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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・8『フェミニンボブの謎』

2019-09-13 06:31:53 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・8
『フェミニンボブの謎』 
   


「あら……!?」

 仕事から帰ってきたお母さんの第一声が、これだった。

「え、どうかした?」

 作り置きのおでんに火を点けながらわたし。

「ううん……あんまりバッサリ切っちゃったもんだから」
「痛んでたから、思い切って……」
 味の浸みた大根ををフーフー。お母さんは、竹輪麩をフーフ-。
「そのスタイルは、真夏のリクエスト……?」
「ううん。わたしは『トリートメントして、ボブにしてください』ってだけ」
「じゃ、大谷さんの仕業(しわざ)ね」
「仕業……?」
 お母さんは、つまんだばかりのコンニャクを落っことした。
「あ、そうだ。今日グラビアの撮影で、サンプルのコートもらったの。真夏にピッタリだと思って」
 お母さんは、袋から、カーキのパーカーブルゾンを出した。
 わたしは、並の女の子みたいなフリフリやら、モテカワ系には興味がない。どちらかというとマニッシュなものをザックリって方。いま愛用のピーコートは中二から、かなり乱暴に着ていたので、そのくたびれようは少し気にはしていた。お母さんも気にしていてくれたようだ、いろんな意味でね。
 あとは、省吾の映画評論のタクラミなんかに花が咲いた。
 花っていえば、ジャノメエリカが、一輪花をほころばせている。うちは、引っ越し以来、お花が長持ちしない。
「花って、一方的に愛情をくれるの……だから、受け取る側が、吸い取り紙みたいになっていたら、花は愛情注ぎすぎて早く萎びてしまうのよ」
 花屋のおばさんの言葉が蘇る。このエリカは長生きさせなくっちゃ。

「うわー、切っちゃたんだ!」

 穂波の第一声。
 穂波は、今時めずらしくアイドルなんかには興味がない。一度クラスの女の子でエグザイルの話なんかしてたら。
「え、どこのザイル?」
 この天然ボケで分かるように、穂波は山岳部に入っている。もっとも、マン研と兼部だから、「マッターホルン目指します」てな入れ込みようではない。ポップティーンなんか見て、アーダコーダとチャラチャラとファッションに凝るような子じゃないけど。潔いポニーテールは、えもいえず可愛い。
 で……。
「うわー、切っちゃたんだ!」には、好意的な響きが籠もっている。
 今日は、テストのできも上々だった。

 カキ――――ン!

 玉男のヘナチョコ球でも、バットの真芯に当たって、ショートのバックに決まると気持ちが良い。
「真夏が、そんな球打つなよ!」
 省吾はプータレながら、ボールを追いかけた。
「まあ、このへんにしとこうよ」
 玉男が内股でヘタリながら白旗をあげる。気づくと、省吾も玉男も寒さの中で湯気をたてている。わたし的には、もう十球ぐらい打ち込みたかったんだけど、テスト中なので、おしまい。

「省吾、あんた企んだでしょ?」

 自販機のホットレモンティーのボタンを押しながら聞いた。
「なんの、ことだよ?」
「シラバックレんじゃないわよ。学院の江ノ島クン」
「ああ、あいつ感動してただろう」
 ちなみに、我が校では、自分の学校を「乃木坂」あるいは「乃木高」という。乃木坂学院のことは、単に「学院」。こういうとこにも、プライドとコンプレックスが現れている。けど、省吾には、それがない。省吾の頭には、個人の高校生の有りようという基準だけがあって、学校のラベルだけで妙な気持ちを持ったりしない。それが、省吾の良いトコでもあるし、シャクに障るトコでもある。
「なんで、無断で、人の感想文回すのよ」
「だって、公開前提の感想文だぜ。江ノ島はオレの文学仲間だし、あいつも純粋に感想文に感動してた。そうだったろう?」
「でも、無断で写メ送る?」
「写メなんて、送ってねえよ。真夏の特徴はメールしたけど」
「でも、わたしが学校出たタイミングなんか教えたでしょ!?」
「つっかかんなよ。単に『野球終わった』とだけメールしただけ。で、渋谷のジュンプ堂行かねえかって……あ、あいつ、断ってきたと思ったら、駅で真夏のこと待ち伏せしてたのか」
「すご~い、江ノ島クンていったら、学院でも人気のイケメンよ。あたし会いたかったなあ」
 玉男が感動してしまった。
「まあ、悪いやつじゃなかっただろ?」
「うん、まあ、それはね。でもね、でもさ……わたしの特徴って、どんな風に書いたのよ!?」
「だいたいの身長。カバンの特徴……」
「それから?」
「あ……ヘアースタイル」
「セミロングの爆発頭って、そんなにいないもんね」
「だから切ったのよ。文句ある、玉男!?」
「ないない、とても似合ってる……」
 玉男の後の言葉は、目の前を走ってきたダンプの騒音で聞こえなかった。まあ、玉男のお世辞なんかどうでもいい。わたしたちは、昨日省吾が行き損ねた、渋谷のジュンプ堂に付き合うことにした。こんなことばっかやってるから、成績伸びないのは分かってるんだけど。わたしは、基本的に人恋しい人なので、つい付いていってしまう。
 手ぶらがいいので、渋谷のコインロッカーに、三人分のカバンをぶち込んだ。わたしはパーカー付きブルゾン一枚はおって、お気楽にジュンプ堂を目指した。
 
 見たい本がそれぞれ違うので、待ち合わせ時間だけ決めて、三人好みのコーナーに散っていく。

 わたしは、文庫の新刊書をざっと見たあと、ガラにもなくファッション雑誌のコーナーに寄った。お母さんがくれたパーカー付きブルゾンがどれだけのものか見てやろうと思ったのだ。
 お母さんは、グラビアの撮影のサンプルとか言ってたけど、わざわざ買ってきてくれたんじゃないかと感じていた。あまり高いモノだと気が引ける。ファッション雑誌をペラペラとめくる。

 あったー!

 思わず声が出た。わたし好みのマニッシュなモデルさん達が、アグレッシブに着こなして並んでいた。
 プライスは、思っていたほどには高くなく、ガックリするほど安くもなかった。そのホド良さにニンマリしていたら、隣の芸能誌を見ていた女子高生が声をかけてきた。

「小野寺潤さんじゃ、ないですか……?」
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真夏ダイアリー・7『江ノ島クンとの出会い』

2019-09-12 06:18:56 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・7
『江ノ島クンとの出会い』    


 
 今日の試験は、まずまずだった。

 なんの試験だったかって? それは言いません。
 試験二日目まで試験のこと書いたら、さんざんだったから。
 でしょ。化学はヤマがはずれるし、数学は現代社会と間違えるし。で、このダイアリーには書かない。そしたら、ばっちし。わたしって、こういうとこ験を担ぐの。

 ただね、やなことが一つ。

「今日も爆発頭だよ……」
 試験開始前に、後ろの穂波がささやきながら、鏡を二枚貸してくれた。
「アッチャー……」
 合わせ鏡にして見たら、後頭部は使い果たした歯ブラシみたく、ヒッチャカメッチャカ。携帯ブラシ出して櫛けずってみるけど、自分ではどうもうまくいかない。
「やったげるわ」
 穂波が憐れんで手伝ってくれる。
「……イテ、イテテテ」
「真夏、髪自体が痛んでるよ。ブラシが……!」
「イテ!」
「ブラシが通んないよ!」
 向こうの席で何人かが笑っている。
「ハハ、猿の毛繕い」
 大杉が聞こえるような、ヒソヒソ声で言った。言われた穂波も含めて、何人かが笑った。もち省吾と玉男も。
 穂波には、こういうとこがある。多少いじられても、それが面白ければ、自分もいっしょになって笑っている。気短なわたしが、なんとかクラスにとけ込めているのは、正直、かなりの部分穂波のおかげ。
 わたしってば、自分のダメなとこ、たとえ日記にだって書きたくないから、今まで書かなかったけど、穂波はできた子だ。
 次の休み時間に、ひっつめのポニーテールにしてみたけど、とたんに首周りが寒くなる。
「ハーックション!」
 父親譲りのでかいクシャミがしたので、それも止める。
――うーん、なんとかしなきゃ……わたしは決心をした。

「なんだ~今日はやんないの?」

 玉男がつまらなさそうに言った。
「ちょっと乙女心よ、乙女心!」
「なんだよ、真夏がデートってのもありえねーだろうし」
「それって(問題発言……と、言いかけて)可愛くない!」
 やっぱ、穂波のようには返せない。しかし、このあと省吾の軽口が本当になってしまった……。

 N坂を登って千代田線の駅に向かう。そこで声をかけられた。

「あのう……乃木高の冬野真夏さん……ですよね」
「え……あ、はい」
 そこには、イカシタ乃木坂学院高校の制服が立っていた。
 むろん中味入りで、制服だけ立っていたらホラーだわよさ。
 それに、ドッキリした、いろんな意味で。まず、その制服クンが昨日の朝、駅の改札でわたしのこと見ていたアベックのカタワレだったってこと。チラ見したときよりオトコマエ。そして……わたしの学校名をバラしたこと!
 わたしは、自分の学校をN高校としか書いてこなかった。正確には東京都立乃木坂高校という。千代田線の乃木坂駅を挟んで、上りが私立乃木坂学院高校。下ると都立乃木坂高校。ブランドがまるで違う。濃厚豚骨 伊勢海老ラーメンと、インスタントラーメンほどに違う。ラーメンに例えることが、そもそもミミッチイ。であるからして、わたしは、この七回目まで、学校名は書かなかった。でも、このイケメン制服君なら許しちゃう!

「あの、春夏秋冬(ひととせ)君から、『デルスウザーラ』の観賞評見せてもらったんです」

「げ、省吾のやつ見せたんですか!?」
「うん、とても良く書けてるって、ネットで転送してくれて。本当によかった。黒澤監督が、地平線にこだわってカメラまわしてたことや、虎とデルスのカットバックに気づいて感動するなんて、感動でした」
「いや、あれは省吾の挑発にのっちゃって、つい……おかげで、明くる日のテストはさんざんだったし」
「ううん。あのタイガの自然と、男二人の友情を見事に汲み取ったとこの評なんてたいしたもんだった」
「あ、それは、どうも……」
 頬が赤くなっていくことが恥ずかしかった。
「あ、初対面で、話し込んじゃって、ごめん。どんな人か、一度声がかけてみたくて。これ、ぼくの名刺、よかったら、このアドレスで、メールとかくれると嬉しい。じゃ、呼び止めて、ごめん」
 制服は、爽やかに反対のホームへの階段に向かった。
 名刺には「乃木坂学院高等学校 文芸部 江ノ島裕太」と書いてあり、住所やメルアドなんかが書いてあった。
 
 地下鉄に乗って気づいた。
 
 あのタイミングのよさ、一発でわたしを見つけフルネームで呼んだこと。これは、省吾がイッチョカミしているのに違いない!

「美容院いくから、お金ちょうだい」

 わたしは、地下鉄を途中下車して、お母さんの出版社に寄り爆発頭の処理費用を請求した。
「いいけども、予約しなきゃなんないでしょ。試験中だよ、大丈夫?」
「うん、もう予約してある。お母さん御用達のハナミズキ」

「あら、冬野さんとこの真夏ちゃん」

 チーフの大谷さんは、覚えていてくれた。まあ、一回聞いたら忘れられない名前だけどもね。
「だいぶ痛んでるわね」
「ええ、ここんとこ構ってるヒマ無かったもんで」
「悩み多き青春だもんね。いろいろあるんでしょ」
「え……分かります?」
「そりゃ、化けるほど美容師やってるとね……地肌も荒れてるね。ほっとくとハゲちゃうわよ」
「ドキ……とりあえず、トリ-トメントしてボブにしてください」
「まかしといて。前向きに気分転換したいときは、ショ-トにすることね……(中略)ほい、できあがり」
「すっきりした。ありがとうございました」
「我ながら、いいでき。ちょっと写真撮ってっていい?」
「ええ、どーぞ」
 観葉植物の横で、ちょっとおすまし。
「ええ、これ、わたし!?」
 感動して、写真を送ってもらった。

 気のせいか、道行く人たちの視線が集まってくるような気がする(n*´ω`*n)。
 
 
 フフフ
 
 テストの後半がんばりまーす!
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真夏ダイアリー・6『裏切りの青空』

2019-09-11 06:48:09 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・6
『裏切りの青空』    


 
 ……まだ大丈夫
 
 そう思って二度寝したのが悪い訳じゃない。

 この世に生まれて十六年。カーテンの隙間から零れるお日さまの具合で、おおよその時間は分かる。念のためにセットアップした目覚ましも、五分早く設定してある。それで、まだ大丈夫と、五分の二度寝を自分に許した。

「せーの……!」

 二度目の目覚ましのアラームで起きあがり、大あくび一つしてテレビを点ける。おなじみのキャスターが朝からオヤジギャグを飛ばしている。その右下の画面を見てタマゲタ。タマゲタと言ってもカメラのフレームにゴヒイキのエグザイルのだれかさんが映っていたわけじゃない。時間が予定の八分先になっている。部屋の時計は呑気に八分遅れの時間を示している。ドンヨリと薄暗い空模様に時間の感覚が狂ったんだ。

――ちっ! 百均の安物の乾電池を入れていたことが悔やまれた(引っ越し以来八か月、きちんと時を刻んでくれたんだから、ほとんど八つ当たり)

 テスト期間中は、学校の始業時間が遅いので、お母さんの方が先に出てしまう。わたしも子どもじゃないんで、自分の時間の管理ぐらいはできて……いた、今までは。
 夕べ省吾が「デルスウザーラ」の感想文なんか頼んでくるから、わたしってば、そっちに時間くわれて、テスト勉強に支障をきたした。省吾に文句いわなっくっちゃ!

 よくマンガやドラマで、遅刻しそうになった主人公が、食パンをくわえて駅まで走っていたりするけれど、実際にやってる人を見かけたことは無い。あれはドラマの演出。じゃ、朝抜きで出かけるかというとそれもしない。朝は、なにかお腹に入れておかなければ血糖値があがらない。我が家では、親が離婚する前からの習慣。
 で、生焼けのト-ストを、コーヒー牛乳で流し込んで、家を飛び出す。玄関のドアを閉めるときにエリカ(鉢植えのジャノメエリカ)が笑ったような気がしたが、そのまま駅までダッシュ。

 千代田線のN駅で降りる。

 改札を出たところに乃木坂学院のアベックの視線を感じる。なんだか見下されたような感じ。そんなのはシカトして、階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。すれ違ったサラリーマン風のオッサンの狙撃するような視線を後ろに感じた。スカートが翻っておパンツ見えてんのかもしれないけど、見せパンだもん。一瞬の意地を張ってN坂を駆け下る。
 
 ……なんとか間に合った。

 でも、冬だというのに汗だく。朝食のカロリーはこれで使い切ってしまった。お腹がチョキに勝つ音(つまりグー)を派手に出した。まわりの二三人が笑いをこらえている。後ろの保坂穂波が、笑いながら鏡を貸してくれた。
「見てごらんよ、あ・た・ま」
「ん……」
 セミロングが爆発していた。乃木坂学院のアベックも、サラリーマン風のオッサンの視線は、ここにあったのかもしれない……くそ!
――遅刻したほうがスガスガしいぞ――
 省吾が、ノートにでっかく書いて見せる。その向こうで大杉が笑ってる。この場合大杉が笑ったのは許せる。でも省吾は許せない。
――あんたのせいなんだからね!――
「これ、食べなよ」
 玉男がカロリーメイトをくれた。それを食べ終わったころ、監督の我が担任、山本先生が入ってきた。
「じゃ、試験配るから、机の上を片づけて」
 教室に密やかな緊張感が走る。で、配られた試験用紙を見て声が出た。
「うそ!」
「なんだ冬野?」
「いいえ、なんでも……」
 わたしってば、一時間目は現代社会だと思っていたら、数学だった……。

「ほんとに真夏はバカだよな」

 わたしの直球を馬鹿力で打ち上げて、省吾が言った。
「バカバカいわないでよね。今日のは省吾のせいなんだから」
「真夏に、なにかした、省吾?」
 玉男が、打ち上げたフライを受け止めて言った。
「なんにも」
「夕べの、映画の感想!」
「ああ、言ったろ。急がなくっていいって」
「でも、言われたら、イメージが膨らんじゃってさ!」
 投げた球は、ピッチャーゴロになったけど、わたしは、そのゴロを取り損ねた。
「真夏、文芸部に入れば。あの感想文よく書けてたよ」
「……ありえない。あんなユルユルの文芸部なんて!」
「文芸部って、そんなもんヨ」
 玉男が、取り損ねたボールを拾って投げ返してきた。
「真夏、おまえ文才あるよ。灯台もと暗しだった」
 めったに人から誉められないわたしは、うろたえた。
「ね、お昼食べにいこうよ。わたし、朝からちゃんとしたもの食べてないから」

 で、食堂ですますか駅前のファストフードにするかで、もめる三人でありました……(^0^)

 空は、朝のドンヨリとはうって変わった裏切りの青空。ま、いいか。今の気分にはピッタリだし。
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真夏ダイアリー・5『筑波第二コーナーのクラッシュ』

2019-09-10 06:37:31 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・5
『筑波第二コーナーのクラッシュ』    


 
「しまった!」

 思ったときは遅かった。車は第二コーナーを曲がり損ねて、大きくコースの外側に出てしまった。慌ててハンドルを左いっぱいにきってセーフティーゾーンの砂地から抜け出ようとした。
 筑波の第二コーナーは、第一コーナーを曲がって直ぐに緩いシケイン(ギザギザ道) 慣れていればフルスロットルで路肩を踏みながら抜けきれる。
 問題は、その直後の第三コーナー、直ぐにスピードを六十キロぐらいに抑えなければ外に飛び出してしまう。わたしは昔の勘で二周目のホームストレッチで、先頭のミニク-パを抜いて、余裕で三周目をトップで走っていた。調子に乗っていたわけじゃないけど、タイヤはノーマルのままなので、グリップが弱い。そんなこと分かっていたから、二周目までは五十キロぐらいまで落として無難にクリアしていた……でも、やっぱ油断。コースアウト。なんとかコースに戻ると、後続のミニクーパーがやってきて、わたしの日産マーチのドテッパラにぶち当たり、クラッシュ……!

「クソ!」

 わたしはハンドルを叩いて悔しがった。
「よかったじゃん、怪我しなくって」
「するわけないじゃん。ゲームなんだから!」
「あんまりのめり込むんじゃないわよ。まだまだテストはあるんだから。一昨日の化学みたいに失敗しないでね」
「なんで知ってんの!?」
「ハハ、昨日自分で言ってたじゃない。じゃ、あたしお仕事行ってきまーす」
 そう言うとお母さんは、コートをひっかけて出かけていった。

 わたしは、ゲームのセーブだけやって(なんたって、一時間で国内B級ライセンス取っちゃった)自分の部屋に戻った。

「勉強だって、ちゃんとやるんだからね」
 窓辺のエリカに宣言。むろん、エリカは返事はしない。ジャノメエリカってお花だもん。
 でも、このエリカは、一昨日の夜に夢の中に現れた。少し寂しげだけど、暖かい眼差しの女の子だった。夢の中でも、自分の名前しか言わない。
「花って、一方的に愛情をくれるの」
 花屋のオバサンの言葉が蘇る。昨日大爆発した、わたしの心も癒してくれたような気がする。癒しすぎて、くたびれているんじゃないかと思ったけど、元気に薄桃色の蕾はほころび始めている。
「さあ、とっかかるか!」
 明日は現代社会がある。「国際関係の中の日本」なんてムツカシイ単元だけど、エスノセントリズムという言葉には興味があった。日本語では「自民族優越主義」という。人に例えれば「自己中」とか「中二病」、周りにいっぱいそういう奴はいる。我が親も含めて……おっと、昨日ねじ伏せ、蓋をしたマグマが吹き出しそう。

 やっと集中し、頭に八割がた入ってきたところで、スマホの着メロ。省吾からだ。

「なによ省吾?」
「ひょっとして、お勉強とかしてた?」
「うん、十六番ホールのティーショットってとこ」
「アハ、真夏、『みんゴル』とかやってただろう!?」
「やってない(やってたのは『グランツーリスモ』『みんゴル』はお母さん。十六番ホールのダブルボギーで投げだしていた)で、そのお勉強中になによ?」
「昨日観た『デルスウザーラ』よかったら、感想文とか書いてよ。枚数制限無し、締め切りは冬休み一杯ぐらいでいいから」
「なんで、わたし? 文芸部でもないのにさ」
「お母さん、編集の仕事やってんだろ。だから娘の真夏にもそのDNAがあるんじゃないかと思って。ま、よろしく!」
「あ、省吾……ち、切っちまいやんの」

――やるわけないじゃん!

 即メールを返したけど、頭のスイッチが入ってしまった。

『デルスウザーラ』

 良い映画だった……ロシアの探検家アルセーニエフは、当時ロシアにとって地図上の空白地帯だったシホテ・アリン地方の地図製作の命を政府から受け、探検隊を率いることとなった。先住民ゴリド族の猟師デルス・ウザーラが、ガイドとして彼らに同行することになる。シベリアの広大な風景を背景に、二人の交流を描く。
 帰ってから、検索した映画のアラスジ。わたしは、デルスがご先祖のような気がした。天然痘で村も家族も失い、森の掟というか、自然の摂理というか、そういうものに従って生きている。単純だけど、嘘が無く、ピュアで、野太い姿に圧倒された。
 目が悪くなって、デルスはハバロフスクのアルセーニエフの家に引き取られるけど、都会の生活に馴染めない。水売りのオッサンが悪党に見える「水売って、金取る、悪いこと!」 薪をとろうと公園の木を切り警察に捕まる。「木はみんなのモノ、なんで悪い!?」 そして四角い箱のような家には住むことができず、アルセーエフの許を去る。アルセーエフは目の悪くなったデルスを、そのまま出すことが忍びなく。最新式の銃を渡す。
 しかし、これが仇となって、デルスは銃目当ての強盗に殺されてしまう。
 映画の中盤、デルスとアレセーニエフが再会する。
「デルスー!」
「カピターン(隊長さん)!」
 二人の言葉が耳について離れなかった……。

 気が付いたら、スマホに、デルスへの想いを書き連ねていた。
「ただいまあ……まあ、真夏、熱心に勉強を……あ?」
 お母さんの言葉で気が付いた。わたしの試験勉強は、三週目の第二コーナーでクラッシュしてしまっていた……。

 お母さんのあきれ顔。ブスっとするわたし(ブスって意味じゃないからね)。
 
 エリカが、困ったように笑った……。
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真夏ダイアリー・4『母子のへだたり』

2019-09-09 06:29:44 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・4
『母子のへだたり』    


 
 朝、歯を磨いていたら、リビングで、お母さんの笑い声がした。

「……なにが可笑しいの?」
「ほら、真夏にきてる手紙」

 テーブルに着くと、お母さんは、三通のわたし宛のメール便を、ズイっと押し出した。三通ともDMのようなので、シカトしようとしたが、その一通に目が留まった。宛名が「冬の真夏」になっていた。

「これで笑ったわけ?」

「笑えるじゃん。単なる入力ミスなんだろうけど……早く食べないと冷めちゃうよ」
 トーストを咀嚼しながら、ごく日常的な口調でお母さん。
「母親が、これ見て笑う……?」
「どうしたの?」
「わたし、この名前で、ずいぶん苦労したんだよ」
「ほんと……?」

 わたしの真剣な言い方に、お母さんのトーストを持つ手が止まった。
 小爆発した自分の心を持て余した。で、一瞬で計算した。今日は土曜。明日も含めて期末試験の中休み。で、珍しく、お母さんも仕事が休み。この際、とことんぶつけてみようという思いが吹き出した。
「お母さんは、いいわよ、離婚して旧姓の冬野に戻って。冬野留美子……ごく当たり前の名前じゃん。でも、わたしは、鈴木真夏から、冬野真夏だよ。アンバランスだと思わない? 冬だか夏だか分かんない。まるでお笑いさんの芸名じゃん。わたし、入学式の日から、からかわれたわよ!」
「……真夏」
「でも、それはいいよ。ちょっと我慢したら、みんなも慣れてくれたから。でも、お母さんが、そのことで笑うなんて、わたし……わたし許せないよ! わたし、お父さんとお母さんが離婚するときも、なにも言わなかった。よそに女作ったお父さんが許せない気持ちも分かる。作りたくなったお父さんの気持ちも分かる。だから、わたしってば、何にも言わないでお母さんに付いてきた。お父さんには、あの人が付いている。でも、お母さんは独りぼっちになってしまう。だから、だから、冬野真夏って名前も受け入れてきたんだ。それを、それを……」
 小爆発は大爆発になってしまい。胸の奥から、とんでもない毒が湧いてきた。わたしは、スゥエットのまま玄関を飛び出し、筋向かいの公園に向かい。奥の植え込みで、食べたばかりの朝食をもどした。半分も食べていなかった朝食は、最初の一吐きで出てしまったけど、吐き気は収まらず、胃液を、そして最後は空えづきになり、胃が口から飛び出すんじゃないかと思った。
「真夏!」
 お母さんが、駆けてきてスゥエット一枚の背中にコートを掛けてくれた。
「ごめんね、ごめんね。お母さん、ちっとも真夏のこと気づいてやれなくて……ほんとに、ほんとにごめんね」

 で、わたしたちは、レストランの奥の席に収まっている。

「ああ、食った、食った!」

 わたしの目の前には、大盛りパスタとシチューとサラダのお皿が空になっていた。
 公園から戻って、シャワーを浴びた。毒は吐き出した。バスルームを出るときに鏡で、自分の笑顔をチェック。そして、お母さんに罪滅ぼしということで、買い物に連れていってもらった。

 あれこれ買わせてやろうと思ったけど、冷静になって、お母さんの所得を考え、ブティックなんかは眺めるだけにして、量販店で中古の『グランツーリスモ・5』と、これも中古のハンドルコントローラーを買ってもらった。
 ガキンチョのころに、お父さんがプレステ2の『グランツーリスモ・4』にはまっていて、本格的なコックピット型のコントローラで遊んでいた。わたしは、その横で、専用の椅子を持ってきて、いっしょに並んで車の走行感を楽しんでいた。鈴鹿サーキットやコートダジュールなんか、コースが頭に入っている。ちょっとお母さんにはイヤミかと思ったけど。お母さんは気楽に『みんゴル』の中古と体感コントローラーを買っていた。離婚は離婚、趣味は趣味と割り切っているようだ。
「春夏秋冬って書いて、苗字としては、どう読む?」
 デザートのスィーツを食べながら、クイズのようにして、さりげに友だちの話題に持っていった。
「ひととせ……だよね。めったにない苗字だけど」
 さすがベテランの編集。あっさり答えた。
「そのめったにいないのが、友だちにいるんだよね」
 わたしは、スマホを出して省吾の写メを見せた。
「あら、イケテルじゃん。もしかして彼氏?」
「ちがうよ、タダトモ。ほら、この子と三人でワンセット」
 玉男も含めて三人のドアップ写メを見せ、入学式このかたの話をする。お母さんは笑いっぱなし。どこが可笑しいかは、前章を読み返してね。

「ボーリングでも行こうか!」

 話がまとまりかけてきたところに、お母さんのスマホが鳴った。
「はい、あ、編集長……大佛さん……ええ、二時間後でよければ……」
 お母さんは、スマホ片手に、もう片方の手で謝った。すると、わたしのスマホにも着メロが。わたしのはメール。
――今から、出てこれない? 一人分チケ余っちゃったから、映画観ない?
 メールは、省吾からだった。文芸部で映画を特別料金で観ることになっていたらしいけど、一人都合が悪くなって、一枚余ったので、お誘いのメールだった。映画館も、すぐそこだったので。
――いくいく(^0^)と返事した。
「ごめん、真夏。あたし仕事入っちゃった」
「いいよ、わたしも今、約束入ったから。その二人組から」

 二人組が余計だった、お母さんは省吾と、玉男に興味持っちゃった。

「お母さんとして、ご挨拶しとく」
 という名目で、付いてきちゃった。
「よろしく」
「どうも」
 てな感じで、ご対面もそこそこにお母さんは行ってしまったけど、双方かなり興味は持ったみたいだった。
「真夏のお母さんて、美人だなあ……」
「真夏とは似てないのね」
「それって、わたしがブスだってこと?」
「ち、違うわよ。真夏はお父さん似なのかなって。よく言うじゃん。女の子は、お父さんによく似るって」
 玉男のフォローは、この数日後に起こる事件を、結果としては予言していた。

 観た映画は、いわゆる名画座のそれで、前世紀の映画界の巨匠黒澤明の名作『デルスウザーラ』だった……。
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真夏ダイアリー・3『ジャノメエリカ』

2019-09-08 06:33:54 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・3
『ジャノメエリカ』    


 
 慣れてはきたけど、やっぱ自分の名前を書くのには抵抗がある。
 
 冬野夏子

 入学式の日に大杉にからかわれ、カッとなったけど、客観的にみたら、やっぱ矛盾した姓名だ、苗字と名前がガチンコしている。
 省吾の春夏秋冬と書いて「ひととせ」と読むのは至難の業だけど、慣れてくるとミヤビヤカで、ハイソな雰囲気さえある。中村玉男は、本人が、あんなにナヨってしてなかったら、なんでもない。ナヨって感じで言うから「中村玉緒」って女優さんを連想してしまうんだ。

 で、少し抵抗感じながら名前を書く。最初の問題は元素記号を書くだけ。これはチョロイ。次は元素名を書いて、元素記号にしろって、前の逆。
 もうけちゃった。わたしは、テスト用紙が配られるまで、必死でノートに、ヤマ張りした元素記号や、化学式を繰り返し書きまくり、テスト用紙が配られると、用紙の端っこに、覚えたそれが記憶にある間に全部書きだした。いわば合法的カンニング。この方法だと80点とかは無理でも、50点は確実にとれる。だから、答は、それを見て写すだけ。わたしは中間テストでは28点の欠点だった。まあ、前の晩にお母さんとケンカしてろくにヤマ張りもできなかったってことが原因なんだけど、普段いかに勉強していないかのアカシでもある。で、どうしても、化学は62点以上取らなければ、二学期は欠点になってしまう。
 ところが、次の問題でこけた。

 次の銅と希硝酸の化学反応式の(?)を埋めなさい。

 ?Cu + ?HNO3 →?Cu(NO3)2 + ?H2O + ?NO2

 わたしは、プロパン(C3H8)の燃焼にヤマを張っていた。

  C3H8+O2→CO2+H2O

 答え
 C3H8+5O2→3CO2+4H2O

 ムムム……絶対プロパンは出ると思っていた。元素記号の問題だけで40点はある。これにプロパンの問題で20点。他にまぐれ当たりで2点を稼いで、ぎりぎりセーフ……のはずだった。

 五分ほど、問題とにらめっこして集中力が切れてしまった。

 夕べの夢が思い出された。

 夢の中で女の子が現れた。
 
 薄桃色のAKBの制服みたいなのを着ていた。風もないのに、その子のうす桃色の衣装も、セミロングの髪も、軽くそよいでいる。ゲームの立ち絵のようだ。
 気が付くと(むろん夢の中)その子と目があった。寂しげだけど、わたしのことを見てニコニコしてくれている。
「だれ、あなた……?」
「……エリカ」
 それだけ言うと、エリカは口をきかなくなった。ただニコニコ微笑んで、わたしを見ている。なんだか癒される笑顔。
「エリカ……ちょっと寂しげだね」
 そう聞くと、エリカは軽く頷いて、視線を上げた。その視線をたどっていくと、壁が透けて、隣りのお母さんの部屋が見えた。お母さんは、歯ぎしりしながら眠っていたけど、急に目覚めると、頭とお尻を掻いてカーディガンを羽織ると、パソコンに向かって文章を打ち出し、オフィスアウトルックを開き、添付書類にして送信ボタンを押した。なにか仕事のことで思いついて、どこかへメールを送ったようだ。

――寝ても覚めても仕事だ……。

 半分同情、半分怒りが湧いた。五分ほどで、それを終えるとお母さんは、片方のお尻を上げてpass gasした。で、なにやら、スケジュ-ルを確認するとパソコンを閉じ、再びベッドへ。そして、ほんの十秒ほどで、また眠り始めた。で、顔を戻すと、またエリカと目が合った。エリカは優しく頷いた。
 エリカが消えたのか、わたしが眠りに落ちたのか、そこでおしまい。
 朝になって――おはよう――を言おうとした。
「あたし、早出だから、テキトーに食べて行ってね」
「あのさ、お母さん」
 いつもなら、こんな母親はシカトするんだけど。なぜか声をかけてしまった。
「なに?」
「たまには、二人で、どっか行こうよ。引っ越しの買い出し以来、どこにも行ってないよ、二人では」
「だっけ……」
「……ま、言ってみただけ」
「そうね……出るときプラゴミ出しといてね。先週出し忘れて一杯だから」
「はいはい……」

「はいは一回だけ」昔は、お母さん注意してくれた。でも、ろくに返事もしないでお母さんはドアの向こうに行ってしまった。瞬間吹き込んできた冷たい外気にブルっと震えた……。

 そんなことを思っているうちに、鐘が鳴った。
 ああ、これで二学期、化学の欠点は確定だ。

「ねえ、帰りに駅前のラーメン屋行かない? 新装開店で、今日半額だよ」
「ワリー、今日部活」
「エー、なんでテスト中に部活!?」
「そういうクラブなんだ、文芸部って」
「ごめんね」
 そういうと、省吾と玉男は、わたし一人残して、教室を出ていった。

 信じらんねー文芸部だなんてー!!

 教室の窓から、思い切り叫んでやった。
「また、遊んでやっから!」
 省吾が叫んで、玉男が笑った。

 遊んでなんかいらねーよ。ただ、話がしたかっただけなのに。聞いてもらいたいだけだったのにイ!
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真夏ダイアリー・2『花の命は短くて……』

2019-09-07 06:19:07 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・2
『花の命は短くて……』    


 
 あーヤダヤダ……!

 なにがヤダって、明日から期末テスト。
 テスト二日前ってのは、少し気が楽。なんと言っても明日はテストの前日で、授業は昼まで。それが楽しみ。
 ところが、そのテストの前日になると、わたしにも猿以上には想像力ってのがあって、明日の試験に備えて勉強……の真似事程度のことはしなくちゃならない。
 ドシガタイってほどバカじゃないけど、なんにもしないで試験受けて点数とれるほど賢くもない。中間じゃ二個欠点とってるし、一応の挽回ははからなくっちゃならない。

 どうも、高校に入ってから調子が悪い。

 中学じゃそこそこいけてた。フェリペは無理だとしても、専願なら乃木坂学院ぐらいは入れた。乃木坂学院の制服は、かつて『東京女子高制服図鑑』にも載ってたぐらいいけてる。で、行きたかったんだけど行けなかったのは我が家の事情が……いまは言いたくない。

「今日、どうする?」

 省吾が、窓の外で唸っている電線を見ながら聞いてきた。
「昨日は、あんなにポカポカだったのにね」
「じゃあさ……」
 玉男の提案で、いつもの三人野球を止めてカラオケにいくことにした。

 エグザイルとももクロでもりあがり、いきものがかりでシンミリ。次のAKBで落ち込んだ。
「どうした、真夏。なんかノリ悪いぞ」
「うーん……なんだか真冬に『真夏のSOUNDS GOOD!』てのもね……あら、カラ?」
 飲みかけのオレンジジュースがカラになっていることに気が付いた。
「なんか注文しようか?」
「いい」
「久々に、入学式でからかわれたこと思い出したか?」
「あれは、もう終わったって。大杉ともテキトーだし……」
「じゃ、整理……」
「あ、生理……」
「ばか、そっちじゃねえよ」
 省吾が玉男をゴツンとした。
「真夏は、整理のついてないことが、ゴチャゴチャなんだよな」
「ま、そんなとこで理解しといて。わたし、お母さんに用事も頼まれてたから」
「そんなつまんないこと言わないでよ」
「ま、おれ達も、お家帰ってお勉強すっか。玉男、明日の試験覚えてっか?」
「えーと……」
「玉男の好きな家庭科と化学と現文、じゃあね」

 ワリカン分のお金を置いて木枯らしの街に出た。

 省吾は、わたしの気持ちを分かってくれている。
 
 話せば、なにか結論めいたアドバイスをくれそうなことも分かってる。でも、今のモヤモヤを人に整理されたくない。それに、そんな相談を省吾にしてしまったら、気持ちが省吾に傾斜してしまいそう。わたしたち『お名前おへんこ組』は、あくまで、オトモダチのトライアングルなんだから。

 今日のお使いは、なじみの花屋さん。

 うちのお母さんは、花を絶やさない。
 前の家にいたころからずっとだ。鉢植えが多かったけど、今は名ばかりのマンションなので、生け花ばっか。以前は、お母さんが自分で買ってきた。でも仕事をやり始めたので、花屋さんに寄る暇がなくって、夏頃からはわたしの仕事。

「あら、なっちゃん。もうお花?」

 花屋のオバサンに聞かれて、気が付いた。ほんの二週間前に山茶花を買ったばかりだ。
「山茶花って、長く咲いてるんですよね?」
「うん。ときどき水切りとかしてやると、一カ月はもつわよ」
「五日ほど前に、元気ないんで水切りしたとこなんです」
「……まあ、部屋の湿度とか、日当たりとかの条件もあるから。で、今度は、どんなのがいい?」
 そう言われて見回すと、まわりはポインセチアで一杯だった。クリスマスが近いんだ。うす桃色の蕾を付けた鉢植えが目に付いた。
「これ、なんていうんですか?」
「ああ、ジャノメエリカ。これは切り花にしないで、鉢植えがいいわ」
 小振りだったので、窓辺でも育つと聞いて、それにした。
「高く伸びちゃうから、枝先切っとくわね……」
 オバサンは、ていねいに枝を選んで、枝先を切ってくれた。
「花屋の言い訳じゃないけどね、花って、一方的に愛情をくれるの……だから、受け取る側が、吸い取り紙みたいになっていたら、花は愛情注ぎすぎて早く萎びてしまうのよ……」
「そうなんですか?」
「うん。それに、今のなっちゃんて、花でなくっても分かるわよ……」
「そ、そうですか」
 わたしは急ごしらえの笑顔になった。
「まあ、お花に話してごらんなさい。そんな歯痛こらえたみたいな笑顔しないで、いろんな答をくれるから」
 オバサンは、ぶら下げて持てるようにしてくれた。代金を払って出ようとして振り返った。
「こないだの山茶花の花言葉ってなんですか?」
「赤い山茶花だたわよね」
「はい」
「ひたむきな愛」
「……ひたむきな愛」
 ジャノメエリカも聞こうって思ったけど、気が引けた。オバサンの顔が「自分で調べなさい」って感じがしたから。

 で、家に帰って調べてみた。

 ジャノメエリカの花言葉は、孤独だった……。
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真夏ダイアリー・1『真夏のSOUNDS GOOD』

2019-09-06 06:14:31 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・1
『真夏のSOUNDS GOOD』    


 真夏!
 
 という声がしたが、今は冬である。 
 
 真夏というのは、わたしの名前。この物語は、この「真夏!」という聞いただけで暑苦しい名前からはじまるんだけど、それはひとまず置いといて、わたしは全力でボールを追いかける。
 省吾が打った球が大当たり、球はテニスコートの方角に飛んでいく。
 省吾の打球にテクニックはない。ただ力任せに打ち込んでくる。たいがい空振りになるんだけど、当たれば大きい。
「ホームラン王は一番三振が多い」が、省吾のモットー。
 で、今、わたしが投げた甘い球が大当たり……で。

「痛てえええええええええ!」になった。
 
 わたしは、テニスコート前の水たまりに張った氷に足が滑ってスッテンコロリン。
「「アハハハ」」と、省吾と玉男が笑う。
「イテテ……これって笑ってるジョーキョー!?」
「真夏、おパンツ丸出しだったわよ」
 これは、同じ放課後野球仲間の玉男。
「いいもん。見せパンだから。でも、どうして氷り張ってるとこに打つのよ!」
「だから、注意したろ。『真夏!』って」
「遅いのよ、言ってくれるのが!」

 わたし三人の奇妙な友だち関係はこれと同じ言葉から始まった。
「遅いのよ、言ってくれるのが!」
 そのとき、相手は廊下にひっくり返って、鼻血を流していた……。
 
 八か月前の入学式。

 式が終わって、わたしたちは副担任の福田百合先生に先導されて教室に向かった。都立高校なんで、設備はボロッチかったけど、新入生を迎えるため、心をこめて掃除してあるところに好感が持てた。
 教室について、二三分手持ちぶさただった。他の教室は、担任が、いろんな配りモノを持って、続々と教室に向かい、誘導係の副担任と交代している。しかし、このA組の担任はなかなかやってこない。A組は校舎の一番階段寄りにあって、先生達の移動がよく分かる。新採の百合先生は不安そうに廊下に出て、階段の下の方を覗き込んでは、教室にもどり、緊張から頬を赤くしてまばたきばかりしている。五分たって階段を駆け上がってくる足音がした。百合先生に安堵の表情が浮かんだ。しかし、やってきたのは学年主任の浜田先生だった。廊下でなにやら言葉が交わされ、浜田先生は拝むようにして行ってしまった。
「担任の山本先生のお母さんが急病で倒れられたので、わたしが、代わりにやります!」
 百合ちゃん先生のまばたきは、いっそう激しくなった。

「まず、みんなの名前を呼びます。大きな声で、返事してください」

 で、百合ちゃん先生が名前を読み上げ、そこで問題が起こった。
「……中村玉男君」
「……はい」
 笑い声が上がった。中村玉男は音だけ聞くと中村玉緒で、あの面白いベテラン女優さんが連想される。それに、玉男の返事は、いかにもオネエの感じで、わたしも思わず吹き出しかけた。これで、良く言えばホグれて、悪くいえば緩んでしまった。
「……ええ……春夏秋冬省吾(しゅんかしゅうとう しょうご)……」
 百合ちゃん先生が「君」を付ける前に、教室は再び笑いに包まれた。で、省吾が着席しながらだけど憮然として言った。
「春夏秋冬と書いて、ひととせと読みます。ひととせしょうごデス!」
「あ、ご、ごめんなさい。あ……ちゃんと読み仮名ふってある……」
 百合ちゃん先生は真っ赤になって、目が潤んで、パニック寸前。でも、気を取り直して、それからは、読み仮名を見て、正確に呼んでいった。そう……正確に。

「冬野真夏さん」

 大爆笑になった。

 わたしは玉男のときに吹き出しかけたのも忘れて、胸に怒りが湧いてきた。
「アハハ、このクラスって、おもしれえ名前のやつ多すぎ」
 その名も大杉ってヤサグレが笑い出した。
「冬の真夏って、矛盾でおもしれえ!」
「大杉君!」
 さすがに百合ちゃん先生がたしなめ、大杉はニヤニヤしながら黙り込んだ。
 それから、百合ちゃん先生は、レジメとにらめっこしながら、配布物を配り、明くる日のスケジュールを確認すると、わたしたちに起立礼をさせて、さっさと行ってしまった。

 そして問題が起こった。

 大杉とその取り巻きと思われる男子が二人寄ってニヤニヤ笑っては、わたしたち三人を見た。玉男も、省吾も無視して教室を出ようと、荷物をまとめていた。わたしは、二度目に大杉のニヤケた目と合ったときにブチギレテしまった。
「ちょっと、あんた……人の名前で笑うんじゃないわよ!」
「おお、怖ええ」
 大杉はおどけ、わたしは、なけなしの理性を失った。
「好きこのんで、こんな名前になったんじゃねえよ!」
 で、大杉は廊下にひっくり返って、鼻血を流していた……。
「ああ、真夏!」
 省吾が叫んだ。

「遅いのよ、言ってくれるのが!」

 わたしは、入学早々停学を覚悟した。
「出来杉だか大杉だか、知らねえけど、今のはお前が悪い。チクったりするんじゃねえぞ!」
 省吾は大杉の胸ぐらを掴み、取り巻き二人にもガンを飛ばした。
「わ、分かったよ……」
 大杉たちは、見かけによらずスゴミが効いて、腕のたちそうな省吾に恐れを成して行ってしまった。
「真夏は成り立てで尖んがっちまうだろうけど、すぐに慣れるよ。なあ中村君もさ」
「う、うん」
 これが、三人の付き合いの始めだった。ちなみに、省吾は中学がいっしょで、互いに面識はあった。でも、肩に手を置いたとはいえ、体の一部が接触したのは初めてだった……。

 二球目の投球に入ったところで声がかかった。

「君たち、テスト一週間前だぞ、いいかげんに帰れよ!」
 校長の轟。名前の通りよくとどろく声に、わたしは固まった。
「すみませーん、最後の一球でーす!」
 ハンパな投球姿勢から投げ出された球には球速は無かったけど、微妙な変化球になり、省吾は見事なフライを打ち上げた。わたしは、打ち上げた球の行方に面白い予感がして、スマホを構えシャッターを切った。
 帰り支度をしながら、三人でスマホの画面を確認。三人で大笑い。
「校長先生かわいそー!」
 玉男が、笑いをコラエながら言った。
 シャッターチャンスが良く、巨大なボールが校長先生の頭の真上に落ちそうに映っている。

 ちょっとオモシロイ真夏のSOUNDS GOOD(なかなかいいね)になった!
 
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高校ライトノベル・真夏ダイアリー・64『映画化決定 二本の桜』

2019-06-11 06:40:42 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・64
『映画化決定 二本の桜』
        



 わたしは、タイムリープによる事件解決のむつかしさを痛感した……。

 スポミチの記者には気の毒だったけど、あんなスクープをやるほうもやるほう。もう放っておくことにした。
 
 でも、一抹の不安が頭をよぎる。

 あの戦争のことは、どうなるんだろう。いままで、いろんなことが試された。わたしも、リープして、日本の最後通牒が間に合うようにして、そのための証拠をいくつも残してきた。でも、やっぱり、真珠湾攻撃は日本のスネークアッタック(だまし討ち)ということにされ、証人のジョージは口封じに消されてしまった。
 省吾が、死を決して、ニューヨークに原爆を落とすというフライングゲットをやろうとしたが、これは、ジェシカが時空の狭間に行方不明になるという結果を生み出しただけ……おかげで、省吾は一気に老けてしまい(彼のタイムリープの能力は、2013年に遡ることが限界で、それ以上過去にリープすると、ひずみで老化が進行する)もう、高校生として、この2013年には戻れなくなってしまった……残ったのは、未来人である省吾への気持ちが、友情というレベルではなかったという、愛しく、悲しい自覚だけ。

 リアルな現実では、嬉しい展開があった。

《二本の桜》が発表以来、ヒットチャートを駆け上り、三週連続のオリコン一位。卒業式に、この歌を歌うことに決めましたという学校が続出。山畑洋二監督が、このプロモーションビデオを観て「映画化させて欲しい」という申し出まで。詳しく言うと、それまで、山畑監督の中にあった「東京大空襲」にまつわるストーリーが、この曲にぴったり。山畑監督は、光会長の古い友だちでもあり、苦笑いしながらOKを出した。
「山畑、どうして、あの曲からインスピレーションなんか受けたんだよ」
「あのプロモには、お前の思いを超えたメッセージがあるよ。仁和さんの監修も見事だった」
「あれって、ただの感傷なんだけどなあ……」
「これからは、映画のイメージで、歌ってもらえるとありがたいんだけどな」
「乗りかかった舟だ。オーイ、黒羽、ちょっと山畑と相談ぶってくれよ」
 黒羽ディレクターが呼ばれ、歌の振りと演出に手が加えられることになった。
「そのかわり、うちの子達にもチャンスくれよ。むろん、ちゃんとオーディションやった上でいいから」

 その日のうちに、簡単な振りの変更が行われた。衣装も、それまでの、桜のイメージのものから、ひざ丈のセーラー服に替わった。

「いやあ、懐かしいわ。それって、あたしたちが女学生だったころの制服じゃない!」
 そう言って、そのオバアチャンは、光会長の肩を叩いた。
「別に、オフクロ喜ばせるためにやったんじゃねえんだから」
「素直じゃないね光は、死んだお父さんに似てきたね」
「よせやい!」
 光会長のお母さんは、メンバー全員の制服の着こなし、お下げや、オカッパというショートヘアの形まで口を出し、メイクやスタイリストさんを困らせた。
「まあ、好きなようにやらせてやって。後先短いバアサンだから」
「なんか言ったかい!?」
「いや、なんにも……」
 会長親子の会話にメンバーのみんなが笑った。気がついたら、楽屋の隅で仁和さんと会長のお母さんが、仲良くお茶をすすっていた。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下

 イメチェンの《二本の桜》は、若い人には新鮮に、年輩の方達からは、懐かしさだけじゃなく「力をもらった」というようなコメントが寄せられ、イメチェンの二日後には売り上げを50万枚も増やした。

 それは、習慣歌謡曲の収録のときだった。仁和さんが、スタジオの隅に目をやって呟いた。
「あら、あの子たちが見に来てる」
「あの子たちって?」
「プロモ撮ったときに出てきた、乃木坂女学校の子たち」
「え……幽霊さん!?」
「これは、もうお供養だわね。しっかりお勤めしてらっしゃい!」

 仁和さんに背中を押され、程よい緊張感で歌うことができた……。
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高校ライトノベル・真夏ダイアリー・60『あいつのいない世界』

2019-06-07 06:10:58 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・60
『あいつのいない世界』
   


 ショックだった。

 学校に行ったら、省吾がいなかった。早く来ていた玉男に聞いてみた。
「省吾は?」
「……だれ、それ?」
 わたしは、あわてて省吾の席をチェックした。机の中にオキッパにしている教科書を見て、息が止まった。

 井上孝之助という名前が書いてあった……。

 教卓の上の座席表もチェック……省吾の席は「井上」になっており、座席表のどこを見ても省吾の苗字である「春夏秋冬(ひととせ)」は無かった。
「どうかした?」
 玉男が、ドギマギしながら声を掛けてきた。
「ううん、なんでも」
 友だち同士でも、これは聞いちゃいけないような気がしてきた。
「な、なにかお手伝いできることがあったら言ってね」
「うん、その時は。友だちだもんね」
 そう返事して、下足室に行ってみた。
 
 やはり、そこは「井上」に変わっていた。諦めきれずに、学年全部の下足ロッカーを見て回ったが、あの一目で分かる「春夏秋冬」の四文字はなかった。
 そのうち視線を感じた。必死な顔で、下足のロッカーを見て回っているわたしが異様に見えるようで、チラホラ登校し始めた生徒達が変な目で見ている。
――真夏、なにかあったのかな――
――アイドルだから、いろいろあるんじゃない――
 そんな声が、ヒソヒソと聞こえた。
 そうだ、わたしはアイドルグループのAKRの一員なんだ……そう思って、平静を装って教室に戻った。
 玉男からも、変な視線を感じた。友だちなんだから、言いたいことがあれば直接言えばいいのに。そう思っていると、後ろの穂波がコソっと言った。
「真夏、玉男に『友だち』だって言ったの?」
「え……うん」
「どうして、あんな変わり者に……本気にしちゃってるわよ」

――まさか!?

 悪い予感がして、C組に行ってみた。
「うららちゃん、誰かと付き合ってる?」
 由香(中学からの友だち)は妙な顔をした。
「真夏、うららのこと知ってんの?」
「え……なんでもない。人違い」
「気をつけなさいよ。下足でも、あんた変だったって。アイドルなんだから、なに書かれるか分からないわよ」
「う、うん、ありがとう。ちょっと寝不足でボケてんの」
 その日は、自分から人に声をかけることは、ひかえた。どうも省吾は、この乃木坂高校には進学していないことになっているようだった。そして、もう一つ悪い予感がしたけど、怖くて、共通の友だちである由香にも聞けなかった。

 放課後、省吾の家に行ってみた。用心してニット帽にマフラーを口のあたりまでしておいた。

 で、もう一つの悪い予感が当たった。省吾の家があった場所には似ても似つかぬ家があった。むろん表札も違う。
 省吾は、この世界では、存在していない……。
 
 気がつくと、公園のベンチに座って泣いていた。わたしは、自分の中で、省吾の存在がどんなに大きかったか、初めて気づいた。
 中学からいっしょだったけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。どこか心の底で分かっていたのかもしれない。あいつは未来人で、どうにもならない距離があることを。でも、でも……。
「好いていてくれたんだね、省吾のことを」
 後ろのベンチから声がした。
「……(省吾の)お父さん!?」
「振り向かないで……今朝の下足室のことを動画サイトに投稿しようとした奴がいるけど、アップロ-ドする前にデータごと消去しときました。省吾は、もう高校生で通用するような年齢ではなくなってしまったので、この世界には存在しないことにしました」
「もう会えないんですか……」
「高校生の省吾にはね……でも、いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください。今度は、あんな無茶はしないはずです。それまで、真夏さんは、ここで、アイドルとして夢を紡いでいてください」
「お父さん……」
「じゃ、わたしは、これで」
 立ち上がる気配がしたので、わたしは振り返った……そこには八十歳ほど、白髪になり、腰の曲がった老人の後ろ姿があった。
「わたしも、省吾のタイムリープのジャンプ台になっているんで影響がね……じゃあ」
 
 後ろ姿はモザイクになり、数秒で消えてしまった……。
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