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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・23『大洗母子旅行・1』

2019-09-28 06:31:41 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・23
『大洗母子旅行・1』      
 
 
 
 
 大洗の駅前は『ガールズ&パンツァー』一色だった。
 
『ガルパン』は乃木坂学院の文芸部でも聞かされ、ネットでも検索していたので、かなり詳しく知っているつもりだったけど、こんなに賑わっているとは思わなかった。
 
「これが休暇を取れた理由よ」
「ああ、取材にかこつけて……」
 電車から降りると、たちまち変装用のメガネが曇ってしまい、外してハンカチで拭いた。
「早くしなさいよ。あんた、ほんとのアイドルになっちゃったんだから、目に付くわよ」
「大丈夫、ニット帽も被ってるし、眉を描いてきたから、ちょっと目には分からないわよ」
「プ……なに、その眉。ちょっと描きすぎじゃない?」
「でも、自然でしょ。『プリティープリンセス』のアン・ハサウェー参考にしてきたの」
 わたしは、メガネをかけ直して、エッヘンポーズをとった。
「それって嫌み?」
「どうして?」
「主人公のミアのお母さんて、ちょっと変わったアーティストで離婚歴あり。で、その離婚が原因でストーリーが始まるのよね」
「でも、お父さんは国王じゃないわ。さ、まずはお仕事」
 そう言うと、お母さんは、そこいらにいるガルパンファンにインタビューに行った。カバンが大きいと思ったら、小型のプロ用カメラが入っていた。
 
「真夏、カメラ頼むわ。わたしインタビューするから」
 
 臨時のカメラマンにされてしまった。でも、カメラを構えてると、顔のほとんどが隠れてしまい、わたしにとっても都合が良い。
 まずは、実物大のⅣ号戦車のパネルの前にいる大学生風の男の子たちから始めた。
 
「ガルパンのどういうとこがすきなんですか?」
「わ、放送局っすか!?」
「まあ、いちおう」
 お母さんは、適当に答える。
「で、どういうとこが?」
「一口で言うと……なんでもありってとこですよね」
「そうそう、戦車と萌えなんか普通考えないっすよ」
「そのわりに、戦車の細かいトコなんかすごくリアルだし、ロケーションを大洗に持ってきたトコなんか突いてるって感じです」
 わたしより年上なんだろうけど、言葉は高校生並み。でも、ガルパンの核心はついている。わたしも含めて、今の若者って、鋭いのか、大ざっぱなのかよく分からない。ただ心理的にちょっと複雑という点では自信がある。
 
 それから、会場であるマリンタワーが見える広場では、主に展示物や、それに群がるガルパンファンを撮影。
 
 そして、お昼を食べてからは、ファンたちには聖地と呼ばれる町の風景を撮りにいった。
 
 キャラたちが五両の戦車に乗ってカタキの学校の戦車を撃破したところだ。案の定ファンたちで一杯。取材のネタには事欠かなかった。
「わたし、渋谷で、Ⅳ号戦車見たんだよ」
「え?」
 キャラたちが、敵のイギリスのクロムウェルを撃破し、からくも勝利した「聖地」の取材中にお母さんに言った。
「うん、ハチ公前の路上販売のおじさんから、クリスマスパーティー用のグッズ買ったら、頭がクラっとして。そうしたら道玄坂の方から走ってきた……」
「渋谷怪談って映画ができたぐらいのとこだからね。そういう話の一つや二つはあるかもね。だいたいハチ公にしたって、なんか都市伝説の走りって感じじゃん」
「……お母さん」
「うん?」
 一見無防備でノリノリのお母さん。これはお母さんのバリアーだ。このまま話しても、のった振りしてかわされる。
「ううん、なんでもない」
「変なの……ちょっとそこのディープなファンの人!」
 お母さんは、ファンの一群に突撃していった。

 旅館の夕食のアンコウ鍋が、半分がとこお腹に収まったところで、聞いてみた。

「お母さん……」
「なあに?」
「お母さん、どうしてお父さんと結婚したの? で、どうして別れちゃったの?」
「ゲホゲホ……」
 予想通り、お母さんは虚を突かれたようにむせかえった。そしてむせかえりながらも用意していた母親の仮面を被り始めているのが分かった。
「シナリオ通りの答えなんかしないでね。そんな答え、お互いの距離を広げるだけだから」
 
 わたしの真顔に、お母さんは明らかに動揺していた。
 旅館の窓の外は、粉雪が降り始めていた。雪が全てを覆い尽くす前に聞き出さなくっちゃ……。
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真夏ダイアリー・22『真夏のデビュー』

2019-09-27 07:18:29 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・22
『真夏のデビュー』     


 
 二番になったところで、潤が入ってきて、いっしょに歌いだした。

 バーチャルアイドル拓美をセンターにして、左右に、わたしと潤。わたしは驚きながら、表面は平然と歌い、踊り続けた。
「え、いったいナニ、これ!?」
 タムリのオッサンが白々しいことを言う。
「あ、わたしが本物で、こっちが従姉の真夏です」
 潤もニコニコ答える。
「ちょっとドッキリだったでしょう?」
 涼しい顔で潤は続け、明日のゲストである同じAKRの矢頭萌に電話して、番組のエンドロールになった。

「ねえ、なんであんなことしたのよ!?」
 楽屋に戻ると、わたしは潤に詰め寄った。
「ごめん真夏……」
 潤は今までの業務用の笑顔を消して、うなだれた。
「オレが説明する……この放送局にやられたんだ」
 吉岡さんが苦々しく話し出した。
「潤がスタジオに入ってきたときに、ハンドカメラで潤のこと撮られてしまったんだ。生だから、そのままオンエアーされちまって、隠しようがなくなって」
「そのあとは、わたしの判断……真夏が姉妹だってことは、もうマスコミには流れてるし、真夏も、あんなに見事に歌って踊ってるし、もう逆手にとって、やるっきゃないと思ったの。でも、真夏、なんであんなに上手いの?」
「そうだよ、オレが見てもそっくりだった」
「わたしも、分かんないよ。なんだか自然に体が動いちゃって……自分が自分でないみたいだった」
 そのとき、吉岡さんのスマホが鳴った。
「はい……あ、黒羽さん……え、いいんですか、そんなこと……会長命令……分かりました」
「なにがあったの?」
「真夏っちゃん……明日、潤といっしょに記者会見に出てくれないか」

 記者会見の前に、事務所のスタジオで、もう一度歌って踊った。プロディユーサーの黒羽さんと光ミツル会長が見ていた。やっぱり体と声は、意思に反して潤になってしまう。

「やっぱり、そっくりだ……開き直って売り出すしかない」
「売り出すって……?」
「キミを、AKRの準メンバーとして発表する」
 黒羽さんが真面目な顔で言い、会長さんは、黙って頷いた。潤はうつむいている。
 そんな状態が、三十秒ほど続いた。スタジオの中では自分の呼吸音しか聞こえなかった。
「一応、お母さんに連絡させてもらうよ」
 沈黙を破って、黒羽さんが言った。
「いいです。自分の意思で決めます」

 わたしは自分の意思で決めた。

 お母さんもお父さんも自分のやったことの結果だけを知ればいいんだ、そう思った。
 思いの底には、十年間の寂しさが潜んでいる。その寂しさのさらに底には……口で言えないような感情が潜んでいた。
「芸名は自分で付けていいですか?」
「うん。でも、あんまり変なのは却下だよ」
「わたし……鈴木真夏でいきます!」
 自分でもびっくりするような大きな声になった。

 記者会見は大盛況だった。民放各社にNHKまで来ていた。
「芸名の由来はなんですか?」
 思った通りの質問がされた。
「イチローさんにあやかりました」
 予定通りの答えをした。
「そういや、よく放課後、グラウンドで野球やってますよね」
 K放送の芸能記者が写真を見せながら言った。うらら達と五人野球をやっている写真だ。わたし以外の顔はモザイクになっていたけど、いつの間に……早々に、この世界の怖ろしさを思い知った。

 その夜の歌謡番組にさっそく出ることになった。さすがにお母さんに連絡した。
――見てたわよ、テレビ。帰りは何時……あ、そう。帰ったらお母さんとささやかにお祝いしよう。で、明日と明後日は、スケジュール空けといてね。
 部活で遅くなるぐらいのお気楽さで、お母さん。なんか予感がしたが、深くは考えないことにした。

 鈴木真夏としての初仕事は年末の特番だった。
 
 昼にセンセーショナルなデビューを果たしたばかりだったので、番組の視聴率が稼げるとディレクターは大喜びだった。出演しているみんなが喜んでくれているように思えた。
「気を付けて、どこで足を引っ張られるか分からないから」
 潤が、CMの途中、ひそめた声で言った。
 出番が終わって、バックシートに戻る途中、誰かとぶつかった。交代にステージに上がるアイドルグループだった。
 番組が終わって、楽屋に戻ると、衣装の脇の所が裂けていた……。

 なんとか日付が変わるまえに帰宅できた。

「わたしも、いま帰ってきたとこ。二日間休暇とるの大変!」
 そう言いながら、小ぶりなケーキを用意してくれた。「おめでとう真夏」と書いたホワイトチョコのプレートが載っていた。
「ありがとう、お母さん」
「おめでとう、鈴木真夏!」
 ジンジャエールで乾杯。

 その傍らではエリカが精一杯背伸びしたように花をほころばせていた……。


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真夏ダイアリー・21『ハッピークローバー』

2019-09-26 06:58:12 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・21
『ハッピークローバー』       





――事務所のミスで、仕事がダブルブッキングになっちゃって。タムリの『つないでイイトモ』と『AKRING』の収録が重なって……。

「まさか、そのどっちかに出ろっての……!?」

――申し訳ない、『イイトモ』の方に……。

 異母姉妹の潤の電話のおかげで、わたしは『つないでイイトモ』の収録のため、HIKARIプロの吉岡さんが運転する車に乗せられて、テレビ局に向かっている。
「まあ、MCのタムリさんは気の付く人だから、潤が来るまで、テキトーに合わせてりゃいいから。ま、これでも飲んでて」
 温かい缶コーヒーをくれながら、吉岡さんは、わたしを慰める。でも、そもそもこの吉岡さんが、渋谷のジュンプ堂でわたしを潤と間違えたことが問題の発端になっているわけで、その温もりは缶コーヒーほどにも長続きしなかった。

 わたしは、家を出るときに、すでにAKRの制服に着替えさせられている。あくまで、わたしは小野寺潤として、テレビカメラの前に出る。むろんスタッフの人もタムリさんも知っている、わたしがニセモノだってこと。
 潤は真夏のままでいいって言ってたけど、事務所としてはギリギリまで、わたしと潤とのことは伏せたいらしい。わたしは、どこかで、お母さんとお父さんのことを許していない。だから、潤と異母姉妹であることがバレても構わないという開き直りがある。でも、潤に迷惑はかけたくなかった。
「もう着くよ」
 わたしでも知っているTテレビが見えてきた。わたしは、無意識にポッケの中のラピスラズリのサイコロを触っていた……。

「おはようございます」

 自分でも驚くほど、自然にふるまえた。
「え、ほんとに潤ちゃんじゃないの!?」
 タムリさんが、サングラスをとって、マジマジと見た。
――案外、普通のオジサンだ。わたしは、そう感じた。
「ギリギリまで、潤本人ということで、お願いします」
 吉岡さんが頭を下げる。
「うん、いいよ。事務所の都合ってのもあるんだろうし。でも、きっとバレちゃうよ、いつかは」
「そのときは、そのとき、明るいスキャンダルってことで着地させようと思ってます」
「まあ、なんとかなりますよ。アハハ」
 思ってもいない言葉が潤そっくりの言い回しで、自分の口から出てくる。自分でも驚いた。

「潤ちゃんは、ハッピークローバーで大抜擢だったんだよね」

「ええ、それまではAKRの研究生で、抜擢されたときなんか足震えましたもん」
「だよね、で、デビューでいきなり萌ちゃんとか知井子とかユニットだもんね」
 最初は、当たり障りのない、趣味とか、好きなタレントさんの話だった。でもタムリさんがのっちゃって、潤にしか分からないデビュー当時の話を振ってきた。内心あせったけど、自分でも考えてもいないようなことが口をついて出てくる。
「あれ、たいへんでしょ。一番のサビが終わったところでバーチャルの拓美が出てきて合わせんの」
「ええ、だいたいの立ち位置は分かってるんですけど、手とか足とかの振りが被っちゃうんですよね。人間同士だったら、ぶつかっちゃうんで分かるんですけど、バーチャルだから見えなくってね」
「あれ、潤ちゃんたちには見えてないの?」
「ええ、ホログラムで、周りの人には見えてんですけどね。拓美が動くエリアの中じゃ見えないんです」
「そうだったんだ、オレ、てっきり見えて合わせてんのかと思ってた」
「来年には新曲が出るんで、その時には見えるようにしてもらえるらしいんですけどね」
 わたしってば、知らないことまで喋ってる!?
「じゃ、今日は、そのホログラム借りてきたんで、ちょっとやってもらえるかなあ」
「え、え~、今ここでですか!?」
「いいじゃん、制服も着てることだし」
 吉岡さんが、スタジオの隅で慌てている。どうしよう……。
「仕方ないなあ。タムリさんが、そういう目つきしたときは断れないんですよね」
「ウシシ、よく知ってんじゃん」
「だから、AKRじゃ多無理さんなんて書くんですよ!」
 わたしは、ADさんのカンペをふんだくって多無理!って書いてやった。
「ハハ、まいったなあ」
 そう言いながら、タムリさんが頭を掻いていると『ハッピークローバー』のイントロがかかりだした。




《ハッピークローバー》

 もったいないほどの青空に誘われて アテもなく乗ったバスは岬めぐり
 白い灯台に心引かれて 降りたバス停 ぼんやり佇む三人娘

 ジュン チイコ モエ 訳もなく走り出した岬の先に白い灯台 その足もとに一面のクロ-バー
 これはシロツメクサって チイコがしたり顔してご説明

 諸君、クローバーの花言葉は「希望」「信仰」「愛情」の印 
 茎は地面をはっていて所々から根を出し 高さおよそ20cmの茎が立つ草。茎や葉は無毛ですぞ

 なんで、そんなにくわしいの くわしいの

 いいえ 悔しいの だってあいつは それだけ教えて海の彼方よ

 ハッピー ハッピークローバー 四つ葉のクロ-バー
 その花言葉は 幸福 幸福 幸福よ ハッピークローバー

 四枚目のハッピー葉っぱは、傷つくことで生まれるの 
 踏まれて ひしゃげて 傷ついて ムチャクチャになって 生まれるの 生まれるの 生まれるの
  
 そうよ あいつはわたしを傷つけて わたしは生まれたの 生まれ変わったの もう一人のわたしに

 ハッピー ハッピークローバー 奇跡のクローバー! 




 サビのところでホログラムの拓美が現れる……そんなことより、自分の体が勝手に動いて歌って踊っていることが不思議だった。
 で、二番になったところで、本物の潤が入ってきた……!


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真夏ダイアリー・20『ちょっと不思議なクリスマスパーティー』

2019-09-25 06:24:14 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・20  
『ちょっと不思議なクリスマスパーティー』      
 
 

 省吾の家には、シャレじゃないけど正午に集まることになっていた。
 
 正午前にいくと、もう四人が集まっていた。ホストの省吾、ゲストの玉男、柏木由香、春野うらら。
 
 由香とうららは緊張していた。無理もない、つい三日前にオトモダチになったばかり。
 わたしも付き合いは長いけど、省吾の家に来たのは初めてだ。玉男は何度か来たことがあるのだろうか、自分の家のようにリラックスし、なんとエプロン掛けながら省吾のお父さんのお手伝い。
 
「すまんなあ、玉男君。大したことは出来んが量だけは多いものでなあ」
 作務衣姿のお父さんが、玉男といっしょに料理を運んでいる。
「いいえ、いい勉強になります」
「玉男、ずっと手伝ってたの?」
「うん、蕎麦打ちと天ぷらだって聞いて、朝からお手伝い」
「言ってくれたら、わたしたちも手伝ったのに。ねえ」
 由香と、うららは、ちょっと困ったような笑顔で応えた。
「なんか、とっても本格的で、わたしたちなんかじゃ役に立ちそうにないんで……中村クンは、なんだか、もうプロって感じ」
 そう言って、食器なんかを並べる役に徹している。
「いや、玉男君が是非にって言うもんだから手伝ってもらったんだけどね、蕎麦打ちも、天ぷら揚げるのも、なかなか大した腕だよ」
 こんなイキイキした玉男を見るのは初めてだった。
「オレも、タマゲタよ。オヤジはお袋にも手伝わせないんだぜ」
「一目見て筋がいいのは分かったからね。渡りに船だったよ。蕎麦の打ち方は信州蕎麦だとわかったけど、なんで、こんなに上手いのか聞いても内緒だった」
「おじさんだって、内緒なんですもん。お互い職人は手の内は明かしませ~ん」
「はは、わたしのは、ただの趣味だから。まあ、クリスマスには似つかわしくないメニューだけど、ゆっくりやってくれたまえ。といっても蕎麦は、すぐに食べなきゃ、味も腰も落ちてしまうからね」
「じゃ、天蕎麦ってことで」
 
「「「「「いただきまーす!」」」」」
 
 五人の声が揃った。
 
 ズルズル~とお蕎麦。パリパリと江戸前の天ぷら。天ぷらは冷めないように、ヒーターの上に乗せられていた。その間に、蕎麦掻きや蕎麦寿司、茶碗蒸しなんかが運ばれてくる。
 で、一時間ほどでいただいちゃった。
 
「すまんね、わたしの趣味を押しつけたみたいで」
「いいえ、とってもおいしかったです」
 Xボックスのダンスレボリューションでもりあがり、カラオケで高揚し、GT5ではわたしの一人勝ち。
「やったー!」
 と、ガッツポーズしていると、なんだか静か……。
「あれ?」
 四人とも、座卓や、畳の上で寝てしまっていた。窓の外はいつのまにか雪になっている。
 
「そろそろいいかなあ」
 
 省吾のお父さんが入ってきた。
「真夏さん、あなたを見込んで頼みがある……」
 おじさんが、かしこまって正座した……ところで意識が飛んだ。
 
 グワー、ガッシャンガッシャンというクラッシュの音で目が覚めた。
 
「バカだなあ、真夏、運転しながら寝てらあ」
「あはは……」
 みんなに笑われた。
「お父さんは?」
「オヤジなら出かけたじゃんか」
「え……」
「それにしても、よく降るなあ……」
 
 雪だけは、さっきと同じように降り続けていた。
 
「なんだか、こうやって見てると、雪が降ってるんじゃなくて、この部屋がエレベーターみたいに上に昇っているような感じがするわ」
 うららが、そう言うと、なんだか妙な浮揚感がした。
「ほんとだ、なんだかディズニーランドのアトラクションみたい……」
 由香が続けた。
「じゃあ、このファンタジーなムードの中でプレゼントの交換やろうか」
 みんなが300円のプレゼントを出して、省吾が番号のシールを貼った。
「どうやって決めるの?」
「くじびき」
 省吾があっさりと言った。
「でも、それだったら自分のが当たっちゃうかもしれないじゃん」
「それは、それでいいじゃん。それも運のうち。どうしても気に入らなかったら、交換ということで」
 
 で、クジを引いた。四人は、それぞれ他の人のが当たったけど、わたしは自分のを引いてしまった。
 そう、あのラピスラズリのサイコロ(PSYCHOLOという微妙な発音はできなかった)
 
「なんだ、自分のが当たったの、替えたげようか?」
 玉男が縫いぐるみを撫でながら言った。
「ううん、これも運。これね、思った通りの目が出るんだよ」
「ほんと!?」
「好きな数字言って」
「じゃ、七」
「ばか、サイコロに七はないだろ」
 玉男がバカを言い省吾にポコンとされ、由香とうららが笑った。
「じゃ、六でいくね……」
 出た目は一だった。
「あれ……じゃ、もっかい。三ね」
 出た目は四だった。
「なんだ、普通のサイコロじゃないか」
「でも、買ったときは出たんだよ」
「真夏、これ、どこで買った?」
「渋谷のハチ公前」
「なんだ、路上販売か。そりゃイカサマだな」
「でも……いいよ。わたしが引いて当たったんだから」
 
 昨日から今日にかけての不思議を感じながら、とりあえず楽しいクリスマスパーティーは終わった……。
 
 
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真夏ダイアリー・19『ラピスラズリのPSYCHOLO』

2019-09-24 07:28:25 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・19
『ラピスラズリのPSYCHOLO』     
 
――25日、テレビに出てもらえないかなあ……。
 
 とても申し訳なさそうだった。
 
 潤は腹違いの姉妹。で、潤が知らないうち……ってか、潤の存在そのものをこないだ潤に間違われて大騒ぎになるまで気づかなかったんだけど。 潤は売り出し中のアイドルグル-プのAKR47のホープ。行きつけの美容院の大谷チーフが、気づいていて、髪をカットしにいったときに、潤そっくりなヘアースタイルにされ、しばらくは間違われっぱなしだった。 
 潤本人や事務所の会長さんの約束で、もう、わたしは潤とのゴタゴタには巻き込まれないことになっている。  
 ところが、潤の電話の声には、そのゴタゴタに巻き込まれそうな(つまり、「申し訳ない!」って気持ちが滲み出ている)気配。わたしは半ば覚悟を決めて聞いた。
 「どういうことか、まず説明してくれる?」
 ――ダブルブッキングになっちゃって。タムリの『つないでイイトモ』と『AKRING』の収録が重なって……。
 「まさか、そのどっちかに出ろっての……!?」 
――申し訳ない。『イイトモ』の方に……。 
「わたしと潤は似てるってだけで、中味はぜんぜんちがうんだよ。潤てことで出たらサギになっちゃうよ」 
――あ、真夏は、真夏でいいの。特別ゲストってことで、真夏に出てもらって、後半わたしが入るから。ね、お願い、一回ポッキリだから。ね、一生のお願い!
 
 わたしは人生初めてのテレビ出演をすることになってしまった。
 
 迷子になっちゃいけないというので、スタッフの吉岡さんが迎えにきてくれることになった……てか、わたしの気が変わって逃げ出さないための見張りだと思う。 交換条件にクリスマスプレゼントを頼もうかと思ったけど、なんか人の弱みにつけ込んでいるようで、やめた。
 
 お昼ご飯食べてから、気分転換を兼ねて、渋谷に出てみた。
 
 300均の店を一軒検索しておいたのだ。定期プラスちょっとで行ける。 
 渋谷の駅に着いてみると、ちょっと変な気がした。駅の東側に行くつもりが、西側のハチ公前にでてしまった。なんだか、とってもハチ公に会ってみたい気になった。 
 ハチ公は、待ち合わせの人たちや観光客の人たちになで回されてツルツル。特に前足はピカピカ。
 
 わたしもナニゲにハチ公の足に触ってみた。
 
 すると、銅像のハチ公にはっきり犬の気配がして、思わずその顔を見てしまった。
 
 ハチ公の目に瞳はないが、そのとき、しっかりハチ公の視線を感じた。その視線をたどって振り返ると、ベンチの横に、路上販売のオジサンが、畳半分ぐらいの黒い敷物の上にいろいろと品物を並べている。 
 昔は、こういうヒッピーってのか、路上販売の人ってけっこういたみたいだけど、わたしとしては昔話の世界。
「ヘー……」って、近づいていった。今時珍しいのに、道行く人たちは関心がないようで通り過ぎていく。アクセサリーやアンティークな小物が多くあった。手作りのイミテーションなんだろうけど良くできている。
 
「三百円のクリスマスプレゼントだね」
 
 オジサンは、わたしの顔も見ないで、言い当てた。これが、人通りが少ない所だったら逃げ出していたかもしれない。しかし、そこは渋谷。それも東京でも指折りの名所のハチ公前。わたしは、あっさり返事した。 
「はい」
「じゃ、これがいいよ……」 
 オジサンは、足もとのトランクから、三センチほどの青いさいころを出した。
「珍しいさいころ」 
「ニュアンスが違う。PSYCHOLOと呼んで欲しい」  
 なんだか怪しげな発音でオジサンが言った。 
「きれいな青ですね」 
「そりゃ、ラピスラズリのPSYCHOLOだからね」 
「ほう……」
「心で、数字を念じて振ってごらん。運が良ければ、念じた通りの数字が出るから」  
 わたしは5を念じて振ってみた……5が出た。
「ほらね」 
 わたしは、さらに三回、違う数字を念じて振ってみた。三回とも念じた目が出た。
「ホホホ……今日は、PSYCHOLOの機嫌ががいいようだ」
「三百円でいいんですか?」 
「いいよ。ただし、キミの財布の中の五百円玉で、お釣りにさせてくれないか」
「え……あ、あった」 
 わたしは、古びた五百円玉を出した。
「これこれ。この五百円玉を探していたんだよ。昭和56年。どうもありがとう」 
「いいえ、古いので申し訳ないですね」 
「いや、お釣りも古いから」  
 もらったお釣りは昭和41年。たしかに古い……。
「ほんのたまにだけど、願い事を聞いてくれることがあるよ」 
「ほんと?」
 「ああ、試してみたら?」 
 
 一瞬頭に、なにかがよぎった……すると道玄坂のほうから、ガラガラとお腹に響く音がしてきた。
 
 四号戦車D型……それもハッチのあちこちが開いて、セーラー服の女子高生の姿が見えた……これは『ガールズ&パンツァー』の世界だ……!
 周りの人たちも、白昼現れた戦車に呆然。あちこちでスマホを構えている。わたしも急いでスマホを出して画面を覗くが、戦車は写っていない。アングルを間違えたのかと、目の前の戦車と画面を見比べる。でも写らない。スマホを構えた他の人たちも同じ様子。
 「ええ……?」 
 思っているうちに、戦車は走り去ってしまった。 
「ねえ、オジサン……」 
 オジサンの姿は、広げた店ごと無くなっていた……。
 家に帰って、さらに驚いた。百円玉は昭和42年からで、41年のデザインのものは存在しない。  
 五百円玉も、昭和57年からで、56年のそれは存在しない。 
「え……思い違いかなあ?」 
 で、もう一度百円玉を見ようとしたが、帰りの切符を買うのに使ったんだろうか、財布の中にはなかった……。
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真夏ダイアリー・18『潤からのTEL』

2019-09-23 06:38:18 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・18
『潤からのTEL』      


 
 
 いろいろありそうな……それでも、メデタイ冬休みが始まった!

 いつものように六時半には目が覚めてしまった。でも、今日から冬休みであることを思い出し、幸せな二度寝を決め込む。なんか枕許でお母さんが言うのが聞こえたけど。夢うつつの中で返事。ドアが閉まる気配がして、エリカが現れた。むろん夢の中。
 エリカは、十日ほど前に買ってきたジャノメエリカって花の精……だと思っている。なんせエリカは喋らない。花屋のオバサンが言っていた。
――花というのは、一方的に愛をくれるの。だから、受け取る側がカラカラの吸い取り紙みたいに愛がなければ、それだけ早く大量に愛をくれて、枯れるのが早い。

 エリカは、相変わらず満開の笑顔で、わたしを見つめてくれる。

「ありがとう……」

 そう言って目が覚めた。七時半……もう少し寝ていてもいいんだけども、エリカの笑顔に申し訳なくって起きてしまった。マンションとは名ばかりのアパートの朝の起動音がする。お隣の新婚さんのご主人が出かける気配。ガサゴソとかすかな音がして、ドアがしまるまで、少し長すぎるような間が空く。――新婚だから、ご主人の出勤前にキスでもしてんのかなあ……マセた想像をしてしまう。
――じゃあ。
――いってらっしゃい!
 廊下で聞こえる新婚さんの何気な挨拶に、その余韻を感じてしまう。想像力が豊かなのか、妄想なのか、自分でも判断がつきかねる。ただ、この名ばかりマンションが安普請であることはたしか。反対側のお隣さんの洗濯機が回る気配。一瞬ベランダのサッシがひらいたんだろう。ワイドショーの元気な声がこぼれた。表通りの通行人の気配もいつもとは違う。夏休みにも似たようなことだったと思うんだけど、年の瀬だと思うとやっぱり新鮮。夏休みは、まだ、お隣は空室で新婚さんはいなかったし……。

「オーシ!」

 朝のいろいろやったあと、少しはお母さんの役にたってあげようと、洗濯機のスイッチを入れてからベランダに出て、サッシのガラスを拭く。水を掛けて雑巾をかけるだけなんだけど、真っ黒になった。夏休みは、高校に入って初めてだったってこともあるけど、お母さんともギスギスしていて(今でも良くなった……とは言い難いけど)なんにもしなかった。気づくとベランダの手すりの間に蜘蛛の巣が張ってる。隅っこのほうには枯れ葉が詰まっていた。
 お母さんは、けして不精者じゃない。正式に離婚するまでは、忙しい仕事もこなしながら、家のこともちゃんとやっていた。やっぱ……お母さんもいっぱいいっぱいなんだ。
 すぐってわけにはいかないけれど、少しずつお母さんに寄り添っていこうと思う。

 スマホの着メロに降りむくと、省吾からだ。

――クリスマス、オレんちOK 十二時開始。会費は不要。ただし三百円のプレゼント持ってくること――

 わたしたち三人組に新メンバーの柏木由香と春野うららの二人を加えてクリスマスパーティーをやることになったのだ。
 ただ、五人の高校生が騒げる家はそんなにはない。うちなんか、床面積はもちろんのこと壁の薄さを考えれば、絶対不可。
 で、五人の中では一番セレブってことで、省吾の家が候補にあがった。で、その答えが今来たってこと。
「三百円か……」
 百均じゃしょぼいし、三百円ぐらいが適当と思ったんだろうけど、ちょっと選択に迷う金額……まあ、それも、オタノシミのうちと、パソコンを点けてみる。百均はよくあるけど、三百円は……あった。三百均ショップというのが、けっこうある。なるほど、こんなものまであるのか……と思っているうちに洗濯機が任務終了のサイン。
 ベランダで、洗濯物を干す。
 
 最後に靴下なんかの小物を干そうとしたところで、またもやスマホの着メロ。
 今度は、メ-ルではなくお電話の着メロ。
「はい、真夏」
――ごめん、朝から。
「あ、潤!?」
――ちょっと、お願いがあるの。
「え、なに?」
――二十五日、テレビに出てもらえないかなあ……。

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真夏ダイアリー・17『エヴァンゲリオン・2』

2019-09-22 06:55:38 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・17
『エヴァンゲリオン・2』       




 柱の陰から、真っ赤な顔をして同じC組の春野うららが現れた……!

 うららは、柏木由香と同じく中学は同窓。一年と二年のときは同級だった。あのころ、わたしは、まだ鈴木真夏だった。冬野になっていたら、それこそ冷やかされまくっていただろう。
 うららって子は、見かけによらずソフトボール部なんかに入っていて、ファーストだかを守っていた。由香とは同じクラブで、ソフボのピッチャー。乃木坂にはソフボ部がないんで、今は野球部のマネージャーをやっているらしい。

「わたしは、やってないわよ」

 うららの、入試面接のような自己紹介の途中で由香が割り込んだ。
「わたしは、マネージャーみたいなカッタルイことはやらないの。ほら、うららもカッタルイ自己紹介なんか止めて、肝心なこと聞きなよ!」
「あ、あの……」
「大事な話するときは、ちゃんと相手の目を見る!」
「わ、わたし……」と、後が続かない。
「しっかりして!」
 由香が、うららの背中をドンと突いた。その勢いで、うららは省吾の胸にもろにぶつかった……無防備で。
 省吾は、胸の下あたりに当たった感触で、さすがに顔を赤くした。
「あ、ご、ごめんなさい!」
 うららは、サッと離れたが、無意識に省吾の体を押してしまった。もののはずみというのは怖いもので、ゴツンという鈍い音がして、省吾は、そのまま柱に後頭部をぶつけて気絶してしまった。

 それからは、ちょっと大事(おおごと)になった。省吾は、救急車で病院に運ばれてしまったのだ……。

 軽い脳震とうだったけど、打ち所が悪かったのだろう、意識が戻ったのは病院でCTを撮っている最中だった。
「動かないで」
 ナースのオネエサンに言われたけど、本人は、下足室で起こった事件の記憶がきれいにとんでいた。
「大丈夫、異常なし。タンコブができたのと、一時的な記憶喪失になってるだけ」
 お医者さんがそう言うと、うららは泣き出した。由香も責任を感じて目が赤い。
「ほんとうに、ごめんなさい」
「うららは悪くないよ。わたしが、うららのこと突き飛ばしたから」
「え……なんのこと?」
「だからあ……」
 けっきょく、わたしが一から説明することになった。

「まあ、真夏と同じ友だちってことだったら」
 頭のショックだろうか、省吾は変なこだわりもなく、うららをオトモダチの一人にした。

「くそ、やっぱ速えなあ!」

 由香の速球を空振りして、省吾がグチった。
「今のは、ほんのウォーミングアップよ。本格的な球は、これから!」
「タンマ、ソフトみたいにアンダーで投げられると調子狂うんだ。野球として投げてくれる」
「いいわよ」
「外野下がれ、当たるとでかいぞ!」
「そんなフェイント、わたしには効かないわよ」
 由香の心にも火がついた。星飛雄馬ほどじゃないけど、由香は足を上げて投球姿勢に入った。そのとき、野次馬で見ていた数名の男子生徒が反応した。どうやらスカートの中が見えてしまったようだ。
 そのために由香の球にはスピードがつかなかった。そして、省吾も変なスウィングになり、大きなフライになってしまった。
 白球は、高く打ち上げられて冬の青空に大きな弧を描いた。
 わたしたちの、三人野球は五人に増えて終業式を迎えたのだ。

 終業式を終えて成績表をもらった。

 化学が欠点じゃないかと心配した。だけど、お情けの40点。五人に増えたお仲間も欠点はだれもなし。
 え、危ないのはおまえだけだって……はい、その通りです!

 いろいろありそうな……でも、メデタイ冬休みが始まった!
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真夏ダイアリー・16『エヴァンゲリオン・1』

2019-09-21 06:43:32 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・16
『エヴァンゲリオン・1』      




 二時間目の休み時間に昇降口へ行った。

 二時間目の授業が数学だってことをコロっと忘れて、ロッカーの中の数学一式を取りに来たのだ。
 期末テスト明けの授業というのは、どうにもしまらない。テストを返してもらって、キャーキャーと成績に一喜一憂。で、午前中の授業なんで、たいがい、それだけでおしまい。だけど、数学は三単位もある(つまり週に三回も授業がある)ので、このテスト後に二回授業がある。で、明日は終業式なんで、頭は冬休みモード。うっかり忘れていた。

――あら……?

 うちのクラスのロッカーの前に、C組の柏木由香が立っていた。
 その視線は、省吾のロッカーを見つめている。
――あ、エヴァンゲリオンのラブレター!
 気配が伝わったのか、由香は、わたしに気づくなり、怖い顔をして行ってしまった。
――由香だったのか……イニシャルもぴったりYだもんね。
 由香は同じ中学出身の女子。生真面目な美人。思い詰めたらまっしぐらって子。
 今の顔は、一週間ずっとロッカーにアスカ・ラングレーのシールが貼り出されるのを「待っていたんです」という色が出ていた(分かんない人は十回目の『小野寺潤の秘密』を読んでください) 
 
 これはヤバイ!

「ちょっと、省吾。いつになったら答え貼ってあげんのよ!?」

「え……?」
「エヴァンゲリオン。明日、もう終業式だよ!」
「もち綾波レイでしょ!」
 玉男が割ってはいってきた。
「なんでよ!?」
「だって、省吾には真夏がいるじゃん」
「「そんなんじゃない!」」
 同じ言葉が、わたしと省吾の口から出た。危うく、みんなの注目が集まりかけた時、数学の沢野先生が入ってきた。
 結局、数学の時間は自習になった。先生も生徒も、あんまり気乗りがしなかったから。自習ってのは、騒がなければ、なにしても怒られないんだけど、さすがにこの話題を継続するのははばかられた。

「ねえ、どっちかにしなさいよ!」
「オレ、こういうやり方、好きじゃねえ」
 わたしたちは、放課後、下足室で続きを始めた。
「コクるんなら、ちゃんと自分で言うべきだ。こういう人の気持ちを試すようなやり方は趣味じゃねえ」
「だけどねえ……」

「こういうカタチでしか、気持ちを伝えられない子もいるのよ」
 わたしの後ろ半分の言葉が三人の後ろでした……。

 アスカ・ラングレーのように、マニッシュなオーラを放ちながら、柏木由香が立っていた。
「柏木さん……!」
 意外な展開だ。本人が目の前にいる!
「誤解しないで、その手紙はわたしが出したんじゃないから。今朝、冬野さんに見られて誤解されるんじゃないかと思ってきたの」
 そう言うと、ゆっくり柏木由香は、省吾に近づいていった。
「わたしも、このやり方、好きじゃない。でも無視していいほど悪いやり方でもないと思うの。手紙を見ても分かるでしょ。ワープロなんかじゃなくてきちんと心をこめて書いてあるのが」
「……ほんとだ、カラっとした文章だけど、字は、とても乙女チック。貴女じゃないことはたしかね」
 玉男が余計なことを言う。
「文章考えたのは、わたし。文句ある?」
「でも、イニシャルYだからてっきり、由香だと思った……」
「え、Yになってんの……?」
「ほら……」
 省吾が、手紙を差し出した。
「……ほんと。あのバカ」
「バカって?」
「うらら、ちょっと出といで!」

 柱の陰から、真っ赤な顔をして、同じC組の春野うららが現れた……!
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真夏ダイアリー・15『ガールズ&パンツァー』

2019-09-20 07:07:07 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・15 
『ガールズ&パンツァー』    
 
 
 
 
 江ノ島クンの『ガールズ&パンツァー』についての講義はすごかった。
 
「戦車を使った武道である戦車道が華道や茶道などとと並び女子高生の嗜(たしなみ)みとされている世界を描いた物語で、兵器である戦車を美少女達が部活のように打ち込むという、ミリタリーと萌え要素を併せ持つ作品なんだ」  
 この説明までは、単なるオタクかと、すこしガッカリしたけど、このあとがスゴかった。 
「むかし、小松左京が『日本アパッチ族』を、筒井康隆が『時をかける少女』を書いていたころは、子ども相手のSFとバカにされた。当時は士農工商・犬・SFと言われた時期で、だれも、今のSFの隆盛を予想さえできなかったんだ」
 
「お茶にしますけど、ミルクになさいます? それともレモン?」
 
 そこで、副部長の福田麻里さんが、お茶を入れてくれた。 「one for you.one for me.one for the pot……」 と、にこやかに呟きながら。 
「なにか、オマジナイですか?」  玉男がバカ丸出しで聞いた。
「イギリスで紅茶を入れるときの作法だよ」  省吾がフォロー。 
「たいそうなものじゃないです。玉男さんが、おっしゃるようにオマジナイ。まあ、人数より一杯分多めにお茶葉入れたほうが、おいしくなるってコツでもあるんですけど」 
「昔は、こんなものサブカルチャーで切り捨てられたんだけど、オレたちは、そういうとこにも目を向け、広い意味で、日本文学の有りようを考えてみようと思うんだ」 
 で、十分ほどのDVDのダイジェストを見せてもらった。わたしでも十分のめり込めそうな内容で、「ホー」と感心していると、麻里さんが、コミックを机に並べてくれ、わたしと穂波は、しばし読みふけった。その間、本職の文芸部さんたちは、サブカルチャーとか限界芸術だとか、ムツカシイ言葉を並べて論じ合っていた。
 
 帰り際に記念写真を撮った。 そして交流記念ということで、わたしたち四人で真新しいサイン帖にサインした。
 
「やっぱ、あいつら、真夏が目当てだったな」  駅への坂を下りながら、省吾が呟いた。 
「え、そうなの!?」 
「サイン帖新しかっただろ。写メもみんなで撮りっこしたけど、本命は真夏だ」 
「それって、なんだかヤナ感じ」  穂波が文句を言った。 
「いいじゃん。あの子たち、とっても紳士的だったし」 
「あ……そう」 
 サラっと言った言葉への反応には戸惑いがあった。この三日あまりで、わたし変わった……それとも、わたしの周囲が。多分その両方……。
 
 夜、夢の中にエリカが出てきた。あいかわらず薄桃色の衣装で、ニコニコ明るく笑っている。
――そうか、いま満開だもんね――  
 
 できることならエリカと喋ってみたかったけど、やっぱりエリカはお花。黙って愛情をくれるだけなんだ。 
 寝る前に、お母さんがついでのように言った。 「年末、二人で一泊旅行しようか……?」 「……保留」  わたしは、お母さんの心遣いは嬉しかったけど、その心遣いが痛たましくって、ついツッケンドンな物言いになってしまった。心も体も発展途上。われながらモドカシイ……そう寝ながら身もだえしたら、エリカが優しく頷いてくれた。
 
「え、大洗のことだったの!?」
 
 リビングのテーブルから落ちかけていたパンフが目について、思わず声が出た。 「そうよ、まあ、アンコウ鍋ぐらいしかないとこだけどね……」 「いくいく、ここだったら行くよ!」 「真夏、アンコウなんて食べたことないでしょ?」 「おいしいに決まってるよ。お母さん、ここ行こう!」 「いいけど……なんで?」 「帰ったら説明する。まずは朝ご飯だよ-ん!」
 
 わたしは『ガールズ&パンツァー』にひっかけて、気持ちを引き立てた。『ガールズ&パンツァー』は、きのう学院でサラっとレクチャー受けただけだけど、大洗が舞台になっていることは、頭に入っていた。それをテコにして元気に返事した。
 ――がんばるね――
  満開のエリカに気持ちだけ伝えると、ベ-コンエッグをトーストに載っけて、パクついた。
 
「へー、なるほど……」
 
 放課後、図書室のパソコンで『ガールズ&パンツァー』を省吾たちと検索。昨日以上に盛り上がって、図書の先生に叱られる。ネット通販は、図書館のパソコンでは検索できない。ままよと、日課の三人野球をキャンセルして、ゲーム屋に直行。『ガールズ&パンツァー』のはなかったけど、プレステ2対応の戦車ゲームの中古を買った。もともと車のゲームは大好き『GT5』ではA級国内ライセンスをとるところまできている。
 
 わたしは、まず自分をハメてみるところから始めてみた……。
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真夏ダイアリー・14『乃木坂学院高校文芸部』

2019-09-19 07:21:17 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・14 
『乃木坂学院高校文芸部』    
 
 
 
 
 今朝は平和だった。
 
 昨日みたいにリポーターのオネエサンたちが待ち受けていることもなかったし、学校で写メをねだられることも少なかった。  
 昨日は「平和という名の欺瞞」なんて思いこんだけど、世間は、たった一日で興味を失った。 
 
 まあ、AKRの黒羽さんたちが、先手を打って、明るく世間に公表したおかげだと感じた。これを下手に隠しだてなんかすると「隠したものなら見てみたい!」というのが世の常。「どうぞ、全部見せます」と大っぴらにされると、世間は興味を失う。  だいたい中身を冷静に見てみれば、別れた夫婦の娘が似ていて、片っぽがアイドルだったってだけの話。その全てが大っぴらになってて、自分たちで一通り取材しても新しいことが何もでてこない。
 
 ただ、我が家的には影響は残っている。
 
 お母さんは平気そうな顔してるけど、別れた亭主のことが大っぴらになって嬉しいわけがない。そういう点では同情するけど、それを、わたしにさえ感じさせない母親ってのも娘としては寂しい。まあ、言われりゃ言われたでウザいと思ってしまうんだろうけど……わたしもムツカシイ性格だ。ただ、鉢植えのエリカだけが母子の苦悩を知ってか、薄桃色の花を満開にしている。
 
 ちょっと整理しとく。   
 
 お母さんとお父さんが別居し始めたのは十年前。原因は、わたしがお母さんのお腹の中にいたころにお父さんが浮気したこと。その浮気は、わたしが六歳のころに発覚した。浮気相手はそれまでシングルマザーでアメリカに行っていた。で、アメリカでの仕事がうまくいかなくなり帰国。それを知ったお父さんは、放っておくことができずに、そっちと同居しはじめ、それ以来、別居状態。で、八か月前に正式に離婚。わたしは鈴木真夏から冬野真夏になった。
 潤は六歳までアメリカで生活していたので、表情なんかが、わたしとまったく違って、お父さんは「少し似ている」程度の認識しかなかった。そして十年の歳月のうちに、潤とわたしの腹違いの姉妹はそっくりになり、潤がアイドルになって、ジュンプ堂のサイン会でわたしが潤に間違われたことで、全てがさらけ出され、ことここに至っている。
 
「学院に行ってみないか」 省吾が言った。 
「なにしに?」 
「江ノ島のご招待。うちの文芸部って、ほとんど名前だけのクラブだろ。あっちは本格的だから」
「遠慮しとくわ。わたし、あんまり興味ないし」 
「そうか……学食で、特製ランチごちそうしてくれるらしいぜ」 
 その言葉に、わたしの好奇心よりもお腹の虫が反応してしまった。
 
 乃木坂は、学院が付くと付かないじゃ大違い。付けばセレブな私学だし、付かなきゃ、しがない都立高校。 利用する駅こそ、千代田線の乃木坂駅だけど、坂を上ったところがセレブな乃木坂学院。下ればエコノミーな都立乃木坂高校。世間じゃ、乃木坂上りと下りで、両校の名前としてるぐらい。 
「ああ、坂上、セレブなほうね」ってな具合。 
 その格差の中でも、学食の違いは際立っている。 
 うちの学校では、単に「食堂」あるいは「学食」というが、学院では「キャフェテリア」という。
 学食定番のカレーライスだって、うちは明らかに業務用(カウンターから見えるところに「業務用」と印刷されたカレーの段ボール箱が積んであり。その中のカンカンは、まんまテーブルごとのごみ箱になってる。学院はルーから自前で作っている。当然他のメニューは推して知るべしで、その中でも特製ランチは伝説の味と言われている。
 
「やあ、ようこそ」
 
 江ノ島雄太さん(改まっちゃった)は、校門の脇で待ち受けていてくれた。わが乃木坂は、ワンピース・Zを観に行った者が多く省吾と玉男だけ、それにわたしと穂波がくっついている。 
「時間時だし、キャフェテリア先に行こうか」 
「いいえ、そんな……」 と言いながら、お腹の虫は正直に反応する。
 
 一応学食らしくトレーに乗ったセルフサービスだけど、乗ってるものが違う!
 
 ポタージュスープ、なんちゃらムニエルにロースカツ、彩り豊かなサラダに、パンが焼き立て二個。思わずニコニコ。 
「いっただきまーす!」  
 まずは、スープから。さすがにカップスープだけど、美味しいぞ~!  そう思ったら、メガネが湯気で曇ってしまった。わたしは昨日のことがあるので、メガネで軽く変装していた。それをうっかり外してしまった。とたんに……。 
「キャー、小野寺潤よ!」 「いや、そっくりさんだぜ!」 「いや、びっくり! どっちでも!」 
 とたんに、数十人の学院のみなさんに取り巻かれてしまった……。
 
 握手会、サイン会が終わって、やっとランチ……ポタージュには薄く幕が張り、他のも食品サンプルのように冷めてしまっていた。でも、腐っても鯛、冷めても乃木坂学院。美味しく頂きメガネをかけ直し、クラブハウスへ。 
「ウワー、すごいわ!」 玉男が胸で手を組んで感激した。
 壁の四方が作りつけのラックになっていて、古今東西の名作……は、ちょっとだったけど、DVDやらRDの映像資料や、マンガやラノベのタグイが所せましと並んでいる。 
「一般図書は図書館で間に合わせてる……というのは、建前で、うちの文芸部はサブカルチャーに力点を置いている」 
「「「「はい!」」」」 
 江ノ島クンのご託宣に、女子部員のセーラー服四人が頷いた。
 
 そして、彼女たちのテーブルの上には『ガールズ&パンツァー』のDVDとコミックが並んでいた……。
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真夏ダイアリー・13『欺瞞』

2019-09-18 06:57:56 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・13
『欺瞞』     
 
 
 
 
 今日は覚悟して学校に行った。
 
 衆議院選挙で自民党が大勝利!……でも、高校生には関係ない。学校に行ったら、きっと質問されたり、写メ撮りまくられたり、キャーキャー言われてイジラレまくりだろう。
 
 なんたって、売り出し中のアイドル小野寺潤とそっくりで、おまけに父親がいっしょだって分かったんだから。 
 乃木坂の緩いカーブを下って、校門が見えたころでカメラを持った三人組のオニイサンとオネエサンに通せんぼをされた。 
 
「真夏さんよね。どうですか、AKRの潤ちゃんと姉妹だって……」  
 オネエサンがそう聞きかけたころ、道の向こう側の車からAKRの吉岡さんが飛び出してきた。 
「困るなあ、昨日言ったでしょう。今度のことは、全てHIKARIプロで対応させていただきますって!」 
「それは、そちらのお願いで、報道の自由はあくまでわたしたちにあるの!」  
 オネエサンは譲らない。 
「しかしなあ!」 
「吉岡さん、ありがとう。でも、わたしから手短に答えておきます」  
 そう言うと立て続けに写真が撮られ、マイクが向けられた。 
「急なことで、自分でも整理がついてません。だから話のしようがありません。ただ、このことで潤ちゃんと仲良くなれたってことは、とても嬉しいことです」 
「それは、姉妹として? アイドルだから?」 
 わたしは、右手を上げてオネエサンを張り倒した……ように見えた。事実オネエサンは悲鳴をあげた。 
 わたしは寸前で左手を出して、オネエサンの顔の真横で右手とパーンと打ち合わせた。 
「!?」と、オネエサンたち。 
「今の、左手が鳴った? 右手が鳴った?……分からないでしょ。これが答え。通学のジャマ、これくらいにして」 
 周りの生徒や、校門で立ち番をしていた先生達があっけにとられていた。
「おまえ、リポーターのネエチャン張り倒したんだって!?」
 
 案の定、学校の中では話が大きくなっていた。 
「張り倒していたら、いまごろ警察がきてるわよ。それより大杉クン、『ワンピ-ス・Z』見にいった?」 
 大杉が大の『ワンピース』ファンであることを見越して質問してやった。 
「ああ、観たさ。大感激しちゃったぜ!」 
「ふーん、省吾は、どうなのさ?」 省吾に振った。
 昨日のメールで、省吾も観にいったことが分かっていたから。 
「オレの感想は、この人といっしょ」
 
 省吾は、スマホの画面を見せた。
 
 
 タキさんの押しつけ映画評
 
 ハッキリ言わして貰って不満です。「ストロング・ワールド」を基準にすると、満足度60%って所ですかねぇ。脚本の鈴木おさむが原作との連動にこだわり過ぎたのが主因か?  とはいえ、これは趣味の違いとも考えられるのだが、今回の敵役が ガープ・センゴク・おつるさんなんかと同期の元海軍大将で、青雉・黄猿・赤犬の師匠に当たるので、マリンフォード頂上戦争後の三大将の勢力争いに関わらすにはいられない。これは、どちらかといえば原作・テレビで扱うべき題材ではないかと思う。映画の結末(なんぼなんでもこれはバラせない)からすると、後々の原作ストーリーに影響がでる。  もっとフリーな設定にしておいたほうが良かったと思うのだが、ワンピフリークの皆さんはどう思われただろうか。作画・動画に破綻はない、サイド設定も面白いのだが、メイン設定のかつてゼファーと呼ばれた英雄と海軍との関わりがあまりにもハイスピードで語られる。かつての「海賊王白ひげ」と比肩されうるキャラクターなだけに、う~~ん、もったいないんじゃないですかねぇ。 だから、ルフィー以下麦わらの一味の存在感もいまいち薄く感じられる。  だからだから(?)感動が薄い……俺が贅沢言ってるのかなぁ、とにかく「嗚呼!勿体ない」ってのが正直な感想でありまんにゃわ。  周り殆ど中坊で 若干ざわついていたのにイラついていたし、予定していた時間に見られなかったり……今日はイライラしっぱなし、しかも雨は降ってる 車は来ない……時間を置いたら別な感慨が生まれる…?
 
 
 わたしは知らなかったけど、このタキさんという人は、映画好きの人には、ちょっとアナーキーだけど、切れ味のある映画評で有名な大阪の映画評論家らしい。 
 大杉と省吾の論戦に移ったところで、自分の席に着いた。 
「あのさ……」 
 穂波だったので油断していた。 
「真夏のことモデルにしてマンガ描いちゃだめ……?」 
「え……?」
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高校ライトノベル・真夏ダイアリー・12『スキャンダル!?』

2019-09-17 06:12:33 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・12 
『スキャンダル!?』    
 
 
 
 
 やがて、メンバーのみんなが現れ、リーダーのクララさんが目配せすると、あっと言う間に、わたしはメンバーの中に混ぜられて、バスに乗せられた……。
 
 黒羽さんというチーフディレクターの人が、バスガールみたいに立ち上がって、みんなに言った。 
「手短に言うよ。みんなも知ってるとおり、そこに居る冬野真夏さんと潤はそっくりだ。これについて、まず、潤、話して」 「びっくりするだろうけど聞いててね」 
 わたしに小さな声で言うと、潤はマイクを持って立ち上がった。みんなが潤を見るために体をひねった。 
「わたしと、真夏は、お母さんは違うけど姉妹なんです」 
 バスの中がざわめいた。わたしは心臓が口から飛び出しそうになった。 
「お父さんの名前がいっしょだったんで、お父さんに問いつめたら、そう答えてくれました」 
「それ……ほんと?」 
 潤は、黙ってうなずき、黒羽さんが後をつづけた。 
「マスコミは、こんなことすぐに嗅ぎつける。で、会長とも相談して、君たちにはあらかじめ知っておいてもらうことにした。そして知った上で、秘密にしてもらいたい。真夏さんは、あくまで潤のそっくりさん。そういうことで、了解してください」 「でも、いずれマスコミが嗅ぎつけるんじゃないですか?」 リーダーの大石クララが質問した。 
「ああ、でも真夏さんは、まだ何も知らないんだ。彼女の意思を尊重し、真夏さんが理解できて、気持ちが落ち着くまでは、伏せておきたい、いいね。AKRは仲間の心も、人の心も大切にする。いいね」 
「はい」 みんながいっせいに返事をした。 
「ほんと、おどかしてごめんね」潤は、事務所に着くまで、わたしの手を握っていてくれた……。
 
 事務所に着くと、わたしと潤の二人は応接室に入った。応接室は暖房が効いていて、良い香りのお香が焚かれている。 
 
「よかったら、今から会ってもらいたいの……お父さんと」 
 潤は、わたしと自分のブルゾンをハンガーに掛けながら聞いた。 
「これから……!?」 
「うん、これから」 
「お父さんには、会えない」 
「真夏……」 
「会いたくない。たとえ、会いたかったとしても、こんな気持ちの整理もなにもついてない状況じゃ会えない」 
「分かるわ、真夏の気持ちは。でも、これってほっとくとスキャンダルになっちゃう」 
「潤……そのために、お父さんに会わせようとしてるの。自分のスキャンダルを食い止めるために……わたし、もう帰る!」 
「真夏のためなのよ!」 
「わたしの?」 
「スキャンダルになったら、真夏のとこにもマスコミが押し寄せて、有ること無いこと書き立てられ、週刊誌やテレビで、さらし者になっちゃうんだよ。わたしは、こんな仕事してるから、覚悟はしてる。でも、真夏には、そうなって欲しくない。マスコミは、そんなに甘いものじゃないのよ」 
 潤の真剣な眼差し……わたしは圧倒されて、コックリうなずいた。
 
 小さなノックがして、ドアが開いた。
 
 わたしは、お母さんと言い争ったときほどじゃないけど、少しえづきそうになった。 
 十年ぶりに会ったお父さんは、とりとめのない顔で一瞬とまどった。 
「真夏……」 「ばか、わたしは潤よ!」  
 それくらい、わたしたちは似ていた。
 でも、ちょっと説明がいる。潤は、このタクラミに責任を感じて、少し硬い表情になっていた。わたしはえづきを押さえるため、口元に力をいれていたので、それが、ちょっとめには余裕の頬笑みに見える。まあ、根本的にお父さんが狼狽えていたということだけど。 
 それから、お父さんは、なにか言い訳めいたことを言ったけどよく覚えていない。ただはっきり分かったのは、お父さんは複雑な事情で小野寺になっていたこと。わたしの鈴木というカンムリはきれいさっぱり無くなって、わたしが、誰かのお嫁さんにでもならない限り「冬野真夏」という名前からは逃れられないということ。
 
 それから、事務所のスタッフが是非にということで、写真を撮った。 
 
「マスコミ対策用。あとから押しかけて変な写真撮られる前に、こっちで用意しておいたほうがいい」 
 黒羽ディレクターの深慮遠謀。 
 写真はスタジオで、他のメンバーがいる中で撮られた。クララさん始め、メンバーが空気を和ませてくれた。その隙をねらって、百枚ほどの写真が撮られた。わたしは、ほとんどえづきそうだったんだけど、それでもAKRのメンバーのエネルギーは強烈で、直後に見せられた映像の何枚かは、クッタクのないソックリ娘二人と父親が楽しげに仲良く写っていた。やっぱ、この業界のやることはスゴイ。
 
「でも、これでお父さんのこと許したわけじゃないから」 
「それは、分かってる……」 
 
 最後は、やっぱり気まずく別れた。
 
 お母さんには、ありのまま話した。
 
 小野寺潤が娘とソックリだということは分かっていたようだけど、それが別れた亭主が、浮気相手との間に作った子だとは思わなかったようだ。浮気していたころの相手は相馬という苗字だった。お父さんは、離婚した後、浮気相手と結婚し、同時に浮気相手の伯父の夫婦養子になって小野寺になった。その夜、お母さんとは必要以上の会話をしなかった。
 
 エリカが満開近くになっていた。
 潤の話は本当だった。今日は朝から電話は鳴りっぱなし。わたしは、AKRの黒羽さんに教えられた通りのことを言った。 
「その件につきましては、AKRの黒羽さんにお聞き下さい」 
 午前中、家の玄関のベルが数回鳴った、回覧板を持ってきたお隣さん以外は電話と同じ答えをした。
 昼からは、それがピタリと止んだ。どうやら黒羽さんの対応が功を奏したようだ。 
 テレビのバラエティーで、『AKR小野寺潤のそっくりさんとお父さん』とコラム的な扱いで、スキャンダルにはならずにすんだ。しかし、ネットには、あきらかに学校で撮られたと思われる写メが何枚か流れていた。その多くは爆発セミロングのころのもので、潤には似ていない。 
――クリスマスごろには落ち着く。それまで辛抱してね。ごめん潤―― 
 潤からメールが来た。省吾たちからも心配のメールが来ていた。友だちは、ありがたい。心をこめた返事を送信。あとは、布団被って寝ていようと思った。不思議なことに午後からはテレビで取り上げられることもなくなった。
 
 そうだ、今日は衆議院議員の選挙の日だ。アイドルのうわさ話なんか半日の寿命だった。むろんAKRの黒羽さんたちの処理の上手さがあってのことだけど。   
 ただ、わたしの中のモヤモヤは、いっそうつのるばかりだった。
 
 エリカが満開になった……。
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真夏ダイアリー・11『潤のタクラミ』

2019-09-16 06:43:12 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・11 
『潤のタクラミ』    
 
 
 
 
 心のモヤモヤはまた大きくなってきた……。
 

 「お母さん……あのさ」 
「なに?」 
 パソコンに向かっていたお母さんは無防備なままの背中で返事をした。 
「あの…………………………………………」 
「なに…………………………………………」
 
 すごく非日常的な間が空いてしまった。
 
「明日、晴れるかなあ?」 
「え……晴れだったと思うよ、テレビで言ってた」 
「良かった」 
「どうして……?」 
「あ、明日省吾たちとでかけんの。だから、どうかな……って」 
 口からでまかせ。出かける予定なんか無い……この寒空、明日は一人で出かけなきゃならなくなった。
 
 エリカの蕾が、ポトリと音を立てて落ちた。母子ともに、気づかないふりをした。
 
 そこに、メールが立て続けに二つ入ってきた。
 
 で……わたしは省吾と並んで映画館のシートに収まっている。夕べの最初のメールが、これだったから。
――映画のチケあるけど、行かねえか?――
 映画は『のぼうの城』だった。省吾のお父さんが、株主優待チケ持ってて、それをもらったらしい。玉男は親類の用事でアウト。で、期せずしてのアベック。 
 野村萬斎さんの、のぼう様は最高だった。こんなにお気楽で不器用。でもイザとなったらとんでもない閃きがあるオトコ……いいなあと思った。甲斐姫が羨ましくなった。 
 
「いい映画だったな」 
 マックで、遅いお昼を食べながら、省吾が明るく言う。 
 
「アスカ・ラングレーのシール貼ってあげてよね」 
「ああ、のぼう様なら、そうするだろうな」 
 ささやかだけど、省吾に想いを寄せる、まだ見ぬYちゃんを応援する。 
「どうする、これから?」 
「ごめん、これから別口があるの」 
「え……あ、真夏もがんばれや」 
「相手は女の子」 
「ハハ、どっちにしてもがんばれや!」 
 省吾は、のぼう様のように真抜けた激励をして、トレーを片づけた。
 
 
 
 二つ目のメールが、これ。
――明日、Sホ-ルに来て。受付にチケ置いとく。「真夏」って言えば分かるようにしとく。変装よろしく。潤――
「真夏です」
 
 受付で、そう言うと、封筒とチケを渡された。帽子とマフラーで完全変装。サッと、封筒の手紙を読んで、会場へ。 
 AKRのショ-は90分あった。歌やコントやトークショー。やっぱ生で見るとスゴイ。おとつい事務所のスタジオで見たときも、スゴイと思ったけど、ライブで見るとやっぱり圧倒される。 
 潤は、最前列の左端に居た。むろんアイドルの可愛いスマイル顔で。 
 ショーの半ばで、潤、萌、知井子のユニットの曲になった。
 
 
《ハッピークローバー》
 
 もったいないほどの青空に誘われて アテもなく乗ったバスは岬めぐり 
 白い灯台に心引かれて 降りたバス停 ぼんやり佇む三人娘
 
 ジュン チイコ モエ 訳もなく走り出した岬の先に白い灯台 
 その足もとに一面のクロ-バー  これはシロツメクサって、チイコがしたり顔してご説明
 
 諸君、クローバーの花言葉は「希望」「信仰」「愛情」の印  
 茎は地面をはっていて所々から根を出し 高さおよそ20cmの茎が立つ草。茎や葉は無毛ですぞ
 なんで そんなにくわしいの くわしいの
 いいえ 悔しいの だってあいつは それだけ教えて空の彼方よ
 ハッピー ハッピークローバー 四つ葉のクロ-バー  
 その花言葉は 幸福 幸福 幸福よ ハッピークローバー
 四枚目のハッピー葉っぱは傷つくことで生まれるの  
 踏まれて ひしゃげて 傷ついて ムチャクチャになって 生まれるの 生まれるの 生まれるの    
 そうよ あいつはわたしを傷つけて わたしは生まれたの 生まれ変わったの もう一人のわたしに
 ハッピー ハッピークローバー 奇跡のクローバー
 
 
 
 一番が終わると、3Dのバーチャルアイドルが現れて四つ葉のハッピークローバーになるという仕掛けになっている。こういうところで、他のアイドルグループとの差別化を図っているのかと感心した。 
「それでは、みなさん、AKRの最新曲『冬の真夏』を聞いてください!」
 バーチャルアイドルが、そう呼びかけると、選抜メンバーが勢揃いして『冬の真夏』でフィナーレになった。
 
 わたしは、手紙に書いてあるように出待ちの子たちの中に混ざって、ホールの裏口に回った。
 
 やがてADの吉岡さんが見つけて、手招きした。 
「メンバーが出てきたら、ここで混ざって。このドアのすぐ横でね」 
「は、はい」   
 やがて、メンバーのみんなが現れた。
 リーダーのクララさんが目配せすると、あっと言う間に、わたしはメンバーの中に混ぜられて、バスに乗せられた……。
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真夏ダイアリー・10『小野寺潤の秘密』

2019-09-15 06:10:13 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・10
『小野寺潤の秘密』    
 
 
 
 
 
 わたしはパソコンで小野寺潤を検索した……。
 
 ひょっとしたら……という勘がしたから。
 
 小野寺潤:1998年11月11日/さそり座/東京出身/AB型/155.5cm
 HIKARIプロ所属、AKR2期生。2012年10月に研究生から抜擢され選抜メンバー入り。
 
 当たり前のことしか出てこなかった。
「小野寺潤、本名」で検索……本名も、小野寺潤だった。
 ホッとした自分がいたが、まだ胸に湧いたモヤモヤが晴れない。
 小野寺潤の画像を検索してみた。
 メイクをしていると、似てるかなあ……うん、似てるという程度だけど、直に本人に会ったときは、鏡を見ているようだった。並んで写メを撮ったとき、やや目元が違うと感じた。互いに負けん気強そーって感じだけど、自分で言うのもなんだけど、わたしは、なんだかむき出し。潤のそれはシャープってか、カッコイイ。まあアイドルなんだから、アタリマエっちゃアタリマエ。動画サイトで見たら、シャープな負けん気がコロっと、十六歳のあどけない少女の笑顔になったりする。なんだか、わたしより一枚上手って感じ。
 
 一晩考え、通学途中、思い切って、教えてもらった潤のメアドにメールを送った。
 
――昨日はありがとう。『冬の真夏』のヒット祈ってます。うちのお母さん(留美子)もAKRのファンです。お父さん(真一)は、離婚したんで分からないけど、チャンスがあったら聞いてみます。ファンでなかったら、絶対ファンにしちゃいます! 真夏(^&^)
 
 お父さんとは、お母さんと離婚して以来会ってない。だから「チャンス」なんて無い。これは、わたしの作戦。
 
 今日はテストの最終日、国語と数学のテストだ。
 
  ダイアリーに書けるのは、テスト終わっちゃったから、途中なら書けない。なんたって、化学と現代社会じゃ、事前に書いて大トチリしちゃったから。
 学校じゃ、早くも、わたしが小野寺潤に似てるってウワサがたち、試験が終わって廊下を歩いていたら、いろんな視線を感じた。目的地の食堂の前じゃ、写メも撮りまくられた。ヘアースタイルが潤といっしょになっただけで、この有り様。このヘアースタイルにしたことを少し後悔した。少しハナミズキの大谷チーフを恨まないでもなかったけど、ボブにしてくれって言ったのはわたしだったので、いたしかたない。
 
「こりゃ、おちおち食ってらんねえな」
 
 省吾の提案で、ランチをさっさと食べたあと、カラオケにいくことにした。昨日の顛末を説明するって、夕べのメールで約束してある。そりゃあそうだろう、本屋さんで「潤!」と女子高生たちに追いかけ回され、拉致されるようにして居なくなってしまい。省吾も玉男も、心配と責任と、それと同じ量の好奇心がある。
 
 で、下足室で、ちょっとした事件。わたしじゃないわよ。省吾に!
 
「なんだ、こりゃ?」
 
 省吾が、下足のロッカーを開けると、そこにピンクの可愛い封筒があった。
――わたし春夏秋冬(ひととせ)先輩が好きです。メールの交換とかでいいんです。それでOKなら同封のエヴァンゲリヲンのアスカ・ラングレーのシールを貼ってください。NGだったら綾波レイを貼ってください。決められなかったら、何も貼らなくてけっこうです。終業式の朝までに貼っていなかったら。問題外ということであきらめます。Y――
「チ、こんなもの、どうやって入れたんだ。ちゃんと鍵かけてんのに」
 省吾は苦い顔をした。
「……フタの下の隙間よ。ほら二ミリほど空いてんじゃん。薄い封筒一枚くらい入るわよ」
 玉男の目が輝いた。省吾は不機嫌そうに手紙を封筒にもどすと、クシャクシャにしかけた。
「だめよ。考えに考えて出した手紙だよ、ぞんざいにしちゃだめ」
 わたしが止めると、省吾は不承不承、手紙をカバンにしまい込んだ。
「ねえ、さっきの手紙、先輩って書いてあったわよね」
 カラオケボックスに入ると、まず聞いた。
「あ、そうだ。一年生の省吾に先輩って変だわよね?」
「玉男になら、いいや。真夏、説明してやれ」
「……省吾は、過年度生なの」
「カネンドセイ?」
「省吾は、去年別の学校に入っていて、今年うちを受け直したの。だから、じつは一つ年上」
「ええ、知らなかった!」
「それ知ってんのは、ごく一部の人間だけよ」
「まあ、二学期も終わりだから、誰が知っててもおかしくは無いけどな……」
 省吾は憮然としている。
「知っていたとしても悪意はないと思うわよ。うん、同性だから分かる。省吾のこと好きだから、つい書いちゃったのよ。字もきれいだし、コクりかたもよく考えてあるし。『先輩』ってのは、つい筆が滑ったんじゃないかな。こういう抜け方って、可愛いよ」
「そうか」
「そうよ。しっかり考えて返事してあげてね」
「そうよ、女心踏みにじったら、わたし許さないから」
 玉男も、マジな顔で忠告した。
「分かった分かった。それより昨日の真夏の件は?」
 
 わたしは、洗いざらい説明した。
 
「そんなに笑うことないでしょ!」
 そう、二人は大笑い。でもって、スマホで小野寺潤を検索した。
「似てる!」
「そっくり!」
 矛先がわたしに向いたところで、カラオケにした。今まであんまり聞いたことのないAKRの曲に挑戦してみた。進んだカラオケ屋で、新曲の『冬の真夏』もしっかり入っていた。
「真夏、こりゃ、しばらく冷やかされそうだな」
 省吾の予言は正しいように感じられた。結局AKRの曲を三曲ほど覚えてしまった。
 
 その夜、遅くに潤から、メールがきた。
 
――メールありがとう。ビックリだけどうちのお父さんも真一。よかったら真夏のバースデイとか、血液型とか教えて! 潤――
 
 わたしの心のモヤモヤはまた大きくなってきた……。
 
 
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真夏ダイアリー・9『真夏の災難』

2019-09-14 06:11:23 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・9
『真夏の災難』     


 
「小野寺潤さんじゃ、ないですか……?」

 昨日の事件は、この一言が始まりだった。

「え……いや、わたしは……」

 あとの言葉が出てこない。女子高生の一団は、なんか、ものすごく熱い眼差しになっちゃうし、芸能雑誌コーナーの近くに居た人たちの多くがわたしのことを見始めた。
「サインしてください。あたし、さっきの間に合わなかったから!」
「ねえ、潤ちゃん!」
 小野寺潤さんから、潤ちゃんに、彼女たちは一気に距離をつめてきた。うしろからも何人かが寄ってくる。
『バイオハザード』だったら絶体絶命。とにかく、わたしは、そのゾンビの集団から逃げ出した。
「だからあ、わたしは、そのジュンちゃんとかじゃなくて、冬野真夏なんです!」
 キャー!
 名前を言っても効果は無かった。なんだか火に油を注いだようになって、ティーンの子たちに、いや、二十代のオニイサンとおぼしき人たちまで追いかけてくる。
「だから、冬野真夏だって!!」
「キャー、ほんもの、ほんもの!」
 わたしは、パニクって、レジ横のスタッフオンリーのドアに直進した。チラッと、玉男と省吾がポカンと口を開けて見ているのが見えた。しかし、わたしは直後、そのドアからの声に引っぱられた。
「こっち、こっち!」
「わたし、冬野真夏……」
「分かってるから、こっち!」
 そのオニイサンは、グレーのタートルネックに、黒のブルゾンという出で立ちだったけど。ゾンビに追いかけられたヒロインが、あやうくイケメンのレスキューに会ったみたいに、そのドアの中に向かった。
「バックヤードの向こうに車回してあるから、直ぐに乗って!」
「わたし、冬野真夏……」
「ああ、まだまだ続くぞ。さあ、出してくれ!」
 ワゴンに押し込まれると、そのレスキューさんも助手席に乗ってきて、ワゴンは急発進した。
「あの、冬野真夏……」
「たいへんだぞ、これから『ふゆのまなつ』は」
「もう、十分大変なんですけど」
「そのために、オレがいるんだ。頼む十分だけ寝かせてくれよ」
 それだけ言うとレスキューさんは、スイッチを切ったみたいに寝はじめた。

「着きました」

 運ちゃんの声でレスキューさんは、パチッと目を覚まし、まだ完全に止まりきっていないワゴンの助手席のドアを開け、止まると同時に後部座席のドアを開けて、わたしを引きずり出して、ビルに。ビルの入り口には、レスキューさんと同じ姿のオネエサンがドアを開けて待っている。
「さ、早く!」
 引きずり込まれる瞬間に、ビルの看板が目に入った。

――HIKARI PRODUCTION――

 芸能面にはウトイわたしでも知っているプロダクションの名前が、メタリックな光沢で光っている。
「すぐにプロモ用のスチール撮影だから、五分で着替えて。保多ちゃーん。潤のメイクお願い」
「あの、わたし」
「自分でメイクしてちゃ間に合わないの。我慢して」
「だから、冬野真夏……」
「そうよ、みんなそれに向かって突撃してんだから!」
 なんか殺気だっていて、わたしは飲み込まれてしまった。リハーサル室と書かれた部屋にぶちこまれると、タマゲタ。
 わたしでも知っているAKR47のメンバーが、振りやら立ち位置の確認の真っ最中。
「潤、ごくろうさま。でも押してるから、早くしてね」
 リーダーの大石クララが、振りの確認をしながら早口で言った。AKBに迫る勢いを見せているAKR47のリーダーぐらいは、わたしでも知っている。
 あっと言う間に、リハーサル室の端っこのカーテンで囲われたコーナーで、着せ替え人形になりかけたとき、入り口で声がした。
「え……潤!?」
 その声に反応して、メイク兼コーディネーターの保多というオネエサンが、カーテンを開けて、自分の口もアングリと開けた。
「ひどいよ吉岡さん。わたし置いて行っちゃうなんて」
 わたしと、同じようなパーカーブルゾンを着た子が立っていた。

「……潤が二人も居る」

 誤解はすぐに解けたけど、わたしはタマゲっぱなし。
 HIKARIプロの会長が、自伝的エッセーを出した。それが『冬の真夏』ってタイトルで、それに合わせて、AKRが同じタイトルの新曲をリリース。で、会長は表に出ずに新曲でセンターになった新人の小野寺潤て子が、ジュンプ堂のサイン会に回された。新人といっても、ファンの中では有名で、オシヘンする人も多いとか。この秋にリリースされた、『コスモストルネード』から選抜メンバーに入っている。わたしも曲は知っていたけど、十四人もいる選抜メンバーの新人の子までは覚えていない。
 で、問題は、この小野寺潤が、フェミニンボブにしたわたしとソックリだってこと。
 それまでの、爆発セミロングじゃ、誰にも分からないけど……そこまで思い浮かべて気が付いた。ハナミズキの大谷チーフが感動して写メったのを。大谷チーフは、最初から小野寺潤を意識して、わたしのヘアースタイルを決めたんだ。

 AKR47のメンバーは、忙しい中なんだけど、面白がって、わたしと潤を真ん中にして写真を撮って、サインまでしてくれた。
 わたしが女子高生で、試験中だと分かると、「がんばってね」と言って直ぐに解放してくれた。潤のパーカーブルゾンは、色がビミョーに違うだけの同じものだった。潤は間違われちゃいけないって、愛用のダテメガネと帽子をくれた。帰り際には会長の光ミツルさんが、吉岡ADを連れてきて謝ってくださった。AKRの会長さんが直々に頭を下げんので恐れ入っちゃった。そして、わたしは光会長の不思議な目の輝きを見た。でも、すぐに業務用の笑顔になっちゃったんで、忘れた……。

 玉男と省吾が心配してメールをくれていた。
――一言じゃ説明できないから、明日のオタノシミ♪――と返した。

 で、今日のテスト最終日は無事に終わり、三人野球をしながら、省吾と玉男に説明。二人ともびっくりしたり、驚いたり。学校でも、なんだか評判になり、何人も写メっていったり握手をしたり。

 お母さんには、まだ話はできていなかった。夕べは仕事で遅くなり、話したのは、作り置きのオデンを食べながらの夕食の席。
「へえ、そんなことがあったんだ!?」
 お母さんは、面白がってくれたけど、一瞬目が鋭く光った。それは光ミツル会長の目の輝きに通じるものであると、その時気が付いた。

 その夜って、今だけど、わたしパソコンで小野寺潤を検索した……。
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