だのに要ちゃんのオデコと鼻の頭には汗が粒になっている。少なくとも、この瞬間は、勇気を出して、わたしに話しかけたことでハイになっているようだ。
 こんな感じでクラスメートに接すれば、きっと友だちもできるんだろうけど、単に「やってみれば」というのは無責任だろうと思う。
「魅力がある人の傍に居れば、あたしも少しは変われるんじゃないかと思うんです!」
 
 うーーーーーん、正論ではあると思うけど、わたしのことを買いかぶり過ぎている。

 その時、スマホが鳴った。

「あ、ごめんなさい」
 表示を見ると瑠美奈からだった。
――ぜっさん、明日からホワイトピナフォー! 憶えてた!?――
「もち、覚えてるわよ……って、瑠美奈忘れてた?」
――そ、そんなわけあれへんやんか! ハハ、覚えてたらええねん。ほんなら!――
 電話の向こうで毒島さんの声がした。どうやら忘れていたのは瑠美奈のようだ。

「あ、そうだ。わたし明日からメイド喫茶でバイトするの。日本橋のホワイトピナフォーってお店、5時には上がれるから4時過ぎくらいに来てみない?」
「え、いいんですか!?」

 要ちゃんの目が、ひと際キラキラ輝いた。 
  


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・16『君の名は……』

2020-09-01 06:09:55 | 小説3

・16 
『君の名は……』    

    

 わけが分からなかった。

 声を掛けてきたのは、小柄なツインテールの一年生の女子だ。

 なにか別の用事で? 相手してる時じゃなんだけど? あなたが居たんじゃ長谷川要君、声かけにくくなるよ。
 そんな困惑が、プチプチと頭の中で弾ける。

「あの……長谷川要……なんですけど」

「え、どこ? 長谷川君?」
 てっきり、長谷川君が出てきにくくって、妹に頼んで露払いをしてもらっている。そんな突拍子もないことが頭に浮かび、キョロキョロした。
 ツインテールは、整った顔立ちで、緊張さえしていなければ、とても可愛い女の子だ。思いやりもあって、人にも気遣いができる。
 長谷川要君の妹なら、こういう感じの子だろうと、わたしの脳みそは判断した。

「えと……わたしが長谷川要なんです」

「え……………………………………ええ!? 

 目の前のツインテールと、手紙が結びつかない。

「えと……転校してこられてからずっと気になっていたんです。東京から越してこられたのに、なにも臆することもないし、蔑むこともないし、従ってハミられているご様子もないし、クラスや学年にも馴染んでおられて……でもって、自然にキラキラ輝いていらっしゃって、その、ほんとに眩しい御姉さまなんです。えと……わたしも東京から、転校じゃないんですけど、あ、転校してきたのは中三のときで……その、なんとも馴染めなくて、友だちも居なくて……だから、そんな御姉さまが、とても眩しく頼もしくて……その、学年は一個下なんですけど、いえ、下だから……妹に、妹分にしてくださいませ! 」

 それだけを詰まりながらも一気に言うと、顔を真っ赤にして最敬礼してしまった。

「……貴女が、ハセガワカナメ……だったんだ」
「は、はい。長谷川要です」
「長谷川要……」
「あの……アクセントは『かなめ』の『か』にきます」
 頭の中で反芻してみる。
『か』にアクセントを置くと、要という男名前ではなく『かな女』という感じで、あっぱれ女子の名前になる。

 プロムナードの木陰のベンチで語り合うことになってしまった……。


 

※ 主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・15『プロムナード』

2020-08-31 06:25:19 | 小説3

・15
『プロムナード』     


 

 

 ここでは暑いだろうと思った。

 なんたって、真昼の校舎の外。中庭とグラウンドを繋ぐ通路のようなところ。
 プロムナードと書いてあったので、最初は分からなかった。
 この五月に転校してきたばかりなので、校内の施設の名前までは分からない。
「あの……プロムナードってどこですか?」
 メガちゃんに聞いた。
 メガちゃんは、担任の妻鹿先生。ほら、夏休みに瑠美奈と三人でエキストラのバイトに行ったでしょう。
 あのメガちゃん。

「え……ひょっとして、オトコ!?」

 あやうく、他の生徒に知られるところだ。
 噂とかになりたくないからメガちゃんに聞いたのに、瞬間後悔した。
 メガちゃんは、こういうところが軽い。
 エキストラやってても女子高生で通るくらいチャーミングなんだけど、こういう相談をしても軽いとは思わなかった。
「場所教えてください、場所です!」
 そう言うと、恐縮な顔になり、やっと教えてくれた。

 プロムナードは、単なる連絡通路ではなかった。

 何度も通っているんだけど、生け垣の向こうが奥まっていて、奥まったところにはベンチがある。短時間なら人目につかずに話ができる。校舎の東側なので、午後には日陰になり、予想していたよりも涼しい。

 この場所を指定してきた長谷川要という男子は、この点では、文字通りクールだ。

 そう、二通目の手紙は長谷川要君だ。

 萌黄色の封筒の中は、真っ白な便箋で、こう書いてあった。

 突然の手紙で恐縮です。五月に転校してこられた時から貴女のことが気になっていました。いちどお会いして、きちんと気持ちを伝えたく思います。明日の放課後、プロムナードでお待ちしております。 敷島絶子様  長谷川要 

 ハネやトメに過不足のない力が籠っていて、男らしいきれいなな字だ。萌黄の封筒と言い、飾り気のない白い便箋と言い、とても印象が良い。
 これがチャラチャラした手紙なら、この場所に来ることも無かっただろう。
 先に読んだ牧野卓司の手紙の方が、印象としてはナヨっとしている。
 告白されたからと言って、軽々しく付き合うつもりはないけれど、お友だちの一人ぐらいにはなっていいと思った。

 さっきから、生け垣の向こうを何人も生徒が通り過ぎて行く。当然半分が男の子。
 カッコいい男子が通るたびにドキドキする。
 現金なもので、カッコいいのが目につくたびに、この子なら付き合っても! なんて衝動みたいなのがせきあげて来る。
 敷島絶子は自覚していたよりも、ずっとミーハーなのかもしれない……。

 絶子……さん。

 思いがけず後ろから声がかかった!

 主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・14『ぜっさん手紙を読む』

2020-08-30 06:43:48 | 小説3

・14
『ぜっさん手紙を読む』     



 ジャージにTシャツ。

 これって、自宅における女子高生の定番だと思う。

 ラフな格好なので、いきおい姿勢もチョーらくちんにしている。らくちんな格好というのは人さまざまなんだと思う。
 わたしの場合は『ビルマの竪琴』に出てくる寝仏(ねぼとけ)みたいな恰好。
 右を下にして、右手で頭を支える。
 寝仏と違うのは、左足を立ててマタグラむき出しにしていること。スカートだったら絶対NGな格好。
 でもって、左手でテレビのリモコン持ったり、マンガのページめっくたり、スナックをつまんだりする。お母さんが入ってきたら立てた左足だけ、お行儀よく右足に揃える。

 要は行儀が悪い。

 その、悪い行儀のまま(あとで後悔するんだけど)例の二通の手紙を読んでいる。

 ようやく夏も盛りを過ぎたようですね。
 学校も始まってしまいました。親の時代は八月いっぱい夏休みだったとか、昔は良かったんですね、って、なんだか年寄りじみてしまいます。
 僕の学校での席は窓際です。窓は東向きなので、冷房していてもかなり暑いです。
 うちは共学校なんだけど、女子のお行儀は女子高並みです。
 女子高並みと言っても、女子高を覗いたわけじゃなく、女子たちが話しているのを聞いて「そうなんだ」と思っている次第。
 下に着ているとは言え、第二ボタンまで外すのは、ちょっといただけません。
 中には、椅子の上で胡坐をかいて、団扇で風を入れているのもいます。
「おまえら、もう女捨ててるなあ」と担任は言うけど「捨てても有り余る女子力だもん!」と意気軒昂です。
 放課後は、部活に行きます。
 本当は部活のことを書きたかったんだけど、教室の描写で終わってしまいそうです。
 今日は、演劇部の在り方というような難しいことを話し合います。
 僕は、こういう原則論と言うかベキ論というか、そういう話はするべきではないと考えます。
 楽しい芝居を創ろう! これだけでいいと思うんですけどね。

 じゃ、また手紙書きます。   
 
                  牧野卓司
 PS 男と女の間に友情は成立すると思いますか? 
 

 思わず、姿勢を正してしまった。
 さて、二通目の萌黄色の封筒……。

 これを読んで、わたしはドキっとしてしまった!



主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ぜっさん・13『二通の手紙』

2020-08-29 05:56:37 | 小説3

・13
『二通の手紙』     


 

 ぜっさん!

 なんか気まずいことだなと思った。
 言葉の響きで気分が分かるほどに瑠美奈とは親友になった……ということなんだけど。
「かんにん、野暮用でいっしょに帰られへん。ごめんな」
 頭が「かんにん」で、尻尾が「ごめん」。 この過剰な言い回しは、瑠美奈が、かなり困っていることの現れだ。

 多分、演劇部のこと。

「いいよいいよ、たまには一人で歩かなきゃ、道おぼえないもんね」
 昨日の天王寺公園でのことがあったので、明るく答えておく。
「ほんま、ごめん……あ、せや。ぜっさん宛てに手紙きてたよ」
 学校宛てに、わたしへの手紙?
 受け取った封筒で分かった。広島で一緒になった牧野卓司だ。
 ほら、高校演劇の全国大会で言い寄って来たミスター高校生。

「ありがとう」

 まさか廊下で読むわけにもいかず、とりあえずは通学カバンに入れておく。
「……よっこいしょっと」
 掛け声かけて通学カバンを肩にかける。今日は辞書2冊を持って帰るので、けっこうな重さなのだ。
「声だけ聞いたら、お婆ちゃんみたいやで!」
 追い越しざまに藤吉が余計なことを言う。
「ヘソ噛んで死ね!」
 江戸前で返すが、大阪ではインパクトが弱い。藤吉はヘラヘラしたまま階段を下りて行った。

「さてと……」

 いちいち掛け声がかかるのは、夏の疲れだろうか。
「あれ……」
 下足のロッカーを開けると、萌黄色(もえぎいろ)の封筒が入っている。
「え、なんで……」
 疑問が先に立つ。だってロッカーには鍵をかけてある。手紙が入っていると気持ちが悪いよ。
「それね……」
 毒島さんが寄り添ってきた。
 相変わらず学校では暗いけど、バイトが決まってからは微妙に距離が近くなってきた……ような気がする。

 敷島絶子さまへ……と、宛名があり、裏には、長谷川要とある……はせがわかなめ?

 名前もさることながら、こんなのが入っていたことが気持ち悪い。
「ロッカーの下に2ミリほどの隙間があるの……鍵かけていても、その隙間からなら入れられるわ」
「あ、そ、そうなんだ」
 妙に狼狽えてしまって、その手紙も通学カバンにしまって、そそくさと下足室を出てしまった。

 後ろで、毒島さんが、なにか言いかけたみたいなんだけど、息出でそのまま下足室を出てしまった。

 台風の影響で思わぬ雨脚になっていた。この雨が無ければ、毒島さんの知恵を借りていたかもしれない……。



 

 主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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